魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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第九話:レトロゲームの影響力は強力

「な……なにしてんじゃァァァァァァァァッ!!」

 

 と、思わぬ沖田の登場と行動に神楽が口をあんぐりしている頃。

 一方の近藤と言うと……。

 

「午後十八時五分、海鳴市公園付近で頭に排泄物を被ったまま奇声を上げる30歳近い男性を確保。本部まで連行します」

 

 近藤は現地の警察に捕まっていた。

 警察官の一人は無線で連絡を入れ、もう一人の警察官は逃げないように近藤を抑えている。手錠を腕にはめられ、顔を下を向けた近藤の顔は、もの凄く哀愁を感じさせた。

 そして、警察官は近藤の背中を押す。

 

「ほら、行くぞ」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

 パトカーに入れられる前に近藤は訴える。

 

「俺警察だから! 頭にウンコ乗せてるけど、れっきとした警察だから!」

「はいはい。とりあえず、署の方までご同行してくださいね。そこでいくらでも話聞きますから」

 

 警官は全く聞き入れないが、近藤は尚も食い下がる。

 

「と、とにかく! 俺は警察だから! ほ、ほら! コ、コレ! ちゃんとした真選組の制服! コレ見れば俺が警察のにんげ――!!」

 

 近藤が言い切る前にバタン! と車のドアが閉まり、拘束された近藤は警察署の方まで連行されていく。

 

「ちょっと待ってェェェェェェッ!!」

 

 後部ガラスに顔を押し付ける近藤の叫びは、パトカーが遠くに行くまでずっと続いていた。

 その様子を電柱の影から、新八と山崎が頬を引き攣らせながら見つめていた。

 二人ともなんとか近藤を助けようと思ってはいたのだが、関わって自分たちまで巻き込まれる方が嫌だったので、彼が捕まるまで静観していたのである。

 

 

 

 一方のなのは、アリサ、すずかの三人は、警察の一人である沖田を加えた誘拐犯たちに捕まったのだ。

 定番とも言えるくらいどこぞの倉庫内で体をガムテープで縛り上げられていた少女三人。これから自分たちが何をされるのであろうか、という先にある恐怖に対して怯えが垣間見える。いや、実際に怯えているのはなのは一人で、アリサとすずかに関して言えば怯えた顔というよりも、険しい表情と言う方が合っているだろう。

 

「あ、アリサちゃん、す、すずかちゃん。ふ、二人とも怖くないの……?」

 

 なのはは自分と違ってあまり怯えた様子を見せない友だち二人を見て疑問を感じた。

 汗を流すアリサは余裕の顔を作りつつ答える。

 

「ま、まぁ……あたしも伊達にお嬢様やってないからね。こんなの慣れたもんよ」

「う、うん……」

 

 とすずかも不安そうではあるが頷き、語る。

 

「……わたしも、慣れたワケじゃないけど……ちょっと経験あるから」

「す、凄いね二人とも! 伊達に大きい家に住んでないんだね!」

 

 なのはは怖がっているせいで、よくわからないことを言いながら驚く。

 そもそもテレビで見るような非人道的な犯罪者に拉致されたとなれば、大の大人だって怯えるのが普通であるので、特に強がる必要はないというフォローもできないくらい、今のなのはは動揺しているので見当違いな質問をし出す。

 

「あ、アリサちゃんとす、すずかちゃんてな、何回くらい誘拐とかされたことあるの? な、慣れてるって言ってたけど」

「え~っと……」

 

 アリサは視線を逸らしてから、上を向きつつ考えながら答える。

 

「確か……今回のを入れるとあたしは……三十八回で、すずかは……三十五回くらいだっけ?」

「三十六回だったと思うよアリサちゃん」

 

 とすずかが補足。

 

「えええええええええええッ!? そんなに捕まっているの!?」

 

 なのはは超ビックリ。

 

「ピーチ姫より攫われてる回数多いよね!? ワザと捕まってるの!? ワザとじゃないよねそれ!?」

「ま、まぁ、あたしたち捕まえて一攫千金とかバカな大望抱くやつがいるのよ。ホントムカつくわ」

 

 少し汗を流しながら不満顔のアリサの話を聞いて、すずかが笑顔で言う。

 

「でも、赤い配管工の格好をした鮫島さんがいつも助けてくれるんだよ」

 

