魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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第六十七話:母と娘

 フェイトがクリミナルたちから最終決戦の報を受けた翌日。

 

 レオタードのような布地が薄く、黒いバリアジャケットを着込むフェイト。黒いマントを(なび)かせ、高層マンションの屋上の端に座っていた。

 片膝を抱え込み、金色のツインテールが横風によって揺れる中、ただジッと眼前に広がる街並みや森や空を眺める。

 

 今、海鳴市から遠く離れた森林には大きな結界が展開されている。きっと管理局が自分との戦闘用に用意した結界であろう。

 あの結界に入れば、最後の戦いは避けられない。

 一度は確認の為に結界に近づいたが、そのまま結界に入ろうという勇気は出なかった。

 差し迫った決着の時を感じつつ、こうやってただ景色を眺めていれば、過去の思い出が掘り起こされる。

 

 ――目覚めてから〝四年間〟……本当に色んなことがあった……。

 

 まず目覚めた時に自分の目に映ったのは白い天上。

 意識が覚醒していき、回りを眺めれば手術室のような無機質な部屋で独りぼっちで寝ていることに気付く。

 寂しさと不安がどっと押し寄せてきたと同時に、すぐにでも母の顔を見たくなってしまう。だから満足に動けない体ながらも、必死に母を探そうと歩いた。

 

 壁伝いに廊下を歩く自分を母が見るや否や、顔は血相を変えたように急変。

 自身を心配する表情こそ――最初に見た母の顔だった……。

 

 あの時、母の顔を見て、とても心が安らぎ、満たされた。あぁ、この人が私のママなんだ……、と心のどこかで無意識に思ったことを覚えている。

 

 それから二カ月程して、母の態度が優しいものからとても冷たいモノへと徐々に変わっていった。きっと、この時には自分たちの為に冷たい母親を演じ、クリミナルたちを出し抜く為の策を準備していたのだろう。

 母の苦悩などつゆ知らず、なぜ母さんは自分に冷たい態度を取るのか? そのことについてずっと悩み、考え、悲しんできた。

 

 ――母さんの〝本当の気持ち〟……それを知ったのはここ最近……。

 ――そう、銀時と一緒に時の庭園に中間報告に向かい、玉座の間で母さんに会った後……。

 

 

「フフフ……そんなに緊張しなくても大丈夫よ?」

 

 玉座に座る母――プレシア・テスタロッサがここ数年では珍しく柔和な笑顔を浮かべている。

 

「――ちょっとあなたに、やってもらいたいことがあるの」

 

 そう言って玉座から腰を上げ、ゆっくりとフェイトの前までやって来るプレシア。すると、徐々にだが彼女の体に変化が生じる。

 身長は徐々に縮んでいき、髪は黒から白いへ、肌の色は白から褐色へと変化。更にはプレシアが着ていた少々露出が多いドレスは徐々に白へと変化し、その材質が白い糸――〝髪〟の束へと変化してしまう。

 そしてドレスが髪へと全て変化し終われば、その下から白い簡素なワンピースが姿を現し始める。

 

 その一部始終を見て、目を見開き驚きの表情を浮かべるフェイト。目の前の光景を見つめ続ける彼女の前に立っているのは母――プレシア・テスタロッサではなく、褐色肌の白髪の少女。

 目の前の光景に少しの間、茫然としていたフェイトであったが、すぐさま表情を険しいモノへと変える。

 

「……久しぶり……だね」

「ふ~ん、思ったより驚かないのね」

 

 プレシアへと化けていた少女は怪しく笑みを浮かべ、人差し指を頬へと付ける。

 

「母を思う、娘の直感てやつからしら?」

「あなたには〝一度〟、騙されかけているから」

 

 険しい表情を崩さないフェイト。彼女が持つケーキの箱、その持ち手に力が籠められる。

 褐色肌の少女はくるりと踵を返し、両手を後ろで組んでがっかりそうな声で出す。

 

「まァ、紛いなりにも私の変身を見破られたワケだし、仕方ないっちゃ仕方ないのかもね……」

 

 ――そう、私が誰にでも化けられるであろう謎の少女に会ったのはこれが一度目ではない。

 私が最初に彼女と出会ったのは銀時に出会う前……。

 

 

 時刻は夕刻へと差し掛かる頃。

 アルフが特訓と称して庭で魔法の自主練をしており、フェイトは部屋で本を読んでいる時のことだった。

 

 コンコンと、ノックと共に入って来たのは実の母――プレシア・テスタロッサだった。

 予想外の来訪者に最初、内心フェイトは戸惑い、慌てた。

 だが、プレシアの「とても大事な話があるの」と言う真剣みのある言葉を聞いて、すぐに自身も表情を引き締め、居住まいを整え、母からの話を聞いた。

 そして一通り話を聞き終え、母から渡されたのは刀を模した待機状態のデバイス。

 フェイトが「コレは?」と聞けば、

 

