忘れてしまった方は第60話を見直してもらえれば、どんなキャラか把握できると思います。(すみません)
「リンカーコアの略奪……ですか」
管理局本局。
ラウンジへと赴いたクロノ・ハラオウンはソファーに座り、机を挟んで対面する提督の言葉を聞いて表情を険しくさせる。隣に座るエイミィもまた、表情を真剣なモノへと変えていた。
クロノの言葉にレティは「えぇ」と頷いてから手元にウィンドウを出現させ、操作。そうすれば部屋は一瞬にして暗くなり、彼らの斜め右上に複数の大きなディスプレイが出現。そこには、ある画像が映し出されている。
「対象は大型や中型の生物、並びに魔導師。一貫して魔力の源であるリンカーコアを狙っての犯行。負傷者も複数。規模などから考えて、複数人の犯行であると睨んでいるわ」
「そしてその違法渡航者たちの追跡と確保を頼みたい、ということでしょうか?」
問いに対してレティは無言で頷き、クロノはより表情を厳しくさせる。
なにせ、『リンカーコアの略奪』と言う事件は過去にも事例があり、クロノ自身その事件に対しては関わってこそいないものの、〝知っている事件〟でもあるからだ。
そしてすぐに事件の首謀者、つまり容疑者たちに心当たりが出てくるのだが、すぐに〝彼女たち〟が犯人であると断定することができない。なにせ実際に会って話しているどころではなく、交流までしてしまっている。
隣のエイミィもすぐに犯人の心当たりを思いついてか、「あッ」と言う声まで漏らしてしまっている。
クロノやエイミィの表情や感情の機微を見逃さなかったであろうレティは若干視線を鋭くさせる。
「なにか、心当たりが?」
「ッ……」
「えッ、あの……」
問いかけに対してクロノは若干動揺し、エイミィもあからさまに動揺を見せ始めている。
隠しても意味がないし無駄、なによりレティが信用に足る人物だと結論付けたクロノは話すことにした――『八神はやてやヴォルケンリッター』のことを……。
「――なるほど。事情は分かったわ」
クロノが知る限りの闇の書の主とその騎士たちの情報を受けたレティ。彼女は顎を親指と人差し指で挟みながら思案し、口を開く。
「まぁ、もうとっくにリンディから聞いているのだけど」
「えええッ!?」
真顔で予想外の答えを返され、クロノは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
レティは少し苦笑を浮かべながら。
「いくらリンディでもこんな大事な案件を本部の誰にも報告しないワケないでしょ?」
「母さん……」
どうやらまたしても自分は母親に間接的におちゃくれてしまったようである。しかも表情からしてレティもグルであることが伺える。そしてなによりニコニコ顔のアースラ艦長の顔が目に浮かび、若干イラ付きを覚えた。
エイミィは少し不安そうな顔で。
「レティ提督は八神はやての処遇をどうお考えですか?」
「現状は無暗に彼女たちを確保しようとして刺激するべきではない、と私もリンディも考えているわ」
「しかし、闇の書の主である以上、やはりすぐに保護すべきという意見は上層部でも出ませんでしたか?」
クロノの問いにレティは首を縦に振る。
「ええ、もちろんあったわ。でも、現状八神はやては要監視対象という位置づけで、実家で生活をさせる事で話を付けているわ」
「そうなんですか? よく上層部を説得できましたね……」
エイミィが意外そうに言えば、レティは説明をする。
「なにせ、闇の書の主が早期に見つかった上に、管理局には協力的で人柄も良好。こんな滅多にないチャンスを生かさない手はないでしょ?」
「た、たしかに……」
エイミィは納得したように頷き、レティは眼鏡をクイッと指で上げて説明を続ける。
「まだ闇の書の主として覚醒したばかりの八神はやては、魔法の世界に対しての知識も持ってない。なによりも幼い彼女を無暗に本局に移送して軟禁してしまうのは、得策じゃないわ。下手をすれば騎士たちと対立して無用な争いまで起こしてしまう危険性がある。だからこそ、彼女に魔法の世界やロストロギアの危険性を知ってもらった上で、管理局が信用に足る組織であると認識してもらう必要があるの。その為なら、自宅で生活させるくらい難しくはないわ」
「な、なるほど……」