 なのははギョッとした顔で驚く。

 

「もう設定はマリオだよね! まごうことなきマリオだよね! っていうか、そこまで行くとやらせとかじゃないの!?」

「あらなのは、あんたやらせとかそんな言葉よく知ってるじゃない。関心したわよ」

 

 と言ってアリサは口元に笑みを浮かべる。

 

「え? えへへへ。ありがとうアリサちゃん。……って、そんなこと言ってる場合じゃないよォ~ッ!!」

 

 なのはは今自分がおかれている状況再確認して涙を流す。

 

「――っていうか、なんで鮫島さんそんな格好して助けにくるの!? 普通はおまわりさんじゃないの!?」

 

 と、またなのははツッコム。

 

「いや、前に……マリオしてた時にね……」

 

 アリサは気恥ずかしそうに説明する。

 

 

『あたしも誘拐された時とか、このお姫様みたいに救われてみたいわね……』

『では、アリサお嬢様。微力ながらもこの鮫島めが、そのお願いを叶えましょう』

 

 

「――って言ったら、鮫島がコスプレしてあたしを助けるようになったわ」

 

 アリサの言葉になのはは冷めた視線を送る。

 

「鮫島さん、もうおじいさんなんだから無理させちゃダメだと思うの……」

「あと、たまにあんたのお兄さんとお父さんもマ○オとルイ○ジの格好で助けてくれたわよ?」

「ウェェェェェェェェェェッ!?」

 

 なのはは衝撃の事実を聞かれて毛が逆立つほど驚く。

 そうやってなんやかんやしていると、

 

「おうおう。こんな状況なのに随分威勢がイイガキどもじゃねーか?」

 

 コツコツと靴音を鳴らしながら、栗色の髪を短く切り揃えた男がやって来る。男は上から下まで黒一色の制服を着用し、腰に刀を差して携帯。現れた人物とは、なぜか誘拐の片棒を担いでいる――沖田総悟だった。

 

「あら、もしかしてあんたがこの連中のボスなのかしら?」

 

 アリサは誘拐に慣れてるからなのか、不敵な笑みを浮かべる。敵に自分の弱みを見せないようにする彼女なりの反抗なのだろう。

 

「たく、気のつえーガキだな。おめェも――」

 

 すると沖田は、アリサではなくなのはの頭にポンと手を置く。恐怖を感じたなのはは、目に涙を溜める。

 

「こいつくらい怖がってくれればいいのによォ」

 

 と黒い笑みを浮かべる沖田に、アリサはプイっと顔を背ける。

 

「ふん、あんたらみたいな社会の不適格者に見せる弱みなんてないわ」

 

 沖田はアリサの顎を掴み、くいっと自分に顔を向けさせる。

 

「なら、じっくりテメーの弱みってやつを暴いてやるとしやすかねェ」

 

 沖田は口元を吊り上げサディスティックな笑みを浮かべる。

 そして、そんな彼らの様子を少し離れた物陰から見ている少女が一人……。

 

 

 

 ――オメェ絶対警察の人間じゃねーヨ!

 

 倉庫内の様子を窺っていた神楽は、沖田のあまりにもあんまりな犯罪者まっしぐらな姿に汗を流す。

 

 ――なんで沖田(あんなの)が警察アルか!? その辺の不良(ワル)がちっぽけに見える悪魔(ワル)だろアレ!

 

 なのはたちが捕まったのを見て、慌てて定春で車を追跡した神楽。今現在、彼女たちを救出するためのチャンスを伺いながら静観して一部始終みていたのだが、この状況だけ見たら沖田は完全無欠の悪党以外の何者でもない。

 

 ――つうかお前はなんで一話も挟まずに誘拐犯になってるアルか!? 一体八話内の間に何がお前をそうさせたアルか!?

 

 下手したら沖田のエピソードだけでも数話くらい作れそうである。

 すると赤いマスクで口を覆った巨漢の男が沖田の肩に置く。

 

「もうその辺にしておけ沖田。俺たちは頂くもん頂いたらもうこのガキどもに用はねーんだ」

「へーい、ボス」

 

 と沖田は軽く返事をし、その姿に神楽がまた内心ツッコム。

 

 ――お前はなんで誘拐犯のボスとそんな親しげなんだヨ!?

