どこかの公園。
「…………」
公園の中心に立つ男――近藤勲。手入れがあまりされていない彼のボサボサ髪の頭。その上に、できたてほやほやの定春のウンコがデコレーションされていた。
汚い物の代名詞であり、お子さま向けギャグの定番でもある物体が、近藤の頭に乗っかっている。一言も喋ろうとせず、直立不動で立っている彼の顔は下を向き、この世の終わりのような表情。
ぶっちゃけ、頭にウンコ乗せたおっさんが公園の真ん中でじっと動かず立っている姿は、シュールで異様だ。まさにエンガチョ。
「エンガチョ」
と神楽は一言。
「いや、ホントに言わないで神楽ちゃん!! これ神楽ちゃんのせいなんだから!!」
新八が叱るとチャイナ娘は口を尖らせる。
「なんでアルかァ? ゴリラにウンコしたのは定春ネ」
「ペットの不祥事は基本的に飼い主の責任だ。責任もって近藤さんをフォローしろ」
土方がタバコを吸いながらたしなめる。
「おめーがしろヨ、フォロ方」
「誰がフォロ方だ!」
毒舌チャイナ娘に土方は怒鳴った後、ほれと首で促す。神楽は渋々といった具合に近藤に近づく。
「おい、近藤」
近藤の肩を神楽がポンと叩く。そしてウンコゴリラが振り向けば、チャイナ娘のフォローが入る。
「これを機に運が付いた思えばイイネ。ウンコだけに」
「どんなフォローしてんだ! ただの追い打ちじゃねェか!!」
土方は怒鳴りながらツッコミを入れる。
「つうか全然ウマくねーんだよ!! 不謹慎だろうが!」
神楽は土方にジト目向ける。
「お前のツッコミ、新八並にクドいアルな」
「なんどとコラァ!!」
土方は額に青筋浮かべさらに怒鳴り声を上げる。怒りのあまり腰の刀に手を掛け、抜刀一歩手間。横では新八が「ちょっと神楽ちゃんそれどういう意味ィ!」とツッコンでから神楽を叱る。
「さすがに今のは神楽ちゃんが悪いよ! 土方さんも落ち着いて! 今は近藤さんを元気付けないと!」
ああクソ! と土方は髪を掻き毟り、なんとか自分を落ち着けようとする。一方、山崎が探り探り近藤を慰める言葉を言う。
「きょ、局長……元気……出してください。いつか、その……きっと、良い事ありますよ。それに、服に付かなかっただけでも不幸中の幸いなんじゃないかと……」
ただ、励ます山崎は、近藤の肩とか体に触れようとしない。
すると新八も「そ、そうですよ」と言って、山崎と同じようにやんわり慰める。
「神楽ちゃんの言ったことはアレですけど、こんだけ悪い事が起こったんですし、その見返りに今度は良い事が起こりますって」
だが、慰めの言葉をかける新八も、触ろうとも近づこうともしない。
良識ポジからの言葉を受けても、近藤の気持ちが高揚する気配は無し。そして、神楽も元気付けようと。
「そうアル。お前は普段脱糞するようなウンコキャラなんだから、そんなに落ち込むなヨ」
「オメーはもう黙ってろ!!」
土方が神楽の余計な一言に怒鳴る。
神楽の一言がトドメになったのかは分からないが、近藤は目に涙を溜めて両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしながらも泣くのを我慢している。わんわん泣かれるよりもかなり悲壮感漂う姿に、新八は凄く罪悪感を覚えたようで、なんとも言えない悲しそうな表情だ。
傷つく近藤。沖田のジト目が神楽たちに向く。
「あ~あ、泣かせちまった」
「今は近藤さんを放っておこう。こういう時は落ち着くまでそっとしておくのがいい」
さすがは土方。真選組でも一番フォローしている男だけあって、こういう時の対応の仕方も心得ている。
「とりあえず」と言って土方は周りを見渡す。
「ここがどこで、〝万事屋〟の野朗が近くにいるのか探索するのが先だ。見たところ、ここは歌舞伎町でも江戸でもないからな」
近藤は土方の言った『万事屋』という単語を聞いて、耳をピクっとさせ、泣き声が止まる。
土方の言うとおり、今いるのは公園。近くを見渡してみた限り江戸の町ではないようだ。建物の様相や町並みは江戸や歌舞伎町に近いものだが、やはり住んでいた町とは違う部分があるのはすぐに分かる。やはり、ここは自分たちの知らない土地であるのだろう。
沖田が「そうでさァ」と言って同意を示す。
「まずは〝旦那〟見つけるのが先決ですぜ。そうすれば、後は帰るだけですから」
「でも、周辺の探索も必要ですよ」
と、新八が沖田の考えに意を唱えつつ意見を言う。
「どんな危険が待っているのか分からないんですから。〝銀さん〟を探すにしても、探索の後に捜索を開始しても損はありません」
銀時を示すフレーズを聞いていくうちに、近藤は肩を震わせ始める。それは悲しみからくるものではない。そう、
「万事屋ァ……?」
今の近藤の心の奥には、悲しみよりも深い怒りが渦巻いているのだから。
目を吊り上げ、怒りを徐々に露にする近藤。彼の急激な変化に山崎は驚く
「きょ、局長!?」
当の近藤は怒りを燃やし、声を張り上げる。
「そうだァァァッ!! 俺はこんなとこでウンコに囚われている暇はない!! 俺は
