大海原の小さな島 ~アルダブラ島奮戦記~   作:VSBR

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十四話 快晴の朝

 アルダブラ島は環礁の隆起活動によって生まれた島である。コモロ諸島やマダガスカルにはソマリアプレートのホットスポットに伴う火山活動があり、アルダブラ島の隆起もその活動の一つであるとされていた。そのため自然災害、特に地震や津波に対する防災対策は、島の人々の関心も高い。

 住民の避難がスムーズに進んだのには、そのような理由があった。市街地から池を迂回して北側の高台へ向かう道には、防災用具を持って避難する人達のグループが見える。住んでいる場所に応じて集まる防災広場も決まっており、大きな混乱もなく避難が続いている。

 基地から電話用のケーブルを引っ張って来た移動指揮車が、市街地における臨時の対策本部になっていた。住民の避難状況は、現場に一任しても良さそうだ。一方、電話局に立てこもったテロリストとの睨み合いは続いており、状況は予断を許さない。

「輸送艦からの信号弾です。敵潜水艦の拿捕を試みるとの事」

 先ほど打ち上げられたという信号弾の映像を確認して、ノンナはそう言った。港から出たザフトの潜水輸送艦は、海洋警備局の艦艇と共同して敵潜水艦を追っているらしい。とりあえず、海からのミサイル攻撃の危険性は少なくなった。彼女はブラウスの袖で額の汗を拭う。制服の上着は脱いでしまっているが、それでも暑い。ナワンが差し出してくれた水筒のストローを咥える。

 基地にテロリストが侵入しているという情報は入っているが、そちらに関しては考えても仕方のない事だ。今は、市民への被害を出さない事に集中しなくてはならない。ナワンが受話器を取って、いくつかの指示を出していた。

「病院の警備には、そちらの人を回して下さい。診療所の方には、こちらからも連絡します」

 基地で負傷した者を搬送する車両にはザフトから警備の部隊を随伴させるよう、ナワンは依頼した。指揮系統の問題が生じないよう、随伴させたザフト隊員は病院と診療所の警備に限定させ、その指揮をノンナに頼む。すでに移動指揮車と病院は電話で繋がれており、ここからでも指揮は可能なはずだ。

 厳しい表情のノンナに、無理をさせて済まないと思う。ザフトでも正式な作戦行動が始まっている以上、プラントの行政当局者であるノンナにザフト隊員の指揮権はないはずだ。下手をすれば、彼女自身のキャリアそのものを潰しかねない依頼だった。それでも、彼女であれば引き受けてくれるだろう。ナワンは、青い制服を切り刻んでいたノンナの姿を思い出す。

 彼女は自分の制服を切って帯状にし、市街地に来ていたザフトの隊員に共通の腕章を作ったのだ。原型を失った彼女の青い制服は、丸められて床に転がっていた。

「分かりました」

 彼女は短くそう言うと、受話器を取って基地に連絡を回す。そして指揮車の外で待機していた腕章を付けたザフトの隊員達に、病院で警備の部隊と合流し装備などを受け取るよう指示をした。ノンナは視線を街に向ける。

 市街地は明かりを付けたまま人がいなくなり、緊張感だけが張り詰める寂しい空間になっていた。遠くの方から時折聞こえるのは、MSが戦闘している音であろうか。港で敵MSとの交戦が行われているという情報は、こちらにも入っていた。

 

 

 

 デプスの肩部シールドの内側に装備されている三連装ビーム砲が、この場における最大の火器である事は間違いが無い。だが、その砲口を向けてから発射までのタイムラグが大きすぎた。

 設置場所の関係上、砲口を向ける場合のモーションが大きく、不意打ちのように使用する事がほぼ出来ない。ビーム発射のポーズをとって相手の動きを牽制する以上の使い方を、ソモは思いつかないでいた。代わりに放たれたリニアガンの弾丸がダガーの足元を抉り、粉々になった岸壁が爆発するように巻き上がる。

「不慣れなのは、お互い様か」

 ソモは、三つのモニターに映る敵機の姿に視線を走らせながらつぶやく。敵の三機のMSは、十分な連携が取れていない。

 基地からMSが出てきたという事は、海軍部隊の本隊はその突入に失敗したという事だろう。潜入部隊の状況は分からないが、例え生存していても基地内で孤立状態に陥っているはずだ。ソモ自身、計画を順調に遂行できているわけではない。