 

 遠めで見えなかったが、沖田は自分の肩に乗ったボスの右手をさり気なく見ていたいたことに気づかなかった神楽。

 すると部下たちがひそひそ話し出す。

 

「(つうかあいつ誰だ? なんでいつの間に仲間みたいなツラしてんだ?)」

「(知らねーよ。なんかいつの間にかいたから一緒に誘拐やってるだけなんだし。分け前どうすんだよこれ?)」

 

 ――いや、今に至るまでなんでそんな怪しいやつ入れたままにしてんだよお前ら!

 

 神楽は最早沖田が一体全体なにをしたいのか皆目見当もつかない。

 一体自分はどのような行動をすればいいのか? 普段は眼鏡にまかせっきりのツッコミをこのまましなければいけないのか? そうなると、このまま眼鏡はお払い箱になってしまうのか? いろいろな心配事が増えていく一方であった。

 そんな風に神楽が悩んでいると、誘拐犯たちとさきほどボスと呼ばれた男が沖田を抜きにして、こそこそ話し合っていた。

 

「(ボス。なんであいつを仲間にしたんですか?)」

「(まあ、よくわからんが、利用できるもんは利用するつもりよ。もしサツの連中が来ても、あいつを囮にして逃げようって算段よ)」

「(なるほどぉ。さすがですボス!)」

 

 ――まー、だろうナ。

 

 と神楽は誘拐犯たちの話に聞き耳を立てながら、ジト目を作っていた。

 

 

 

「アリサちゃん。本当にこのままじゃ……」

 

 不安になるなのはに対し、アリサは一息ついてから笑みを浮かべる。

 

「安心しなさいなのは」

「アリサちゃん……」

 

 なのはは目を潤ませ、アリサは余裕の顔で告げる。

 

「ちゃんとあたしの要望どおり赤い配管工になった鮫島が――」

「だからそれが心配なんだよぉ~~!!」

 

 なのはは涙目になって声を上げる。それに対し、アリサはなんとかフォローする。

 

「ま、まぁ、安心なさい。助けに来る格好はともかく、鮫島の実力は本物よ! なにせ、ゲームを再現するためにキノコを投げながら戦うんだから!」

「それキノコの使い方間違ってるよ!?」

 

 なのはの頭で、配管工の格好をしたおじさんがキノコ投げながら犯罪者を倒す絵図らがよぎる。

 さらにアリサは説明する。

 

「それだけじゃないわ。ヒトデやお金やレンガだって投げて戦うんだから!」

「なんで全部投げるの!? 設定の再現中途半端だよね!?」

「ただね、花はバラを使うから少し華麗な感じになるのよ」

「うわぁ……」

 

 なのはは、バラの茎を咥えながらダンディな姿の鮫島(配管工)を思い浮かべてしまった。まぁ、配管工だとダンディさもへったくれもないが。

 するとすずかが思い出したように口を開く。

 

「そういえば、配管工さんの敵の名前ってなんだっけ? わたし忘れちゃったんだけど」

「いや、すずかちゃん!? 今訊くことじゃないよねそれ!?」

 

 なのはは呑気な少女にツッコム。すると、なぜか沖田が会話に入って来る。

 

「焼肉店でよく頼む雑炊みたいなやつだろ」

「それはクッパ! 名前同じだけど!」

 

 ボケになのはがツッコム。そして沖田は天井を見上げながら言う。

 

「どうでもいいけど、焼肉食いたくなってきたな」

「ホントにどうでもいいよね!」

 

 ついツッコんでしまうなのは。慣れないことしたせいで、ゼェ、ゼェと息を切らせている。

 

「つうか、テメェらのマリオごっこなんてこちとら知ったこっちゃねーんだよ」

 

 沖田はやれやれといった感じになのはたち三人から距離を離し、余裕の表情を見せる。

 

「まー、どんな野朗がやってこようが、この俺の敵じゃねーがな。何より、コスプレして助けにくるようなバカ野朗なら尚更な」

 

 と言って背中を見せる沖田。トゲの付いた甲羅を背負う姿がなのはの目に映る。

 

「あなたも十分バカ野朗だよ!!」

 

 となのははクッパのコスプレ男に盛大にツッコミを入れる。

 

「っていうかそれいつ着たの!?」

 

 なのはの言葉に沖田は親指で後ろを指す。

 

「なに言ってんだ、他の連中も見てみろ」

 

