魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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第八十話:ぬいぐるみの行進

 時刻は午後3時。

 

「アルフ~! 散歩に行こう!」

 

 元気いっぱいでバニングス邸の庭にやってきたのは、アリシア。手にはリードと手さげ袋を持っており、アルフを散歩に誘おうと迎えに来たのだが。

 

「あれ? アルフ、ぐったりしてる」

 

 当の狼姿のアルフはすんごく疲れたようにぐったりしている。隣にはお座りした定春がハッハッハと息を荒くさせながら舌を出し、まだまだ体力が有り余っている様子。

 

 疲労困憊のアルフは四足の足も舌も伸ばし切り、草むらの上で息を荒くさせ、その頭をアリシアは心配そうによしよしと撫でる。

 ついでに付いてきたなのはも苦笑しながらアルフの胴を撫でる。たぶん誰がアルフをここまで疲れさせたかすぐに分かったのだろう。

 アリシアの少し後ろでは、フェイトが横に立つアリサに話しかける。

 

「もしかして、定春が原因?」

「アハハ……まぁ、そんなところ……」

 

 腕を組むアリサは苦笑し、数時間にも及ぶアルフと定春の追いかけっこを思い出す。

 いくら同じ動物でも何考えてんだか分からん定春の相手をしたくなかったであろうアルフはとにかく逃げる逃げる、それはもう必死で逃げ続けた。まぁ、さすがに根負けしてアルフは動けないほど体力が尽きてしまったのだが。

 フェイトはグッタリしているアルフを見つめながら口を開く。

 

「もしかして……もう種――」

「うん、してないから。遊んでただけだから」

 

 アリサはフェイトの言葉をバッサリ切り、ジト目を向ける。

 

「アンタ、絶対どこかの天パの悪影響を受けてるわよね?」

 

 アリサの言葉の意味が分からず、不思議そうに首を傾げるフェイト。それを見てアリサは再認識する。なんだかんだでこの金髪天然少女が銀髪天然パーマの影響を一番に受けた少女なのであると。

 ちなみにだが、アルフは動けないほど定春にナニかをされたワケではないのであしからず。

 

 すると、いつの間にか定春の背中に乗っているアリシアが、フェイトとアリサのところまでやって来る。

 

「ね~、フェイト。アルフは疲れて当分動けそうにないし、定春ちゃんを散歩に連れてかない? まだまだ遊び足りないみたいなんだ」

「ダメだよアリシ――」

「お姉ちゃん!」

「お、お姉ちゃん。ちゃんと飼い主の神楽に了解を得ないと」

 

 少し照れるようにアリシアをお姉ちゃんと呼ぶフェイトに、アリサは話しかける。

 

「なら、神楽の居るリビングまで案内するわ。アイツなら、休みの日だからってうちのソファーでダラダラ寝っ転がってるし」

 

 やれやれと首を横に振るアリサの言葉を聞いて、フェイトは口を開く。

 

「なら神楽のところまで案内をお願い。私がお姉ちゃんの代わりに了解を取るから」

「分かった。まぁ、飼い主の義務なんてほとんどサボってる奴に了解を取るっていうのも癪だけど」

 

 二人の話を聞いてアリシアは笑顔で。

 

「じゃあ私は庭で定春ちゃんと遊んでるね!」

「ワンワン!」

 

 定春も元気よく答え、アリシアを乗せたまま庭を徐行しだす。

 アリサとフェイトも神楽の了解を得る為に屋内へと向かう。

 そして一連の光景を無言で見たいたなのはは思った。

 

(誰もアリシアちゃんが定春くんに乗ってる事にツッコまないんだ……)

 

 小さな少女がヒグマサイズの犬に乗ってる異様な光景。それに反応すらしない友達たちになのはは汗を流す。

 フェイトどころか、たぶん自分の知り合いのほとんどが、江戸の人間たちの影響を受けていると思ったなのはであった。

 

 

 

 そして結局、神楽は「えッ? ホントアルか? ならついでにウ〇コもさせてきて欲しいネ」と言って、飼い主としての怠慢をいかんなく見せつけた上で、OKする。

 そんなこんなで江戸出身の犬を、海鳴市の少女たちが散歩させる事になったのだ。

 

「わ~! やっぱり定春くんの乗り心地はいいね!」

 

 ドシンドシンと足音を立てる定春の背中に跨るアリシアは笑顔で、補装された海沿いの道を眺める。

 そんなアリシアの姿を見てなのはは若干汗を流す。

 

(アリシアちゃん……金太郎みたい……)

 

 町から離れているとはいえ、ヒグマばりの巨大犬に乗った少女という絵面はかなりシュール。なのはとしては恥ずかしいという気持ちより、戸惑いに近い複雑な感情が湧いてくる。

 

 するとアリシアの声に反応して、彼女の後ろから「せやな~」と言う朗らかな声が聞こえてえきた。

 なのはの視線が自然とアリシアの後ろに向けば、

 

「定春くん、モフモフしてるからほんま乗り心地ええな~」

 

 定春の背に腰掛ける八神はやてが和やかな笑みを浮かべていた。

 続いて口を開くのは、定春の隣を歩く釣り目がちの赤髪の少女。

 

「でも気を付けろよはやて。いつ振り落とされてもおかしくねぇんだからな」

 

 白い巨大犬に対してヴィータは「はやてに怪我させんなよ?」と訴える視線を送る。

 

「大丈夫やって。定春くん紳士みたいやし、乱暴なことはせぇへんよ」

 

