――西暦2025年6月30日 午後1時30分(協定世界時)――
982年もの時を遡り、到着した先もまた宇宙。私達を乗せた宇宙飛行機は、相も変わらず地球から248億km離れた地点を飛行している。
200X年⇒300X年の幻想郷がそうだったように、1000年近く経てば何かしらの変化がありそうなものだが、窓の外を見渡しても大きく変わった様子はなく、プラネタリウムなんかとは比較にならない圧巻の星空が広がっていた。
「ん、終わったの?」
「ああ。今は西暦2025年6月30日午後1時30分だな」
脳内時計もそうだと主張しているし、コックピット内のデジタル時計も一瞬で変化している。
「だとすると……」
にとりは操縦桿を握り、宇宙飛行機をゆっくりと旋回させ、大体半分くらい回ったところで停止させた。運転席の窓からは、星の数程の光点と、ぼんやりとした星雲を視界に捉え、中心には米粒のように小さな青く輝く星が見える。
「この先に何かあるのか?」
「まあ見ててちょーだい」
続けてにとりはコックピット内のスイッチを操作し、天井のモニターに外の景色を映し出すと、私が何となく着目していた青く輝く星を画面の中心に捉え、徐々に拡大していく。やがてその星の詳細が判明した時、私は声を上げた。
「あ! これって……!」
「うんうん、やっぱりね」
輪郭が少しぼやけながらも画面一杯に映るその星は、紛れもなく私達の故郷【地球】だった。
「こんなに遠く離れていても地球がちゃんと見えるんだね。なんだか素敵」
「ああ。宇宙は繋がっているんだなぁ」
私の心境を語ると、幻想郷を飛び出して宇宙にまで進出し、そこからさらに太陽系の外まで来ることになってしまったことに心細さを感じていた。何処まで行っても果てが見えない宇宙の広さ、そして正体不明の異星文明に圧倒されていた。
だけど、どれだけ遠くに行っても地球はそこに有る。それを再認識したことで、不安が和らぎ活力が満ちてくるのを感じる。
「地球が滅亡するか存続するか、それが全て私達に掛かってるんだよな」
「この世界の〝私″の為にも、何としても食い止めなきゃね」
「よ~し、それじゃボイジャー1号破壊ミッションの開始!」
モニターに映る地球を眺めながら、改めて決意を強くする私達だった。
「それでどうやって見つけるんだ?」
「確か、依姫は電波を逆探知して場所を探した方が良いって言ってたけど」
「ふふん。それならこの装置にお任せあれ!」
にとりは自信満々に副操縦席の手前に設置されている謎の機械を指差す。奇しくもそれは、私が搭乗した時から気になっていた機械だった。
「この受信機はあらゆる種類の〝波″や〝粒子″を捉える事が出来るんだ。今はボイジャー1号の電波をキャッチできるように設定されてるから、その反応が強い方向に向かえばいいのさ!」
「へぇ、そんな機能があったのか」
説明の直後、今まで緩やかだった波形が垂直に上下し、断崖絶壁のように乱高下を描く。
「お、早速来たね。よ~し、発進するよ!」
にとりは手際よく操縦桿を動かし、宇宙飛行機は再び動き始めた。
以前よりも2倍の広さ、少なく見積っても10畳以上はありそうなコックピット。操縦席の正面に新たに設置された複数のモニター画面の一つには、受信機が得た情報をより詳細に示した数値やグラフが並んでいる。
私にはちんぷんかんぷんだったが、にとりは別のモニターに映る太陽系周辺の航海図と照らし合わせながら、右に左に、時には一度停止して反応を探りつつ、加速と減速を操り返しながら反応の強い方角へと飛んでいるようだ。器用だなぁ。
こうして描写すると結構乱暴な運転をしているように思えるが、宇宙飛行機は振動一つ無く滑らかに飛行していて、油断すると眠ってしまいそうなくらい静かな空間となっている。
