魔法少女リリカルなのは×銀魂~侍と魔法少女~   作:黒龍

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第八十三話:実験はほどほどに

 時刻は午後二時頃。

 

 銀時とメアリの取っ組み合いに一段落付いた後。プレシア一行は友人であるナハティの黒いワゴン車に乗せてもらい、現在ミッドチルダに滞在する為のホテルへと向かっている。

 後部座席の右側に座るプレシアは窓に流れる景色――クラナガンの街並みを眺めながら物思いに耽り、三日前に偶然飲み屋で出会った男のことを事を思い出す。

 

 ジェイス・スカリッテ。特に聞いた覚えのない名前ではあるが、妙に気になる男だった。

 それに飲むだけ飲んで愚痴って最後にゲンヤやスカリッテと解散となった時に、

 

『あなたがかの有名な大魔導師プレシア・テスタロッサ女史か。私はジェイルんんん――ジェイス・スカリッテ。まさかあなたとこうやって会えるとは、巡り合わせとは分からないものだ。また会えるかどうかは神のみぞ知るところではあるが、以後お見知りおきを』

 

 と意味深な言葉を送られ、握手を交わしたのは記憶に新しい。

 

 ――私ってそんなに二十年近く経っても知られるほど有名な科学者だったかしら?

 

「なぁ」

 

 と後部座席の左端に座る銀時が声を掛けてくるが、物思いに耽るプレシアの耳には届かない。

 

 一応、大魔導師の称号を得ているのだから知る人ぞ知る有名人なのではあるだろう。まさかあんな成人して間もないであろう若い人間にまで名を知られていることに内心少々驚いたものだ。

 

 ――正直、危険なロストロギアで事件起こしていたら、私ってどうなってったのかしら?

 

「なァ! おい!」

 

 銀時がより大きな声で呼びかけるが考えに耽るプレシアの耳には届かない。

 

 ――よくよく考えたら、もしあのまま狂った母親を演じていたら大事件を起こした大魔導師として新たに名を馳せたかもしれないわね。正直、いまは考えただけでも冷や汗ものだわ。

 

「なァ! おい! ババア! 若作りババア!」

 

 そこまで言われて銀時の頬を右手でガバッと鷲掴み、顔を自分の方へと引き寄せるプレシア。銀髪天パの口はまるでタコのような形になる。

 

「いくら年齢がもうアレでも、ババア呼ばわりされたらさすがに怒るわよ?」

「ほォうおふォってんだふォ」

 

 たぶん『もう怒ってんだろ』と言っている銀時はジト目向けてくる。

 そして目の前で主に鷲掴まれた銀時の頭を見ながら、リニスは苦笑する。

 

「あの、プレシア。銀時さんの口の悪さを擁護する気はありませんが、あなたもあなたで呼んでもうんともすんとも反応しなかったんですし、銀時さんの態度を責めるのもどうかと」

「えッ? そ、そうだったの。ごめんなさいね……」

 

 リニスに(たしな)められてプレシアはすぐさま銀時の頬を離す。

 銀時は頬を撫でながら軽口を叩く。

 

「たく……見た目若くてもやっぱ年は取ってんだな。バリバリ更年期障害――」

 

 プレシアのアイアンクローが銀時の顔面に炸裂!

 

「いでででででででででででででででででで!!」

「もう二人共!! 車の中なんですからあんまり暴れないでください!!」

 

 リニスが再び声音を強くして(たしな)めると、

 

「楽しそうだね……プレシア……随分、ユニークな恋人を持ったようだね……」

 

 助手席に座る旧友(ナハティ)は力なく告げる。

 

「違うから!」

 

 まさかの言葉にプレシアは掴んだ銀時の頭を勢いよく放し、天パの顔面は窓に叩きつけられてしまう。

 

「グヘッ!!」

 

 と悲鳴を上げる銀時に構わず、プレシアはナハティの座る座席を両手でガシっと掴みながら鬼気迫った表情で吠える。

 