そこまで考えていたんだ、と言わんばかり声を漏らすエイミィ。
クロノはレティ、そして母であるリンディの考えに納得している。
度々アースラにはやてたちを呼んでは、フェイトが海のジュエルシードを回収する場面を記録した映像などを見せたり、管理局について説明したりはしていた。更に協力を受け入れたり、そうやって何度も交流を積み重ねてきた。
ロストロギアの危険性を教え込み、警戒心を解いて良好な関係を築ければ、早期的に闇の書に対する対策が取れるようになる。
それだけではない、本当の意味での闇の書の解決だって……。
「はやてちゃんたちと協力して『闇の書』を何とかできるでしょうか?」
エイミィが真剣な顔で尋ねれば、レティは表情を険しくさせだす。
「現状では、なんとも言えないわ。打開策は聞いてはいるけど、それをどこまで実現できるかは未知数の段階ね」
「そう……ですか……」
何もかもうまくいくワケないと分かっているだろうが、エイミィの表情は少し沈んでしまった。
彼女も八神はやてという人間を助けたいと思っている人間の一人だ。だからこそ、親身になってはやての身を案じているのである。
クロノは話を聞いてふっと湧いた疑問を投げかけた。
「一つ聞きたいのですが、八神はやてには完成した闇の書の破壊性についてはいつ教えるのでしょうか?」
「さすがにまだ先ね。リンディと話し合って決めたけど、まずするべきは闇の書についての情報と対策を固めること。そして、話すとしても時期を見て騎士たちからにするつもりよ」
一応質問してみたが、予想通りの答えだった。とはいえ、レティとリンディの判断は概ね正しいとクロノも考えている。
現状は準備し、備える段階だ。闇雲に話してはやてを不安がらせるだけにするのはよくないだろう。なにごとも早急に事を進めればいいというものではない。
そこまで話した所で、クロノはある謎に気付き、訝し気に視線を細める。
「となると、やはり変ですね」
「えぇ、あなたも気づいた?」
と言うレティ。
「えッ?」
なにが変なの? と言いたげな顔をするエイミィに、クロノは顔を向けて説明する。
「リンカーコアを狙う違法渡航者の件さ」
「あッ……」
と声を漏らして察するエイミィ。そしてレティはうんと頷く。
「そう。闇の書はリンカーコアの魔力を集める為の
続けてクロノが言葉を紡ぐ。
「八神はやてが犯罪を起こさない人物とは知っているけど、当然騎士たちと共に監視は行っていたんだ」
「じゃあ、ヴォルケンリッターたちが犯罪を犯した証拠はないんだね」
とエイミィは嬉しそうに言う。なんやかんやで彼女も八神はやてたちと話をして交流を少なからず深めてはいるので、あんまり犯罪者として扱いたくはないのだろう。
「だからこそ奇妙なのよ。なにせ、推定でも最初の犯行が起こったのは二週間前」
そこまで説明して、レティは若干呆れの混ざったような顔をしだす。
「驚きなのは、第一管理世界でも事件を起こしてる事ね。辺境とはいえ、保護区域の動物が襲われた、という報告を聞いた時は呆れたわ」
「それはまた大胆な犯行ですね……」
エイミィも若干呆れ気味の顔をしている
続けて、クロノが腕を組んで自身の推理を話す。
「いくらヴォルケンリッターたちが優秀な魔導師……いや、騎士だとしてもアースラの監視を搔い潜って転移できたとは考え難い。なにより、ここ最近は八神はやてや騎士たちの誰かは艦長と頻繁に会っていたらしいからね」
「事件の発生率から考えても彼女たちの無実を裏付けしてしまう要素ばかりになるわ。まぁ、最悪私たちでも気付かない方法を使ったという可能性も捨てきれないけど」
謎だらけだわ、と言いたげな表情を浮かべるレティ。
色々な証拠を照らし合わせると余計にヴォルケンリッターたちが犯人でないと言う情報に繋がっていく。となると今現在リンカーコアを略奪している犯罪者たちは何者なのか? という疑問にぶつかるのだ。
リンカーコアを略奪するなんて事件を起こしたのは、闇の書関係以外では事例がほとんどないレベルなのだから。
クロノとレティの話を聞いていたエイミィは眉間に皺を寄せていると「あッ」と言う声を漏らして、ある推測を口にする。
「もしかして、『クリミナル』たちが関わっているんじゃないですか? 『魔力を吸収するデバイス』を持っていたほどですし」