さて、こんな感じに真剣に頑張っているにとりとは対照的に、私と妹紅は暇を持て余す――という言い方は悪いが、ただ状況を見守ることしかできなかった。さっきの強い決意は何処へ行ったのやら。
「なんかにとりにばかり負担を掛けて申し訳ない気分になってくるな……」
「あまり言いたくはないけど、こればかりはしょうがないと思うぜ。宇宙飛行機の操縦なんて一朝一夕じゃ無理だし」
「何か手伝えることがあればいいんだけど……」
そんな話をしていると、にとりは操縦を続けたまま会話に割り込んできた。
「あのね? さっきも言ったけど、私が好きでやってる事だから気にしなくていいよ? 人にはそれぞれ得手不得手があるんだし、適材適所ってことでさ」
これまでの実績を踏まえると、にとりが科学・機械担当で、私が時間移動担当。妹紅は戦闘と外の世界の知識担当ってところか。誰が欠けてもここまでスムーズに物事が運ばなかったことだろう。
特ににとりは、自らの役割を自覚し、嫌な顔一つせず影に徹してくれている。宇宙飛行機の建造や、アンナの宇宙船を修理したのもそうだし、にとりのおかげで助けられたことがかなり大きい。
(全てが終わった時、私からも何かお礼を考えた方が良さそうだな)
私はにとりの後ろ姿を見て、そんなことを考えていた。
無名の星々を搔い潜りつつ、毛虫の這った跡のように不規則に動きながら、ボイジャー1号の探索をすること30分。背もたれに大きく寄っかかったままぼんやりと外の景色を眺めていた時、にとりが不意に大声を上げる。
「見つけた! ついに見つけたよ!」
「ほ、本当か!?」
「どこどこ!?」
「ほらあっち!」
私と妹紅は立ち上がり、運転窓の向こう側へ指差す先を見つめると、そこには広大な星の海をゆっくりと漂っている人工物があった。
「これが人類が滅ぼされるきっかけとなった人工衛星か……!」
「結構……でかいんだな」
妹紅とは対照的に、私の第一印象は淡泊なものだった。
「ん~それにしても、なんでこれは静止に近い状態なんだろ。無重力の宇宙では慣性の法則によって等速直線運動を行えば延々と飛び続けるはずなのに……飛行中にどこかの惑星の重力の影響でも受けたかな?」
にとりがよく分からない言葉を呟きながら唸っているようだが、敢えてそれについては触れず、目の前の人工衛星をじっくりと観察する。
全長は目算で2、30m近く。細長い骨組みが器用に組み込まれた骨格に、黒いケースに覆われた巨大な箱が取り付けられ、そこからは螺旋状の鉄線が幾つも突出し、四方に向かって延びていた。そして鉄線の先端には、カメラのような物が四方八方を見れるように付いていた。
その中でも一番目立つのは、黒いケースに覆われた巨大な箱に取り付けられた薄灰色のお椀のような物体だ。それは本体よりも大きく、中心からは鉄塔のような一つの棒が突き出しており、中心部分は地球の方向を向いていた。
にとりに聞いてみると、その正体はパラボラアンテナという代物らしく、これを介して地球と常に通信を行っているとのこと。こんなもので248億㎞以上離れた場所と通信できるんだから、科学というのは不思議だ。
「ところでにとり、こんなに近くにいるけどあれに感知されることはないの?」
「ちゃんと感知されないようにステルス飛行してるし、その心配はいらないよ。この生まれ変わった宇宙飛行機は31世紀の最先端技術が詰まってるんだからね!」
「へぇ」
目の前の人工衛星は1977年発射なので、1000年以上も年月が経っていれば技術力に差が開くのも当然なのだろう。
「ゴールデンレコードはどこにあるんだ? もしかして中か?」
「パラボラアンテナの下に制御装置あるじゃん? その外側に円盤があるの見える?」