 「な~? 定春くん」とはやては言って、笑顔を浮かべながら定春の背中の毛皮を撫でる。すると定春は任せろと言わんばかりに「ワン!」と一鳴き。

 

「ならいいけどよ……」

 

 と言って、ヴィータは主であるはやての言い分に、不本意ながらも素直に従うのであった。

 なんではやてやヴィータが一緒に定春の散歩しているの? と思う読者諸兄も多い事だろう。簡単に言えば、折角定春の散歩をするんだから『はやても誘っちゃわない?』という至極単純明快な理由である。

 

 ただこの八神はやてと言う少女。アリシア同様に中々に大胆不敵で肝が据わっているらしく、家に寄って散歩に誘ったら「なら折角やし、定春くんの背に乗せさせてもらってもいい?」とお願いしてきたのだ。そんで定春も嫌がらないからそのまま背に乗せた。

 ちなみにヴィータははやての付き人みたいもの。

 

(まさかはやてちゃんまで定春くんに……)

 

 言い出しっぺのなのはも、まさか誘った少女が巨大犬の背中に乗せてとお願いするとは思わず汗を流す。

 はやてをずっと前から知っていたすずかは、ニコニコ顔で定春の背中に乗る少女たちに話しかける。

 

「定春くんて、人を背中に乗せる時は意外に気を使ってくれるんだよ」

「そうなんか? 偉いなぁ~定春くん」

 

 はやては定春の横腹辺りをよしよしと撫でる。すると定春も嬉しそうにワンワンと鳴き声を上げる。

 話を聞いてアリサがすずかに顔を向ける。

 

「へ~。そう言えばすずか、あんたって定春の背中に一度乗った事があるんだっけ?」

「うん。定春くんて走るとすっごい早いから結構怖かったけど、振り落とされる事はなかったよ。たぶん私が落ちないように気を回してくれたと思うんだ」

 

 歩く定春の顔の横に、ポンと手を当てるアリサ。

 

「あんたはご主人様と違って気が回せて偉いわね」

 

 アリサに褒められて嬉しいのか、定春は自慢げにふんと鼻を鳴らす。

 

(私も今度定春くんに乗せてもらおうかな~……)

 

 なんか話を聞いていたらだんだん定春に乗りたくなってきたなのはであった。

 

 少ししてなのははチラリと、フェイトへと視線を向ける。今は定春の背中に乗った姉だけでなく、すずかやアリサ、それにはやてやヴィータとも楽しそうに話をしている。

 

(フェイトちゃん、楽しそう)

 

 フェイトが自分以外の人とも交流を育めている事に、なのはは内心嬉しさを覚える。

 こうやって散歩をしていて思い出すのは、数日前にもフェイトとより親交を深めようと思って行った海鳴市の案内。接し方がぎこちなかったフェイトの緊張を、少しでも解きほぐそうと色々試行錯誤した。

 いくら友達になったと言ってもすぐに仲良しになれたワケでなく、当時は少しづつ少しづつお互いの事を分かり合おうと努める段階だった。そしてこうやって自然と一緒に何かをするようになるまで、結構神経を使ったりしたものだ。

 

 なにせフェイトは真面目で優しく律儀な面がある。なので、なのはの砲撃を受けて銀時が気絶している間は、自分の為に動いてくれた人たち一人一人に母親と一緒にお礼を言った。

 その後、銀時が目覚めるまで傍に居続けた。それこそプレシアやアリシアに、一緒に休んだ方がいいと説得されるまでずっとだ。

 

 だからこそ、そんな優しく一途なフェイトとこうやって交流を深められている事をなのはは純粋に嬉しく思っている。

 

 事件も一段落した。フェイトやアリシアも海鳴市に住む。

 これからこうやって何度もフェイトやアリシア、それにはやてたちとも仲良くなっていく。大変な事も多かったが、自身の周りがこうやって良い方向に変化していく事に対して、なのはは自然と笑みを零す。

 

「な~にニヤニヤしてんのよ?」

「ふぇッ!?」

 

 横からアリサの声が聞こえてきたので、なのはは反射的に顔を右に向ける。すると目の前には腰に手を当て眉間に皺を寄せながら、ズイッと顔を近づけているアリサの顔面が。

 

「にゃあああああ!!」

 

 いくら見慣れた顔でも、いきなり目の前にあったら驚くのも無理はない。なのはは咄嗟に後ろに飛び退く。

 

「あ、アリサちゃん!? び、ビックリしたぁー!! 驚かさないでよー!」

「いや、こっちが何度も呼んでるのに反応しないから」

「えッ!? そ、そうだったの!? ゴメン!」

 

 ペコリと頭を下げるなのは。つい物思いにふけって意識が外に向いていなかったらしい。

 

「……それで、なんのお話をしていたの?」

 

 なのはの問いに、フェイトが代わりに応える。

 

「銀時たちはちゃんと定春の世話をしていないんじゃないかって話だよ」

「えッ? どうして?」

 

 なのはの疑問に対し、アリサが不満げな声で答える。

 

「だってあたしが定春を預かっている時に常々思ったわ。運動不足でストレス溜まってるんじゃないかって」

「そうなの?」

 

 小首を傾げるなのは。

 アリサは眉間に皺を寄せながら腕を組む。

 

「怠け者のあいつらことだから、たぶん散歩もかなりテキトーだと思うわ。おかげでうちで世話している犬たちがどれだけ定春の遊び相手をしてくたくたになった事か……」

(それはただ単に定春くんがアグレシッブなだけだと思うけど……)

 

