昼食の後片付けを終えたノンナは、キッチンの発泡スチロール箱を前に腕組みをする。宿舎の留守番を頼んだ管理人が持って来てくれたものだ。今朝釣ったばかりだという魚が三匹、氷の中でノンナを見ていた。中身をよく確かめもせずもらってしまったのが悪いのだが、魚を捌くためだけにもう一度来て下さいとも頼みにくい。
そのまま煮たり焼いたりしてはダメという事は分かるが、そもそもプラントではそのままの姿をした魚など売っていない。プラント構造体内部の水貯留区画で魚の養殖を行っている場所もあるのだが、全て加工されて出荷される。プラントにおいて、水は空気の次に貴重であり、魚などは超高級品であった。
この島に来てからは魚が毎日のように食卓に上るのだが、全て切り身になったものを買ってきてもらっていた。ノンナはパソコンを開いて、魚の捌き方動画を探す。
「ただいま戻りました。どうだった、テロ現場」
エルシェとキャロラが、くたびれた声で宿舎に戻ってきた。手荷物をその辺に放り出し、庭のプールで泳ぐと言い出す。着替えるからとクレトを追い出そうとするエルシェに、彼は紙袋を差し出した。
不思議そうにそれを受け取って、エルシェは袋を開ける。エルシェの肩越しに、キャロラが意味深な視線をクレトに向けた。
「いや、ほら・・・・・・昨日壊したろ」
「わざわざ買ってきてあげたんだ」
「頼まれたんじゃないの?」
余計な事を言うキャロラとノンナを視線で黙らせ、クレトはエルシェの反応を待つ。バレッタを手に取った彼女は、キョトンとした顔で礼を言う。
「ありがと」
「不便だろ、お前の髪」
「だね、二つあって困るものではないし」
エルシェは手を頭の後ろに回し、髪を留めていたバレッタを外す。ナレインにもらったというそれは、淡い空色のシンプルなデザインだった。彼女はその二つをリビングのテーブルに置き、水着を取ってくると自室へ足を向けた。
エルシェの後姿に視線を送るクレトの肩を、キャロラは同情を込めて叩いた。センスならクレトの勝ちだと、ノンナも慰めの言葉を掛けてくれる。別に関係ないと言って、彼はリビングを出て行った。
ほんの小さな失意を癒すため近所を散歩していたクレトが宿舎に戻ってきたのは、夕食の直前だった。ヤルミラ達も戻ってきており、ノンナが苦心惨憺の末に捌いた魚がどうにか料理の形になって皿の上に乗っている。スパイスの効いたいい匂いのするリビングは、何故か空気が重かった。
「まずは食べよう、簡単に検討できる問題じゃない」
バルナバの言葉に、ほんの少しだけ空気が緩んだ。クレトは隣のエルシェに何があったのかを聞く。
連合は自動車の爆発事故を爆破事件とは断定せず捜査を続ける方針だと、ノンナは報告していた。一方でキャロラは、赤道連合海軍の大尉が町でテロが発生したと断言したとの報告を上げていた。そしてそれらの事は、今日ヤルミラ達が出席した会合では全く話題に出なかった。
これは、連合側の連絡不徹底に過ぎないのか、それとも何らかの意図が存在するが故の隠蔽なのか。ヤルミラは後者であると断定していた。
クーラーボックスの中には、釣った魚がひしめいていた。食べられるのかどうかは分からないが、とにかく大漁だ。久しぶりに釣竿を持ち出してみたかいがあったというものだ。これでようやく、胸を張って趣味を釣りだと言えるだろう。兵舎の食堂で部下達が驚きと尊敬の眼差しで自分を見るだろう事を期待して、ニッシムは意気揚々と磯を後にする。
太陽が水平線の上に昇りきり、その丸い姿を完全に晒している。今日は昼前までに出勤すればいい。車を停めている場所に戻り、荷物を載せる。クラクション音が聞こえた。
「隊長さん、おはよう。今日はこっちかい?」
「おはようございます。大漁でしたよ」
軽トラックで現れたのは、釣りの先輩だった。コーディネーターらしい、年齢に似つかわしくない若々しい見た目を保つ人だが、仕草や口調は歳相応だ。今年で七十とは思えない動きで荷台から荷物を降ろし、素早く身支度を整える。