「そうか、なるほど……」
エイミィの言葉を受けてクロノはうんと頷き、レティへと顔を向ける。
「だから僕たちにリンカーコアの略奪事件の捜査を依頼するんですね?」
クロノの言葉を聞いてエイミィは「えッ? なにが?」と声を漏らし、レティは真剣な表情で頷く。
「えぇ、その通り。リンディからジュエルシード事件の主な内容の報告を受けて私もクリミナルという集団が怪しいと睨んでいるわ。だからこそ、最前線で彼らと戦ったあなたたちに捜査を依頼しようと考えたの」
「確かに、魔力を奪う技術を有しているならリンカーコアの魔力を吸収する技術を持っていてもなんら不思議はありませんからね」
クロノの言葉を受けてエイミィも話の流れを理解したのか「なるほど」と頷いている。
「今回の件、任せましたよ。クロノ・ハラオウン執務官」
レティの言葉受け、クロノは真剣な表情で頷く。
「はい」
*
そんなこんなで翌日。
場所は変わってクラナガン。
大通りにはいくつもの店が立ち並ぶ中、その中の一つである少し洒落た喫茶店。そこのテーブル席にはプレシアと彼女の昔の旧友たるナハティ・ウェン(詳細は60話参照)が四角い机の間を挟むようにして再会していた。
座り心地のよさそうなソファに腰かけた二人の前には小皿に乗った白いコーヒーカップが置かれている。
相も変わらず目元に隈の付いた血色の悪そうな黒いボブカットの旧友。その顔と対面したプレシアはバツが悪くなりながらも挨拶をする。
「久しぶり……ね」
「まぁ……おおよそ二十年来の再会ともなると……久しぶりと言って過言はないね」
あまり精気が感じられない抑揚のない声を聞いてプレシアは「うッ……」と声を漏らす。そう二十年……二十年近くもこの二人は一度も会うどころか連絡すらしたことはない。
最後に『助けが欲しい時は連絡の一つでも』という言葉を皮切りに約二十年会ってないのだ。親友ですら縁が切れてると言われてもおかしくない年数である。まぁ、事情が事情なのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
ナハティは人差し指で頭をポリポリと書きながら告げる。
「まぁ、管理局から大体の事情は聞いている……。どうやら、二十三年経った今でも君は親バカ一直線のままらしい……」
「えッ、えぇ……まぁ……」
相も変わらず目元に隈の付いた三白眼に見つめられ、汗を流すプレシア。ぎこちない返事をしながら、居たたまれない感情を誤魔化すように小皿を左手で持ち、カップの取っ手を指で掴みながら苦い液体をちびちび飲む。
プレシアがまたこうしてナハティと再会できたのはもちろん管理局に頼んだからだ。今はフリーランスの科学者としてテキトーに研究と開発しながら生計を立てているようだ。管理局の依頼も度々こなしたこともあったようで、彼女の所在は予想以上にすぐさま判明した。
ミッドチルダに戻って来た目的のうちの半分は引っ越しの手続きであり、もう半分がナハティやヴァルサスといった約二十年前に世話になった知人に再び挨拶をしようと言うものだ。もちろん約二十年連絡を取り合っていないのだから探しても見つからない可能性は高い。
娘たちのこともあり、数日待っても情報が皆無の場合は諦めて地球への引っ越しを続けるつもりではいたのだが、そんな不安とは対照的に案外すぐ見つかったのはある意味拍子抜けだった。だが、はいそうですかと簡単に再会する事に踏み切れないのも本音であり少々躊躇ったのも事実。
居たたまれない空気に悩むプレシアに気付いてか、ナハティは少しため息を吐いてからどことなく優し気な声で。
「別に今まで何も相談しなかった事を責める気は毛頭ない……。だから気にするな……。予想以上に長い時間は経過しただろうが、君と私の縁が切れたとは思ってないよ……」
「……ありがとう」
繋がりは切れてないと言葉にしてくれた友人か親友か分からない旧友に、プレシアは薄く笑みを浮かべる。
少し空気が和らいだのを感じて、プレシアはある事に気付く。
「そう言えば、あのメイドヤンキーロボはどうしたの? 足洗った?」