 ジンワスプを排除した時には、港の出入り口の瓦礫は撤去されてしまっており、ザフトの潜水艦が港外へと出る事を許してしまった。デプスには水中航行を可能とする機能があるが、敵の空戦MSに頭上を押さえられたままシミュレーションもしていない水中戦を行うなど無謀以下の行為であろう。

 敵潜水艦の撃沈を諦め、この三機を振り切って基地に向かう事にする。基地のザフトにビームを一発でも命中させれば、十分に役割を果たした事になるだろう。ソモはコクピットの全てのモニターに視線を巡らせる。

 デプスはビーム砲発射の体勢になった。敵MSは散開すると同時に、それぞれの武器を構える。デプスはスラスターを吹かした。シールドの先端からビームサーベルを発振し、ダガー目掛けて突進する。

 ダガーのビームライフルの銃口に意識を集中させ、その射線から機体を外した。背後にはMS形態になったドゥルがいる。ダガーの照準に迷いが生じた。

「ミスった!!」

 ナレインはデプスのビームサーベルがシールドを突き破って左腕を融解させるのを見る。小さく爆発する左腕を切り離し、ビームライフルを発射した。既に間合いを取っていたデプスはそれを難なくかわし、代わりにダガーが機関砲の反撃を受ける。ビームライフルを破壊され、そのまま体勢を立て直せず派手な音を立てて転んだ。

 デプスの追撃を阻んだのは、上空からの攻撃だった。ディンのコクピットの中では、クレトが何度も舌打ちをしている。打ち上げられるリニアガンの火線をかわしながら、敵のウィークポイントを探した。ディンはもともと対航空機用の機体であり、その火力でMSの装甲を抜くのは難しいのだ。

 ディンが一旦上昇した隙を突くように、デプスがドゥルに肉薄する。エルシェは悲鳴を押し殺してレバーを押し込む。ドゥルの手首に仕込まれていたビームサーベルが閃いた。

「一歩遠い!?」

 精一杯伸ばしたはずのビームサーベルは、デプスの寸前の空間を素通りする。前方に向けられたデプスのリニアガンの砲口が、真っ直ぐにドゥルを狙っていた。エルシェは今度こそ悲鳴を上げる。

 だがリニアガンはあらぬ方向に向けて発射された。ダガーが半分融けたシールドをデプスに投げつけたのだ。よろめくデプス目掛けて、ディンが頭から急降下した。突撃銃がデプスの肩部シールドを激しく揺らす。

 弾を撃ち尽くした突撃銃が捨てられた。しかし、デプスがシールドの防御体勢を解き、リニアガンと機関砲を上空に向けた時には、クレトが必殺を念じてショットガンを放っている。鈍い音とともに、デプスの上半身に無数の傷が入った。

「散弾ではなぁ!」

 乱れるモニターに向けてソモが叫び、デプスは腕を伸ばしてディンの脚を掴んだ。そのまま一回転してディンをダガー目掛けて投げ飛ばすと、デプスはドゥルを踏み台にするようにジャンプし、一気にスラスターを吹かせた。

 

 

 

 基地に潜入した部隊の目的は、重火器を装備した海軍部隊の本隊が基地に突入するまで、ザフトの注意を引きながら時間を稼ぐ事にあった。そのため、ザフトの司令官を人質にして兵舎の最上階に立てこもるという手段をとったのだ。ザフトの隊員の殺害のみを目的としていれば、被害はもっと大きかったかもしれない。

 重傷者の搬送が始まり、連合が使っている木造の兵舎では少しだけ安堵の空気が流れていた。しかし、現時点では搬送の必要が無いと判断された者でも、容態の急変はありうるのだ。

 そのため負傷者が処置や診断を受ける場所は、その怪我の度合いに応じて医務室からの距離が決められている。一番軽傷の者は、食堂で応急手当を受けていた。

「調理用のゴム手、在庫を余分に用意しといて正解だったね」

 消毒に使った脱脂綿を大きなビニール袋に捨て、血の付いたゴム手袋も同じように捨てる。コー・ギョクチュウは、時計を見上げた。

 朝まではまだ時間があるが、携帯糧食を全部放出しても、ザフトの隊員全員に配る事は難しいだろう。ある程度は、作らなくてはならないかもしれない。何を作ればいいだろうかと考えているそばから、また怪我人が運ばれてきた。