昨日はとびきりの大物をザフトの人に届けたと、その人は言う。別荘の管理会社を経営している彼は、プラントから島の引渡交渉のための人員が来ると聞いて、自らその宿舎の管理人を買って出ていた。島の人々とプラントの人が上手くやっていくには、まず足元から固めないといけないというのが、その理由だった。
ニッシムはさりげなく、ザフト先遣隊の様子を聞いてみる。管理人は、苦笑いを浮かべていた。
「大変だねプラントも・・・・・・あのちっさい子なんか、うちの孫より年下だよ」
「あぁ、そうですね。そうだ、警備員は夜も配置してるんです?」
「いや、何も聞いとらんよ。あの車がそうかいな?」
今朝、庭先に大きな車が停まっていたという管理人に、ニッシムは警備会社の名前を教えておいた。その他にいくつかの雑談を交わしてから、管理人と別れる。車の中で代用タバコを咥え、シガーソケットで火をつけた。吐き出す煙の色にヤルミラの銀髪を思い出し、一つ舌打ちをする。
警備員を雇うなら、宿舎の管理人には一言入れておかねばならないだろう。しっかりしているようで抜けているなと思う。彼女が、連合に警戒の目を向けているのは分かるが、警戒心の割には死角の多いタイプだろう。
また今日も、あの子の不機嫌の相手かと、ニッシムはタバコを消しながらつぶやく。早い事、ザフトの本隊に到着してもらいたいものだ。車がノロノロと動き出し、ゆっくりと道へと出る。ブレーキをかけて窓を開けた。
「ラマ大尉じゃないですか! どうしました、こんな朝っぱらから?」
窓から身を乗り出して、海辺にいた人に声を掛けた。その大声にギョッとした表情を見せたのは、海軍部隊のソモ・ラマだった。何か言っているようだが、少し離れているのでよく聞こえない。ニッシムが車から降りようとすると、ソモは駆け足で近付いてくる。
「おはようございます、中佐」
「どうかしましたか? 基地まで乗りますか?」
「いや、結構」
気分転換として時折このあたりまでランニングに来るのだと聞いて、ニッシムは同情とともに納得した。釣りを教えましょうかと誘ってみたが、あっさりと断られる。
食卓の人数がいつもより少ない。ヤルミラはクレトを護衛に連れて、朝早くから宿舎を出ていた。庭先のゴツイ車は姿を消しており、代わりに警備会社の名前をペイントした乗用車が停まっている。連合との会合には、ノンナとバルナバが向かうらしい。
寝起きの爆発したような髪のまま朝食を取り、エルシェは洗面所に向かう。この髪の毛をおとなしくさせなくてはならない。赤茶けた色の極端なクセっ毛は、しっかり水分を含ませた上で梳かしながら乾かさないといけなかった。カーペンタリアの宿舎なら自分一人だが、ここは他にも洗面所を使う人がいる。
「いいのよ、ゆっくりしなさい」
今日の会合はお昼からだからと、洗濯機を覗きに来たヘルミが言う。彼女が、艶やかな黒髪をショートにしてしまっているのはもったいないとエルシェは思った。長身で、出るところはちゃんと出たプロポーション、それでいてモデルのような細身とは違う引き締まったライン。毎日のトレーニングを欠かさないからよとヘルミは言うが、彼女と同じメニューをこなしてもああはなれないだろう。
洗濯物を庭に持って行ったヘルミと入れ違うようにキャロラが顔を出す。何も言わないが、その表情は早くしろと言っていた。ヘルミよりさらに短くしてしまっているキャロラの髪を見て、伸ばさないのかと聞いてみる。
整備の邪魔になるとそっけなく言うキャロラが、鏡越しに視線を合わせてくる。毎朝面倒ではないのかと聞かれた。エルシェはため息混じりに言う。
「短いとね、直しようがないのよこの髪」
何とかなだめすかした髪をまとめ、バレッタで留める。全く趣味の異なる二つのバレッタが、あまり仲の良くない様子でエルシェの髪を飾っていた。