「恋人だとか付き合うだとかそういう話は止めてッ! こっちはいま、あの銀髪を中心に色々と複雑な事になってきてんだから!!」

「小粋なジョークのつもりだったんだが……まぁ、良いか……。私は君の新しい友人に少々興味が湧いてきたよ……」

 

 ナハティは座席に体を預けながら少し振り向いて声を出す。

 

「さかた……ぎんとき……だったかな……?」

「いてて……。あァ、そうだよ……。なに? なんか用?」

 

 銀時は鼻を抑えながら反応。

 

「わたしはナハティだ……。よろしく……」

「あぁ、どうも。坂田銀時です。つうか知ってるよ。プレシアからとっくに聞いてるから」

 

 ぶっきらぼうに答える銀時に対して、ナハティは特に気分を害する様子もなく話し続ける。

 

「こう見えて私は科学者でね……」

「いやだから知ってるし、見りゃ分かるっつうの」

「魔導工学専門だったんだが……最近は遺伝子工学も研究しててね……」

「へェ~……興味ねェけど」

「きみ、ハルクに興味ないかい……?」

「テメェ俺をどうするつもりだァ!? 科学者は科学者でもマッドが付く方かお前!?」

「ハルクが嫌ならデッドプールもありだぞ……」

「余計ダメだろ!! 俺の全身をガン細胞まみれにする気か!! つうかなんでさっきからマーベルチョイスなんだよ!! むしろマーベルならアイアンマンが良い!!」

「残念だ……。プレシアに聞いた通り、もし君の体が異常に発達した健康な肉体なら弄りがいがあったんだが……」

「こェェェよ!! この人の発言超こェェんですけど!! 病んでるよ!! ナチュラル病んでるよコイツ!! だって俺をモルモットとしてか見てねェの丸分かりだもん!! 目で語ってるもん!!」

 

 などと銀時とナハティが親睦? を深めているのを見てから、プレシアは顔を青白くさせる銀髪に話しかける。

 

「そう言えば銀時。私になにか用があったのよね?」

「ん? あ、あァ。俺はもうそろそろ地球に戻ろうと思ってな。オメーはまだ魔法世界に残んのか聞こうと思ったんだよ」

「私の方はまだ手続きがあと少し掛かるから、まだミッドに残るわ。にしても、あなた三日程度でミッド観光止めるのね……」

 

 飽きっぽいのか単に興が冷めたのか分からないが、銀時にとって魔法世界はそれほど興味は移る対象ではなかったのかもしれない。

 

「今度魔法世界観光する時はなのはやフェイトやバカ共にさせな。あいつらの方がよっぽどテンション上げてバカ騒ぎするだろうしな」

「フフ……そう」

 

 銀時の気持ちをつい察して笑みを零すプレシア。なんだかんだ一人で見て回って面白くないから帰るということなんだろう。もしくは若い彼女たちの方を楽しませた方が良いと遠回しに言ってるのかもしれない。

 なに笑ってんだよ、と言葉を漏らしてから銀時は話を続ける。

 

「兎にも角にも俺は帰る。ただまァ、ゲンヤのとこにお呼ばれしてっから、ただ飯食ってからだけどな」

「そう言えば……そうね」

 

 一回飲み屋でご馳走してもらったのだから、プレシアやリニス的にはそれで済ますはずだった。だが、ゲンヤや妻のクイントが一度ナカジマ家に招待して料理を振舞いたいと提案してきたのだ。

 それに娘――特にスバルという少女が銀時にもう一度会いたいとのことだった。

 そういう理由だったから思うところもあり、プレシアとリニスは折れて銀時と一緒にナカジマ家の招待を受ける事になった。

 銀時的には「いいじゃん、ただ飯食えて」とかなり図々しいこと言っていたが。

 

 ただ色々とごたつきと準備があるので、二日後に来て欲しいとのこと。

 すると銀時の話を聞いてリニスはフフと笑いを零す。

 