近藤の目の奥で炎が真っ赤に燃え上がる。そして、ウンコを頭に乗せた男が公園を飛び出し、駆けて行く。その様子を呆然と見ていた土方は、我に返って慌て出す。
「お、おィィィィッ!? 今の近藤さん止めろォォォッ!! どんな地域にしろ今の近藤さんほっといたらしょっ引かれるのは目に見えてるぞ!!」
土方の言葉を聞いて真っ先に止めに行くのは、真選組の常識人枠である山崎。
「局長ォォォッ!! せめてウンコは落としてから暴走してくださァァァい!!」
「いや山崎さん!! 別にウンコとか関係なく近藤さんの暴走は止めてくださいよ!!」
万事屋の常識人枠である新八がツッコミながら山崎に続き、慌てて近藤を追いかける。
土方は「くそッ!」と自棄気味に頭を掻く。
「そういえば近藤さんの嫉妬を忘れてた!」
近藤が銀時を追って瞬間移動した理由の一部、というか大半が銀時に対する嫉妬(勘違い)。そのことを今さらながらに土方は思い出している。
今の近藤は考えるよりすぐ行動してしまう、まさに目を離せばいつの間にかいなくなってしまうしん○すけ状態。
自分の配慮が足りないことに対して、土方はいつもより深くタバコを吸う。なんとか彼なりに、今の状況でも冷静に判断しようと努めているようだ。
すると沖田が「あッ……」と声を漏らし土方が反応を示す。
「なんだ総悟? これ以上のメンドーはごめんだぞ」
沖田が思わせぶりに声を出すので、土方はジト目を向ける。土方は既に沖田が碌なことを言わないであろうことは予想しているのだろう。
沖田は周りに目を向けつつ話す。
「近藤さんが旦那に嫉妬丸出ししていることで思い出したんですが、柳生の連中がいませんぜ?」
「えッ?」
土方はその言葉で今まで忘れていた二名の存在を思い出す。
柳生九兵衛と東城歩。
土方は慌てて公園を見渡す。だが、二人の姿はどこにもない。彼女たちも自分たちと一緒に瞬間移動装置でここに転送されているはずだ。今まで二人がまったくセリフを喋らないのは静観していただけかと思ったが、実は二人はどこにもいなかったようである。
「アイツらいねェェェェッ!!」
シャウトし、土方は次々と起きるトラブルに対して両手で髪をがしがし掻き毟る。
「アイツらどこいった!? つうかなんでいねーんだよ!!」
対照的に冷静な沖田が、顎に手を当てて分析を始める。
「そう言えば、なんか重量オーバーでちょっとしたトラブルが起こるかもしれないとかなんとか、研究員の奴がスピーカー越しに言ってたじゃありやせんか。たぶん、それであの二人は別のとこに飛ばされたのかも知れませんねェ」
「たくッ! 次から次にメンドーな事に!!」
土方の憤りがより顕著なものになる。
出発してすぐにこの有様。いや、出発する前から色々問題だらけだったのではあるが。とにかく、前途多難もいい所だ。
「どうします? 柳生の連中探しに行きやすか?」
と沖田が質問すると、土方はキリっと冷静な顔に戻る。
「いや、俺たちはここで眼鏡たちが近藤さんを連れ帰ってくるまで、待つ」
タバコを吸って冷静さを保とうとしている上司に対し、沖田は片眉を上げる。
「それはなぜですかィ?」
「俺たちはここの地理についてまったく分からねェ。言わば、今の俺たちは右も左も分からねーガキと一緒だ」
「へ~……」
沖田は土方の説明を聞いて生返事を返す。さらに土方は説明を続ける。
「そんな俺たちにとって、この公園は目印であり拠点だ。下手にバラバラになって探索するよりも、この公園を中心として探索する方が安全であり着実だ。逆に早く探索しようとここを離れて行くことは、下手したら万事屋の野朗と同じ状態になりかねん。なら、遅くてもここを基点とした探索の方が良い。俺たちもこの地域を把握するにはいくらかの時間が必要だからな。まず俺たちがすることは、眼鏡たちと協力してこの周辺一体を把握することだ。だから、ここはジッと待つぞ」
「分かりやした。じゃー、俺はその辺を探検してくるんで、留守番よろしく」
沖田は手を振りながら公園を出て、まったく知らない町を探索しに出かける。
土方は「おう」と軽く返す。
「――って、待たんかィィィィィィッ!!」
だがそうは問屋が卸さず、すぐに気付いた土方は慌てて沖田を追いかけ始める。
「お前俺の話聞いてたァッ!? 下手に動くなって言ってんだろおい!!」
土方が追うが、すると鬼ごっこのように沖田も走って逃げ出す。
「やっぱこういう見知らぬ地域に着たら探検したくなるのが、男の性ってもんじゃありやせんか?」
「知らねーんだよお前の冒険心なんて!!」
土方は逃げる沖田を捕まえようとするが、沖田はまったく捕まらず軽口まで叩く。
「土方さん一人でここにいればいいじゃありやせんか」
「お前はここいらの地理まったく把握してねェだろ! 考えずに探索してたらすぐに迷うだろうが!! メンドーごと増やすなって言ってんだよ!!」
「お母さん。俺はもう子供じゃねーから」
「誰がお母さんだ!!」
そんなこんなで沖田を追いかけて土方も公園を出て行ってしまう。既に全員散り散りのバラバラである。