洗面所をキャロラに渡すと、会合の資料を準備しているノンナとバルナバの邪魔をしないよう、テラスに出る。ヘルミの干した洗濯物が、朝の日差しの下で風に吹かれていた。手すりにもたれながら青空を見上げ、目を細める。月がうっすらと、その姿を留めていた。
プラントに帰っていないなと思う。カーペンタリアであれば、通信機の画面越しにタイムラグのある会話であれば出来るのだが、実家の両親ともここしばらく話していない。姉には、地球に降りる時に会ったきりであった。今さらホームシックもないだろうと、エルシェは小さく笑って髪を撫でる。
キャロラがスクーターを押してやって来た。今日も哨戒飛行に出なくてはならない。
「バレッタ、二つ着けてていいの?」
「?」
「ナレインさんに、今日も会うかもしれないんじゃない?」
エルシェははっとして、クレトが買ってきてくれた方を外した。彼が買ってきた方は、好みのデザインだったため純粋に飾りとして着けていたので、髪型に影響はない。外したバレッタをポケットに入れて、キャロラに礼を言った。
スクーターのハンドルを握るキャロラが、ミラー越しに意味深な視線を投げかけてくる。クレトとは長い付き合いなのかと聞かれたので、アカデミーの同期で落ちこぼれ仲間よと、エルシェは笑って答えた。
昨日も、夕食の後に複数の場所を回り、今日も朝早くから宿舎を出ていた。それが本来の仕事なので文句は言わないが、クレトはバックミラーに映るヤルミラを見る。島の色々な所から提出してもらった資料を、何度も見比べている。
彼女の表情は、厳しくはあるが苦しげではない。資料は何かの確信に基づいて集めているのだろう。ただ、その資料を提出してもらう相手は、今までのように島の行政機関や連合の部隊ではなく、民間の商店や病院であった。クレトは何を調べているのかを聞く。
「犯人です」
短いその言葉と口調には、嘲りに近いものが込められている。クレトはミラーから視線を外した。どうしてこういう得にならない態度を示すのだろうかと思う。先導をしていた警備会社の車が駐車場に入った。クレトはその後について、駐車場に入る。
さっさと警備会社の社屋に入ってしまうヤルミラを、クレトは小走りで追った。ボディーガードの人達に会釈をして、クレトも通用口から社屋に入る。始業時間よりずっと早い時間なので、まだ社内は閑散としていた。宿直らしき人が、珍しそうな顔で彼達を見ている。
会議室らしき場所に入ったヤルミラは、資料のコピーやスクリーンの準備をクレトに指示する。彼が、余所の会社なんだから勝手に出来るわけないだろうとの言葉を飲み込んだ時、警備会社の責任者らしき人がやって来た。
「おはやいですな、ジーノ隊長」
「社長、アポは入れたはずですが」
笑顔を顔に貼り付けたままの社長は、社員に会議の準備を命じる。社員たちは手際よく準備を進めるが、その表情は釈然としていない。クレトは末席で、会議の様子を見守る事になった。
開口一番、笑顔を崩さない社長が発言した。
「ジーノ隊長、私どもは警備会社であって、捜査機関でもなければ治安機関でもない」
ヤルミラが示した資料には、先日のテロの犯人と推定される人物や協力者とされる人物についての情報が記されていた。連合も警備局も先日の爆発に関しては捜査中であり、テロと断定しているわけではない。彼女が独自に調査したものらしいが、この短時間でどうやって調べたというのだろうか。
その調査の裏付けとなる資料が様々に添付されているのだが、中にはかなり際どい個人情報も含まれていた。カーペンタリアに依頼を出したところで、こんなに早く手に入れられる情報なのか。だが、早くも怪しくなった会議の雲行きを、ヤルミラは一切気にしていないようだ。
「隊長、昨晩から会社の方に苦情の電話が何件も入っている。この島は現在赤道連合の統治下にあり、引渡後もプラントは広範な自治を認めている。調査協力はザフトの名を出したが故ではなく、島の人達の配慮によるものだと理解していただきたい」