「銀時さん、律儀に明日まで帰るの待ってるんですよね」

 

 なんだかんだでナカジマ家の感謝の気持ちに応えようとしているであろう銀時の対応に、プレシアも笑みを零す。

 

「他人のお礼を素直に受け取るなんて、あなたも割と礼節を守る精神はあるようね」

 

 そもそも人の対応に本当に不誠実な男であるならば明日まで待たずに昨日か今日にはとっくに地球へと帰っているはずだ。なんのかんの言いながらも、律儀な部分は横にいる捻くれた天パにもあるようだ。

 銀時は少々不機嫌そうに言う。

 

「だーかーら、ただ飯にありつけるから俺は行くんだよ。そんだけだ」

「あなたホントに素直じゃないわね。他人の誠意とか厚意に慣れてないの?」

 

 髪質のように捻くれた銀時の態度に、プレシアはやれやれと肩を竦める。

 

「さーな……」

 

 誤魔化すように窓に顔を向けながらぶっきらぼうに返し、銀時はまるで話題を逸らすように言葉を紡ぐ。

 

「プレシア。お前こそ、なんか心残りとかねェの?」

「心残り?」

「あァ。挨拶しときてェ知り合いとかいねェかって話だ。もしかして、お前の親しい知り合いは俺を改造したがってる目の前にいるヤンデル女だけか?」

「人を友達がほとんどいない寂しい人間みたいな言わないで……って言いたいところだけど……二十年以上はほとんど交友のあった人たちとは……話してすらいないわね……」

 

 本当に娘以外に繋がりを持たない生活を送って来たんだなー……としみじみ思うと同時に、悲しくなってきたプレシアは表情を曇らせる。

 そして言い出しっぺの銀時が「あッ、ごめん」とサラリと謝るので余計悲しくなる。

 するとナハティが、

 

「安心しろプレシア……。私の今までの人生で親しい友人など君を含めて片手の指で足りる……」

 

 なんとも悲しいフォローをしてくれる。

 ナハティのお付きたるメイドが運転しながら続くように口を開く。

 

「まぁ、本当に友人と呼べる奴が一人二人いれば人間としちゃ幸せだってどこかで聞いたことあるしな」

 

 ロボに人としての幸福を語られる始末。

 そんななんとも言えない複雑な空気の中でプレシアはあることを思い出す。

 

「そう言えばヴァルサス先輩……なんで局員を止めたのかしら?」

「ん? だれ? そのベルサイユって?」

 

 と銀時。

 

「ヴァルサス・イザードさんです」

 

 とリニスは訂正し、説明する。

 

「プレシアの学生時代の先輩ですよ。前に話しに出て来たと思うんですけど?」

「知らん。なにせ俺は人の顔も満足に覚えられねェからな」

「いや、それなんの自慢にもなりませんが?」

 

 などと銀時とリニスが言い合っている中、プレシアは不可解そうに顎に手を当てる。

 

「ヴァルサス先輩、長い闘病生活の後に局員を退職したと言うけど……やっぱり病気をきっかけに体力の限界を感じたのかしら? だから少し早い退職を……。でもその後はなぜかフリーの魔導師になっているらしいし……」

「改めて思うと、プレシアの周りの知り合いって五十代近いのばっかなんだよな……。俺の年齢感覚がどっかおかしくなりそうなんだけど……」

 

 と言って銀時は頬を引き攣らせる。

 まぁ、五十代なのに見た目二十代後半の女が近くに二人もいれば色々と感覚が狂ってしまうのも仕方ないだろう。

 銀時の言い分に、プレシアは内心失笑してしまう。

 するとナハティがポツリと呟くように平然とした声で告げる。

 

「ヴァルサス先輩なら私が〝肉体改造〟して肉体が若返ったからな……。まぁ、あのまま局員続けるのは色々と問題があると思っての判断だろうな……。それにフリーの方が色々と融通が利くと考えてのことだろう……」

「へー、知らなかった――ってちょっと待てぇぇぇぇええええええ!?」

 