「次に頼むジュエルシード集めはとても大事な仕事。だからお守りとして渡すわ」

 

 とプレシアは答えた。

 プレシアが取り出したデバイス――その性能を聞き、フェイトは驚愕した。

 その能力は魔力を吸収すると言う単純だがとても強力なモノ。そして使用者が使用を望む、もしくは危険に陥った場合は意識を乗っ取り、効率的に危険な対象を排除する機能を持っていると言う事。

 そしてこのデバイスは強力だからこそ、これから危険な任務に赴くフェイトの安全の為にお守りとして渡したいという事だった。

 フェイト自身は母からの贈り物とはいえ、このような特殊なデバイスを渡される事にとても戸惑った。

 

「万が一、あなたが敵に負けるような時が訪れたらソレを使いなさい」

 

 と言うプレシアの言葉を聞いて、フェイトはゆっくりとデバイスを受け取ろうと手を伸ばす――だが、その手はピタリと止まり、目の前の母に対して一言、言い放つ。

 

「……だれ?」

 

 フェイトの言葉に目をパチクリさせ、口を閉ざしてしまう母。

 そして驚くのは目の前の〝プレシア〟のみならず、フェイト自身もであった。自分の口から出た言葉が信じられないとばかりに、自身の口を反射的に右手で覆ってしまう。

 

 だれ……? それは本当に、自然と口から出た言葉であった。

 

 なんとなくではあるが感じていた目の前の母に対する〝違和感〟。

 最初は本当に気づかないほどのモノ。だが、話していくうちに徐々に目の前の母から感じる違和感は大きくなっていく。

 そしてデバイスの話を聞き終え、手にする直前になる頃には、さきほどの言葉が漏れだすように口から出てしまった。

 

 話を聞くうちは、母が少なからず自分を思ってくれているのだと思い込み、嬉しく感じてしまっていた。だが、同時に目の前の母に対して心がザワつくような違和感を覚え始めていたのだ。

 とはいえ、なぜあんな言葉を口にした? と内心自分を叱責してやりたい気持ちに駆られているのも事実だ。

 少女自身さへ、目の前の母を意識的に別の誰かであると思ってすらいなかったのだから。

 

 フェイトはさきほど無意識的に口を覆った右手をどけ、震える唇をもう一度開かせる。

 

「……か、母さん……ですか?」

 

 その時、本当に自分で自分がなにを言ってんだかもうワケわからず、頭はパニック状態へと陥るフェイト。対して、プレシアは浅くため息を吐く。

 

「まさか、見破られるとは思わなかったわ……」

「……えッ?」

 

 と声を漏らすフェイト。

 今目の前の母は何を言った? と考えているうちに部屋を歩き出すプレシア。

 

 母が背を向ける頃には体は徐々に変化していく――色が抜け落ちたような白い髪に、プレシアよりも遥かに低い身長、そして浅黒い肌。母とは重なる部分が一切ない少女――トランスへと。

 

「ッ!?」

 

 まさかの光景にこの時のフェイトは間の抜けた顔をするばかりで、完全に茫然自失となる。

 背を向けたまま体の変化をフェイトに見せつけた少女。彼女は片足を使ってくるりと可愛らしくターンし、後ろに手を回して微笑みを浮かべる。

 

「私はトランス。初めましてー……に、なるかしら?」

 

 と言ってトランスは側頭部に人差し指を当てて考えるポーズをした後、あからさまに残念と言わんばかりにため息を吐く。

 

「にしてもまさか……バラす前にこんなあっさり見破られるなんて……。折角のサプライズが台無しね。結構自信があった……のに?」

 

 そこで、フェイトの顔を見ながら喋っていたトランスの言葉が止まる。

 それもそのはず。なにせフェイトの口はわなわなと動き、

 

「あッ、あッ、あッ……」

 

 と言う単語を何回も繰り返し出すありさま。完全にショッキングなシーンを目撃して動揺して間抜けな顔を晒す人のそれ。

 そしてやがてフェイトは大きく口を開く。

 

「あッ、あなたはだ――!!」

 

 あふれんばかりに声を上げようとした直後、トランスが飛びつかんばかりの勢いで少女の口を両手で塞ぐ。

 勢いよくトランスが突っ込んできたので、フェイトは後ろのベッドへと押し倒されてしまう。

 

 フェイトは突然の衝撃に目を白黒させるが、ベッドに背中を受け止められたお陰でとくに痛みを感じることはなかった。とはいえ、頭は混乱したままであり、デバイスが手元にない。念話でアルフに救援をかけるなんて考えすら頭から消えてる状態だ。