 デカさゆえに定春の体力は計り知れない。

 アリサが飼っている小型犬の相手をたまにしたことがあるのだが、その小さな体からは想像できないほどの体力と瞬発力を持っていたりする事をなのはは知っている。

 だからこそ、その十数倍もデカい定春の体力は推して知るべし。

 

 銀時たちからもこのデカい犬には相当苦労させられている、という愚痴はよく聞かされた。

 

 とは言えだ、銀時と神楽の普段の様子が結構ダラしないのは、なのはから見ても薄々察せるほど。だから定春の世話も結構テキトーではあると予想もできる。

 だからこそ、定春も普段から体力を余らせている。

 そしてそんな体力が有り余った定春の相手させられたアルフは可哀そうではあったが。

 

 そうやって銀時のことを思い出したなのはは口を開く。

 

「そう言えば、銀さんて今頃はもうミッドチルダにいるんだよね?」

 

 すると、腕を組むアリサが反応を示す。

 

「そうじゃない? まったく、魔法を使えるあたしたちを差し置いて、先に魔法の世界を観光しちゃうんだから、良いご身分よね」

「でも、私たちは学校があるから仕方ないよ」

 

 とすずかが苦笑しながら言えば、

 

「なら、まとまった休みが出来て、機会があったなら遊びに行きたいな~」

 

 とはやては言って、赤毛の少女に顔を向ける。

 

「なッ、ヴィータ。いつかみんな一緒にミッドチルダって世界に行かへん?」

「お、おう……」

 

 はやての言葉を受けたヴィータは腕を組みながら視線を逸らし、気のない返事をする。そんなヴィータの様子にはやては不思議そうに小首を傾げる。

 

「ならいつか私がミッドチルダを案内してあげる!」

 

 とアリシアは胸を張って宣言するのだが、

 

「っと言いたいところなんだけど、私もあんまり目ぼしいとこは知らないんだ~」

 

 ペロリと舌を出す。

 姉の言葉を聞いてフェイトは首を傾げる。

 

「そうなの?」

「五歳の時だからあんまり街並みとか覚えてないし、そもそもお母さんとお出かけしたところも草原だったりデパートだったりだし。観光名所……みたいなとこはあんまり行ったことがないんだ」

「それってつまり……」

 

 と言って、アリサはジト目作る。

 

「あたしたちん中でいの一番に異世界楽しんでるのって、銀時ってことよね」

 

 なのははミッドチルダで楽しく観光をしているであろう銀時へと思いを馳せる。

 

「銀さん、今頃はなにをしているんだろうね?」

 

 

 

 

「――もう帰らね?」

 

 銀時は既に異世界に飽きていた。(まだ1日すら経っていない)

 

「いやいや、早いですって……」

 

 リニスは苦笑しながらカップを手に取り、コーヒーを啜る。

 珍獣も入り混じった動物園(ほぼ映像だけ)を見た銀時とリニス。単純に『次はどこ行くか?』を決めるついでに、オープンカフェで小休憩を挟んでいた。

 木刀が入った竹刀袋を白い椅子へと立てかけながら、銀時は白い机の上に肘を乗せて頬杖を付く。

 

「つってもよー……あの動物園ぐらいで後は観光できる場所ほとんどねェからな」

「いやいやありますって。ベルカ所縁(ゆかり)の地だとか、古い遺跡だったりとか」

 

 リニスはコーヒーカップの持ち手を指で挟みながらフォローするが、銀時の表情は冴えない。

 

「ベルカだかベルリンだか知んねーけどよー、俺、魔法世界の歴史なんてこれっぽちも知らなねェんだからたぶん見てもピンと来ねェと思うぜ? ま~、見た目が壮大だったりすんならまた話は別だけどよ」

「そうですか……。まぁ、中央区画から離れた観光名所はどれも遠出になってしまうので今回は立ち寄れませんしね」

「だろ? 後は普通に店回るくらいじゃねェか」

「ならデパートはどうですか? 珍しい物品もあると思いますが」

「そーかー?」

 

 と銀時があまり腑に落ちないと言わんばかりに片眉を上げるが、リニスは構わず空中にウィンドウを出現させて指で操作し出す。

 確かに銀時にしてみればこのミッドチルダと言う世界の技術水準は高い。それこそ日用雑貨や機械製品なんかも珍しかったり、魔法世界独特の技術で作られた物も存在するのだろう。

 銀時の世界も天人(あまんと)のお陰であるとはいえ、目玉が飛び出すようなビックリ技術で作れた発明なんかも存在する。特に自分をこの世界にぶっ飛ばしてくれたエセドラえもんと揶揄されてもおかしくないクソジジイの発明品なんかが良い例だ。出来はともかく。

 

 とは言えここは魔法の世界。やはり魔法関係ならば驚くような技術もあるんではないかと、なんやかんやで期待はしている自分がいるのも確かである。

 

「あッ、ここなんか良いかもしれません」

 

 というワケで、リニス一押しのデパートへと足を運ぶ事になった銀時。

 

「へ~……」

 

 銀時は件のデパートの中に入り、中を見渡してから一言。

 

「普通だな」

 

 感情が希薄な声を出し、ここまで案内した猫の使い魔へと顔を向ける。

 

「ぶっちゃけると俺の世界のデパートと何が違うんだ? ほぼほぼあんま変わんねェぞ」

 

 日用雑貨――ちょっと江戸では見ないような物や用途が分からない物もがあるがパッ見は普通。

 洋服――ちょっとセンスがあるのか謎の物もあるが至って普通。

 食料品――普通。

 