 潜入部隊はその移動経路上に時限式の爆弾を設置していた。それが、現在も時折爆発しているのだ。この隊員も、運悪くその破片を浴びたのだろう。

「ここに来たって事は死にゃしないよ」

 彼女の部下が、慣れた手付きで患部を消毒しガーゼを当てていく。傷を負っている範囲は広いが、素人目にも分かる軽傷だ。しかしそのザフトの隊員は、真っ白な顔と真っ青な唇をしていた。ギョクチュウはその隊員の手を握り、水筒の水を飲ませてやる。

 パニック陥ったままなのであろうその隊員に、何度も大丈夫だと声をかける。食堂に運ばれてくるザフトの隊員は、ほとんどがこのような様子であった。

 もちろん、手当てを受けると再び持ち場に戻っていく気丈な者もいるが、大抵は蒼白な顔で呆然と床に敷かれたマットに横たわっている。同僚の怪我や出血を見て倒れてしまった者もいた。涙をこぼしながらガタガタと震えている隊員の手を、ギョクチュウは強く握った。

「温かい物、食べさせてあげるから。それまで、我慢しな」

 二十歳前の子供が、死ぬの殺すのいう場にいる。目の前で仲間が倒れ、自らは血を流している。どんな理屈を作れば、それを正当化できるというのか。そしてどんな立派な理屈を作ったところで、現場では常に理屈でなく現実に直面させられるのだ。軍人の端くれだからこそ、彼女はそう思う。

 その場を部下に任せ、彼女は本職に戻った。調理場の受話器を取ってニッシムの了解を取り付けると、注文も一つ出しておく。

「朝飯前までに終わらせろったって・・・・・・」

 おばちゃんも無茶を言うと、ニッシムは頭を掻いた。こちらはようやく、このテロが連合の関与しているものではない事を、ヤルミラに納得させたところだ。だが彼女は、赤道連合の関与については疑いを捨てていない。

 疑われても仕方の無い状況ではあるのだが、彼女はそれを理由に連合部隊や海洋警備局の指揮権限を制限しようとしていた。そんな事をすれば、現在何とか回っている現場が完全に崩壊する。自分なら完全にそれを掌握できると考えているヤルミラの様子に、ニッシムはその自信がどこから湧いてくるのかを聞きたかった。

 今は、ヤルミラとアンシェラがその辺りの事についてやり取りをしているのだろう。ニッシムは、臨時の司令部の外で隊員からの報告を受けていたヘルミに話しかける。

「銀髪ちゃんと金髪さん、仲悪いの?」

「そういう話は、その」

「悪い。それはそうと、立てこもってる連中と話をさせてもらえないか?」

 部下もいるし、知り合いもいるかもしれないとニッシムは付け加えた。海軍部隊を既に拘束している事を知れば、立てこもりを行っている部隊も諦めるかもしれない。敵はMSも使用しているが、こちらからは三機のMSを出しているのだ。

 何とかなるだろうと思った瞬間、ニッシムは嫌な地響きを感じた。視線をそちらに向けると、基地のサーチライトが一箇所に集まっていくのが見える。暗闇の中に、MSの姿が浮かび上がっていた。

 

 

 

 街中は連合の兵士が行き交う足音に満ちている。住民避難はおおかた完了し、今は逃げ遅れた人がいないかどうかを、役場の職員とともに見て回っているところだ。住宅街の避難も順調に進んでいるという報告を、オートバイに乗ってきた兵士が伝える。

 テロリストが立てこもる電話局の建物はすっかり包囲されているが、状況は膠着していた。敵の全容が未だに不明確で、安易に突入できないのだ。

「海軍部隊の兵士はいないみたいですね」

 名簿を調べていたナワンが結論付ける。宿舎で拘束中の兵士、基地に潜入した兵士、そしてMSを操縦している者、以上で島に残っていた海軍部隊の人数と一致するのだ。もちろん顔まで確認しているわけではないが、間違いないであろう。彼らはあくまでも軍事施設をターゲットにしていた。

 もちろん、一般住民をターゲットにしたテロをブルーコスモスの構成員に行わせている以上、同じ事ではある。それでも、軍人として直接市民を攻撃する事など出来ないのであろう。ナワンは、ソモ・ラマの顔を思い浮かべる。