 狭い車内でプレシアの絶叫が響き、

 

「運転中にデケェ声出すなぁぁぁぁあああああああ!!」

 

 運転手のメアリが振り向きながら怒鳴り声を張り上げ、

 

「おィィィィィィィ!! 後ろ振りむくなァァァァァァァァ!!」

「前見て前ぇぇぇぇえええええええ!!」

 

 銀時とリニスが下手したら事故起こしそうな状況に悲鳴を上げる。

 プレシアはナハティの座る座席をガシっと掴む。

 

「ちょちょちょちょッ!! ナハティ!! あんた私たちの先輩になにした!? なにやらかしたの!?」

「いやどうもヴァルサス先輩はリンカーコアが縮小してしまう特殊な奇病を前々から持病として患っていたらしくてな……五十代でついに魔導師として限界がきた彼に私がつい……な」

「ついってなに!? ついって!? あなたそんなピンポンダッシュ感覚で他人にショッカー行為を!?」

「私の開発した薬と改造法が私以外の人間に効くのか試したくてつい……な」

「あなたマジでイカレてるわ!! そういう最後の一線は踏み越えないと思ってた私がバカだったわ!!」

「最初こそ私だって渋ったんだ……。だが本人は強く願った……。だから私も全力で人体実験した……。つまり大丈夫だ……」

「ダメに決まってんでしょうがぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 

 まさかの斜め上のぶっ飛んだ凶行に興奮したプレシアは旧友の首をグイグイ締め上げる。それを見たナハティの護衛を兼任するメイドロボが黙っているはずもなく。

 

「おい俺のご主人様になにやってんだコラァァァァァ!! テメェ殺すぞコラァァァァァァァ!!」

「ハンドル離すなァァァァアアアアアアアアア!!」

「死ぬぅぅぅぅ!! このままでは私たち全員が死ぬぅぅぅぅうううううううう!!」

 

 中も外も暴走した車は運よく、無事故のまま目的地に向かうのであった。

 

 

「まぁ……俺もあの時はマジで死を覚悟した……」

 

 ヴァルサス・イザードの事務所前。

 そこでプレシアは見た目が20代半ばほどの学生時代の先輩に再会し、話を聞いていた。さすがにナハティの話を聞いて見て見ぬ振りもできないので、ヴァルサスの様子を見に行く他なかった。

 複雑な表情を浮かべながら腕を組み、この二十年間の経緯を大まかに話すヴァルサス。

 

 彼曰く――、

ここ数年でリンカーコアが縮小する奇病を患っていたものの薬で抑え込んでいたが限界

更に合併症まで発病し今後の人生が一生ベットの上での生活になるかどうかの危機

ナハティに相談したところ一か八かの賭けで彼女の薬と改造を試す決意をする

マジで死ぬ思いをしたがなんとか一命を取り留め、魔導師としても復活

ただナハティのやり方が非合法だったこともあり、管理局員を続けるのは無理

経歴も詐称してフリーの魔導師として新たにスタート。

 

「まぁ……こんなところだ……」

「な、中々に壮絶な経験だったんですね……」

 

 ヴァルサスの説明を聞いて汗を流すプレシアに対して、ナハティは抑揚のない声で告げる。

 

「だが先輩は今はこうして元気に魔導師だ……。だから私ワルクナイ……」

「人の体弄り繰り回して許可すらされてない死ぬ確率が高い方法で人体改造敢行した癖によく言えるわね」

 

 ナハティにジト目向けるプレシア。

 様子を後ろで腕を組みながら見ていた銀時はリニスに声を掛ける。

 

「プレシアのダチってよ、歳と一緒に倫理観捨て去ってんじゃねェか?」

「ま、まぁ……アナーキーな方法で人ひとりを救ったとも言えますが……」

 