「どれどれ……あ、本当だ」
注意深く観察してみると、制御装置――黒いケースに覆われた巨大な箱の正式名称らしい――の外面にディスクが取り付けられているのを発見する。およそ50年近く宇宙空間を飛び続けているにも関わらず、月の都で見た写真と比べて殆ど劣化していなかった。
「普通に外に剥き出しのままになってるんだな。てっきり、人工衛星の中に仕舞い込まれてるものだとばかり思ってたよ」
私もそれには同意する。意外と目立つ位置にあったのに、そんな先入観があったせいで気付かなかった。
「あれをどうやって壊すんだ?」
「ふふ、任せて。私のスペルで燃やし尽くしてやるさ!」
腕をまくって今にも炎を出しそうなくらいやる気に満ち溢れていた妹紅だったが、にとりが冷静にツッコミを入れる。
「いやいや、そんな面倒なことしなくても、この機体には様々な武器が積み込まれているし、撃ち落とせばいいだけだよ」
「ん? そうか……」
出鼻をくじかれた妹紅は、少し不満げに口を尖らせていた。
「というかさ、宇宙は空気ないんだし炎出せないんじゃないの?」
「……」
私のツッコミにも、無言で顔を背けるばかり。目に見えて意気消沈しているようだ。
「まあとにかく、時間が来たら見せてあげるよ。ほぼ機能停止状態に近いとはいえ、まだまだ稼働中だしね」
コックピット内のデジタル時計を見れば、時刻は午後2時42分。完全起動停止まで一時間近くあった。
「んじゃそれまで解散ってことで」
「なんか食べてこよっと」
「私も行く」
そう言って妹紅とにとりはコックピットを後にしていった。
各々が自由な時間を過ごし――と言ってもにとりはすぐにコックピットに戻り、そこで暇を潰していたが――人工衛星の稼働停止予定時間が近づくと、全員がコックピットに集まった。
月の都を発ってから、特にアクシデントもなく順調にここまできている。この場にいる全員が固唾を飲んで見守り、そしてついにその時がやってきた。
「……時間か」
「だね」
デジタル時計を見ながら呟く私。現在時刻は西暦2025年6月30日15時33分を過ぎた所。たった今、目の前の人工衛星は完全に機能を停止した。
「うん。それじゃ準備に入るね」
にとりは操縦席の足元にある隠し扉を開き、中のドクロマークが付いた青いボタンを押す。すると、操縦席のど真ん中のモニターに、大きな真円を十字で区切った謎のマークが表示され、端には直線に多くの横線が刻まれたメモリのようなものが出現した。
「なにこれ?」
「今のスイッチを押すと戦闘モードに入ってね、機体の下から銃口が出てくるんだよ。この画面に出て来た照準器を使って対象物に目標を合わせるの」
「ほぅ」
にとりの説明は続く。
「この操縦桿の先端に発射ボタンがあってね。そこから高濃度のエネルギー弾を打つことができるんだ。今からこれを使ってボイジャー1号を壊します!」
「分かった。頼むぞ」
「照準を合わせて……」
にとりは画面を操作して、照準器の中心、十字が交差する部分を人工衛星に定める。
「発射!」
操縦桿の先端にあるボタンを親指で押すと、緑色の光弾が下から発射され、対象に命中。小規模な爆発が起こりボイジャー1号は粉々に砕け散った。もちろん、例のゴールデンレコードも原形をとどめておらず、これでは復元するのも難しいだろう。
「こんなものかな」
「これが人類初の太陽系外探査の結末か。あっさりとした幕引きだな」
妹紅の言う通り、何の盛り上がりもなく、一瞬で終わった事に拍子抜けしてしまうところだが、何事もなく終わって良かったということにしよう。これで人類が銀河帝国に発見されなくなるはずだ。
にとりは、再び足元の青いスイッチを押して武装解除を行う。それに伴って照準器も消えて、普通の画面に戻っていた。