 海軍は、あえて彼らを島に残したのか、それとも彼らが島に残る事を志願したのか。後者であって欲しいところだと、ナワンはつぶやいた。

「確保した! ヤバいところだったよ」

海洋警備局の現場責任者がそう言って移動指揮車に飛び込んできた。住民が避難している防災広場で、自爆テロを企んでいた犯人を確保できたという。案の定、青い腕章を着けてザフトの隊員に成りすましていた。

 避難の呼びかけに際して、ザフトの隊員は青い腕章をしていると放送された。ノンナはその上で、ザフトの隊員には住民と同行しないように命じた。つまり、青い腕章を着けて避難場所にいる人間は、全て成りすまし犯だという事になる。

 作戦が成功し、ノンナはホッと息をついた。確保された犯人は三名、自爆テロという手法は間違いなくブルーコスモスの構成員だ。

 立てこもり犯とは別行動の犯人グループの存在。同様にまだ潜伏しているテロリストがいる可能性は捨てきれない。警戒を怠らないよう命令を出す。ノンナがナワンに聞いた。

「そんなにたくさん、テロリストがいるんですか?」

「島の外から来たブルーコスモスは、多くても十人程度だと思います」

 海軍部隊の食料等物資購入記録を精査したアイシャの推論だが、大きな間違いはないだろう。問題は、島の住民の中にいるブルーコスモスへの賛同者である。ブルーコスモスから武器提供を受け、何らかの直接行動に移る可能性がある。

 そんな人がたくさんいるとは思わないが、島内の通信記録にはいくつもの不審な記録が残されていた。それらの記録の洗い出しは今も基地で行っているはずなのだが、襲撃を受けている場所でどれだけ作業がはかどるのか。ナワンが時計を見上げた時、大きな音が基地の方から聞こえた。

 ノンナと二人で移動指揮車を出て、基地の方を見る。街中からでは何も窺えないが、その音はMSが戦闘を行っている音のように聞こえる。

 

 

 

 頭部に散弾を受け、メインカメラは完全に死んでいた。サブカメラの映像に切り替わってはいるが、火器照準システムとの調整が上手くいっていない。ソモはそれを無視して、デプスにビーム発射体勢をとらせる。基地施設への攻撃に、細かな照準など必要ないであろう。

 肩部シールド内の三連装ビームが、低く唸りながらそのエネルギーを高めていく。しかし、それが放出される事はなかった。コクピット内のアラームと同時に、周囲で爆発が沸き起こる。

「早い!!」

 ソモは歯噛みして上空から投下される爆弾を回避した。敵のMSがもう追ってきたのだ。サブフライトシステムに変形したドゥルから、片腕になったダガーが飛び降りた。ビームサーベルの一撃はかわすが、ダガーの頭部機関砲にシールドがオートで防御体勢になる。

 デプスは肩部シールドの表側だけがPS装甲になっており、ダガーの機関砲ではダメージにならない。だが、ビームの発射は阻止できた。ナレインは、頭部機関砲をばら撒きながらデプスを牽制する。彼の乗る機体は、頭部機関砲を内蔵型からヘッドセット状の独立ユニットに変更したもので、威力や装弾数は格段に向上していた。

 MSの性能差を考えれば、目の前の機体を倒す事は容易ではない。だがナレイン達の勝利条件は、敵MSの撃墜ではないのだ。

「時間さえ稼げば・・・・・・」

 それだけ有利になる、ナレインは待機状態のビームサーベルを構えたまま、敵との間合いをはかり続ける。敵機の背後に変形したドゥルが着地した瞬間を狙って、一気に飛び込んだ。

 後方に気を取られたデプスは、その挙動が一瞬遅れる。ダガーのビームサーベルは空を切るが、タイミングを合わせて斬り込んだドゥルのビームサーベルは、間違いなくデプスを捉える間合いだった。

「飛んだ!」

 エルシェとナレインは同時に叫び、その視線を空中に向ける。だが、スラスターを吹かせたデプスは再び散弾を浴びていた。

 それでもクレトには舌打ちしか出来ない。本命だったロケット弾を全てかわされ、致命傷にならない散弾だけが当たったのだ。

 全弾の回避が無理と判断したソモは、あえて散弾は受けた。両腕の装甲を傷だらけにしながらも、デプスは機関砲を乱射しながら降下する。距離をとったダガーとドゥルを視線で追いながら、残り時間を考えた。