 瞳を揺らすフェイトに、トランスは汗をダラダラ流しながらゆっくりと顔を近づけ、訝し気に少女の顔を見る。

 

「…………も、もしかしてあなた……確信があって疑ったんじゃ……ないの?」

 

 その時のトランスの口元はとてもひくついていた。

 

 

「無意識に出た言葉とか……」

 

 ベッドに腰を下ろすトランスはフェイトからさきほどの言葉の真意を聞いた後、目元を手で覆いながら項垂れる。

 一方のフェイトはというと、トランスの横に座り、ただジッと落ち込む姿を見せつける白髪の少女を観察している。

 トランスはフェイトの視線など気にせずなんかぶつぶつと、あの時の練習の意味は? 今までの訓練の意味は? 私の努力ってなんだったの? つうか思わずってなに? なにこの子動物か何か? つうか鬼ババにバレなくてよかった、などと呟いていた。

 

 フェイトはフェイトで念話で助けを呼べない状態なので、ただ待つしかない。

 さきほど、「もし余計な事――って言うか余計な念話をしたらあなたのお母さんがとても困った事になるわよ?」と脅しを受けた。

 だがしかし、普通ならまず他人に念話が聞かれるはずなどない。隙だらけなので、アルフに念話しようと試みれば、

 

「だから念話すんなって言ってんでしょ」

 

 とジト目で忠告してきたので、内心驚かずにはいられなかった。

 一体どうやって念話を傍受した? とフェイトは疑問に思うが、相手がタネを明かすことはまずないであろう。仕方なくトランスが話しかけるまで待つ他なかった。

 しばらくしてやっと考えがまとまったのかトランスは「バレちゃったもんは仕方ない、か」と呟いて、チラリとフェイトへと視線を向ける。

 

「……ねェ、あなた」

 

 不意打ち気味に声をかけられたフェイトは一瞬ビクッと肩を動かす。対して、トランスは薄く笑みを浮かべると肘を膝に付けて頬杖を付く。

 

「〝お母さんが隠してる事〟、知りたくない?」

 

 

 そして時間はフェイトが玉座の間でトランスと再会している頃まで戻る。

 

 フェイトはトランスの後を付いていきながら、玉座の間の奥の通路の先にある部屋へと案内される。

 

「母さん、あなたたちに逆らったんだね」

「無謀にも、ね」

 

 トランスは背を向けながらケーキの箱を持つフェイトの問いに一つ一つ回答していく。

 

「ほら、この部屋にあなたのお母さんが居るわよ」

 

 扉の前まで来ると、トランスはポケットから鍵を一つ取り出し扉の鍵穴に差し込みロックを外す。

 そして白髪の少女は体を横へと移動させ、フェイトは扉のドアノブへと手を掛ける。だが、フェイトは母がいるであろう部屋へと入る前にここまで案内してくれた少女へと視線をチラリと向ける。

 フェイトの視線に気づいたトランスはくるりと背を向け、その長い白髪を惜しげもなく見せる。

 

「時間なら大丈夫よ。もしあなたのお仲間が痺れを切らしても私と部下が対処することになるでしょうし」

 

 お仲間とはもちろん、玉座の間の扉前で待つ銀時とアルフのこと。どうやら時間が掛かることも織り込み済みでフェイトを案内しているらしい。

 

 やがてトランスは右に左に長い白髪を揺らしながら歩いて行く。

 フェイトは去っていくトランスを一瞥した後、胸に手を置いて深く息を吸っては吐いて呼吸を整える。

 小さく、よし、と呟く少女。ドアノブを回して扉をゆっくりと開けていく。

 居た――。

 扉が開けば、目の前にはベッドに座り視線を落とした母が居たのだ。その恰好は今まで着込んでいた露出が多めのドレスではなく、記憶にある薄紫の上着に黒の長いスカートといった私服を着た母――プレシア・テスタロッサの姿であった。

 もちろん静寂に包まれた部屋のドアが開けば、中にいる人間は反応し、視線が向く。

 プレシアは入って来たフェイトを確認してなんの反応も示さずにまた視線を落とす。それこそ、「なんだフェイトか……」と言わんげな顔だったが、

 

「? ……ッ!?」

 

 慌てて二度見して確認し、目を見開く。それこそ、「うそッ!? なんでここにフェイトがッ!?」と言わんばかりの顔。

 

 フェイトはゆっくりと部屋の中に入りドアを閉め、扉の近くに備え付けてあるサイドテーブルにケーキが入った箱を乗せる。

 プレシアは少し汗を流しながらフェイトの一連の動作を眺めていた。少女は一通りの行動を終えれば、少し離れた位置に立ち、両手をお腹の前に添え、ただ黙して母の顔を見つめる。