プレシアの言うメイドヤンキーロボとは約二十年前にナハティが引っ越しの時に寄越したメアリ・アンヴィーアス――ヴィクトリアンメイド風の口のわっるいタバコを吸ったロボットと覚えてもらえれば幸いである。(そして60話を参照していただければなお幸いである)
ナハティはプレシアの問いに「あぁ……」と声を漏らしてから、
「なんだかんだ、愛着が湧いてね……。今でもほら……」
ナハティは自身から見て右側の大きな窓へと顔を向ける。旧友の視線に釣られてプレシアも顔を左へと向ける。
道路の景色を映し出す窓を境に、プレシアの目には映り込むのは……。
「なんだテメコラァァァ!! 銀髪コラァァァ!!」
窓越しでも聞こえてきそうな怒声を上げる、情熱的な紅蓮の髪の色のヴィクトリアンメイド。
そしてそのメイドが、銀髪もじゃもじゃ頭の男の髪を左手で引っ掴みながら、右手でどてっぱらに何発も鉄拳お見舞いしている光景だった。
「彼女は今も元気に私の付き人さ……」
ナハティの言うように、その紅蓮の髪に似合うかのように烈火の如く怒る元気なメイド。
ヤーさんメイドから鉄拳制裁される銀髪が見える窓から、顔を背けるプレシアは思った。
――見なかったことにしよ……。
なんか聞き覚えのある使い魔の「やめて下さい! 私たちはプレシアの――!!」などと言う声が聞こえるがきっと気のせいだろう。ヴィクトリアンメイドが見覚えのある着物半脱ぎ男をシバいていたような気がするが、きっと気のせいに違いない。
プレシアは少々頬を引き攣らせながら顔を旧友へと向き直す。
「相も……変わらずね……」
「まぁ、ボディーガードとしては案外使えるからね……」
などと呑気に告げたナハティはふっと気付いたように口を開く。
「相も変わらずと言えば、君の見た目は〝昔のまま〟だね……。いや、昔のままと言うより戻っているように見える……」
ナハティは物珍しい物を見るようにプレシアの上半身を下から上へとじっくり眺める。特に手や顔といった肌が見える部位を念入りに見ながら呟く。
「肌のハリツヤも良い……。皺もほとんど見られない……。なにより若々しさを感じる……」
「そ、そう……?」
呟く度にどんどん視線を細めるナハティに言葉に、内心の焦りを誤魔化すようにプレシアはコーヒーを啜る。
「君の年齢と肉体年齢が釣り合わないと二十年前は薄々思っていたが……今はとても五十代のババアとは思えんな……」
「さ、最新の……あ、アンチエイジングの……力よ……」
苦しい嘘である。アンチエイジングする暇なんてこの二十年近くであるワケがない。
そもそもあんなストレスが溜まりまくる時間を過ごしていたらもっと体に負担が掛かって老化に拍車が掛かってもおかしくないのだが、管理局に保護されて身体検査してみたらあら不思議――肉体年齢が二十代後半だと言うからビックリ。ホントなんで?
「アンチエイジング……ねー……」
ナハティの疑いの眼差しを避けるように、プレシアは店員に新しい苦いコーヒーを頼む。
――睨まないでよ。私だって
体の肉体年齢が若くなった事に関しては本当にプレシアは何もしていない。いや、自分の体になんかしそうな連中に心当たりはあるのだが、今の今まで若返ったこと以外まったく体に影響がない。健康体そのものである。
だからクリミナルの連中を追い詰めた時とか妙に体が軽く魔法の威力が申し分なかったワケだ。アレは怒りによるアドレナリンの影響でブーストが掛かっているかと思ったが、単純に肉体が全盛期に近い状態になっていただけなのだ。
――原因はたぶん、あいつら(クリミナル)だろうけど……なんで体になんの害もないのかしら……? むしろ私を強くしただけだし……。
プレシア自身、おばさん呼ばわりされても気にしない年齢になったと自覚している。(銀時にババア呼ばわりされてキレたのは都合良く忘れるプレシアさん)
だからこの若返りは舞い降りた幸運とも言える。女性としても小さな娘を育てる母親としても。とは言え、この理由不明の幸運を与えたのがもしあの
それにお陰で長い間、身体検査を何度も受けた上に経過観察をする羽目になった。まぁ、そこは別にいいのだが。
真相は解明せねばならないし、
――って言うか……。
プレシアは店員からお代わりのコーヒーを受け取りながら、ナハティへと懐疑的な視線を向ける。
――ナハティもなんか……若くない?
