艦これ 元深海棲艦・加賀の記録 作:シガナイ提督
劇 場 版 ネ タ バ レ 注 意
この物語は、『劇場版艦これ』の二次創作です。
帰りたい。
その一心で、私は前を向いた。
戻りたい。
その一念で、私は前に進んだ。
あの場所へ。
皆のもとへ。
故国へ。
母港へ。
もう一度だけ――
深海棲艦との戦いに敗れた私は、海の底へと轟沈した。
艤装は機能を失い、内に住まう妖精たち共々、海の藻屑と化した。
こうなってはもはや、いかに艦娘である自分であろうと、助かるはずもない。
さようなら、赤城さん――せめて、あなただけは。
そう祈ろうとしても、海水が喉の奥へと侵入し声が出せない。
もがき苦しむ体力すらなく、必死に自分を引き上げようと近づく僚艦たちに、目礼を送ることもできず。
そうして、
後悔はあった。
未練もあった。
死への恐怖。確実な喪失。
冷たくなっていく己の身体。
砕け剥がれ落ちていく艤装。
重くなる感覚と混濁する意識で、頭上の光を追う。
あまりにも悲しく、こんなにも切ない感情は初めてだ。
皆を置いて戦いを放棄せねばならない自分が、酷く不甲斐なかった。
何よりも、あのひとに――提督に申し訳なくて、しようがなかった。
なのに、
気づけば私は、海の上にいた。
何が起きたのか、まったくわからない。
本当に、気づいた瞬間、自分は海上に浮上していたのだ。
自分が轟沈した事実は覚えている。
ならば、これは夢か何かだろうか。
だとしても足を打つ
故になのか、自分の中にある感覚は、自分が帰るべき場所を明確にしていた。
それは、進路を示す羅針盤のように、自分の進むべき方向を教授してくれた。
……帰れる。
帰れる。
帰れるんだ!
だから私は、前に進んだ。
――歩みを進めることを、迷わなかった。
幾日が経過した。
見慣れた単葉機たちが空を
ああ、良かった。
これで皆のところに帰れると、そう思っていた。
その思いは、一瞬にして、幻のように潰え去る。
ガシャン
風切る音は死の前兆。
味方のはずの航空機たちから注がれた爆弾が、自分めがけて落ちてくる。
何故と疑問する間に肉薄してきた爆装の雨を、自分は咄嗟に払い除ける。
閃光と衝撃と轟音。
そして、激痛。
「アアッ、アアアァアアァァァ――ッ!!」
自分の反射的に発した悲鳴が、一面の海原を震わし、響き渡る。
失った右腕の先から滴る血の色が、海の色と混ざり溶けていく。
痛い。
痛い。痛い。
痛い、いたい、……イタイッ!
どうして……どうして、どうして……ドウシテッ!
ドウシテェ、コンナコトニィ!
・
聞くものが聞けば、その慟哭は、哀切な泣訴のように胸を打ったことだろう。
だが、彼女の発した思いは、言葉は、ただ怒り狂い、
戦意と敵意と殺意に濡れたような声に呼応して、彼女の艤装から航空機たちが発艦していく。
それは、彼女と共に沈んだ装備、その妖精たちの、変わり果てた姿。
しかし、彼女は、そんなことすら眼中になく、降り注がれる
・
体の中心を撃ち穿つ衝撃が幾つも突き刺さる。
焼け
閉ざされかけた左だけの視界を命がけで睨み据え、声にならぬ声のまま、自分が艦娘たち――同胞だと信じて疑わなかったもの達――から受ける
絶え間ない蹂躙と殲滅と悲痛の時を、ただ、耐える。
『やめて』と叫んだ。
けれど、誰も私の声に耳を貸さない。
『助けて』と喚いた。
なのに、誰も私を助けようとしない。
『いやだ』と泣いた。
しかし、誰も私に気づいてくれない。
『いやだ』と再び泣いた。
ああ、それでも、やはり、
『いや……いやぁ』
誰一人として、私を救うものはない。
『……死にたく、ない!』
目前に突きつけられた砲身が、一輪の火の華を咲かせ――――――――
再び、仄暗い揺籃の中を沈んでいく。
帰れるという想いはすでに崩れ去り、帰りたいという願いは踏み
あれほどの閃光と爆音と激痛が嘘だったかのように、すべては幾億の泡となって消えていく。
見れば、周りには、自分と同じように沈んだものらの残骸が、波にさらわれ
深い海は、私を包みこんでいく。
血の色の解けた海の底は、私たちを許し、受け入れてくれる。
永遠の静寂。
永劫の静謐。
ここだけが、私を守ってくれる。ここだけが、私たちを護ってくれる。
あいつらをここへ送る
だから、私は、
マモル為ナラ、何デモシヨウ。
――何度モ、死ノウ。
何度モ――何度モ――何度デモ!