 バッテリー式のMSはその活動時間に大きな制約を抱えている。敵の三機が遠巻きにデプスを囲んでいるのは、こちらのバッテリーに余裕がない事が分かっているのだろう。着地すると同時に、再度スラスターを吹かせた。

 地面を滑るようにして一気に基地に近付く。それを阻止しようとするダガーとドゥルの動きを確認した上で、肩部シールドを展開してビーム発射の体勢をとった。

「あと一押し!」

 デプスの強引な動きに、クレトは敵の焦りを見た。ディンを急降下させ、ロケット弾の狙いをつける。命中させずとも、姿勢を崩させてビームの発射を阻止するだけで十分のはずだ。

 だが、クレトがロケット弾の引き金を引くのと、デプスが振り返ってリニアガンを上に向けるのは同時だった。着弾したロケット弾が土煙をあげる中、咆哮するリニアガンがディンの両脚を吹き飛ばす。バランスを失ってディンは地面に落ち、ドゥルが慌ててディンに駆け寄った。

 動揺で動きが止まったダガーに、デプスはシールドから発振させたビームサーベルを突き立てる。コクピットを狙ったはずのそれは大きく逸れ、ダガーは頭部を爆発させながら大きく仰け反る。ソモは荒く息を吐きながら言う。

「止めを刺す余裕はないのでな」

 先ほどの射撃で、実弾は全て使い尽くしている。バッテリーも危険域に入っていた。デプスはビーム発射体勢になり、最後の推進剤を使ってジャンプする。ビームを効率的に命中させるには、上空から撃つ方がいいと考えたのだ。

 基地からはサーチライトが照らされ、モニターには右往左往するザフトの姿が見えた。ビーム発射可能の文字が表示され、基地のMS格納庫にターゲットサイトが重なる。ソモは引き金を引いた。

 しかし彼が見たものは、六条のビームが基地施設を薙ぎ払う様子ではなかった。

「エルシェ!!!」

 低空飛行で飛び込んだドゥルが、MS形態になってビームを受け止めたのだ。両腕を広げたドゥルの胸から上が消えてなくなり、胴体から下は崩れ落ちるように倒れた。

「くッそ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 着地後、再度攻撃を仕掛けようと基地に向かうデプスに、脚の無いディンが喰らい付く。デプスの脚を抱え込み、残ったスラスターを全開にしてその動きを止めた。デプスはシールド先端のビームサーベルを発振させ、ディンを振りほどこうとする。

 しかし次の瞬間、デプスの右腕は地面に落ちていた。頭の無いダガーがビームサーベルを振り降ろしている。何度も何度も滅茶苦茶に振り下ろされるビームサーベルは間合いが外れたままで、デプスの胸部装甲に無数の融解跡を残すだけだった。

 やがて三機の機体は、その全てがバッテリーを使い果たす。全機能を失ったMSはバランスを取る事すら出来ず、もつれ合ったまま倒れこんだ。壮絶な音が、島全体を揺らすかのように響いた。

 

 

 

 MSの戦闘の様子は、立て篭もっている兵舎の最上階からもわずかであるが見る事が出来た。最後に聞こえた大音響が何を意味するものかは分からないが、兵舎を取り囲むザフトと連合の兵士は歓声をあげていた。

 ブルーコスモスが島に極秘裏に運び込んだMS、それが倒された以上もはや作戦の成功はない。おそらく、ここが最後の抵抗になるだろう。シティ・ハルティナは水筒のストローを咥える。

「次のプランは考えてあるのか?」

「黙りなさい」

 人質の男性にそう言うと、シティは窓辺に寄った。ザフトの隊長に潜水艦の艦長、そして秘書の女性が人質であり、全員が執務室で縛られている。シティはその見張り役であった。

 もともと彼女はMSや戦闘機の管制官であり、特別な訓練を受けているわけではない。ザフトの兵舎に侵入するための案内がその役割であった。そのため作戦開始と同時に彼女だけ先に脱出する計画もあったのだが、志願して突入に加わった。役に立ったとは思わないが、足を引っ張ったつもりもない。