*
実は公園で近藤たちが騒ぎ始めた頃に、彼らを目にしていた者たちが三人。その三人は公園の草場の陰で彼らの珍騒動を唖然と見ていた。
開口一番に口を開くのは、ツインテールの少女。
「さ、さっき、あ、頭にう、ウ○チ乗せたゴリラっぽい人が走っていったと思ったら、残った黒い服の男の人たちが騒ぎながら追いかけっこしてたけど……」
「なのは! そ、そういう汚い言葉を軽率に使っちゃダメよ!」
金髪の少女がたしなめ、黒髪の少女が首を傾げる。
「なのはちゃん、アリサちゃん。やっぱり、さっきの人たちって学校で言ってた不審者って人たちなのかな?」
「間違いないわすずか」
と金髪の少女は頷き、語る。
「正確に言えば変質者ね。格好も普通のモノじゃなかったし。二人とも、ああいうのとは関わらない方がいいわ!」
アリサと呼ばれた少女の言葉を聞いて、他二人は「う、うん」頷く。
一部始終を見ていたアリサはさっきまで公園に居た彼らを変質者と確定し、なのはとすずかは戸惑いながら納得する。
右から一列に並んで、
金髪の少女はアリサ・バニングス。
栗色の短めのツインテールをした少女が高町なのは。
そして、黒髪の少女が月村すずか。
この三人、実は今まで公園の様子を窺っていたのだ。
なぜこの三人の少女がこんなことをしているかといえば。
友だち同士である彼女たちは学校の帰りに公園の近くを寄ったら、なにやら騒がしい声が聞こえた。気になりつつも警戒を怠らず、身を草むらに潜めながら公園の様子を窺う。そしたらなんと、あまり見慣れない格好をした人物たちがやたらめったら騒いでいるのだ。そしていきなり、頭にウンコ乗せた男が叫びだしたと思ったら走り出す。そりゃあもうテレビでも見れないような珍騒動に、三人の目は釘付け。
そのまま一部始終を見終われば、デカイ犬が一匹と赤い服の少女一人だけが公園に取り残された光景、というワケである。
ふとなのはが「あれ?」と首を傾げ、
「どうしたの? なのは」
アリサがなのはの声を聞いて顔を向ける。
なのはは顔を左右に振って、ツインテールを揺らしながら公園を見渡した後、公園を人差し指でさす。
「さっきまでいた、中国の人みたいな服を着た女の子が、いつの間にかいなくなってるの!」
「えッ……? あっ!」
アリサは気づき、すずかも唖然とする。
「ほ、ホントだ! 全然気が付かなかった……!」
頭にポンポンを二つ付け、チャイナ服を着た、赤毛の少女の姿を三人は首を左右に振って探す。だが、いくら探しても少女の姿が見えず、三人は再び公園に顔を向ける。
なのはは巨大犬を見る。
「なんか、あのシロクマさんだけになっちゃったね」
アリサが「違うわよ」と言って訂正する。
「あれは犬よ。白熊じゃないわ。なのは、あなたクマも見たことないの?」
「ええええええっ!? アレ、犬なの!? あんなにおっきいのに!?」
となのはは驚く。無理もない。いくらなんでも、あそこまでドデカイ犬はテレビですら見たことがない。クマかなんかだと言われれば、まだ現実味があるというものだ。
アリサは顎に手を当てて犬を分析し出す。
「もしかしたら、日本外の種かもしれないわ。もしくは、まだ未発表の新種とか、もしくは突然変異とか、はたまた人工的に品種改良されたのかも……」
などと、アリサはあまり聞き慣れない単語をぶつぶつ言いながら、公園の中をどしんどしんと歩く巨大犬を考察する。そんな友たちの姿を見てなのはは苦笑。
「あっ、なのはちゃん、アリサちゃん。あの犬さん寝ちゃったよ」
すずかの言葉を聞いて、ヒグマ並みにデカイ白い大型犬に二人は視線を向ける。
いつの間にか白い犬は、公園の真ん中で堂々と前足を組んで寝ていた。するとアリサは決意の篭った声で言う。
「……あたし、ちょっと、近くまで行ってみる」
「えッ!?」
近づく親友になのはは驚き、「アリサちゃん!?」とすずかも慌てている。
アリサの真剣な顔見れば、犬好きである彼女が今まで見たことないような犬に出会ったことで、触れ合いたいとでも思ったのだろう。
ともかく、あんな大人でも丸呑みにしそうな大型犬に近づくのは危険だと思ったなのはは、アリサを引き止める。
「アリサちゃん! いくらなんでも危ないよ! もし噛まれた怪我だけじゃ済まないよ!」
「そうだよアリサちゃん!」
すずかも引きとめようと声を出すが、アリサは歩を進め続ける。
なのははアリサが動いた時に声だけでなく、手を引いて止めようと彼女の手を摑もうとした。だが、親友は思ったよりも早く草むらから飛び出してしまったので、引き止めることは敵わない。
「大丈夫よ。おとなしそうだし」
どうやら今のアリサは、恐怖心より好奇心のが強いらしい。
「それに、こんな珍しい犬と触れ合える機会なんて滅多にないわ……」
巨大犬に近づくに連れて、アリサは声を殺して歩を遅くし、にじり寄るように近づいている。いくら犬好きのアリサでも、やはり警戒心は持っているようだ。
傍まで近づき、アリサが犬に触れようとした直前、誰かが彼女の服の袖を掴んで引き止める。
「って、なのは!」