 親指の先を見ると、他の誘拐犯たちもクリボーやらノコノコなどのコスプレ姿になっていた。

 

「なんで他の人たちもマリオになってるのォォォォッ!?」

 

 なのはシャウト。誘拐犯たちは恥ずかしそうに語り始める。

 

「い、いや……。警察(サツ)の連中から身分特定されないために、皆で気ぐるみ着てやり過ごそうぜって作戦で……」

「俺たち皆、マ○オで遊んだ世代だからよ……」

 

 話を聞くうちになのはの目はみるみる冷め、

 

 ――なんだろう……。今、全然ピンチを感じない……。

 

 心から恐怖が消えていた。

 沖田はアリサを値踏みするように見つめだす。

 

「んじゃ、後は姫だな」

「ッ!?」

 

 アリサは沖田に発言に頬を赤く染めて、もじもじしながら喋る。

 

「ま、まー……。ちょッ、ちょっと癪だけど……あ、あたしがお姫様役、やってもいいわよ……?」

「いや、アリサちゃん渋々な感じ醸し出してるけど、ちょっと嬉しそうだよね?」

 

 なのははアリサにジト目向け、沖田は指を差して姫役を決める。

 

「じゃあ、ツインテールのお前で」

「えッ? わたし!?」

 

 沖田の指が自分に向いていたので、なのはは驚く。

 

「なんで!?」

 

 そしてアリサはなのはより驚いている。

 

「この流れならあたしじゃないの!? って、顔をこっちに向けなさいよ! 無視してんじゃないわよ!!」

 

 そして少し時間が経ち……、

 

「これでよし……」

 

 沖田はパンパンと手を叩く。

 

「ぅぅ……」

なのは。お姫様のような格好になって恥ずかしいけどちょっと嬉しい。

 

「…………」

アリサ。なぜかついででテレサの格好にさせれて、悔しい上にちょっと悲しそう。

 

「アハハハ……」

すずか。特に変化なし。

 

 一通り終わると沖田は手を上げ、

 

「んじゃ、とっと身代金要求するぞォ~!」

「「「「「「「へーい!!」」」」」」」

 

 誘拐犯たち全員が返事する。

 

 

 

 ――結局おめェがもろもろ仕切ってんじゃねェか!! なんか隅っこでボスいじけんてんぞ!

 

 神楽は結局また一部始終窺っていたが、最後の最後でまたツッコムのだった。

 

 

 

「おい、お前ら。このボンボンとこの家に電話かけろ」

 

 沖田の命令に従って、誘拐犯の一人が動く。あらかじめ調べていたであろうバニングス家に、携帯で電話をかける。少しの間、発信音が鳴り、バニングス家の人間であろう人物が電話に出た。

 

『はい。こちらはバニングス家のメイド、斉藤美香子がお受けいたします』

「出たぜ」

 

 そう言って誘拐犯の一人が沖田にケータイを投げる。

 受け取った沖田は少し間を置いた後、口を開く。

 

「あー、おれおれ」

『はい?』

 

 沖田の言葉を聞いた電話の相手は怪訝そうな声を漏らし、「お、おれおれ詐欺!?」と誘拐犯たちはどよめき始める。

 

「だーかーらー、おれだって、おれ。分からない?」

 

 突然沖田がおれおれ詐欺始めたことに対して誘拐犯たちは動揺しつつ小声で話し合う。

 

「(な、なんであいつおれおれ詐欺始めてんだ!?)」

「(知らねぇよ! ここは普通脅迫電話だろ!!)」

「(つうかなんでおれおれ詐欺?)」

 

 困惑した電話の相手は、

 

『すみません。お名前を言っていただけませんでしょうか?』

 

 質問を投げかけると、沖田は顎を指で掴みながら少し黙考。

 そもそもおれおれ詐欺した時点で電話切られてもおかしくない今の現状で、次は何を言い出すんだ? と心配そうに見ている誘拐犯たち。そして沖田はマイクに口を近づけ、口を開く。

 

「……アリサ・バーニングで~す」

 

 ガチャ! と、電話が切られる音がマイク越しから聞こえ、ツーという音だけが静けた辺りに響き渡る。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 誰もが言葉を発せず、ただ静寂が過ぎ去っていく。

 少しして誘拐犯の一人が沖田の胸倉を両手で鷲掴む。

 