 ソモ・ラマと共に戦えた、それでシティは十分だった。ただ、MSに乗っていた彼の生死が分からない。その事だけが問題だった。腕時計を確認する。

 先ほど兵舎の外から、拡声器による呼びかけが聞こえたのだ。五分後に電話を掛けると。兵舎内の内線電話はまだ使用できる状態であり、それを使ってこちらと話をしようというのだ。

 この隊を率いるリーダーの男性が執務室に入ってきた。シティに目配せだけをする。電話が鳴り、彼女は静かに受話器を取る。

「・・・・・・」

「シティか? とりあえず、君には伝えておこう。大尉は無事だ、怪我はひどいが」

 電話の向こうでニッシムが言った。シティの手が微かに揺れる。彼は人質の安否を聞いた。彼女は無事だとだけ言うと、受話器をリーダーに渡す。

 リーダーはしばらくの間、電話の向こうとやり取りを行っていた。降伏の勧告と、それに関する条件の提示であろう。条件闘争などありえないのだ、やり取りはそれほど長くは続かなかった。

 リーダーが受話器を置く。彼は長い息をついて、シティの方を向いた。

「人質を解放する。君は、人質を連れて降伏したまえ」

「!?」

 そしてリーダーは、シティにソモへの伝言を頼む。彼女は、黙ってそれを受けた。反論など、出来るはずもない。前大戦時から続く彼らの関係に、シティが介在できる部分などない。それくらいは、彼女にも分かる。

 彼らは降伏勧告を蹴った。最後の一人になるまでザフトと戦うのだと。

 三十分後、シティは三人の人質を連れ、バリケードをすり抜けるようにして兵舎の最上階から降りてきた。怯えと警戒心がない交ぜになったザフトの兵士に、銃を突きつけられ取り囲まれる。

 おとなしく両手を上げるシティは、困ったような顔のニッシムがザフトの兵士をかき分けるように近付いてきたのを見た。

 

 

 

 海洋警備局の本部から、移動指揮車に連絡が届いた。海洋警備局の艦艇とザフトの潜水艦が、ブルーコスモスの潜水艦の拿捕に成功したのだ。現在、海洋警備局の専門部隊が、敵潜水艦の乗組員の拘束と移送準備を始めているという。

 海からのミサイル攻撃の可能性がなくなり、住民への避難勧告も解除のタイミングを計る段階になった。先ほどまで移動指揮車にいた役場の責任者は、夜明けと同時に避難勧告の解除を出したいと暗に求めてきている。ナワンは額を押さえて、細かく舌打ちを続ける。電話局の状況に打開の糸口が見えないのだ。

 市街地への立ち入りを制限したまま、住宅街の避難勧告を段階的に解除していくのがベターな回答だろう。役場には、連合の判断をいつまでに伝えればいいのかを確認しておいた。

「もう一回、投降勧告してみますか?」

「・・・・・・これ以上は、同じでしょうね」

 無理に微笑んでいるのが分かるナワンに、ノンナは胸が締め付けられる。既に三度、投降勧告をしていた。これ以上は無駄だというのも分かるが、突入作戦のリスクはもっと分かる。

 島で交わされていた不審な通信を解析していたリンタンからは、市街地でのテロに参加していると思われる住民の数は十人以下だろうと伝えてきていた。島に来ていたブルーコスモスの構成員を含めても、電話局に立てこもっているのは二十人に満たない。

 それでも、連合には突入作戦を可能とする部隊がいないのだ。建物に進入し内部で戦闘しながら犯人を確保・制圧していくという作戦は、普通の歩兵には荷が重い。建物に爆発物が設置されたり、犯人が自爆したりする可能性を考えれば、リスクはさらに上昇する。

 海洋警備局の専門部隊が敵潜水艦での作戦を終えるか、ザフトの対テロ隊が基地の立てこもりを排除するまで、今の状況を維持するしかないと考えられていた。

「念のためもう一度、各員に建物の図面を確認しておくように伝えて下さい」

 万が一など起こって欲しくはないが、起こってから慌てても無駄なのだ。ナワンは祈るような思いで指示を出す。

 その祈りが届いたのか、電話局で動きがあった。移動指揮車のモニターに映し出されているのは、銃を上に掲げて建物を出てくる二人の男性の姿だ。繋がった音声は周囲の声も全て拾っているが、撃つなという声はちゃんと聞こえていた。