アリサが少し不満そうな声を出して振り向けば、不安そうな顔のなのはと、後ろでなのはの肩を掴んでいるすずかの二人がいる。
「だ、だって……危ないし……」
なのはは弱々しい声を出しながらもアリサを引き留めようとする。
いくらドスやGとか付きそうなほどデカイ犬が怖いとはいえ、友たちをみすみす危険に晒せないなのは。彼女は勇気を振り絞って、アリサの危険な行動を止めようとしているのだ。
「女は度胸! やる時はやるの!」
と、気が強いアリサは頑なに犬との接触を止めようとしない。一度決めたら意地もやり通そうとするような性格の彼女らしいが、こういう時までそれを発揮してほしくはないと、なのはは思ってしまう。
そして再び顔を前に向けるためにアリサが振り返った時、目の前には大きくつぶらな瞳が二つ。
「っ!?」
アリサは思わず息を吸ったような声を出し、自分をじっと見つめる巨大な白い犬に圧倒されていた。彼女と目線を合わせるために顔を低くしているのが、なお巨大犬の圧迫感を増大させている。
そう、白い巨大犬はいつの間にか起きて三人の前に立っていたのだ。
寝てたならともかく、何をするか分からない起きた状態である犬を前にして身を固めてしまうアリサ、なのは、すずか。
顔を強張らして固まっていたアリサ。だがやがて、冷や汗を流しながらも口元をギュッと引き締め、拳を強く握り、背負っていたカバンを地面に置く。なのはとすずかはアリサの行動に首を傾げる。
「あ、アリサちゃん?」
「なにしてるの?」
この常識離れした犬相手にどんな行動をしようというのか。二人の疑問にアリサはカバンを弄りながら答える。
「いくら大きくても犬は犬でしょ? なら……え~っと……たしかここに……。……あっ!」
アリサはカバンからある袋を取り出した。まさかドラ○もんのようにきびだんご出して、この犬を手懐けるつもりなのか。
アリサが袋から手を入れて取り出したのは、ビスケットだ。
「アリサちゃん、それは?」
となのははビスケットを指さす。
「犬用のビスケットよ。もしもの事を考えて、いつもカバンに入れているの。まず動物に自分が害のない存在だって教えるなら、食べ物を与えればいくらか警戒心をなくすことができるわ」
「へ、へぇ……」
なのはは微妙な顔で相槌を打つ。
アリサは目の前の巨大な犬を手懐けようとでもいうのか。なのはとしては、母親から犬や猫などに餌を与えると懐いて付いてきてしまうことがあるから、無闇に餌を与えてはいけないと教わっているため、大丈夫かと心配になってしまう。
まぁ、アリサは俗に言うお金持ちな家の育ちなので、家に捨て犬などを何匹も飼っている。だからもし懐かれても、大丈夫だと思うが。
「ほ、ほら。食べなさい」
アリサは犬の顔の前にビスケットを乗せた手を出す。若干声が震えているところを見ると、まだ怖がっているようだ。
すると犬はビスケットの近くに鼻を寄せ、すんすんと臭いを嗅ぎ始める。こんなデカイ犬だとビスケットがかなり小さく見える。どっちかというと、アリサが餌と言われればしっくりくるほど。
どうやら食べれる物と判断したのか、犬は口を少し開け――カブリと目にも留まらぬ速さで、〝アリサの頭〟を丸ごと食べた。グチャリとエグイくらいに肉が引き千切れる音がし、鮮血が飛び散る。アリサの頭は犬の口の中に入り、グチャリグチャリと咀嚼音が犬の口の中で鳴る。
首から上が無くなったアリサを見て友たち二人は、
「「きゃああああああああああああああああああああああああああっ!!」」
溢れんばかりの悲鳴を上げるのだった。
「――って、ことになっちゃうよ、アリサちゃん」
と涙目で言うなのはの想像を聞いたアリサは、
「なるかァァァッ!! どんなホラー映画よ!!」
涙目で自分の妄想を吐露した親友にツッコミを入れる。
なのはのイメージがあまりに怖かったのか、アリサの顔は青くなり目に涙を溜めている。汗を流しつつアリサは親友にツッコム。
「っていうかなのは! あんたいつからそんな怖い想像するようになったの!? それにあたしはビックリなんだけど!」
「前に家族一緒にホラー映画鑑賞した時に、犬の幽霊が人を襲う映画を見たの。いっぱい血が飛んでたの」
「あなたの親、小学生の娘にそんな映画見せたの!?」
ちなみに、なのは同様に父と兄も映画を見て顔が青ざめていたのだが、母と姉は結構大丈夫そうだった。その上「グロテスクなだけで他に見所なかってね」なんて余裕のコメントするくらいだったのを覚えている。
「そうだよなのはちゃん。アリサちゃんの頭が食べられるなんて変だよ」
すずかの言葉にアリサも頷く。
「そうよ。そもそもあたしが食べれるなんて想像すること事態まちが――」
「これくらいおっきな犬さんなら、アリサちゃんなんて体ごとぺロリだよ」
「いや、そっち!? 言うことそっちなのすずか!?」
ホラー映画のように、自分が死ぬ想像をすること自体がおかしいと言おうとしたのに、なぜか自分がどういう殺され方するのか、という話題になってしまったことにアリサはついツッコミを入れてしまう。