そう。今の今まで違和感を感じていたのだが、目の前で自分を興味深そうに見つめる旧友もまた、なんか妙に若いのだ。絶対五十代の肌ツヤに見えない。不健康そうなのに。
「……ねぇ、ナハティ。あなたこそ、なんか妙に若く見えるんだけど? ホントに五十台迎える女性?」
と聞いてからプレシアがコーヒーを啜ると、ナハティは「ん?」と反応してから真顔で。
「あぁ……。肉体を改造して若返った……」
「ブゥゥゥ!?」
プレシアはコーヒーを口から吐き出す。
平然と旧友の口から出たとんでも発言に、吐き出した飲み物も気にせずに食い気味に問いかける。
「いまなんつった!?」
「自分の体を改造したんだ……。そしたら若返りに成功してな……」
「あなたはショッカーの科学者にでも転職したの!?」
「仮にも久々に再会した友人をショッカー呼ばわりとは失礼な……。もう少し長生きしたいんで、体をちょちょいと弄っただけだ……」
「二十年来の友人がスナック感覚っで自分の体を改造するイカレポンチだって再認識しちゃったわよ!!」
「プレシア……声……」
ナハティに言われ、周りの客が遠巻きに大声を出す自分をチラチラと見始めているに事に気付くプレシア。少し恥ずかしくなりつつも、声のトーンを落としながら会話を再開する。
「あ、あなたが……色々と執着がない無頓着な研究バカなのは知ってたけど……まさかそこまでクレイジーだとは思わなかったわ……」
少し顔を青白くさせるプレシアの発言に対して、ナハティは告げる。
「まぁ、別に私は皺や白髪が増えようが別段良かったんだが……研究を続ける体力と寿命が欲しくなってしまってね……」
「誰もが欲してやまない願いを簡単に叶えるものね……」
「成功はしたものの……当初は全身が引き裂かれそうな激痛でショック死するかと思ったよ……」
なんか想像絶する体験を抑揚のない声でなんでもない事のように聞かされるプレシアは頬を引き攣らせる。そして更に説明を続けるナハティ。
「痛みを乗り越えた先には若返りが待ってはいたが、激痛の後遺症なのか髪は白くなってしまってね……。まぁ、黒が気に入っていたので染めて黒にしているが……」
自身の髪をふさふさと触るナハティの姿を見てプレシアは思った。
「まぁ……この場で言うのもアレだが……激痛と共に穴と言う穴から色々と出――」
一人の研究者として、なにより一人の母親として目の前のコイツみたいに色々とかなぐり捨てないようにしよう、と――。
*
カランカラン! と白いドアに付いたドアベルを鳴らしながら喫茶店から出てくるのは、あまり元気と言う文字が感じられないナハティと、心底元気が感じられない疲れたような表情のプレシア。
料金(今回はナハティの奢り)を払って出て来た両名を左側の道から出迎えたのは、メアリ・アンヴィーアス。
「感動の再会はどうでしたかー、クソご主人様」
ロボットとは到底思えないような深海の如く深い蒼碧の瞳と口調で、プレシアと主を出迎える。
「あぁ、お互い相も変わらずだと確認できて安心したよ……」
「そうっすか。そりゃ、結構なことで」
などと主従が軽めの会話をしている姿をプレシアは眺めながら、視線をメアリの足元へと向ける。メアリの一歩後ろのアスファルトには倒れ伏す銀髪天然パーマの姿が。
「…………」
プレシアは冷めた目線を少し上げる。その先には、倒れ伏す男の少し後ろに立つ、自身の山猫の使い魔がいた。いたたまれなそうに顔を斜め下に背けているのが。
そんな異様な光景などまるで気にしないと言わんばかりにナハティはメアリと軽く会話を終えてから、プレシアへと顔を向ける。
「じゃあ、プレシア……私はそろそろこれで……。娘のことも結構だが、これからは古い知人を気に掛けても罰は当たらんと思うぞ……」
「えぇ……善処するわ」
とプレシアが答えれば、メイドロボのメアリが告げる。
「ご主人様のご友人様~。再会記念つうことで、特別にお前んとこの段ボールハウスに送り届けてやってもいいぞ?」
「送るならホテルにお願い。誰もホームレス生活は送ってないから」
「そう言えばプレシア……」
とここでナハティが思い出したように問いかける。
「管理外世界に移住するんだったな……。時の庭園は私が引き受けようか……?」