「投降してくれ・・・・・・アっ!?」

 ノンナは驚いて口を覆った。建物を出てきた男性の一人がもんどりうって倒れ、走り出した男性も足を押さえてうずくまったのだ。包囲している部隊から、建物内部からの発砲だという上ずった声の通信が入った。

 立てこもっているテロリストが内部分裂しているのだろう。ナワンは撃たれた二人の映像を拡大し、その顔を照会するよう言う。彼の懸念は当たった。撃たれたのは、島の住民だった。

 この状況に耐えかね投降しようとした者を、ブルーコスモスが撃った。時間が経てばさらに状況は悪化するだろう。島の住民で立てこもりに参加している者の全員が、裏切り者として殺される可能性すら出てきたのだ。

 ナワンは絞り出すような声で、突入を命じる。周囲の建物に配置されていた狙撃手が援護射撃を行う中、待機していた部隊が一斉に動き出した。

 

 

 

 建物の外から、隊員達が盛んに声を上げているのが聞こえる。兵舎を取り囲んでいる部隊は簡易のバリケードを作り、階上からの銃撃に備えていた。ヘルミは自分の装備を確認して、大きく息を吐く。

 兵舎に立てこもるテロリストは降伏を拒否し、突入作戦は不可避となった。ザフトの対テロ選抜隊十五名は、作戦開始時刻を待つ。現在、突入に備えて最後の作業が行われている。

 臨時の司令室からアンシェラがいなくなってしまったため、ヤルミラが指揮を取る形になっているのだが、ヘルミは独断でその命令を握り潰した。テロリストの排除ではなく、制圧確保を優先する。

「安心して下さい、遅れはとりません」

 ヘルミが率いるグループにいる男性が、力強く言った。作戦の中核はカーペンタリアからの補充隊員であり、彼らはこのような任務を実際に経験している。それ以外の選抜隊員には、突入の支援を命じていた。だが数の優位はそれほどなく、自爆はありえないというニッシム・サーカーの言葉を信じたとしても、極めて危険性の高い作戦である。

 それでも、テロリストを兵士として戦死させるつもりはない。容疑者として拘束し、被告として法廷に立たせ、犯罪者として処罰する。それこそが、起こってしまったテロに対する唯一の対応策だ。

 上で作業をしていた隊員が合図を出し、ヘルミはバイザーを下ろす。銃声が聞こえ始め、閃光音響手榴弾の音が兵舎を揺らすのを感じる。

 兵舎は中央部にエレベーター、両側に階段がある。エレベーターはテロリストによってワイヤーを切断され、階段も一方は爆弾によって完全に落とされてしまっている。そのため別の隊員が率いるグループは、バリケードが築かれているもう一方の階段から突入を図っていた。

 そしてヘルミのグループは、エレベーターシャフトの内部にいる。扉を開閉するモーターの配線は繋ぎ替えられ、操作盤を手にした隊員が全員に目配せをする。エレベーターのドアが開くと同時に、ヘルミ達は兵舎の廊下へと飛び出した。

 エレベーターシャフトに簡易の警報装置とトラップを仕掛けていたからか、エレベーターホールに見張りはいない。階段の方向から銃声が断続的に聞こえるという事は、完全に敵の後ろを取ったという事だ。彼女らは一気に駆け出す。

「援護!!」

 ヘルミはそう叫んだ。彼女達の侵入に気付いたテロリストが、機関拳銃を構えるのが見える。後方の隊員が、テロリストのボディアーマーを狙って二発三発と拳銃を撃った。通常の拳銃弾では貫通しないが、それでも弾を受ければ体はよろめく。

 そのテロリストの顎に、ヘルミは掌底を打ち込む。脳震盪を引き起こす危険な一撃だ。

 崩れ落ちるテロリストを飛び越え、ヘルミは次の敵へと突進する。足を止める事無く低い姿勢のまま突っ込むヘルミの耳を、何発もの銃弾がかすめ飛んだ。

 敵の懐に飛び込み股間を拳でかち上げる。銃を取り落とし腰を引いた敵を担ぎ上げると、そのままの体勢で走る。人一人を担いで走り寄るヘルミの姿に、敵は完全に意表を突かれていた。銃を撃とうにも、味方を盾にされている。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ヘルミは担ぎ上げた敵の足を掴むと、勢いを殺す事無くその場で一回転して投げつけた。凄まじい勢いで投げ飛ばされたテロリストは、仲間一人を道連れにする形で壁まで吹き飛ぶ。あまりの光景に呆然としていたもう一人のテロリストは、こめかみにハイキックを受けてその場に崩れ落ちた。