「首だけ食べられるよりも、体全部食べられた方がある意味斬新だとわたしは思うの」
とすずかは真剣な表情で語る。
「いや、なにその映画批評みたいな言い方! そもそもあたしは食べられ――」
すずかの天然なボケにアリサがツッコミ入れてる途中で、カプっと犬がアリサの手をビスケットごと食べてしまった。
「えッ?」
アリサは目の前の出来事に目をパチクリさせる。それを見て開口一番になのはが叫ぶ。
「うわァァァ!! ホントに食べられたァァァッ!!」
「あ、アリサちゃん!」
すずかも慌てた声を出すが、すぐにアリサの腕を掴む。
「は、早く抜かないと!」
「う、うん!!」
なのはは戸惑いながらも頷いてアリサの腕を掴み、二人は急いで友たちの手が噛み千切られる前に、引っ張って手を引き抜こうとする。
すると、
「あはははははッ!!」
「「あ、アリサちゃん!?」」
二人はアリサが突然笑い出したことに驚く。
「くッ……くすぐったい! や、やめてッ!!」
あははははっ! とアリサは笑い声を上げながら悶える。やがて白い犬は、アリサの手を口から離す。多少ベタついているが、アリサの手は無傷だった。
「あは……あははは……。も、もぉ~! なにすんのよ!」
やっと笑いが収まったアリサは、いきなり自分の手を舐めた犬を睨み付ける。
なのははアリサの手からビスケットがないことに気付く。
「あッ……もしかして。アリサちゃんのビスケットを、舌で食べたのかな?」
「えッ?」
声を漏らし、アリサは改めて犬を見る。なのはの予想通りなのか、犬が口を動かしながらポリポリと何かを食べていた。どうやら、器用に彼女の手から舌でビスケットを掬い取って食べたようだ。
アリサはハンカチで手に付いた犬の唾液をふき取る。
「ま、まぁ、予想外だったけど、ちゃんと食べてくれたようね」
手を拭き終えた後、アリサはまた袋からビスケットを取り出す。すると犬はまたビスケットに口を近づける。
「待て!」
とアリサが犬の前に掌を出し、犬は動きを止めた。続いてアリサは掌を上に向ける。
「お手よ。このビスケットが欲しかったらお手しなさい」
アリサは自信満々な顔で犬に告げ、すずかは小首を傾げる。
「アリサちゃん。もしかして躾けてるの?」
「そうよ。餌を与えるなら、こういうことはちゃんと覚えさせないと」
(それって、飼い主がすることなんじゃないかなぁ……)
なのはは既に躾を始めてしまうアリサに苦笑してしまう。
彼女はもう飼った気でいるのだろうか? たぶん目の前の巨大犬は、さきほど公園で騒いでいた人たちのペットでは? といった具合にいろいろな疑問点をなのはが考えていると、犬は右足をゆっくりと上げる。
「あッ……」「す、すごい……」
同時に驚くすずかとなのは。
これが何匹もの犬を飼っている少女の成せるわざか。会ったばかりの犬をこうも簡単に手懐けてしまうとは。ただ単に飼い主の躾が行き届いているだけかもしれないが。
感心するすずかとなのはだったが、犬はアリサの頭の上にお手をした。
「うッ……」
アリサは肉球の付いた足を頭に乗せられ声を漏らす。そんな彼女の滑稽な姿を見て、つい笑いを零してしまう後ろの二人。
「あ、アリサちゃん……」「だ、大丈夫……?」
ふふ、と噴出しそうになっている二人を見て、アリサは肩を震わす。
「うるさいうるさい! 笑うんじゃない!」
犬の手を払いのけて怒るアリサ。だが、すずかとなのはははまだ笑い終えない。
「ご、ごめん……フフ」
「で、でも……今のちょっとおかしくて……ハハ」
「あ~もぉ~!」
アリサは親友二人に自分の恥ずかしい姿を見せてしまったことに赤面し、髪を掻き毟っている。
犬は目の前の少女たちの様子に興味がないのか、欠伸をかくとそのまま腕を組んで寝てしまう。
「って、なに寝てるのよ! あんたのせいで笑われたのに!」
我関せずといった態度の巨大犬に対してアリサは文句を言い、掴みかかる。だが、犬に触れた途端、アリサの動きがピタっと止まる。
「アリサちゃん?」
アリサの様子が見るからにおかしいため、なのはは首を傾げる。
どういうワケか、アリサはなのはの声に反応せず、そのまま犬の毛に体をガバっと埋めてしまう。
なのははアリサの様子を見て不思議に思い、ジッと動かなくなった彼女に恐る恐る近づく。後ろからすずかも不安そうに近寄る。
「あ……アリサちゃん?」
なのはは返事してもらおうとアリサの肩を叩く。すると、風呂か布団にでも入っているのかのようなふやけた声が、アリサの口から漏れる。
「ふかふかぁ~……」
「「へッ?」」
二人は間の抜けた声を漏らす。
すずかが戸惑いつつ声をかける。
「あ、アリサちゃん……大丈夫?」
「ッ!?」
思わず意識を別の場所に向かわせていたであろう金髪の親友は、ハッと我に返ると赤面し、両手をバタバタと横に振る。
「こ、これはその……! そ、そう! この犬の毛皮が反則なくらいふかふかだからつい!」
何かを誤魔化そうと必死に言葉を出すアリサ。割と自分の落ち度バレしてしまっているのは気のせいだろうか?