 とにもかくにも、プレシアのもう一人の知人たるヴァルサスにも会えた銀時はナハティ同様に彼と少し話をする。

 同じくフリーで働き、金を稼ぐ者同士だったのかわりと有意義に話せた。まぁ、主に何でも屋として上手く金を稼ぐ方法や普段金が中々稼げないといった少し品のない話が多かったが。

 そして最後にヴァルサスからある忠告を受けるのだった。

 

「最近、リンカーコアの魔力を狙う輩が現れる噂が広がってるから気を付けろ」と――。

 

 

 

 時刻は夜。

 クラナガンは街灯やネオンサインに照らされ、通りは夜の闇を寄せ付けない。

 だがしかし、それは通りの話であり、路地やビルや建物の間の路地裏はまた話が別。ネオンの光もあまり届かず、薄暗い闇が蠢く。

 

「ハァ!! ハァ!! ハァ!! クソッ!!」

 

 そんな薄暗い路地裏を躓きそうになりながらも息を荒くし、必死に走って逃げる男が一人。

 彼は夜のなると仲間たちと共に路地裏に隠れては金を持ってそうな奴をターゲットにして魔法で脅して金品を奪う。

 もちろん罪も魔力もない一般人に対して魔法を使って金品を奪えば(魔導師だとしてもダメ)、法を破った犯罪者として管理局に追われる。

 だが局員なんかは今の今まで軽くあしらってきた。それに魔法の腕に少々自身があり、何度か自分や仲間たちと共に下っ端の局員を返り討ちにしたこともある。

 

 そして今日は大胆不敵にクラナガンで強奪を働こうと路地裏の空いたスペースで仲間たちと待ち構えていたら、妙な奴が現れた。

 

 全身を黒い鎧で覆った変わった奴だ。すぐさま一風変わったバリアジェケットを着込んだ魔導師だと考えた。きっと管理局の回し者であり、自分たちを捕まえに来たのだと。

 

 指先など色んな箇所が鋭利に尖った禍々しい鎧ではあるものの、所詮は見掛け倒しだと高を括った男。他二名の仲間たちと共に杖型の簡易デバイスの切っ先を向け魔力弾を放つ。

 もちろん余計な事や威嚇なんて一切せず、姿を確認してから即攻撃。この方法で大抵の局員たちを無力化し、袋にしてきたのだ。

 もし初撃を防ぐほど対処が早く、魔法戦が強そうな相手であるのならば、すぐさま逃げれば良いと踏んでの速攻でもある。

 

 だが、今回の相手は今までとはまるで毛色が違った。

 

 自分たちの撃った魔力弾に驚くワケでも、ましてや無様に攻撃を受けてしまうワケでもなかった。鎧は後ろ向かないまま、背中に防御魔法を展開して、不意打ちを全て防いでしまったのだ。

 

 ヤバい! にげろ!! と言ってる暇すらなかった。

 

 口を動かそうとした瞬間には、左に並んでいた仲間が吹き飛んでいた。

 なにが起こったのか分からない男は数瞬の間、思考を停止。

 ただ目の前の光景を説明するなら、黒い鎧は一瞬のうちに振り向き、手に持った剣を振り下ろしていた。そして、自身の横を光る何かが通り過ぎたと知覚した時には、仲間の一人が倒されていたという事実。

 仲間は悲鳴を上げる暇すらない。

 たぶん非殺傷の魔法攻撃だったのだろう。仲間の一人から鮮血が飛び散っている様子はない。

 

 黒い兜の覗き穴から垣間見える紫の光を見た瞬間――男は我に返り、すぐさま戦意喪失して一目散に逃げ出すしかなかった。

 

 後ろで仲間のやられる悲鳴を聞きながら路地裏の狭さを駆使して今必死に黒い鎧から逃げている最中なのだ。

 

「チクショォォ!! なんなんだあいつッ!!」

 

 考える暇もなく仲間が一気に二人もやられてしまった。

 

 強い局員とも相対した時にすら感じなかった感覚。初めて敵が怖いと思ってしまった。心を支配する恐怖によって、息も走るフォームも出鱈目になり、やたらめったらビルと建物の間を走り抜ける。