 

 フェイトは口を少しまごつかせた後、ゆっくりと開く。

 

「――お久しぶりです、母さん」

 

 フェイトの言葉を聞いてプレシアは視線を少し間逸らして黙考した後、視線を戻す。

 

「……玉座の間には、私の偽物がいたはずよね。なぜ、あなたがこの部屋に来たの?」

 

 フェイトは、さすがは母さんだと思った。

 的確に必要な情報を得る為、冷静に質問を投げかけてくる。

 

「母の偽物だと、私が気づいたからです」

「ッ……!」

 

 プレシアの口が少しだけ開き、若干驚きの表情を浮かべる。彼女が驚くのも無理はない。なにせいくら娘とは言え、姿から声まで瓜二つである相手を偽物であると見抜くことができたのだから。

 とはいえ、フェイトがトランスの変身に気づけたのは本当にたまたまなのだが、そこら辺はあえて黙っておく。

 プレシアは少々腑に落ちないと言わんばかりに視線をあちこちに彷徨わせ考え込むが、すぐさま思考を切り替えるようにフェイトへと問いかえる。

 

「まぁ、実際あなたがこの部屋に入って来たのだし、詳しい経緯の説明は求めないわ……。私の命を……人質にでも取られた?」

 

 フェイトは無言で深く頷く。

 娘の返答を聞いてプレシアは「そう」と短く頷き、目を細め視線を下へと向ける。

 ただ黙って母の言葉を待ち、やがてプレシアは視線をフェイトへと戻すと。

 

「――あなたは連中に、何か吹き込まれた?」

 

 鋭い視線で問いかけるプレシアに対し、フェイトは包み隠さず話した。

 母にはもう一人の娘、つまり自分の姉であるアリシア・テスタロッサが居ること。

 当初はアリシアを助けるため、プロジェクトFを完成に向けて協力していたこと。

 アリシアはトランスが所属している自称傭兵集団であるクリミナルに捕らえられほぼ人質状態になっていること。

 アリシア奪還を理由に、プレシアはクリミナルに逆らったはいいが、結局捕らわれの身となったこと。

 そしてそれらすべての情報を正体が見破られたトランスが教えてくれたことも。

 

「……なるほど」

 

 と言ったプレシアは呆れたようにため息を吐く。

 

「あなたを騙せなかったもんだから今度は脅しに近い形で取引を持ち掛けたってところかしら? ちょっと強引な方法だけど」

 

 プレシアはこう考えてるに違いない。

 フェイトを騙せなかったトランスは自身の任務を強引にでも成功させる為に敢えて母と自分たちの間柄を教える。そうする事でフェイトを脅迫して自分たちの言う事を聞かせる算段であろう、と。

 母の憶測を聞いてフェイトはバツが悪くなり、唇を横一文字に伸ばす。

 実際母の言う事に近い『取引』を白髪の少女とやってるだけになんとも言えない。

 

 やがてプレシアはやれやれといった表情で、少し辛そうに話し出す。

 

「……それと、あなたがあの白髪から聞いた事はほとんどが本当の事よ。だから否定はしないわ」

「やっぱり本当……なんですね」

 

 母の回答に、フェイトは表情を曇らせてしまう

 一応トランスから聞かされた話が自分を騙す為の口から出まかせでない事は今更わかっている事ではあった。だが、こうやって面と向かって事実だと聞かされると、やはり母が自分の知らない間に苦しんでいたのだと思い知る――と同時にあの〝事実〟もやはり本当であるという確信に変わっていく。

 

 プレシアはフェイトの表情を見ると、薄く冷笑を浮かべる。

 

「だけど、賢いあなたなら〝腑に落ちない点〟があったんじゃない?」

「ッ……!?」

 

 自分の心の内を見透かされた気分に陥り、フェイトは緊張で身を固くする。

 プレシアは娘の反応を確認し、更に言葉を続ける。

 

「あの白髪小娘の言った事がすべて真実であるなら、なんで私があなたにあんな〝冷たい態度〟を常に取っていたか、疑問に思ったんじゃない?」

 

 フェイトはいたたまれず顔を下へと向けてしまう。

 娘の反応に構わず、プレシアは言葉を続ける。

 

「いえ……そもそもアリシアの〝存在〟を知っているなら、一番の疑問をあなたは持ったはずよ」

 

 フェイトは自分の胸が締め付けられるような感覚を覚え、服の胸元を右手で鷲掴む。

 

「あなたはもう……知っているんでしょ? 自分の……」

 