あくまでも笑顔を崩さずにそういう社長に対し、ヤルミラも涼しい顔を崩さない。今後気をつけるとすげなく言うと、彼女は資料の説明を続ける。
しかし調査資料の入手方法を除けば、彼女の推定は十分に説得力を持つものだった。それを今後の警備方針に生かして欲しいというのであれば、警備会社も要請を受け入れるだろう。
だがヤルミラの要求は、簡単に飲めるものではなかった。それでも彼女は、その要求は当然聞き入れられるべきものだという態度を崩さずにいた。
哨戒飛行に飛び立ったドゥルを見送って、キャロラはスクーターを宿舎に向ける。機体の整備は連合の基地で行えるよう手配しているのだが、哨戒飛行が終わってからコクピットに同乗して基地に向かう事にしていた。先日の事があったので、それなりに配慮しているのだ。
だが先日の報告を聞いたヤルミラが、自分達の行動を制限するような指示を出さなかったのは不思議な事だった。いまいち何を考えているか分からない。キャロラは坂道から見える水平線に目を細める。
駐機場にしている防災広場は高台にあるので、周りの海が見渡せる。カーペンタリアで勤務していたエルシェと違い、プラントから降りてきて間もないキャロラには、見る物も聞く物もはじめてのものばかりだ。ヤルミラも同じであろうに、どうも自分とは見ている物が違うようだ。キャロラはスクーターのスピードを落とした。
遊びに来たわけではないと分かっているが、こんなところに来て海に触れもせず過ごすのはどうなのだろう。本隊がくれば、ゆっくり遊ぶ時間をもらえるのだろうか。
「エリートさんは、こんな事考えないのかな」
いつも曲がる角を逆方向に曲がる。遠回りして帰る事にした。天気はいつものように快晴で、吹き抜ける潮風が心地いい。地球に行ったプラントの人は、地球の気候を極端に好きになるか、極端に嫌いになるかのどちらかだった。キャロラは前者だ。こんな事なら、早くに地球勤務を申し出るべきだった。入営期間を、丸々全部地球勤務にしてもらってもよかったくらいだ。
ザフトは義勇兵による市民軍を建前としているが、戦時には徴兵制が敷かれる事になっている。ザフトがプラントの実権を握って以来、戦時体制は続けられており、レクイエム戦役後クライン派が政権に就いていた短い期間を例外として、徴兵は継続していた。連合との軍事力格差を考えれば、兵力数を維持し続ける事は必要な事だと考えられている。
そのためザフトには、志願兵と徴集兵がおり、志願兵にはアカデミー出身者と非出身者がいる。キャロラはアカデミーに入らずにザフトに入った人間だった。兵役期間は少し長いが、徴兵されるより待遇は良いと聞いたからだ。
それでも、アカデミー出身者との間には溝がある事を感じていた。エルシェなど、例外中の例外だろう。ヤルミラの方がよっぽど、普通のアカデミー出身者だ。
「幹部候補というか、幹部そのものだもんね」
主に態度がと、キャロラはヤルミラの目を思い出しながら思う。彼女はきっと、兵役終了後は専門職としてザフトに残るだろう。今の任務に対するモチベーションが高いのも、当然なのかもしれない。
問題は、その高いモチベーションを隊員と共有する気がないという事だ。有能で何でも出来るから、一人で全部やる。それもまたザフトらしいのかと、キャロラはスクーターのアクセルをひねった。モーターが微かな音を立て、スピードが上がる。
宿舎の裏手の道に出ると、車が一台停まっていた。車体の下に潜り込んでいる人がいるらしいところを見ると、故障でもしているのだろう。
「どうかしましたか?」
スクーターを寄せて声をかけると、助手席側の窓から男が驚いたように身を乗り出してきた。今度はキャロラが驚く番だった。その男は、ミイラのように包帯を顔に巻いていたのだ。ミイラはくぐもった声で、大丈夫ですという。
キャロラがリアクションに困っていると、車体の下の男が這い出してきた。こいつポンコツでと消え入りそうな声で言うと、真っ黒な手のまま運転席に回る。車は特に異音もなく動き出し、そのまま大通りに向かって走り去って行った。