 アレは本当に人間なのか!? と言う危険信号を感じながら、すがる思いで路地裏から路地へと出ようとした時、ヒュン! と何かが風を切るような音。

 そして次の瞬間には首に堅いナニカが巻き付く感覚と共に、グイッと首が締め上げられながら、後ろへと引っ張られてしまう。

 

「ガッ!?」

 

 衝撃と共に驚き、まるで氷で足を滑らせたかのように転び、勢いよく背中を地面に打ち付けてしまう。

 なんだなんだ!? 痛い!! 苦しい!! と男は混乱。首が折れてもおかしくないほどの力で巻き付いた『光る鎖』を手で引き剥がそうとしながら悶える。

 

「折角の獲物……逃がしてはもったいないですからねぇ」

 

 後ろから聞こえてくるねっとりした声。だが苦しい時間はすぐに終わりを迎え、鎖の巻き付く力はゆっくりと弱められ、男は慌てて鎖を引き剥がしながら空気を吸おうとしせき込む。

 

「ゴホッ!! ゴホッ!! ハァ!! ゲホッ!!」

 

 男は苦しみ地面に仰向けにながらもすぐさま上半身を少し起こして振り返り、後ろからやって来た人物の姿を確認する。

 暗い路地裏からでも確認できる姿は、右手の袖の中から『灰色に光る鎖』を出し、黒いローブにフードを被り、黒いマスクで口元を覆った人物だった。

 

「あなたの逃げ惑う姿に興奮して私もついつい観賞してしまいましたが、そろそろお開きのようですねぇ」

 

 黒いレインコートのような服で体を覆った上に、顔を隠し、細身である為に男女の判断が難しい。が、そのねっとりとした声から判断して、たぶん男であろう。

 男は黒いレインコートに恐怖し、体の方向を反転させて頭を路地方面に向ける。そしてそのまま尻を引きずりながら、足や手を使ってやって来る恐怖の対象から逃げようと必死に後退。

 だが、

 

「おっと、ダメですよぉ」

 

 黒いレインコートの右袖から飛び出た光る鎖が意思を持ったかのように動き、男の腹や足にすぐさま巻き付く。

 

「おわッ!?」

 

 そのまま体を黒いレインコートの元まで強引に引っ張られてしまう。

 地面に爪や指を引っ掛けてもなんの抵抗も出来ずに、敵の足元まで来た瞬間――凄まじい力で自身の右足を思いっきり鎖で締め上げられる。

 

「ぐあああああッ!!」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫び、痛みのあまり涙を流しながら嗚咽と悲鳴を上げる。

 

「イイ……実にイイ悲鳴ですねぇ……!」

 

 黒いレインコートは光悦の声を漏らし、巻き付けた鎖をよりギリリ! と足に食い込ませる。

 右足の骨からミシミシと嫌な音が聞こえ出すのを感じると同時に、

 

「ぐぎゃあああああああああああああああああッ!!」

 

 連続して吐きそうなほどの痛みが足から伝わり、絶叫する男。

 

「んん~~♪」

 

 対照的にレインコートの男は気持ちよさそうに鼻を鳴らす。

 そして、最後の一押しとばかりにより鎖の締め付けが強くなるのを感じ出す。

 

「や、やめッ!!」

 

 痛みで怯む中、レインコートのしようとしていることが分かり、手を出して止めようとする――が、無情にも鎖は一際強く右足を締め上げた。

 

 グシャボキッ!!