「おいてめェェェ! 誰がおれおれ詐欺しろって言った!! 脅迫電話しろよ!! 脅迫電話!! 身代金要求すんだよ!!」

 

 沖田は「えッ?」と言って首を傾げる。

 

「『おれおれ詐欺で金をせしめる時、本人登場という危険因子を取り除くための誘拐作戦』……じゃなかったっけ?」

「ちげェーよ! んなまどろっこしい作戦するワケねェだろ!! わざわざ誘拐するなら、寧ろダイレクトに脅迫電話かけて大金手に入れる方が手っ取り早いだろうが!!」

 

 誘拐犯の一人が沖田からケータイを奪う。

 

「貸せッ!!」

「あッ……」

 

 声を漏らす沖田を尻目に、誘拐犯の一人は改めて番号を押していく。

 

「もうてめーには任せてられるか!!」

 

 するとまた発信音の後、さっきと同じメイドが出る。

 

『はい。こちらはバニングス家のメイド、斉藤美香子がお受けいたします』

「おう。てめーらんとこのお嬢様であるアリサ・バニングスってガキは俺らが預かっ――」

 

 ガチャ! またしても電話を切られてしまい、ツーという音がケータイから発せられる。

 

「なんでだァァァッ!!」

 

 シャウトした誘拐犯はケータイを地面に叩き付ける。

 

「なんでまた電話切られるんだよ!? 俺なにかおかしなこと言ったか!? 自分とこのお嬢様が誘拐されたと聞いてあんな反応するとかおかしいだろ!!」

 

 相手の予想外の行動に頭を抱える誘拐犯。

 とにかく、相手に身代金要求しなければならないのでもう一度電話をかける。

 プルルルル! プルルルル! プルルルル! プルルルル! プルルルル! プルルルル! プルルルル! プルルルル! プルルルル! プルルルルル! プルルルル! プルルルル!

 

 長い発信音の後、やっと相手が電話に出た。

 

『お電話ありがとうございます』

 

 誘拐犯はドスの効いた声で告げる。

 

「いいか、もう一度言うぞ? 俺たちはお前んとこの――」

『現在電話に出れる人間がいないため、メッセージがある場合はピーという発信音の後に――』

「留守電んんんんんんんッ!!」

 

 今度は留守番電話ボイスだったので、誘拐犯はまたしてもケータイを床に叩き付ける。

 そんな誘拐犯の横着した姿を見ているなのはたち。誘拐犯たちに聞こえないよう、コソコソ話しだす。

 

「(あ、あの、アリサちゃん。本当に助けは来るの?)」

「(大丈夫よ。助けはきっとくるわ)」

 

 不安ななのはにアリサは笑みを浮かべる。

 

「(で、でも……電話の人は……なんかその……妙に冷たいような……)」

 

 なのはが心配するのも無理はない。

 助けにくる人物(コスプレしてるかもしれない)がいるという情報はいくらか安心感を与えてくれるはずなのだが、その頼るべき相手があんな冷徹な態度をしていては、心配するなと言う方が無理な話だ。

 

「(安心なさい。鮫島たちはああやって時間を稼いでいるのよ)」

 

 アリサの言葉になのははきょとんとした顔になる。

 

「(え? どういうこと?)」

「(実はね、鮫島たちはとっくに私たちが誘拐されていることを知っているのよ)」

「(……え? えッ? ど、どういうことなの?)」

 

 まるで状況が掴めないなのはは、頭にいくつも疑問符を浮かべる。アリサは誘拐犯たちに気づかれないよう、説明していく。

 

「(あたしは誘拐された時、咄嗟に私が誘拐されたことを知らせるブザーを鳴らしたの。もちろん学校で渡されるような、大きな音が鳴るタイプじゃないわよ? しかも私たちの居場所を特定できる特別製のヤツ。だから、あたしが誘拐されたという事と、あたしたちの居場所はとっくに鮫島たちに伝わってるの。今頃は鮫島たちが私たちを助けるための根回しをしているはずよ)」

「(そ、そうだったの!?)」

「(ちなみに、さっきのマ○オの話しも時間を稼ぐための一つよ)」

「(そ、そうなんだ。だよね。鮫島さんやお父さんたちがコスプレして助けにくるなんてことないもんね)」

「(そりゃ、そうよ。こういうことは警察の仕事でしょ。こういう時は、テキトーな話で相手を引っ掻き回すのがいいのよ)」

「(よかったぁ……)」

 