 銃弾を受けて倒れた味方に、ヘルミの注意が向く。次の瞬間の猛烈な銃撃に、彼女の体は意識より早く反応していた。柱の陰に転がり込むと一瞬だけ息を整え、彼女は拳銃を抜いて味方への援護射撃を始める。

 

 

 

 夜が明けてきた。役場からは、もう少し日が昇ってから避難勧告の解除を行うと連絡がある。だが、市街地や基地の周辺、港など一般住民の立ち入りを禁止しなくてはならない場所は多い。それらの区域を確定し、道路の封鎖や警戒の人員も配置しなければならない。

 早急に関係各所との連絡会議を開かなくてはならないだろう。ナワンは、その調整を兵舎にいるリンタンに頼んだ。電話局では切断された回線の復旧工事が進められており、主要機関を繋ぐ電話はとりあえず回復している。

「あ、ありがとうございます」

 差し出されたハンバーガーと牛乳を受け取り、ナワンは礼を言う。基地から運ばれてきたものだ。それを口に運びながら、ナワンは椅子に腰をかける。緊張の糸は切れてしまっているのだが、流石に眠くはならない。どう考えても、これからの方が大変なのだから。彼は上着を脱いで、眠っているノンナの肩に掛ける。

 電話局への突入作戦で、拘束したテロリストは十一名、射殺したテロリストは五名だった。最初に投降してテロリストから銃撃を受けた二名はどちらも一命を取り留めており、この事件に参加した島の住民六名は全員が拘束した者の中に入っている。

 突入した兵士は二人が死亡し、重体のまま病院に運ばれている者も四人いた。この結果に対して、連合本部がどのような評価を下すにせよ、ナワン自身がこの結果を誇る事はないだろう。

 牛乳のパックを握り潰し、ナワンは移動指揮車から基地の方に連絡を入れる。そろそろ、詳報を知りたいところだ。

「アンウォー少尉? サーカー中佐はまだ通信から戻られませんか?」

「隊長は、戻ってこれないわよ」

 こっちもバタバタだしと、アイシャは疲れた声で答える。そして、ノンナと一緒に基地に戻ってきて欲しいと言った。場を仕切れる者が少なすぎるのだ。兵舎の復旧作業からテロリストの拘置まで、やる事は山ほどある。

 兵舎に立てこもった海軍の潜入部隊は、意識不明の者が一名いるものの全員が拘束されていた。ザフトの突入部隊は、一人の犠牲者を出している。

 その他に、基地内での戦闘や爆発物などによって、ザフトは七人の死亡が確認され、病院にも数人予断を許さない容態の者が運び込まれている。基地にいた連合部隊は海軍の潜入部隊の直接の標的ではなかったため犠牲者は少なかったが、それでも一人の死者と幾人かの重傷者をだしていた。

 兵舎は最上階が完全に使用不能であり、今も爆発物の探索が続けられている状態だった。当分は、木造兵舎に活躍してもらわねばならないだろう。

「警備局が市街地に人を回したら、すぐに戻ります」

 ナワンはそう言って受話器を下ろす。だが海洋警備局にも、余裕があるとは思えなかった。

 港にある海洋警備局の本部建物は、窓ガラスが全滅したくらいの被害である。しかし港の岸壁や倉庫には戦闘による被害が出ており、ミサイルの着弾によって破壊された突堤の復旧も必要だ。

 さらに拿捕したブルーコスモスの潜水艦と、その乗組員を確保しておかなくてはならない。ザフトの潜水艦乗組員とのスムーズな協力体制が取れたとしても、人手が足りない事は明白だった。

 それに加えて、MSは全機が行動不能状態であるため、今は動かす事すら考えられない有様だ。ナワンは頭を抱える。

「応援要請に、どれだけ応えてくれるか・・・・・・」

 連合本部や赤道連合、それにザフトのカーペンタリア基地からの大規模支援がなければ、この混乱を乗り越えられそうにない。多分ニッシムは、通信機に向けてその訴えをしているところだろう。ナワンはノンナを起こさないよう、そっと移動指揮車から出る。

 それでも雲のない空は明るい。彼は、その空をしばらく見上げていた。




 次回は、20日に投稿します。
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