「えッ!?」
とまさかの提案にプレシアは思わず声を漏らし、慌てて右手を前に出す。
「だ、大丈夫よ! 折角のあなたの贈り物なんだし――」
「所詮、家も物だ……。管理局の捜査が済めば時の庭園は自動的に君の元に帰って来るだろうが……新天地で暮らす君には必要がない
「嫌な思い出が詰まった上に維持費が掛かるもんな」
とメアリ。
「うッ……」
言われたことズバリその通りなので、言葉を詰まらせるプレシア。
――だけどあそことんでもない事故物件なんだけど……。
誰か死んだとかそう言うレベルじゃないヤベー家を二十年来の友人に押し付けていいものか悩まむプレシアに、ナハティは抑揚のない声で告げる。
「君の〝これから〟に必要のないモノにそれほど拘る必要もないだろ……。なら、有効活用できる人間の元に行く方が城も本望というものだ……」
「まぁ、気にすんな。うちのご主人様に実験用のちょうどいい別荘を提供したとでも思っとけ」
とメアリが後押しする。
「そ、そう……」
プレシアは色々と逡巡した後に頷いてからナハティへと顔を向ける。
「……わかった。心苦しいけど、あなたの言葉に甘えさせてもらう」
「気にすることないさ……。時の庭園は研究施設として中々使い勝手がいいからね……」
とナハティが言うとメアリは親指で後ろを指す。
「そう言う事だ。こんなとこで立ち話してねェで、とっとと車に乗りな」
促されたプレシアは「悪いわね」と言いながら、メアリが運転するであろうナハティに車に乗ろうと歩き出す。
リニスの元まで歩けば「良いご友人を持ちましたね」と言葉を掛けられ、プレシアは薄っすらと笑みを浮かべながら「そうね」と満足げに告げる。
――どうやら……私は思った以上に周りの人間に恵まれて……。
「――って、ちょっと待てやァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
とそこでようやくやっとガバっと立ち上がった〝銀時゛が青筋浮かべながらシャウト。
喫茶店近くにある駐車場に向かおうと歩き出した三人と一体は振り向き、ボロボロになった銀時は怒りのままに捲し立てる。
「お前らなに良い感じにそのまま行こうとしてんの!? 道端に倒れ伏した人無視して和やかな雰囲気醸し出すってどんなサイコパスゥ!! 少しは心配して介抱してくれても良くない!? あまりにも無情過ぎて涙出てくんですけど!?」
銀時の怒声を聞いてメアリは眉間に皺を寄せ、眼光を鋭くして言う。
「路傍のちぢれ毛がギャーギャ騒ぐな」
「テメェが人様を路傍のちぢれ毛にしたんだろうが!!」
と銀時。
「そのままちぢれた雑草になれ」
「ああん!! だとコラ!! テメェこそその真っ赤っかな髪地面にばら撒いて希望の花咲かせてやろうかオイ!!」
そんな言い合いをしながらメアリと銀時は取っ組み合いを始める。
プレシアはロボと侍の喧嘩をジト目で見ながらナハティと問いかける。
「ねー、ナハティ。あなたのメイドロボちょっと手が早すぎない? いつか事件起こすわよ?」
「まぁ、私もその辺は自覚しているが……メアリは口こそ悪いがそう簡単には手を出さないはずなんだがな……」
約二十年前に人を焼却しようとしたのは記憶違いだったろうか? とプレシアが内心ツッコミ入れてから、隣に立つリニスへと声を掛ける。
「ねぇ、リニス。あの天パ、ナハティのロボと何があった?」
「そのー……来た当初はプレシアの古いご友人の付き添い人と言う事で私も銀時さんも軽い雑談をしていたのですが」
「なるほど。それで? 雑談中にあの銀髪は――」
プレシアがそこまで聞いた時、
「いい加減しろやこのダッチ〇イフロボォォォオオオオオオオオオ!!」
「往来でまた言いやがったなこのちぢれ毛天パァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」
と銀時とメイドロボの喧嘩に拍車が掛かる。
そしてリニスは呆れたような声で。
「臆面もなく今の言葉をメアリさんに……」
――あぁ……なるほど。あの天パが悪い。
プレシアはうんうんと頷きながら、新しい知人もまた性格に難ありと再確認するのだった。