 なにか凄い物が見られると期待していたのだが、結局蓋を開けてみればマジでただのデパート。

 

「まぁまぁ、一階はそうかもしれませんが二階は違いますよ」

 

 エレベーターで斜め上にスライド移動する銀時は、後ろのリニスの言葉を受けて頭をボリボリと掻く。

 確かにこのしっかり者の使い魔が言うのだから何か目を見張るような物が待っているのかしれない。とはいえ、さっきの動物園みたいなのはゴメンだと銀時は思ってしまう。

 

 

 

 しかし、二階に上がってみたらビックリ。なんとジャンジャンポンポンパッパラーパーといった具合に、リズムの取れた音が耳に流れてくる。

 なんだ? と思いながら音が聞こえてくる場所まで赴く。音の発生場所はおもちゃ売り場の一角らしく、人だかりが出来ていた。

 

 銀時の目に映ったは、白いタイルの廊下をクマやウサギやサルやゾウのデフォルメされたぬいぐるみたちが、楽器を鳴らしながら長い隊列を作って歩いている姿だった――。

 

 まさかのファンタジックな光景に、銀時は目をパチクリさせる。やがて、自身の数歩後ろにいるリニスへと顔を向けた。

 

「……アレか? 俺に見せたかったもんって」

 

 リニスは「はい」と言って頷き、説明をしだす。

 

「このデパートでは月に二回。休日になるとこうやってぬいぐるみを使った催しを開くんです。パレードだったりダンスだったりと」

「アレも魔法ってヤツか?」

「えぇ。どうやら魔導師十数人がかりでぬいぐるみたちをコントールしているといったところでしょう。フリーランスの魔導師だと思いますが、中々に練度が高いようですね」

「へ~……」

 

 さすがはフェイトの魔法の師匠であり大魔導師の使い魔と言ったところか。魔法に対しては高い観察眼を持ち合わせているらしい。

 

 リニスの説明を聞いた銀時はまたぬいぐるみたちのパレードの様子を眺める。どうやらぬいぐるみのパレードのお陰で二階には子供だけでなく大人も大分集まっている。大人は遠巻きにぬいぐるみのパレードを眺めているが、小さな子供なんかは動くぬいぐるみに興味惹かれてか小走りに近づく。

 子供が近づけば人形はぶつからないように演奏を止めて後ろに飛び退いたり、抱っこしようとする子供に大人しく抱かれたり、中には抱っこを要求したりと中々あざとい奴もいる。中にはおもちゃやゲームを両手に持って掲げ、購買意欲を刺激させるいやらしい奴もちらほら……。

 

 多種多様なぬいぐるみたちの対応に目を見張る銀時。

 

(この世界に来て初めて魔法ってもんを実感したなァ……)

 

 たぶん目の前の光景をなのはやすずかやアリシアなんかが見たらキャッキャと喜び、かわいいと連呼していた事だろう。

 

「わぁ~……かわいい……」

 

 青い髪を短く切りそろえた少々おとなしそうな少女が、ウサギのぬいぐるみの両脇を持って優しく持ち上げ、目をキラキラさせている微笑ましい光景が目に映る。少女の姉であろう髪の長い少女も、頬を赤らめながらクマのぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめている。

 そしてそんな娘たちの姿を母親と父親であろう二人が遠巻きに見つめながら「連れて来て正解だったわね」「あぁ、そうだな」と嬉しそうに会話をしている。

 

(あの親子、動物園の時もいたな)

 

 なんとなく見覚えのある家族であったが、まさか動物園で会った一家にまた出会うとは。魔法世界せっめぇなと思う銀時であった。

 そんなことを考えていると、軽いナニかが右肩にぶつかった感触を覚えて、反射的に右へと視線を向ける銀時。

 

『ヘケ』

「…………」

 

 なんかオレンジ色のハムスターの親戚みたいな奴が肩に乗っていた。

 

『ヘケ。ヘケ』

「…………」

 

 銀時は自分に向かって喋りかけるてくるハムスター? のぬいぐるみと見つめ合いながら口を開く。

 

「ねェ、なんか俺の肩にハム太郎みてェのが乗ってんだけど?」

 

 しかしリニスは銀時の言葉が聞こえてないのか、人形の行列に向かって嬉しそうに指を向ける。

 

「あッ、見て下さい。猫のぬいぐるみもいますよ」

「いや、猫じゃなくて俺の肩に乗ったキッズ向けハムスターを見てくんない?」

 

 と銀時。

 

『ねぇ、ロコちゃん?』

 

 と人形。

 

「誰がロコちゃんだ」

 

 しかし銀時の言葉はスルーされ、ぬいぐるみと戯れる子供たちを見てリニスは頬を綻ばせる。

 

「子供とぬいぐるみ、微笑ましい光景ですね」

『ヘケ、ヘケ……ヘケ……ヘケケケケケケケケ』

 

 とぬいぐるみ。

 

「あの……俺の肩に乗ったぬいぐるみがおもくっそ微笑ましくないんだけど……。可愛いみてくれに反して不気味なんだけど……」

 

 顔を少し青くさせる後方の銀時に対し、リニスは振り返りながら笑みを浮かべる。

 

「大丈夫ですよ。害なんてありませんから」

『ヘケ。買って欲しい玩具とゲームはね――』

「強引に商品買わせようとしてくる時点で害あるだろ。なにこのストロングマーケティング?」

 

 銀時は肩に乗ったぬいぐるみをハエを払うように手の甲で叩き落とした後、ふっと書店の看板が目に入る。

 