 なのははほっと息を撫で下ろす。

 なんだかんだで、今までのは時間を稼ぐためのアリサのでまかせだったらしい。そして父と兄がコスプレして人助けするような、恥ずかしい人物たちでなくて安堵する。それと、アリサやすずかが38回も誘拐されたのは嘘ではないのか? と疑問に思ったなのは。

 すると、アリサのケータイが鳴る。

 

「あッ……」

 

 とアリサは声を漏らす。

 

「ん?」

 

 それに気付く沖田と誘拐犯たち。

 沖田はアリサのポケットにあったケータイを抜き取る。ケータイを開くと、発信者は『鮫島』という人物からだ。

 

「さっきおめェが言ってた、鮫島ってヤツから電話だぜ」

 

 沖田の言葉にアリサは相手に悟られないように努める。

 

「ッ……。で、出てもいいかしら?」

「まず俺が出てからな」

 

 沖田はそう言って通話ボタンを押し、電話に出る。

 

「うィ~っす。おたくのお嬢様預かってる誘拐犯で~す。……えッ? ん~、はいはい。あー、もちろん警察には言うなよ? もし言ったら……」

 

 沖田の話を聞いてアリサはなのはに耳打ちする。

 

「(あー、よくある常套句ね。『命はないぞ』とか、どうせ実行する気なんてないのに)」

 

 歳は幼いなのはでも、アリサと同じようなことは思っていた。ありていに言って、このチンピラの集まりのような誘拐犯たちならば命を奪うと脅しはかけても、実行まではしないだろうと。そしてさっきからボケまくる沖田という人物も。

 沖田はスッと瞳から色を無くし、

 

「――おたくのお嬢様の首を郵送するから」

 

 絶対零度を思わせるような、感情の感じられない声で告げられた言葉。それを聞いてなのはとアリサとすずかはギョッとし、顔を真っ青にさせる。なにせ、沖田の口調に一切の迷いはなく、目が完全にマジな感じだからだ。

 

「…………わかった。じゃあな」

 

 そして話し終えると沖田は携帯を切る。顔を青くさせるアリサのポケットに携帯を戻し、沖田は軽い口調で告げる。

 

「まァ、そんなビビんよ。俺……」

 

 沖田は冷たい声と色のない瞳のまま、ニヤリと口元を吊り上げる。

 

「――痛みなく人の首切るの得意だから」

「………………」

 

 完全に蒼白どころか顔も目も真っ白になるアリサ。

 沖田が誘拐犯たちのところまで戻るのを見た後、アリサはゆっくりとなのはに顔を向け、声を震わせながら声を出す。

 

「(…………ね、ねー、なのは? あたし……大丈夫……よね? アレきっと、誘拐犯特有の……実は本気じゃない脅し文句って……ヤツよね? そもそもアレ……あのアホの……悪ふざけ……よね?)」

 

 なのはは汗を流しながらサッと視線を逸らし、アリサはゆっくりとすずかに顔を向ける。金髪の勝気なお嬢様は目に涙を溜め、声を震わせながら聞く。

 

「(す、すずか……。あたしたち……ちゃんと……時間稼ぎ……できてたわよね? け、警察は……も、もうすぐ来るわよね? そ、そもそも……け、警察来たら私の首が……その……繋がってるわよね? ちゃ、ちゃんと……胴体と……くっ付いたままよね?)」

 

 すずかはドッと汗を流しながらサッと視線を逸らす。

 やがてアリサは、天井を見上げながら呟く。

 

「短い人生だったなぁ……」

 

 アリサは生気の籠ってない瞳で呟き、なのはとすずかは下を俯きながら汗を大量に流す。

 三人の目には、沖田が下手なチンピラなんぞ目じゃないくらい情け容赦のない生粋のサイコパスに映ってしまっていた。

 

「ハッハッハッハッ!! まー、よくやったぞ沖田! 予定は少し狂ったが概ね問題ない! あとは大金を待つのみだ!!」

 

 ぽんぽんと、上機嫌になりながら沖田の肩を叩くのは誘拐犯のボス。

 もう少しで金が手に入ることに対し、ボスだけでなく部下たちも浮き足立っている。

 沖田はチラリとボスに視線を向ける。

 