不思議そうに見る親友二人の視線に耐えられなかったのか、突如としてアリサはなのはの背中に回り込む。
「な、なのはも抱き着いてみなさい!」
自分の羞恥心を誤魔化しているであろうアリサに、強引に背中を押されたなのはは「わッ!」と驚く。そして彼女はそのまま犬の白い毛に、顔も体も埋もれてしまう。
(あ、これ……)
なのはは犬の毛皮を体全体に感じることで、アリサが少しの間意識を手放していた理由が分かった。
気持ちいいのだ……。
ふわっふわっの白い毛の固まりは、羽毛で覆われた布団のように心地いい。少々犬特有の獣の臭いが鼻につくが、それを差し引いてもこのもふもふのふさふさは、このまま眠ってしまってもいいと思えるほどの魔力を秘めていた。しかも人間より少なからず高い犬の体温が、ぬくもりの心地よさを底上げしている。
「ふかふか~……」
すっかり犬の毛皮布団の虜になったなのは。彼女は両手で白い毛皮を円を描くようにまさぐる。
なのはの反応を見て声を出す。
「……で、でしょ~? この大きさだけあって、犬のもふもふを全体で味わえるんだから、夢中になるのも当然よね!」
自分のどころか人の犬のことについてアリサは自慢げに語り、誇らしげに胸を張る。だが既に彼女の言葉はなのはの耳には入っておらず、頬をすりすりさせたりなどじっくり巨大犬の毛を味わっていた。
様子を見ていたすずかは戸惑い気味に聞く
「えっと、そんなに気持ちいいの?」
「うん……。すっごく、気持ちいいのぉ~……」
つい小さい頃からの口癖を出してしまうほど、なのはにとって犬の毛は魅力的だった。
なのはの言葉を聞いてるうちに自分も白い犬毛を味わってみたくなったのか、すずかもゆっくりと犬の胴体に抱きつく。
「ホントだ~……。すっごいふかふかぁ~……」
すずかもすぐに毛に顔を埋めて緩みきった笑顔を浮かべる。なのはと同じようにすりすり、もふもふと味わう。
「…………」
いったん犬から離れていたアリサは、自分を放って毛皮の感触に夢中になっている親友二人の姿を、恨めしそうに見つめている。だがやがて我慢できなくなったのか、戸惑いながらも徐々に犬に近づいていき、ガバっと空いている胴に抱きついた。
「もふもふの、ふかふかぁ~♪」
普段のアリサじゃ言わないであろう言葉と声。さらに緩みきった顔で犬に頬ずりする。
一方、三人もの少女に抱き付かれている犬は嫌な顔もそこから離れることもせず、ただ黙って眠っているだけ。
公園にクマ並みにデカイ犬に三人の少女が抱きついている、という珍妙な光景が音も無く数分の間続いた時、その沈黙を少女の声が破った。
「お前ら、なァ~にやってるアルか?」
「「「ッ!?」」」
突然の声に驚いた三人は、慌てて犬の胴体から体を離し、右に左にと首を振って周りを確認する。犬もその声に気付いたのか、片耳を上げた後にのっそりと体を起こす。
「ど、どこ!?」
なのはは今さっきの声の主を探そうと周りを見渡すが、それらしき人物が見当たらない。公園の外の通りには、通行人すら見当たらないのだ。
巨大な犬は心なしか笑顔になり、斜め上に向かって顔を上げ「わん!」と鳴く。
なのはたちは犬がどこを向いているのか気になり、犬と同じ方向に目を向ける。するとその先には、公園にある街灯の上で和傘を差し、その赤毛の髪の色と同じような赤いチャイナ服を着た少女が、カエルのように座っていた。
なのはたちが視線を向けると、少女は右手を上げてあいさつする。
「ウッス」
「うわぁっ!?」
とアリサが怯えた声で仰天。そして次にある名前を叫ぶ。
「妖怪街灯女ぁー!!」
「「ど、どうしたのアリサちゃん!?」」
街灯の上に乗ったカエル座り少女より、突然怯えながら謎の名詞を叫ぶアリサに、親友二人は驚いてしまう。
「あんたたち知らないの!?」
意外そうな表情を浮かべつつ、アリサは指を立てて説明する。
「夕方の街灯が付き始める頃になると、街灯の上に乗って一人でいる人間の首に長く伸びる舌を巻きつけてそのまま街灯の上で丸呑みにするっていう、妖怪街灯女のことを!」
「えええええええええッ!? し、知らないよそんなお化け!!」
なのはは突然の都市伝説的な説明を聞いて仰天。横にいるすずかは「あ、聞いたことあるような……」と呟いている。
「誰が妖怪アルか」
「「「うわっ!?」」」
三人は、いつの間にか自分たちの目の前に立っているチャイナ服の少女に驚いて、尻餅を付いてしまう。赤毛の少女は顎を手で摩りながら自慢げな表情になる。
「まー、私のように芸能人格付けチェックで、全問正解できるオーラを持った女は中々いないアルからな」
「それ街灯じゃなくGA○KT!」
アリサはついツッコミを入れる。
「え、えっと……あなたは?」
すずかは恐る恐る、目の前でドヤ顔している少女に質問を試みている。まともに会話できているのだから、アリサの言った妖怪の類でないとすぐに察したのだろう。
「私アルか? 私は神楽ネ。お前たちが抱きついていた定春の飼い主的な存在アル」
「そうなんだ」
「首輪が付いているから野良じゃないのは分かってたけど」
なのはとすずかは納得するように言う。
やがてなのはは、顔の向きを既に神楽へと向けていた定春の顔を優しく撫でる。
「君って、定春くんていうんだね? ごめんね。勝手に抱きついたりして」
定春はくぅんと鳴いてなのはの顔をぺロリと舐める。くすぐったそうにするなのは。
「おォ、早速定春と仲良くなっているアルな」
神楽は少なからず驚いた顔をする。
「ま、まぁ、あたしは最初から妖怪とかそんなんじゃないは分かっていたけどね」
アリサは尻に付いた砂を叩き落としながら立ち上がる。
(最初に妖怪の話出したのはアリサちゃんなんだけどなー……)
すずかは自分の恥を隠そうとする親友を見て、困ったなという感じの表情。すると、なのはは思い出したように神楽に話しかける。
「そういえば、さっき公園にいた、その…………変な人たちとお知り合いなんですか?」
基本的に良心的ななのはは他人を変人扱いするのに戸惑ったが、他に良い言い回しが思いつかなかった。
質問された神楽はまた顎に手を当てて、ん~と考えた後、おっ! と声を出す。
「たぶんそいつらは私の下僕ネ。まー、多少変な連中だけどナ」
にんまりと口元を吊り上げる神楽の言葉に対して、
(あんたも結構変よ……)
(下僕って嘘だろうなぁ……)
アリサは呆れた表情で、すずかは苦笑している。そしてなのははというと、
(下僕……?)