(まさかな……)

 

 さすがに海鳴市にあって、ミッドチルダにも『アレ』があるわけないだろう、と思う。だが、つい淡い期待を抱いてしまい、書店に向かって足を運ぶ。

 いくつも重なり陳列された雑誌の数々に目を向けながら一冊一冊確認していくと。

 

「ッ!」

 

 銀時は目を見開き、一冊の雑誌を手に取る。

 

「おいおいマジであったよ……『ジャンプ』」

 

 まさかの魔法世界でジャンプにご対面するとは思っていなかった銀時は、若干汗を流してしまう。

 

「どうすっかなー……」

 

 銀時は右手にジャンプ、左に木刀が入った竹刀袋を持ちながら腕を組んで目を瞑り、考え込む。

 確かにこの世界に来てからずっとジャンプに飢えていただけに嬉しい誤算ではあるのだが、なにぶんもう一か月近い日数、最新号に目を通していない。それだけに本の内容を確認するか躊躇う。

 

 海鳴市にもジャンプあったのだが、いかんせん、年号が大分前のヤツな上にまったく記憶にない作品まである始末。まぁ、つい買って読んじゃったが。

 そしてこの問題の理由を異世界事情に詳しいであろうクロノに訊いたら、

 

『いや、そんな下らない事を、いつになく真剣な顔で訊かれても困るんだが……。まぁ、別次元世界同士で、同じ名前の本や雑誌が存在したなんてケースもあるって聞いた事があるよ。中身が違う? そりゃまー、同じ作者じゃなきゃ違う作品が載っていたとしてもおかしくはないさ。それに異次元同士の時間的な誤差とかも考慮すれば……いやそもそも、僕はなんでこんな事を真剣に考えて答えているんだろう……?』

 

 と、なんだかんだ的確な答えをもらった。

 

 だったら、ミッドチルダにある目の前のジャンプはどうだろうか? 

 中身が違う、大分前のヤツ、海鳴市と一緒のモノ、だったのなら肩透かしで済む。だから確認すればいいのだが、もし中身が江戸と一緒のモノだったら……。

 

 もしかしたら、数話も跨いで中途半端に先の話を見ちゃうと考えるとなおの事、手が出しづらい。

 かと言って、このままジャンプに目を通さない状態が続くのは、事態を余計に悪化させることに他ならない。

 

 リニスに頼んで買ってもらうべきか、もらわないべきか……。

 後ろでは、腕を組んで珍しく黙考している銀時をリニスが不思議そうに見ているが、彼はまったく気付かない。

 その時――。

 

「「キャアアアアアアアアア!!」」

 

 絹を裂くような二人の少女の悲鳴。

 

「ッ!?」

 

 リニスは反応し、反射的に声の方へと振り向けば。

 

「いやぁ!! やめてぇ!!」

「こないで!!」

 

 なんとさきほどまでぬいぐるみを抱っこしていた青髪の少女とその姉であろう長い青色の少女。二人の少女に向かって群がるようにぬいぐるみたちが次々と飛び掛かり、引っ付いているのだ。

 青い髪の少女は頭を抱えてしゃがみ込み、長い髪の少女は妹を護ろうと体に引っ付いたぬいぐるみを必死に叩き落とそうと頑張っている。

 近くにいた少女たちの両親も助けようと駆け寄ろうとするのだが、

 

「クソッ! なんだこいつら!!」

「まさか二人を狙って!?」

 

 邪魔する者には容赦なくぬいぐるみたちが群がり飛び掛かられ、襲われるようだ。

 ただ両親のうち母親の方は魔導師らしく、すぐさまバリアジェケットへと服装を変化させる。その腕にはガントレットが装備され、リボルバーのシリンダーような武装が取り付けれている。

 母親は娘たちを救う為に腕の武装や魔力弾を駆使して戦っている。

 だが、

 

「くッ!! 私にもやたら纏わり付いてくる!! ちょッ、わッ!!」

 

 母親がバリアジェケットに着替えた途端、人形たちは自由にさせない、捕まえるぞ、と言わんばかりに彼女の体に群がる。しかも一々顔にしつこく引っ付いて、視界を念入りに封じてくる始末。

 武術にも心得があるようで、魔力をあまり使わずとも対抗できていたようだが、人形の数と目くらましに、自由に動けないようだ。

 

 ぬいぐるみパレードを楽しんでいた他の客たちは茫然としたり、慌てたり、携帯端末で写真や動画を取ったり、店員に状況報告したりとどんどん大きな騒ぎへと発展しだしている。

 襲われている家族を助けようと動こうとする者たちもいるのだが、結局はぬいぐるみたちの牽制で立ち止まる者や人形に引っ付かれ悲鳴を上げるといった結果に繋がってしまう。

 

「これはッ!」

 

 リニスはファンシーなパレードから一転した目の前で繰り広げられる騒乱に驚きながらも、すぐさま銀時へと顔を向ける。

 

「銀時さん!! 早くなんとか――!!」

「どうすっかなぁ……」

 

 一方の銀時はまるで周りの騒ぎなど耳に入っていないのか、腕を組んで目を瞑り考えている最中。

 リニスは銀時のもじゃもじゃ頭を両手で掴み、そのまま手を引いて、彼の顔を自分の眼前へとグイッと引き寄せる。

 

「なにやってんですかあなたは?」

 

 ジト目のリニスに対して、銀時は半眼で答える。

 

「ちょっとなに? 俺はいま過ぎ去った過去にしか目がいってないんだけど?」

「過去ではなく今に目を向けてくれませんか?」

 