「しっかし、マジで警察がくるかもしれませんぜェ?」

「安心しろ。その時はその時だ。俺たちには充分な武装を用意してある。腑抜けた日本の警察など恐るるに足らずだ!」

 

 そうボスが言うと、部下たちは見るからに凶悪そうな重火器の数々を取り出す。

 

「顔は隠して逃げおうせればいいだけの話だしな!!」

 

 ガハハハハハッ!! などと言って高笑いするボス。

 

「へェ~、なるほどォ。なら――」

 

 沖田はコツコツと靴音鳴らしながら、ボスの後ろにいる部下たちに向かって歩く。

 バシュバシュバシュッ!! という音の後。ドサドサドサ! と、いくつも何かが倒れるような音が、後ろから聞こえた。

 突然の奇怪な音に反応したボスが、後ろを振り向くと、

 

「俺みたいな……こわァ~いおまわりさんは、怖くねーってことなんですかねェ、ボス?」

 

 抜刀し、刀を肩に掛けた沖田。彼は倒れた誘拐犯たちの前で、黒い笑みを浮かべていた。

 

 

 一方、沖田を追いかけていた土方は、

 

「くそッ、あのヤロー……!」

 

 目標の姿を見失ってしまい、イライラしていた。

 イライラを抑えるためにタバコを吸っている彼の姿は、どう見ても危険な人物そのもの。

 目つきが悪くなり、眉間に皺を寄せて不機嫌オーラの全開の土方。ヤの付く職業の人として認知されるレベル。

 何より傍目から見れば刀(しかも本物)を腰に差しているのだから、関わり合いにならない方が良いと思うのが普通だ。つうかいつ通報されてもおかしくない

 

「チッ……」

 

 と舌打ちする土方。

 

「結局全員気持ちいいくらいに、バラバラじゃねーか」

 

 結局沖田には逃げられてしまったし、沖田(バカ)を追跡するために道も覚えずに走っていた。なので、さきほどの公園に帰れるかどうかすら微妙である。

 とにかく、覚えている限りで元の場所に帰ろうと歩いていると、途中で大きな建物の前を通りがかる。

 

「ん?」

 

 気になった土方は、建物の正面門に刻まれている名前に注目した。

 

「海、鳴、市……市立、〝図書館〟。…………ッ!」

 

 そして土方はハッとあることを思いついた。

 

「……ここなら!」

 

 土方は足早と図書館に入っていく。

 

 ――図書館なら、この地域の情報を手に入れるのも容易いはずだ!

 

 沖田を追いかけている内に、思わぬ情報源を見つけた土方。

 とにかく、この地域の情報が手に入りそうな地図やら地域の資料を集めていく。

 

 ――まずは日本地図だ日本地図! 江戸からここがどこまで離れているのか把握すりゃあイイ!

 

 場所が特定できれば江戸に帰ることも容易い。

 電車だろうが車だろうが地域さえ特定できれば転送装置などに頼らずとも自力で帰って来られる。

 

 ――海鳴市、海鳴市、海鳴市…………ここだ!

 

 人差し指で地図をなぞりながら、自分たちがいる町を特定できた。

 しかも見たところ、海岸付近の地域のようで江戸からさほど離れてはいないらしい。

 

 ――まァ、〝地図から見て〟だからな。帰るにしてもそれなりに時間を要するだろ。…………あれ?

 

 地図を見ていくうちに、土方はある違和感に気付く。

 

 ――あれ? ……江戸が…………ねーぞ?

 

 そう、なぜか江戸と言う地域が見つからない。

 いくら剣しか能のないと言われる真選組の一人である土方とて、江戸が日本のどこにあるかくらいは知っている。なのに、江戸があるはずであろう場所に、なぜか聞き覚えのない『東京』という名前があるのだ。

 

 ――あれ? …………あれ? ……あれ?

 

 土方は見間違いか何かかと思ったが、いくら探しても江戸と言う名前が出てこない。

 

 ――あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? ………………アレ?

 

 土方は慌てて他の地図も参照するが、

 

 ――…………ない。……ない。ない。ない! ない! ない!! …………ない。

 

 どの地図にも江戸の地名がなかったのだ。

 

「江戸がねェェェェェェェェェェェェェッ!!」

 

 とんでもない事実に対し、土方は他の利用者も省みず頭を抱えて叫ぶのだった。


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