 そこでプレシアは一旦言葉を止めるが、やがて口を開く。

 

「――〝出生〟について?」

「ッ……!!」

 

 フェイトは全身の毛が逆立つような感覚を覚える。

 

 ――真意に迫ってくる母の言葉一つ一つが、私の気持ちをより圧迫した。

 

「まぁ、本当にアリシアの事まで聞いたのなら、あなたの〝記憶の間違い〟には気付いてしかるべきよね」

 

 ここまで母の口から聞かされれば、事実を言われたも同然だ。

 

 フェイトは息が詰まるような感覚に襲われ、動揺を隠せず、呼吸を荒くさせ、汗を流す。もうその反応だけで、母には答えを言っているようなものであろう。

 

「……そう……。やっぱり……そう……なのね……」

 

 ――トランスに、母が監禁されている部屋への案内を頼んだのは母の〝真意〟を知りたかったから。自分を本当はどう思っているか知りたい、というその一心から。

 

「……となると、私があなたをどう思っているか知りたい、ってところかしら? まぁ、あなたの態度を見れば私の無事を確認しに来ただけじゃないって事は薄々分かってはいたけどね」

 

 フェイトは自分の幼稚な真意と目的を言葉にされ、いたたまれず視線を逸らし、瞳を揺らす。

 

 ――前々から願っていたのだ。真実を聞かされた時から知りたかった。

 

「何もかも分かった上で、私に会いに来たのね」

 

 ――自分が……〝アリシアのクローン〟である自分が母にどう思われているのか……。

 

「思ったよりも、早くなってしまったわね」

 

 緊張と不安のあまりフェイトは胸を抑え、顔を落としてはいるが、プレシアが立ち上がったのは気配でなんとなく分かる。

 

 ――私はこの時、もの凄く怖かった……。

 

「さすがにここまで来て、黙って隠し通すなんて事はしないわ」

 

 ――母の本心を知りたいと思うと同時に、母が自分を拒絶する未来を……〝娘と思われていない〟未来を想像してしまって……たまらなく怖かった……。

 

 ゆっくりとプレシアが自分に向かって歩いて来るのが分かる。

 

 ――母から生まれていないのだから、娘ではないと頭で理解しても、母に拒絶されるという未来を気持ちがまるで受け入れられず、恐怖だけが心が埋め尽くした。

 

 母の足音が近づいてくる度に鼓動は早まり、フェイトは溜まらず胸を抑えながら両膝を折って背を丸める。

 

 ――怖くて苦しくて……今にも逃げ出してしまいたかった……。

 

 良くない事に賢い彼女の頭は理論的に最悪な形の母の答えを想像してしまう。そしてそれを思い浮かべる為に心が蝕まれ、目に涙を溜めてしまう。

 そして自分の目の前まで母がやってくるのが分かった。

 

「――これが私の答え……」

 

 ふわり、とフェイトの体を何かが包み込む。

 それはとても暖く、優しく、懐かしいモノ――。

 

「ッ……!」

 

 瞳を揺らし、動揺をするフェイト。そんな娘を腕いっぱいにして抱きしめる母は耳元で囁くように言葉を掛ける。

 

「ごめん……なさい……。本当に辛い思いを……させてしまったわ」

 

 耳元で四年越しに聞こえる母の優しげな声は、どことなく嗚咽が漏れ出している。

 

「……かあ、さん……」

 

 ただ抱きしめられ、顔を上げるフェイト。少女は嬉しさ、悲しさなどあらゆる感情がない交ぜになってしまい、何を言えばいいのか分からず、ただ口を動かすことしかできない。

 

 ――だって、そうだ……。ずっと見たいと……聞いてみたいと思っていた……

 

 プレシアは優しく割れ物を扱うように抱きしめながら、娘の頭をゆっくりと撫でる。

 

「あなたは本当に……よく頑張ってくれた。よく耐えてくれた。泣き言や文句だってあっただろうに、ただ実直に私のわがままに最後まで付き合ってくれたわ……」

 

――今の今まで辛くても頑張って、努力して、我慢してきたのは……。

 

「ありがとう……本当に……ありがとう……。あなたは私の誇りであり……」

 

 フェイトの後頭部と背中に手を回すプレシア。彼女は体と顔を少しだけ離し、娘に自分の表情が見えるようにする。

 フェイトの目に映る母の頬には水の線がくっきり見えた。そんな顔は、悲しげでありながら、優しさに満ちたモノ。

 

「――自慢の〝娘〟」

 

 ――目の前の母に……記憶の片隅に残っていた優しい母に会う為……。

 

 最早フェイトには言葉を発する暇すらなく、ない交ぜになった感情が決壊したダムのように押し寄せ、ただただ涙を流す。

 