 リニスは強引に銀時の頭を左に回し、人形騒ぎの現場を見せつける。

 少女がぬいぐるみの大群に襲われている光景を見た銀時は、すぐさまリニスへと再び顔を向け。

 

「あァ、なるほど」

 

 

「うぅッ!」

 

 少女は襲い来るぬいぐるみたちから自身を守ろうと頭を抱えて蹲る。

 なぜこんなことになったのか? そもそもこの窮地をどうやって脱すればいいのか? 幼い少女には、答えを導き出せるほどの知性どころか余裕すらない。

 ただただ怯えるだけの自分と違い、姉は嗚咽を漏らしながらも必死に自分にまとわりつくぬいぐるみを懸命に払おうとしてくれている。

 だが小さな少女の力では一つや二つのぬいぐるみを払えても、すぐに何体ものぬいぐるみが纏わり付き、どんどん身動きが取れなくなっていく。

 

「クイント!! どうにかこいつらを一気に追っ払えないか!?」

「ダメ! 視界が塞がれてるのに、下手に魔法で攻撃したら子供たちを巻き込んでしまう!!」

 

 自分の親と名乗ってくれた人たちも必死に助けようと頑張っているようだが、いかせん不利な状況はそう簡単に覆らないらしい。

 恐怖、不安、焦燥――そんな感情が渦巻く中、少女は心の底から願った。

 

 ――たすけて!!

 

 その時、ブォン! と、まるで強風が吹き荒れるような風圧を感じると同時に、自身の周りに纏わり付いていた柔らかい感触が一気に取り払われる。

 

「えッ?」

 

 いきなりの変化に戸惑った少女は思わず目を開け、周りを見渡してから後ろを振り向く。まず見えたのは黒いズボン。そして視線を上へと向ける。

 

 少女の目に映るのは死んだ魚のような目をした銀髪の男だった――。

 

 吹き飛ばされたぬいぐるみたちは少女に再び飛び掛かろうと次々と駆け出し、飛び上がる。

 銀髪の男は一歩踏み出し、右足を軸に体を右に捻って木刀を力強く横薙ぎに一閃。

 振られた木刀は次々と木の刀身でぬいぐるみたちの布を引き千切り、綿(わた)を漏れ出させながら蹴散らす。更には刀身に当たらずとも発生した風圧によって、周りのぬいぐるみたちを吹き飛ばす。

 

「ッ――!」

 

 そんな魔法とはまったく質の異なる力を見た少女は息を飲み、目を見張る。

 銀髪の男はチラリと少女の両親たちへと目を向ける。

 

 少女二人の周りに群がっていたぬいぐるみたちは、少女を捕縛しようとしていた仲間たちがやられた事を知って、すぐさま大人二人から銀髪の男へとターゲット変更し飛び掛かるのだが。

 銀髪が二度、三度と木刀を振っただけで力強い風の衝撃が発生し、ぬいぐるみたちは無残に蹴散らされていく。

 少女の両親は、数瞬のうちに魔法を使わず大量の敵を蹴散らしてしまった銀髪の活躍に驚いている。だがすぐに我に返り、慌てて娘たちへと元へと駆け寄る。

 

「スバル! ギンガ!」

 

 自分たちの母親となってくれた女性(ひと)――クイントが両膝を折ってすぐさま自身と姉を両手に抱いて優しく抱きしめる。

 

「どこにも怪我はないか!」

 

 そしてクイント同様に父親となったくれた男性(ひと)――ゲンヤが片膝を折り、心配そうに声を掛けてくれる。

 

「う、うん……」

「だいじょうぶ……」

 

 少女――スバルは姉のギンガと共に親へと返事をする。

 やがてスバルは視線と顔を、心配する親から自分の窮地を救ってくれた銀髪の男へと向けた。

 木刀に肩に掛けた銀髪は油断なく周りへと視線を向けていると、

 

『ヘケッ! ロコちゃーん!!』

 

 銀髪のモジャモジャとした後頭部に向かってハムスター型のぬいぐるみが飛び掛かろうする。が、次の瞬間には――分厚い雑誌の角がハムスターの右の頬へとぶち当てる。

 

『ベゲッ!!』

 

 まるで潰れたパンのように思いっきり頬を凹ませながら、吹っ飛ぶハムスターのぬいぐるみに銀髪は一言。

 

「邪悪なハム太郎はとっととロコちゃん家に帰んなさ~い」

 

 銀髪の男は軽口叩きながら、次から次へと現れこちらへと向かってくる人形たちを、木刀と雑誌を使ってどんどん蹴散らしていく。

 少し離れた場所では、帽子を被った髪が薄茶色の女性が、杖の先端から金色の魔力弾を放って銀髪の男を的確に援護している姿が目に映る。

 

 すると次にドシドシ!! という重い足音と共に、

 

「うわっ!! でっかいクマが走ってる!!」

「着ぐるみ!?」

 

 遠巻きに見ている客たちの驚きの声を背に受けながら、人間大の毛皮がモコモコしたファンシーなクマが、銀髪に向かって走ってやって来る。

 成人男性よりも一回り大きな巨体が迷いなく走ってやって来る様は圧巻の一言。恐怖すら覚える。

 着ぐるみクマは走りながら拳を振り上げ、銀髪の顔面に鉄拳(?)をお見舞いしようとする。が、銀髪は少し体を逸らして拳を避け、そのまま身を低くして木刀を敵の胴に向かって横薙ぎに振るう。