 

 と足から嫌な音が響く。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!」

 

 失禁レベルの痛みに、男は絶叫するのだった。

 

 

 

 

「あぁ~……! イイ! 実にイイ! やはりこの感覚だッ!!」

 

 感極まったように光悦とした声を漏らすレインコートの男。

 目を瞑りながら今しがた得た喜びを嚙みしめていた。

 

 足の骨を折られて絶叫する男と、黒いレインコートを纏った男が目を瞑って天を仰いでる姿は中々に異様な光景であろう。

 すると、

 

「――なにをやっている?」

 

 後ろから聞こえた声に反応して、レインコートは思わず振り返った直後――見えたのは黒い鎧。そして次の瞬間には、黒い籠手に覆われた右手による裏拳を左の頬にお見舞いされる。

 

「ッ!」

 

 男は衝撃で半回転しながら地面に倒れ伏す。

 

「折角の獲物を台無しにするつもりか貴様は……」

 

 後ろから聞こえる冷たい声には落胆と呆れの感情が読み取れる。

 黒いレインコートは四つん這いとなって上体を持ち上げながら、叩かれた左の頬をじっくりと撫でる。

 

「んん~……いたぁい……いたぁい……」

 

 怒りも悲しさも感じさせないどころか、喜悦の混じった声でねっとりと呟くレインコートの男。

 だがそんな気持ちの悪い反応になど、黒い鎧は気にする素振りすら見せない。視線は、仰向けで倒れ伏し、地面で泣き喚く男へと向いている。

 

「ネイン・カーター……貴様の下らん趣向の為に貴重な時間と資源を無駄にするな」

 

 黒いレインコート――ネイン・カーターは頬を撫でながらゆっくりと立ち上がり、振り向きながらねっとりした声で言う。

 

「いやはやすみませんねぇ。興奮してついお仕事を忘れてしまいましたよぉ」

「今後このような事が続くようであるならば……」

 

 黒い鎧の兜の覗き穴からは紫の光がギロリと光る――と同時に、右手から紫の光が突如として沸き上がったかと思えば、それはすぐさま形を変えて細長く伸び、剣のような形となる。

 そして紫の光が収まれば、そこには黒い一本の西洋風の剣が現れ右手に握られていたのだ。

 

 レインは黒い鎧の一連の動作を見て、目でニコリと笑う。

 

「ご心配なく。私もわが身は可愛いので、今後は気を付けます」

「コイツのような雑魚で貴様の趣味を解消しようと、私もあまり文句は言わん。が、今後大きな魚を捉える時に貴様の気まぐれで台無しにされては……私も看過できんぞ」

 

 ネインは「えぇ、えぇ。もちろん」と何度も頷き、言う。

 

「私も優先順位を間違えるほど愚かではありませんので」

「ならば……」

 

 と黒い鎧が言った時、ネインは後ろに気配を感じた。

 

「お前たち!! そこでなにをやっている!!」

 

 レインがゆっくりと振り返れば、路地裏の出口には二名の杖を構えた魔導師の姿が。間違いなく、管理局の魔導師だろう。夜とは言え、男の悲鳴を聞いた近くの住人が通報したか、それとも巡回中の局員の耳に悲鳴が入ってしまったかのどちらかだろう。

 杖を構えた魔導師が黒い鎧の足元近くに目を向けた。

 

「だ、だずげでぐでぇぇぇ……ッ!!」

 

 顔から涙と鼻水とヨダレを垂れ流しながら、足を抑えて助けを求めるゴロツキ魔導師。

 大の大人が見せる無残で情けない姿と声に、ネインはつい肩を震わせ、

 

「ククク、フハハハハハッ!!」

 

 喜悦の声を漏らしてしまう。

 対する局員は、顔を歪めつつ汗を流し、一二歩後ろに下がってしまう。

 

 ネインの耳に、後ろに立つ黒い鎧の呟くような声が入りだす。

 

「……貴様の誠意……見せてもらおう」

 

 途端に笑い声を止め、ネインはブラリと腕を垂れ下げ、

 

「では……」

 

 黒いマスクの下でニヤリと笑みを薄く浮かべる。

 

「う、動くなッ!!」

 

 局員の牽制の声に構わず、ネインは両手を突き出すと同時に、袖から鎖が飛び出す。

 

「「うわああああああああああああああああああああああああッ!!」」

 

 夜のクラナガンに悲鳴が上がるのだった。




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