――その時、私は……もう二度と離さないとばかりに、母の体を思いっきり抱きしめ、とにかく感情の赴くままに泣いて泣いて泣き続けた……。

 

フェイトは母の胸に顔を埋め、服を握りしめ、わんわんと鳴き声を上げる。

 

――心はとても満ち足りて、嬉しいはずなのに……目から出るのは涙。口から出るのは泣き声だけ……。

 

「ありがとう……。お母さんて言ってくれて……。まだ……あなたのお母さんと認めてくれて……ありがとう……」

 

 ――そして母は、何度もありがとうと言う言葉を繰り返し、私の背中と頭を優しく撫で続けてくれた。

 

 ――私が一度でも良いから聞きたいと思っていた言葉を何度も……何度も……言ってくれた……

 

 

 

 

 ――心が落ち着きを取り戻すまで、私はずっと母さんに抱き着いていた。それこそ、時間を忘れて……。

 

 少し泣き疲れたフェイトを気遣ってか、プレシアは娘の頭を自身の膝の上に乗せている。娘は娘で母の行為に甘え、顔を母のお腹の方へと向けている。

 

 頭を何度も優しく撫でられるフェイト。娘は母――プレシア・テスタロッサの口から、彼女がひた隠しにしてきたであろう全ての事実をおおまかではあるがあらためて聞かされた。

 姉を助ける為にプレシアがずっと演技をし、奮闘してきたこと。

 そして、アリシアを助ける為――という言い訳の元、罪から目を逸らすようにアリシアのクローン――フェイトを作り出してしまった事も。

 

 赤の他人であるトランスではなく、家族であり母であるプレシアの本人の口からはっきりと。

 

「…………」

 

 話しを終えたプレシアは黙るフェイトへ「やっぱり、今でも辛い?」と問いかける。その声は悲しい色を帯びてはいるが、優しくもあった。

 

 無論プレシアは、『クローンとは言え、結局は人と違う生まれ方をした子供』であると言う説明は既にしてくれている。とは言え、母のお腹の中で生まれなかった事実を知っているフェイトの気持ちを確かめずにはいられなかったのだろう。

 問いかけるプレシアに対して、フェイトはまた視線を母の腹部へと戻してから口を開く。

 

「ショックを受けてないって言えば……嘘になる……」

「そう……」

 

 複雑な表情をし、視線を落とす母の顔をフェイトはチラリと覗いた後、「だけどね」と言って言葉を紡ぐ。

 

「正直に言えば、どうでもいい……かな?」

「え?」

 

 意外そうな表情をするプレシア。母にチラリと視線を向けた後、フェイトは微笑を浮かべる。

 

「うん。前の私なら分からなかったけど……たぶん、今の私にとっては生まれ方なんてどうでもいいことなんだと思う」

「そう……なの?」

 

 プレシアは驚きを含んだ声で聞く。

 やはり、幼くても頭の良いフェイトなら、自分がクローンとして生まれたという真実にもっと悲しみ、苦しむとばかり思っていたのだろう。

 

「自分がクローンだって事に対して……なんて、言うのかな? 私の生まれ方に対して心があんまりざわつかないんだ」

 

 フェイトは笑顔を母に向けて「むしろスッキリしてる」と告げた後、顔を下げて胸の前で手を握りしめる。

 

「今……感じているのは……喜び」

 

 娘は母の膝の上で、ぽつりぽつりと語り続ける。

 

「頭の中で考えているのは……母さんにアリシア……アルフや……それに銀時のことばっかり……」

 

 言葉の最後に「それと、私の前に何度も現れた白い魔導師も、かな」と小さい声で付け足す。

 

 プレシアは微笑みを浮かべなら「そうなの」と短く答える。

 母は自分の膝の上に頭を乗せる娘の頭をゆっくりと優しく撫でながら、満足げに笑みを浮かべる。

 

「私の知らない間に、強くなったわね……」

 

 フェイトはギュッと母の服の袖を握りしめる。

 

「……強くないよ……私は全然……強くない……」

 

 ――少々身勝手ではあるが、私はこの時、自分を責めていた。どうしてもっと早く母の苦しみに気づけなかったのか。自分が気づいてさへいれば、母の助けになることができたのに、と。

 

 フェイトの言葉を聞いてプレシアは首を横に振る。

 

「わざわざ無理に強くなる必要なんてないの。あなたが弱くても強くても私は構わない。だってあなたは――」

 

 プレシアは優し気な微笑みを浮かべ、フェイトの頭を優しく撫でる。

 

「――私の娘である事には変わりないもの」

「……うん」

 

 フェイトは母の言葉を噛み締めるように頷く。

 

「……聞いてもいい?」

 