キャロラは首を傾げながらそれを見送る。巡回中の警備員に挨拶をして、スクーターを宿舎の敷地に入れた。
木造の建築物というものは、プラントにはほとんどない。一部の農業試験プラントでは木材の生産も行われているが、遺伝子改良された促成栽培の木は発泡スチロールのように軽いものだという。だから、連合の人がボロ屋だというこの兵舎も、プラントの視点で見れば最高級素材で建てられた建築物という事になる。
柱の木目を珍しそうに撫でながら、ヘルミは会議室の前の廊下で周囲に気を配っていた。護衛官としての仕事というより、チラチラとこちらを覗きこんでくる連合の兵士に対して、どのように接すればいいのかを考えている。
この間、キャロラと一緒にこの基地に来た時のような騒ぎになっていないのは、連合の司令官が釘を刺したからなのだろう。窓から見える木立が揺れている。
「持ち場に戻る!」
不意に大きな声が聞こえ、ヘルミは視線をそちらに向けた。窓から体を乗り出すようにして声を上げているのは、以前別の会合場所で出会った連合の女性士官だ。その彼女、アイシャ・アンウォーがお辞儀をしながらやって来た。
若い兵士の多い部隊の中で苦労の多い人なのだろうなと、ヘルミは心の中で同情する。自分と同じか少し上くらいの年齢だと思うが、きつめの化粧がその苦労の程をしのばせていた。
「今日は、隊長さんがいらっしゃらないんですね」
「ええ、別件で」
だから今日は早く帰れるはずだとヘルミは言った。アイシャが小さく笑う。差し出してくれたキャンディーを口に含み、ヘルミは会議室のドアに視線を向ける。ノンナとバルナバの二人なので、会合はスムーズに進むと思っていたのだが、意外と時間が掛かっていた。
二人は、ヤルミラがいないので突っ込んだ話をしていた。連合側のスケジュールや警備計画、本隊到着後の段取りなど、細かな調整事項は多い。全てザフトで取り仕切ろうとするヤルミラは、こういった調整を全くしていなかった。本隊が到着したら、基地にいる連合の兵士は全員追い出せばいいくらいにしか考えていない。
バルナバは何度も頭を下げる。形式的な書類のやり取り以上の事をしてこなかったのは、自分の責任でもあると言う。
「構いません。プラントと連合のこれまでの経緯を考えれば、ザフトがこちらを警戒するのも当然の事です」
「そんな、ナワンさんが謝るような事じゃ・・・・・・」
ノンナは涼しげな表情のナワンを見つめてそう言った。会合が始まってからずっと、ナワンに視線を固定したままのノンナは、それでもキーボードを叩いて会合の内容を書き留めている。
少し休憩しましょうかとナワンが言った時、ニッシムが切り出しにくそうに一つの情報を提示した。会合が始まる直前に、警備会社より伝えられたというその情報は、ノンナの視線をも引き剥がす内容だった。
車のトランクを開け、持って来た別の記録媒体を探す。バルナバが頭を上げると、手を振って近付いてくるエルシェの姿が見えた。流石にホットパンツは履いていないが、上は黒いタンクトップだ。バルナバは渋い顔をする。
ドゥルの整備を基地のMS格納庫で行っているので、それが終わるのを待っているのだろう。シャワーを借りていたとのん気な顔で言っている彼女に、どう注意したものかと思う。
「今日、早く終わるとか言ってなかったけ?」
「とりあえず、これ着とけ」
バルナバはトランクの中に積んでいた作業着の上着をエルシェに渡した。いまいち理解していないような表情の彼女は、暑いだのなんだの言っている。バルナバのため息をかき消すように、鈍い地響きのようなものが聞こえてきた。
基地の滑走路の方を見ると、ダガーが基地から出ようとしている。管制塔の方に向けて、マニュピレーターで何かのサインを出していた。そのまま歩いて基地を出て行くダガーを、エルシェは今日のノンナと同じ視線で見送っている。バルナバはもう一度ため息をついた。