そもそも神楽の言葉の意味が分からなかったらしい。
話を聞いたアリサは呆れた視線を向けたまま声を漏らす。
「まあ、人目もはばからず目立つことする人たちの知り合いだけあって、わざわざ時間をかけて街灯に乗るなんてこともできるのね。無駄な労力もいいとこよ」
「なに言ってるアルか。あんなとこに登るなんて私にとっては朝飯前ネ」
胸をバン! と叩く神楽にアリサは食ってかかる。
「嘘おっしゃい。あんなの、あんたみたいな子供が簡単に登れるような高さじゃないわよ」
「おめーよりは歳食ってるネ」
神楽はジト目をアリサに向ける。
なのはもアリサの言うとおりだと思った。神楽の乗っていた街灯は四、五メートル程度の高さがある。自分たちとそれほど歳の差が離れていないであろう少女が登るのはかなり困難だと。
だが神楽は。
「じゃあ、証拠見せてやるネ」
「証拠って? 強がりもいい加減に――」
アリサが言い切る前に「よっ!」と言って上に飛び上がる赤いチャイナ服の少女。
「――っと!」
そして神楽は軽々と街灯の上に乗る。
「え……?」
なのはが呆然とするのも無理はない。なにせ神楽は一瞬のうちに空高くジャンプし、空中で一回転した後、街灯の上に飛び乗ったのだ。これはさすがに驚くなと言う方が無理な話。
神楽が軽々しく見せた凄まじい身体能力に、呆然としていたアリサはやっと口を開く。
「……や……や、やややっぱり妖怪じゃない!!」
アリサは顔を青くさせながら神楽を指差して叫ぶ。その言葉に対して神楽は憤慨する。
「こんな美少女に向かって妖怪とはふざけんじゃねェゾ!」
「あ、アリサちゃん!」となのはが動揺しながら親友をなだめようとする。
「た、確かに今のは凄かったけど、いくらなんでも言い過ぎだよ! き、きっと世界にいる超人的な人とかそういうのだよ! 私テレビで見たもん!」
「どこの世界に数メートルも高くジャンプする女の子がいるのよ!」
アリサはなのはの言葉に反論しているうちに、神楽はスタッと軽やかに飛び降りる。そしてなんでもないように語り出す。
「そうアル。人間鍛えれば、手から光線出したり、創造したカード引けたり、空を飛んだりできるアル」
「そんな人間いるかァー!!」
とアリサが叫ぶ。
「まあまあ、アリサちゃん落ち着いて」
すずかはアリサをなだめようとする。
神楽は自分の顔を指差しながら言う。
「それに私は妖怪じゃなくて宇宙人ネ。田舎もんと一緒にしてほしくないアル」
「結局人間じゃないじゃない!」
アリサが神楽をビシッと指でさす。
「いいわ! もし宇宙人ならあたしがNASAに突き出してやる!」
するとすずかが「だ、ダメだよアリサちゃん!」と言ってアリサをたしなめる。
「そんなことしたら、神楽ちゃん解剖されちゃうよ!」
「えええッ!? すずかちゃんツッコムとこそこなの!?」
なのははすずかの見当違いな意見にツッコミ入れる。
「えッ? 解剖されるアルか?」
すると神楽は喉を手で叩く。
「なら、イマカラワタシハチキュウノ美少女ネ」
「あんたあたしのことバカにしてるでしょ!! しかも美少女だけ淀みがないのが腹立つ!!」
アリサは神楽のふざけた態度に余計に憤慨。なのはとすずかは「まぁまぁ」と言ってなんとか親友を落ち着かせようと努力する。
アリサは神楽にビシッと指を突きつけて質問する。
「じゃあ、あんたどこの星出身よ!」
「私の出身アルか? それは――」
神楽は真剣な表情となり、語り出す。
――故郷は、惑星バジータ。そして私はその星で生まれた戦闘民族ヤサイ人。当時赤ん坊だった私は、地球人を侵略するために惑星バジータから送り込まれた尖兵の一人。
だが、木に頭をぶつけておだやかな心を手に入れる。
敵、宇宙の帝王グリーザとの戦いで仲間を殺され、ヤサイ人としての血が覚醒した私は一体何者か?