 唐突な質問に対してプレシアは「ん?」と反応し、フェイトはチラリと視線を母の顔へと向ける。

 

「なんで母さんは演技をやめて、全てを打ち明けてくれたの?」

 

 すると、プレシアは少々意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「なら……今この時、あなたを冷たく突き放す方が良かったかしら? そうすれば、あなたは私を見限って管理局に保護される道も――」

 

 フェイトはギュッと服を握りしめ、顔を母のお腹へと埋める。

 

「無理。そんなことされたら、絶対に心が壊れちゃう」

 

 フェイトのちょっとした冗談交じりの甘えに、プレシアはフフフと笑みを零す。

 

「私もそう。もし必要であったとしても、これ以上あなたを傷つけたら私が壊れてしまいそうだもの」

 

 そこまで言ってプレシアは顎を指で持ち上げ、「まぁそもそも」と言いながら視線を明後日の方向へと向ける。

 

「あなたはとっくに私の裏の事情を知ってしまったのだから、隠していても仕方ない事よね」

 

 と言った後、プレシアは困ったように苦笑いを浮かべる。

 

「そもそもあなた、意地悪な母親を最後まで見捨てるつもりがなさそうほど頑固そうだもの」

 

 プレシアの言葉を聞いてフェイトは顔を母のお腹かに付けたまま図星つかれたように「うッ」と声を漏らす。

 

 母の真意を知らないままさきほどの場面で「大っ嫌い」だとか「なんとも思ってない」だとか言われた暁には精神的ショックを多大に受けてはいただろう。だが、それでも母を見捨てられない自分が居る自覚を持っていた。

 メンタルがどこまでも強靭ではない癖に妙な部分で意固地な部分を持つ自分自身に若干呆れてしまうフェイト。

 

 プレシアは苦笑いを浮かべながら「リニスの言っていたとおりね」と言い、フェイトは「えッ?」と反応してしまう。

 フェイトは少しだけ頭を後ろに逸らして片目だけを母の顔へと向ける。対して、プレシアは懐かしむように語りだす。

 

「リニスが昔、私に言ったの……意固地なまでに家族に一途な部分は私にそっくり、って。…………本当にそうね」

「リニスが……」

 

 今はもう居なくなってしまったが、本当にリニスは自分と母の理解者であったのだろう。

 母の言葉を聞いてフェイトは瞳を潤ませ、プレシアは慈愛が籠った眼差しを向けながら娘の頬に手を添える。

 

「あなたはどこまでいっても私の娘……それは他人だって、私だって否定できない事実。そして、あなたやアリシアのようなもったないくらい立派な娘を持てた事が私のなにより誇りであり、喜び」

 

 そこまで言ってプレシアは頬を掻きながら少々恥ずかしそうな顔で「本当に私も愚直なまでの親バカね」と言葉を付け足し苦笑いを浮かべる。

 母の心からの吐露を聞いてフェイトはより瞳を潤ませ、涙を目の端で溜める。

 プレシアに――母に娘としてここまで認められ、愛されているという事実が嬉しくてたまらなかった。

 そしてここまで自分を思ってくれている母に対して、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で、ありがとう……と、告げるのだった。

 母の耳に届いたのか分からないが、母はより一層娘の頭を優しく撫で続けた。

 

 ――トランスが私にここまで十分な時間を与えてくれた理由は分からないが、おかげで〝本当の母〟と十分に話すことができた。まぁ、母と溝を作ってくれた主な原因の一人でもあるわけだが……

 

 ひとしきり母親と話したフェイトはベッドに座ったまま居住まいを正す。次に気持ちを整える為に手を胸に当てて何度も深呼吸を繰り返す。

 

 ――本当の母の気持ちも知った。自分が置かれている現状も把握している。なら、私がすることはもう決まっている……。

 

 フェイトは母と二人で居るこの部屋を出る前に、今一度自分を落ち着け奮起させる為の準備を行う。

 

「……ねぇ、フェイト」

 

 すると、隣に座るプレシアが話しかけてきた。

 さきほどの優し気な声と表情とは打って変わり、真剣な面持ちがフェイトの目に映る。

 

「あなたがこれから何をしようとしているかは、大体察しが付くわ」

 

 ――望みが叶ったからと言って、もう憂いも悔いもないワケじゃない。

 

「だけど、あなたが無理をして傷つく必要はないの。ましてや、私を救う為なんて考えで連中の要求を呑むなんて事はしてはダメ」

 

 目の前の母の顔は、演技の時には一度も見せることのなかった、フェイトも初めて見る〝母として〟真摯に娘へと訴えるようとする顔。

 

「アリシアの為に間違った選択肢を選んでしまった私が……言えた義理ではないのかもしれない」

 