車のトランクを閉め、今日は遅くなるだろうとエルシェに言う。何かあったのかと聞かれ、バルナバはどこまで説明しようかと考える。
だがエルシェは、急に作業着の上着に腕を通しはじめた。
「ナレインさん、てっきりさっき出撃したのかと・・・・・・」
「あぁ、今日は別のやつが乗ってます。エルシェさんは今日もMSの整備に?」
エルシェにそう尋ねる連合のパイロットは、バルナバにも挨拶をした。作業着のファスナーを首元まで上げているエルシェを見て、一応自覚はあるのだなとバルナバは思う。だが、ここでエルシェを冷やかしている暇はないと思い返し、連合の部隊に迷惑だけはかけるなよと言って、兵舎へと戻った。
ニッシムから寄せられた情報の検討をしなくてはならないのだ。
とりあえずかんしゃくだけは収まったという感じのノンナが、不機嫌さを隠そうとしない顔で会議室に陣取っている。ナワンが席を外しているので、表情を作る必要もないのだろう。会議室に入っているヘルミも、苦い表情だ。
バルナバが記録媒体をパソコンにセットすると、ノンナが口を開いた。
「正直、付き合ってらんないんだけど」
「それはその通りだ。でも今は・・・・・・」
「もう、全部ヤルミラがやればいいじゃん!」
さっさ散々やり取りした事を、もう一度繰り返すのかとげんなりする。とりあえずノンナを落ち着かせ、ヘルミの意見を求める。
「彼女の推定が当たっている、つまり犯人が分かっているとしても危険でしかないわ」
詰めが甘いどころかスカスカの計画よと、ヘルミは努めて冷静に言う。ノンナが椅子の音を響かせて立ち上がった。
「キャロラとエルシェ来てるんでしょ。私、先に帰・・・・・・」
「遅れました。会議の方、再開しましょう」
書類の束を抱えたナワンが、いつもよりも慌てた声で会議室に入ってくる。ノンナは、静かに椅子を引いて着席した。
しばらくして、警備局の担当者と役場の責任者もやって来た。ニッシムがもう一度説明するのは、島の警備会社から寄せられた情報だった。ザフト先遣隊が島の住民に対する説明会を開催しそこでテロリストを捕まえる計画を、ヤルミラ・ジーノが提案してきたそうだ。
提案といってもヤルミラにしてみれば命令と同じなのだろう、ザフトの名をチラつかせながら計画への協力を警備会社に『要請』している。警備会社の人間が困り果て、密かにニッシムに連絡をよこしたのだ。
ナワンが配った資料は、警備会社から送られてきた資料をそのままコピーしたものである。ヤルミラが特定した犯人、住民説明会の会場で犯人が起こすであろうテロの推定、テロリストの捕縛のための手順、その他諸々であった。
「ザフトではこれを準備してきたんですか?」
遠慮の必要などないといった感じで警備局の人間が質問する。バルナバは即座に否定するが、島についてから一週間にもならないというのに、これだけのものを作っていたのである。事前に用意していたと言われても文句は言えない。
先日の自動車爆発を警備局はまだ捜査中としているが、ヤルミラの資料ではテロと断定している。どうやって入手したか知りたくもないが、病院のカルテから顔面に火傷を負った人間をピックアップして犯人に繋げていた。その理由は宿舎のシャワールームを覗かれたというものだった。その他様々な資料から、かなり強引な犯人推定がされている。
ただそれを、妄想と一蹴してしまわないのは、ヤルミラが犯人と断定している二人組が、連合から警備局に渡された要注意人物リストに載っている者達だったからだ。その資料はザフト本隊の到着後に、警察業務を引き継ぐ部門に極秘資料として渡す予定であるため、現時点でヤルミラは知らないはずなのだ。
「頭も勘も運もイイって事だな」
あの銀髪ちゃんはと、ニッシムが軽い調子でいう。こちらがマークしている人物を、事前情報ゼロの状態から探り当てたのだ、強引な推理だろうと一目置かないわけにはいかないだろう。