「――そう……」
突如、神楽は髪を金色にしてオーラを放出。
「スーパーヤサイ人! かぐ――!!」
「いや、違うでしょ!! それただのサイヤ人!! ヤサイ人てなに!?」
無論ツッコムのはアリサ。
ツッコミを入れたアリサは「ハァ~……」と深く短いため息を吐いて、うな垂れる。
「なんか疲れた……。とりあえず、家に帰るわ」
「おう、帰るヨロシ。子供は家に帰る時間ネ」
と言いながら神楽は手を振る。
「子供のあんたに言われたくないけどね」
アリサはジト目を神楽に向ける。
なのはとすずかは二人のやり取りを見て苦笑を浮かべるしかなかった。アリサとしては、こんな中途半端な形でことを終わらしたくはないだろうが、さすがにボケかましまくるチャイナ服の少女の相手は嫌気がさしたのかもしれない。
それに神楽の言うとおり、公園の時計の短い針は五の数字を指しており、小学生がいていい時間ではないだろう。
なのはとすずかは手を振りながら笑顔でさよならを言う。
「じゃあね神楽ちゃん」「またね」
「…………」
だが、アリサだけは特に何も言わなかった。さきほどまで仲の良いとは言えない会話していた彼女としては、さよならの言葉などは言えないのであろうが。
ただ、歩きながら何度も定春にチラチラ視線を向けている。そしてなのはは、アリサが定春に何度も視線を送っているのに気付く。
――アリサちゃん……。
犬好きのアリサとしてはもっと定春と触れ合いたいのかもしれない。そう思ったなのはは、思わず神楽に声をかける。
「あの、神楽ちゃん!」
「ん? なにアルか?」
首を傾げる神楽になのはは質問する。
「明日も公園にいるの?」
「たぶんな」
と神楽が曖昧に答えると、なのはは力強く問う。
「だったら、また明日も会いに来ていい?」
なのはの問いに神楽はう~んと少し考えた後、「別に構わないネ」と答える。
「ありがとう!」
なのはは右手を大きく左右に振ってさようならをする。すると、アリサが突っかかる。
「ちょっとなのは! なんであんなこと……」
「だってアリサちゃん。定春くんにまた会いたいって顔してたよ?」
「うっ……」
アリサは図星を突かれたのか、少し頬を朱に染める。
「それに、わたしも神楽ちゃんともっとお話したいと思ったし」
「なのは……」
アリサは瞳を潤ませる。
これはなのはの正直な気持ちだ。半分はアリサへの気遣いもあるが、なのは自身あの不思議な女の子をもっと知りたいと言う好奇心もある。
するとアリサはぷいっと顔をそっぽ向ける。
「ふ、ふん。あたしは『定春』に興味があるだけよ! あんなふざけたこと言う子に会いたいなんて気持ちはこれっぽっちもないんだから!」
「アリサちゃん。なんでそんなに神楽ちゃん嫌うのかな?」
すずかは素直になれない親友に対して苦笑する。
「ちょっと変わってるかもしれないけど、そんなに悪い子には見えないよ?」
「アレで普通、好印象受ける方がおかしいのよ……」
とアリサはため息を吐いた後「それに」と言って言葉を続ける。
「なんか、あたしに声似てなかった? しかも、なんていうか……録画した時に聞く声……みたいな感じに」
なのはは「えッ?」と戸惑いながらも頷く。
「う、うん。まぁ、確かに似てるなーとは思ったけど」
「わ、わたしも……」
続いてすずかも頷き、アリサはムスッとした顔で腕を組む。
「なのに、なにあの日本語覚えたての外人みたいな喋り方? あたしに似た声があんなアホっぽい喋り方すんのがなんか腹立つのよ」
アリサはムスっと腕を組んで不満を漏らす。そんな親友に対して、苦笑しか浮かべないなのはとすずかであった。
「定春」
神楽に呼ばれて定春は「ワゥン?」首を傾げる。
神楽は自分の顔に指を向け、
「あの金髪のガキ、私に声が似てたとは思えないアルか? しかも、昔姉御に録ってもらった録画のビデオの時に聞いた、私の声に」
「ワン!」
定春が神楽の言葉を肯定するように吼える。
「だけど……」
神楽はしたり顔で言う。
「あんなヒステリックなツンデレ口調なんて今どき流行らないアルよなァ?」
「ワ、ワゥン……」
定春は、そ、そう? と言いたげな鳴き声を出す。
相棒の気持ちなど知らずに神楽は自慢げに語る。
「私のようにミステリアスかつ魅惑的な喋り方の方が、あんな小娘よりもキャラが立ってるネ! 声が似ていても私の方が上――」
そう言いながらアリサたちが帰って行った道の方にくるりと向くと、
「は、離しなさいっ!!」
捕まり暴れるアリサと、
「ンー! ンー!」
口を抑えられるすずか。
「アリサちゃん! すずかちゃん!」
そして親友二人を心配しながらついでみたいに捕まるなのは。
三人の男たちが、なのはたち三人を黒いワゴンに強引に連れ込もうとしていたのだ。
そしてその男たちに近くから指示を飛ばしているのは、刀を腰に差し、黒い制服を着た、栗色髪の男。
「おい、おめェら。とっととしろ」
「へい!」
返事をした男の声の後には、あっと言う間になのははたちはワゴンの中へと押し込まれてしまう。
そして男たちに指示を飛ばしていた栗色髪の男は、どす黒い笑み浮かべる。
「さ~て、これから大金たんまり頂くとするかァ」
真選組一番隊隊長――沖田総悟が乗り込んだ黒いワゴンは、そのまま少女三人を乗せて行ってしまう。
その様子を呆然と眺めていた神楽の口は、ありえないとばかりに開き、顔は青ざめ、そして一番に思ったことを叫ぶ。
「な……なにしてんじゃァァァァァァァァァッ!?」
まさか出してそうそうリリカルなのは主人公に下ネタ言わせることになってしまった。