 ――家族で幸せに過ごす未来こそが私の本当の望み。

 

 母の言葉に聞き入り、見入ったように顔を見つめるフェイト。そしてプレシアは「だけど……」と言って娘の両肩に手を置く。

 

「まだ何とかなる今のうちにあなただけでも助かって欲しい。一人の母親として、あなたには自由の身になってほしいの」

 

 ――だけど、もう〝今〟の私には家族と幸せを過ごす未来(さき)がやって来ることはないのかもしれない。

 

 プレシアは悲しそうに視線を逸らし、少し弱々しい声ながらも訴える。

 

「……あなたにとって、とても辛い選択をさせようとしている事もわかっているわ……」

 

 だが、すぐにプレシアは視線をフェイトへと戻し、力強く言い放つ。

 

「それでも! あなたは自分を助かることだけを考えて行動して欲しいの! 例え今のあなたがデバイスに操られてしまうとしても!!」

「母さん……」

 

 ただ母の名を呟き、フェイトはプレシアの右腕にそっと手を乗せる。

 

「ごめんね……母さん……」

 

 ――例え、要求通りに動いたとして家族が救える可能性がとても低かったとしても……。

 

「フェイト……」

 

 悲しそうな表情で自分の名を呼ぶプレシアの手の甲に、フェイトは自身の掌を重ねる。

 

 ――例え私の未来が暗闇に閉ざされてしまうのだとしても……。

 

「……私……ダメな、子だね……」

 

 フェイトは自分の肩に乗る母の手をゆっくりと横にずらしながら囁くように語り掛ける。

 

「母さんの期待に応えられない……悪い子……だよね」

 

 ――母さんの優しい笑顔を取り戻す為に良い子でいたのに、今度は母さんの言う事を聞けない悪い子にならなくちゃいけない。本当におかしな話だ……。

 

「だけど……母さんを置いていって……」

 

 両肩に乗った母の手をどける頃にはフェイトの肩は震え、声には嗚咽が漏れだし、目には涙が溜まり始める。

 

「……置いていって……。良い子になるなんて事……できない……!」 

 

 フェイトの心からの吐露を聞いて、プレシアは何も言えなくなったのか、ただ何も言わずに娘の言葉を受け止める。

 

 ――やはり私は少しでも家族を生かそうする道を選んでしまうわがままな娘のようだ。

 

 フェイトは袖で目元を拭う。ゆっくりとベットから腰を上げ、そしてプレシアに背を向けながら、告げる。

 

「……母さん。私ね、やっぱり母さんを置いていく事はできない。例え、デバイスに操られて自由が利かないって前提がなかったとしても」

 

 フェイトは自分が首に掛け、服の裏にある待機状態の刀のデバイスをギュッと握りしめる。それこそ、握りしめて砕かんばかりの勢いで。

 

「分かってるよ? 母さんの為に犯罪者の言う事を聞くのが、いけない事だって」

 

 だけど、と言ってフェイトは振り返り、目を潤ませながら告げる。

 

「やっぱり私って、母さんの……娘だね。この道を選ばなきゃ家族を失うって分かっちゃうと……もう、止まれなくなる。別の道を選べなくなる」

 

 そしてまたドアに顔を向け、母に背を向けながらフェイトは胸元を鷲掴み、服ごとデバイスを握りしめる。

 

「ごめん……なさい。……悪い子で。言う事を聞かない……悪い子で」

 

 フェイトの決意を聞いたプレシアは「……そう。わかったわ」と短く呟く。

 とにかく、気持ちが揺らぐ前に部屋を出ようとドアノブに手を掛けようとした時――突如として、ギュッと後ろからフェイトの体が抱きしめられる。

 

「ッ!?」

 

 もちろんそれをやったのはプレシア。

 少々驚き、戸惑うフェイトを優しく抱きしめる母。彼女は顔を娘の横に並ばせ、囁くように告げる。

 

「……そこまで言われたら、もう……何も言えないわね」

 

 プレシアの声は少々潤みを含み、そしてなにより優しげであった。

 

「だからせめて……あなたの苦しみを和らげる手伝いをさせて」

 

 プレシアはしっかりと、それでいて優しくフェイトの体を抱きしめる。

 今の(フェイト)にとって(プレシア)からの抱擁がどれだけ気持ちを楽にさせる事か。

 フェイトはもう何度目になるか分からない嬉し涙を必死に堪え、顔を下へと向ける。

 

 ――抑え込み、背負おうとした恐怖も不安も拭い去ってしまう母は本当に……。

 

「せっかく我慢しようとしたのに……ズルいよ……母さん……」

 

 フェイトはまたしても、母に甘えてしまうのだった。

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