「だからって、こんな計画に乗れるわけないでしょう」
「いえ、住民説明会は悪いアイデアじゃないと思います」
ナワンに発言に、会議室の視線が集まる。彼は、テロリスト捕縛計画とは関係なく、ザフトの本隊が来る前に、住民の不安を少しでも払拭しておく必要はあるはずだと言う。
そもそもヤルミラが警備会社に計画への協力を要請したのは、連合や警備局の事を信用していないからだ。ここで住民説明会というもっともらしい提案を拒否すれば、彼女がザフト本隊に何を報告するか分かったものではない。思わずうつむくノンナ達に、ナワンは言い過ぎたと謝罪する。
「まぁ、その二人組がほんとに事件を起こすと決まった訳ではないですし」
「あの、その事なんですけど」
ノンナがおずおずと発言する。彼女の提案は、警備局の者も考えていなかったわけではない。しかしと警備局の責任者は渋い顔をニッシムに向け、連合軍の権限の方が上手くいくのではないだろうかと言った。
格納庫へと歩いていったエルシェを見送り、兵舎へと戻る。本当は送っていきたかったのだが、呼び出しを受けたのだ。たいした用事ではなかったため、単なる妨害工作だったと分かる。ナレインは自分を呼び出した同僚達を睨む。
確かに、ザフトのパイロットと話をする機会は、他の誰よりも多いかもしれない。しかしそれは、彼の努力の結果だ。整備員など、自分よりも多くのチャンスがあるはずだろう。美人に尻込みして何もしなければ、チャンスをものにする事などできるはずがない。
「くそっ、正論で俺達の妬みと僻みに対抗できると思うなよ!」
「妨害工作を認めてんじゃネェよ」
実際のところ、最初の時に色々と騒ぎすぎたため、ザフトの人達との接触は厳しく制限されていた。先ほども、会議室の様子を探ろうとしていた何人かが、アイシャに追い散らされている。それを推して声を掛けようとする者は、なかなかいない。
言い訳らしきものを並べている同僚の声を聞き流し、ナレインは兵舎の窓から滑走路の方を眺めた。ザフトの先遣隊が着いて以来、色めき立っているこちらの兵舎と違い、向こう側に見える新しい兵舎は静かなままだ。こちらと同じように訓練などを行ってはいるが、こちらと違い浮ついた雰囲気はない。
格納庫に向かって歩いているエルシェを見て、同僚の一人が大丈夫だろうかと言った。ナレインが問い返すと、先日ザフトの整備員が海軍の部隊に拘束されそうになったと話す。
「俺達の活躍で、キャロラちゃんを助ける事には成功したけど」
「ラマ大尉のおかげな」
その場を取り成してくれた海軍の士官の名前は、ナレインも知っていた。撤収を渋る海軍部隊の中で、撤収作業の指揮をしている人だ。港では通信を介してだが何度かやり取りもしている。
「ここの海軍ってコーディネーター嫌いを集めてるんだろ?」
「それマジの話か? アレだろ、夜もナチュラルの店にしか行かないってやつ」
各国から移住してきたコーディネーターが人口の大半を占める島であるため、プラントとの内通を恐れる軍上層部が反コーディネーター感情の強い人間を選抜して駐留部隊を編成したという噂だ。撤収を渋っているのは、ザフトに対する警戒だという事になっている。
戦争が終わってまだ二十年に満たない。地球圏全域を巻き込んだ戦争の爪跡は、地球にもプラントにもそこに住む人々の心にも、深く残ったままだ。当時ナレインは、五つか六つの頃だったが、それでも色々と覚えている事はあった。ただ、都市から離れた山間の小さな村出身だったため、戦争で大きな影響を受けたとは言いがたい。
そのため反コーディネーター感情というものを、頭では理解できるが、胸に刻まれたものとしては理解できなかった。それはきっと、この部隊の隊員もそうだろう。実際に間近で触れてしまえば、そこにいるのはコーディネーターではなく、可愛い女の子なのだから。
「サボりは感心しないわね」