「――さん……加賀さん?」
見開いた視界には、見慣れた空母寮内の暗い天井が。
早すぎて苦しい胸の鼓動と、溺れかけた時のような呼吸の乱れ。
熱い瞳を動かすと、見知った女性の表情を見止め、夢から完全に覚めることができた。
「……おはようございます、赤城さん」
声が震えそうになるのをぐっとこらえる。
月明かりに照らされるたおやかな女性は、普段の赤い弓道着ではなく、加賀と同じ艦隊支給の寝間着を着込んでいた。
赤城は同居人に呼びかけ覗き込む姿勢のまま、困ったように苦笑してみせる。
「おはようという時間ではないわ。まだ
微笑む彼女に促されて見れば、窓の外は夜の闇に覆われ、普段の活気あふれる鎮守府の様子が信じられないほどに静まり返っている。珍しく、夜戦バカのはしゃぐ声も聞こえない。普段は建造や開発に忙しい工廠も、文字通り火を落としたような有様だ。
本当に――静かすぎる。
草木すら眠るとは、このことを言うのだろう。
「……また、あの?」
言葉少なに、赤城は問いかける。
加賀は顔をしたたる汗と雫を袖で拭いつつ、無言でうなずくしかない。
同室にして深い
加賀は艦娘でありながらも、深海棲艦であった時のことを僅かながらに覚えている
『D事案』と呼ばれるもので、艦娘は工廠で建造される他に、深海棲艦との戦闘後――まるで深海棲艦が死ぬことで生まれたかのごとく――海域に浮上したもの達もまた、同じように艦隊運用に携わることができる。それ自体は特に珍しいことではない。実際、確認例が多数報告されているからこそ、この現象は『
ただし、ドロップしてきた艦の中には、深海棲艦時の記憶を保持した加賀をはじめ、様々な不調をきたす個体が存在している。
深海棲艦の形状に変貌を遂げていった如月もそうだし、異常と言えば、
……無論、その経過観察中に処分しなければならない場合も、十分に存在するわけだが。
「――すいません、赤城さん。ご迷惑をおかけ」
して、と言い終える前に、優しい女性の腕のぬくもりに包まれてしまう。
「ちょ! ……赤城さん。私、その、いま寝汗で」
「いいのよ、気にしないで」
つらく苦しい記憶をもったまま、艦隊戦闘に従事せねばならない少女の苦悩を、この人はいつも解ってくれる。
加賀が保護された直後、精神的に不安定な時期を送った加賀を、赤城はこうして何度も救い出してくれたのだ。
本当に、この人には、かなわない。
しばらくの間、赤城はそうして、傍目にはクールで平静な様子をとり続ける加賀が、真実穏やかな心境に戻るための、そのための優しい時間を生み出してくれた。
「落ち着いた?」
はいと肯定するのが惜しまれる。
あと少しだけ己を預け、彼女の体温と鼓動を感じていたかったが、小さな子供でもないのだから。
「もう――大丈夫です、赤城さん」
少し体が冷えてしまっていた。寝汗が全身をびっしょりと濡らし、寝間着に張り付いて気持ち悪いが、そんなことも気にならなくなるほど、暖かな心地が胸に灯る。頬がむず痒いほどに熱っぽいが、これは別に不調というわけではない。
大切な相方に笑みをこぼす赤城は、替えの寝間着に着替えた方がいいと桐箪笥へと向かっていく。
本当に、どこまでも仲間思いに過ぎる。
そんな彼女に憧れる者が多いのも致し方ないことだ。
与えられた新しい寝間着に着替え、気持ちをさっぱり切り替えると、赤城は「おやすみなさい」と自分の寝台にもぐりこむ。
「今度は……良い、夢を」
そう最後につぶやく彼女の言葉に、しかし、加賀は頷かない。
かすかに微笑みを浮かべる加賀の様子をどう思ったのか、赤城はそのまま瞳を閉ざし、安き眠りの淵へと
加賀も彼女に
良い夢を――何の気なしにかけられたのだろう赤城の言葉が、頭の中で残響する。
だが、加賀はまったく、赤城の言葉を肯定することが、できない。
……何故って?
あれは決して、
劇場版を見て、ますます深海棲艦と艦娘が好きになりました。