 木刀とは思えないほどの威力をもってして、着ぐるみの胴体を横から真っ二つとなり、銀髪は切り離された着ぐるみの上半身に蹴りを入れて遠くまで吹っ飛ばす。

 

「プーさんもお呼びじゃねーんだよ」

 

 銀髪が木刀を肩に掛けながら軽くため息を吐いた瞬間、残ったクマの下半身はゆっくりと後ろに倒れる。

 

 ――すごい……。

 

 と、スバルは実直に感じた。

 木で出来た剣で敵を次々と蹴散らす姿は荒々しくも力強い。そんな銀髪の姿にスバルは目を奪われていたのだった。

 

 破竹の勢いで敵を倒していく銀髪の男と薄茶髪の女性を、スバル同様に眺めていた父のゲンヤが問いかける。

 

「あんたら……魔導師か?」

「いんや、俺は侍だ」

「ちなみに私は使い魔です」

 

 銀髪は真顔で、使い魔と名乗った女性はニコリと笑顔で答える。

 

「さむらい?」

 

 使い魔はともかく侍と言う単語を聞いてゲンヤは怪訝そうに眉を寄せるが、すぐさま表情を引き締める。

 

「とにかく助かった。娘たちを助けてくれて、本当にありがとう」

「礼を言うのは早いぜ。だってよ――」

 

 銀髪は飛び掛かって来た人形の一体を雑誌の表紙で叩きつけ、玩具の棚へとぶつける。

 

「まだ完全に助かったワケじゃねェからな」

 

 周りに若干鋭い視線を向ける銀髪の言う通り。吹き飛ばされても壊れていなかった人形たちが立ち上がっている。

 更には、首や腕の付け根から綿(わた)が飛び出している人形まで立ち上がろうとしている始末だ。まるでその姿は、内臓が飛び出しながら動くゾンビが如く。壊れたまま動く人形は不気味の一言。

 そして挙句の果てにはどこから湧いて出てくるのか、棚の影からどんどん姿を現す新たな人形の軍団。

 

「おいおい、マジカルパレードがナイトメアパレードに早変わりかよ」

 

 銀髪は雑誌の角で頭をボリボリ掻きながらボヤく。彼の隣にはさきほど魔力弾で援護していた薄茶髪の女性が並び立ち、肩をすくめる。

 

「困りましたね。これでは埒があきません」

 

 他の客たちはもう既に事態の異常さに気付いたらしく、大抵の人間は人に襲い掛かる人形たちを見て一階に向かって逃げ始めている。もちろん残った野次馬の姿もちらほら見えるが。

 ゲンヤはそんな慌てふためく一般の客たちの様子を見てから、大量の人形たちに囲まれている自分たちの状況を確認し、娘たちに手を添えながら視線を鋭くさせる。

 

「どうやら連中の標的は俺たち……っと言うよりスバルたちらしいな」

 

 ゲンヤの言葉を聞いて妻であるクイントもまた、娘たちを守るように庇いながら表情を険しくさせる。

 

「敵の狙いや正体は分からないけど、まずはこの人形たちを一気に無力化できる手段を探さないと。普通に戦っていたらジリ貧だわ」

 

 一方的に増える上に、ゾンビみたく頭を破壊すれば倒せるワケでもないタフなぬいぐるみ軍団。

 綿(わた)と布とビーズで構成されている小人なのだから、一般人でも勝てるような雑魚には違いない。が、百や二百とこうも数が多いと実に厄介だ。

 デカいぬいぐるみもちらほら姿をあらわし、中には軽く一メートル以上ある大型まで何体も出てくる。挙句の果てにはさきほど銀髪が倒した着ぐるみのクマも這いずりながらゆっくりとこちらにやって来る始末。

 

「おい。いちいち相手すんのめんどくせェし、一気に階段までダッシュするか?」

 

 銀髪の提案を薄茶髪の女性は首を振って却下する。

 

「それはやめた方がいいでしょう。敵との距離が近いうえに数が数です。我々だけならともかく、子供もいるとなると下手に逃げてもすぐに捕まってくっ付かれる可能性が高いですね」

「ならそのー……なんだ。なのはとフェイトが使ってたあのバリア的なモンで防ぎながら逃げるってのは?」

「たぶん、それもあまり良い案とは言えないでしょう。張り続けていると魔力を消費しますし、かと言ってシールドを張りながら引っ付かれでもしたら、そのままぬいぐるみたちの壁に囲まれて本当に逃げ場がなくなってしまいます」

「マジかー……」

 

 と言ってから、銀髪の男は心底めんどくさそうに深くため息を吐く。そして、ぬいぐるみに視線を向けながら、後ろにいるゲンヤたちに声を掛ける。

 

「なー、あんたら。なんか名案とかある?」

「ん? そう……だな……」

 

 軽い口調で問いかけられたゲンヤは、顎を親指と人差し指で挟み、眉間に皺を寄せて打開策を練り始める。

 ぬいぐるみたちはジリジリと自分たちを追い詰めようと迫って来る。すぐに飛び掛かってこないところを見ると、無暗に突撃しても無意味だと学習したのかもしれない。

 ゆっくりと圧を掛けるようににじり寄って来るぬいぐるみたちの姿は子供たちには不気味に映り、スバルとギンガは不安と恐怖を覚えてギュッと父と母の服を掴む。

 その時、

 

「ッ! そうだ! 水だ!」

 

 咄嗟にゲンヤはハッと何かを良い案を思いついたらしく声を漏らし、杖を持った女性はハッと表情を明るくさせる。

 