いつの間にか近付いてきていたアイシャが、ドスの利いた声で言う。形ばかりの敬礼をして廊下を走っていく彼らに、彼女は嘆息を漏らす。話を聞こうと思っていたナレインにも逃げられていた。
彼がザフトのパイロットに何かプレゼントを渡していたという噂の真偽を確かめに来たのだ。悪い事だと言うつもりはないが、色々と配慮が足りない事だとも思う。
「あえて、二番手三番手狙いなのかしらね」
彼のそこそこモテそうな顔と、噂の相手の事を思い浮かべる。
昼前に警備会社を出てから、クレトは島中を走り回らされる事になる。ヤルミラは挨拶と称して、島の様々な企業や商店を訪ねていった。どこの対応も、警備会社で受けたものと同じような感じであった。きっと車よりも早く、噂が駆け回っているのだろう。
表面上は穏やかに接してもらっているように見えるが、実際には警戒心や嫌悪感のようなものを持たれているようだ。もちろん、島に来る前に受けた説明では、そのような住民の反応も予想されていた。ならばヤルミラは、何故もう少し考えて住民に接することをしないのだろうか。
「うちはナチュラルのお客さんもたくさんいるしねぇ」
「ザフトはコーディネーターを守るための組織です。ナチュラルをどうこうしようなどとは考えていません」
微笑を崩さないヤルミラの表情に、最初は呆れていたクレトも段々と恐怖を感じてくる。島の引渡完了後、ザフトとプラント行政府への協力を依頼する彼女の言葉には、有無を言わせないものがあった。コーディネーターであれば、何人であれザフトに従うのが当然であると、本気で思っているのではないだろうか。
この島のコーディネーターが何を思っているかを、ヤルミラは考えようとしていない。コーディネーターであれば、全員が合理的・論理的に同じ結論に至るはずだ考えているのではないだろうか。
だから、今自分のやっている行為が、いたずらに島の人々の反発を買っていると分からないのではないか。クレトは、帰路の車の中で聞いてみた。
「まさか。所詮は地球から離れられないコーディネーターでしょ」
ヤルミラはクレトの問いを一蹴する。バックミラー越しに彼を一瞥すると、そのまま暗くなりだした窓の外に視線を移す。
プラントに居住していないコーディネーターなど、その遺伝子の役割を放棄し、その遺伝子の力を利己的に行使するだけの人間である。地球にへばりつき、ナチュラルを使役して自らの富貴を求めるだけの人間が、プラントのコーディネーターと同じ考えを持つ事などありえない。
自らの手で、真空の宇宙に大地も空気も水も作り出す。それがやがて、人が地球の重力をも振り切る礎となるのだ。人類の中におけるコーディネーターの役割とはそこにあり、それを果たす者だけがコーディネーターと呼ばれるべきなのだ。
ただ遺伝子を操作しただけの人間に、それが理解できるはずもない。だからそれを理解できない者は、おとなしくザフトの指示に従っていればいい。ヤルミラの目に、宿舎の明かりが見えてきた。
「シマさん、この話をもう少し詳しく教えて下さらない?」
「? あぁ、ミイラの話? そこに書いた以上のものはないよ」
夕食後、各員の報告書に目を通していたヤルミラがキャロラに聞く。今日の昼過ぎ、宿舎の裏手の道に停まっていた故障車についての記述だ。乗っていた人物が特徴的だったため、何となく印象に残っていただけで、それ以上の事は取り立てて覚えていない。
しかしヤルミラとしては少し誤算であった。敵がこんなに早く宿舎を狙ってくるとは想定外だ。住民説明会の開催は、敵のターゲットをこの宿舎から別の方へと向ける狙いもあったのだが、それが公表される前に敵が動いた。
「ミイラ男が何かあるの?」
「いいえ。でもお手柄ですよ、シマさん」
ヤルミラは、住民説明会開催の発表を早めるよう島の当局者へと連絡する。明日の新聞と朝のニュースに間に合わせるよう、電話口で何度も念を押す。
その背中に向けた、偉そうにというキャロラのつぶやきは、ヤルミラの声にかき消されている。
次回は、七日に投稿します。