「なるほど! その手がありましたね!」

「はッ? なにが?」

 

 と銀髪。

 

「ぬいぐるみたちに水を浴びせて動けなくさせるんです。布や綿(わた)で作られているぬいぐるみは水を吸えば相当重くなるはずですから」

「あ~、なるほど」

 

 銀髪はうんうんと頷いてから平坦な口調で言う。

 

「それで? こいつら動けなくする為の大量の水はこの状況でどうやって用意すんだ? まさかトイレまで行ってバケツに入れてからぶっかけようとか言わねェよな?」

「それなら問題はなさそうだ」

 

 と言うゲンヤの声を聞いて、前に立つ二人は人形たちに目を離さないようにしながら耳を傾ける。

 ゲンヤは視線を天井へと向ける。

 

「消火用のスプリンクラーが設置してある」

「あ~、アレか」

 

 銀髪がチラリと視線を上へと向ければ、確かにスプリンクラーがある。すると銀髪はスプリンクラーを指さしながら薄茶髪の女性に声を掛ける。

 

「うっしリニス。アレに向かって魔法ぶち当てろ。それで万事解決だ」

「いや、それじゃスプリンクラーが作動する前に壊れますって。だから――」

 

 リニスと呼ばれた女性はツッコミ入れながら杖の先端を雑誌が詰まれた棚にへと向け、威力をかなり抑えた小さな魔力弾を放つ。すると魔力弾はボン! と小爆発を起こし、そのまま雑誌をバラバラにする事なく引火させる。

 

「こうやって火種を起こさせるんです」

 

 やがて小さな火は本を侵食するように燃え広がりだす。すると煙、もしくは熱に反応したのかけたたましいサイレンと共にスプリンクラーのノズルから水が勢いよく周りに散布され始める。

 降って来た水に反応を示すぬいぐるみたち。

 すぐさま激しく降り注ぐ水は火を消し、ぬいぐるみたちの布やわたにどんどん水分を含ませる。ぬいぐるみたちは自分の体が重くなったの感じてか動きは鈍くなっていき、やがては自身を足で支えることさへ困難なのか膝と手を付き始め、やがて床へと倒れ伏していく。

 リニスはドーム状のシールドを展開して降って来る水を防ぎながらゲンヤたちにニコリと笑顔を向ける。

 

「とりあえず一安心……ってところでしょうか」

 

 

 

 

 銀時とリニスがぬいぐるみたちと攻防を繰り広げ、一つの家族の助けた現場であるデパートの――〝地下駐車場〟。そこには一台の駐車された白い(セダン)のボンネットの上に腰を掛けた人物が一人。

 纏っている服はふちに金色の装飾が施された黒いローブを着た背丈が小学生ほどの人物。猫耳の付いたフードを目深にかり、足と手の付け根は裾と袖で覆われている為に男性か女性かを判断することはできない。

 そしてローブの人物の右肩には黒いウサギのぬいぐるみが座り、左肩には白いネコのぬいぐるみが座っている。

 

「…………」

 

 ローブの人物がふと何かに気付いたのか、フードが右へと向く。

 ローブの右側、つまり白いセダンの右ヘッドライトの横には――黒い鎧が立っていた。

 その背格好は鎧としか形容できないほどで、頭の天辺からつま先まで漆黒の鎧で覆われている。鎧の腕や足や手などには、鋭利な装飾がほどかされているが、あまりゴツくはなく体格は鋭く細いといった印象を受ける。

 

「――収穫は?」

 

 黒い鎧からゆっくりと発せられる声は、男とも女とも判断がつかない。加工されたような淀んだ音だった。

 

「邪魔が……入った……。だけど問題……ない……」

 

 逆に、フードの奥から発せられた声はまるで鈴の音のように細いモノ。言葉はたどたどしい。

 黒い鎧は「そうか」と呟き、ゆっくりと歩を進める。ローブの人物が腰を下ろしている車の左側の陰に隠れている場所を覗けば、成人に近い男女数人が倒れ気絶していた。

 遠目から見ればすぐに異常だと気づく光景も、車と車の間の陰に隠れてしまっている為に気付かれにくくなってしまっている。

 

 倒れ伏す数人の男女。それを西洋風の黒兜のバイザーの隙間から確認した黒い鎧は、踵を返す。

 

「ならばすぐに次の獲物を狩りに行け。他の者たちも仕事をこなしている」

「約束……」

 

 ローブの人物の声を聞いて、背を向けた黒い鎧は足を止めチラリと兜の前面を向ける。相手が自分の発言に耳を貸すと判断して、ローブの人物はまた声を発する。

 

「終わったら……約束……守って」

「……結果次第だ」

 

 そう短く返すと同時に、黒い鎧の足元に黒い正三角形の魔法陣が展開され、そのまま黒い鎧はいずこかへと転移する。

 

「…………」

 

 ローブの人物はフードを少しだけ下へ向けてしまう。すると、肩に座っていた黒いウサギと白いネコのぬいぐるみは、フードの側面へと手を添える。

 

「大丈夫……。行こう……」

 

 ローブの人物は白いセダンのボンネットの上から降り、そのままどこかへ向かって歩き出すのだった。

 

 

 後々デパートの駐車場で発見された成人の男女数人はどこにも外傷はなかった。だが、外部に問題はなかったが、〝内部の異常〟は全員例に漏れず検出された。

 〝リンカーコアが委縮している〟という異常が――。




第八十話の質問コーナー:https://syosetu.org/novel/253452/90.html
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