頑張っていきます。
※日付間違えてたので正しい日付に変更しました
――西暦300X年6月9日午前4時(協定世界時)――
「――はっ! ここはどこだ!」
ふとした拍子に目が覚めた私は、すぐさま現状の把握に努める。
現在時刻は西暦300X年6月9日午前4時1分。どうやら私は宇宙飛行機のコックピットに背中を深く預けるように座っているようだ。
(あの光景は夢だったのか……? いや、夢ではなく確かに現実だった筈だが……)
「ねえ魔理沙魔理沙! 外を見なよ!」
先程の鮮烈な光景について考える間もなく、にとりが興奮気味に窓の外に指を差すので、言われた通りに目を向けると――
「地球だ……! 地球があるぞ!」
私達の生まれ故郷が窓一杯に広がっていた。
かつての歴史――月の民によって人類の宇宙進出の可能性が閉ざされた歴史――では、『地球に残された数少ない資源を巡って大きな争いが起こり、その影響で自然豊かな幻想郷が侵略された』と紫が話していたが、ここから見下ろす限りではちゃんと自然は残っているみたいだし、むしろ1000年前に比べて砂漠が減り、全体的に緑が増えているように思える。
さらに1000年前の地球と850年前の地球には無かった大きな変化としては、地球を囲うように透明なバリアが隙間なく張り巡らされている所だ。
恐らくこれが、豊姫が話していた〝対星破壊兵器を防ぐ為のシールド″なのだろう。前回の歴史――銀河帝国によって地球が滅ぼされた歴史――では、地球は跡形もなくなり、宇宙船の残骸だけが漂う物悲しくも殺風景な光景だったので、こんなところにも過去改変の影響が及んでいる。
続いて地球から目を離し、周囲の状況に目を向ける。
辺りには多種多様の個性豊かな宇宙船が飛び交い、特に門のようなものがついた施設付近に集まっているようだ。
さらには、ちくわみたいな細長い筒状の機械的な施設や、表面が銀色のタイルに覆われ、明らかに人工的に造られた小惑星まで地球宙域に浮かんでおり、私から見るとこれらに違和感を覚えるが、この時代では当たり前の光景なのだろう。
「ついに未来を変える事が出来たね! ほら、妹紅も――ってあれ!? 魔理沙、妹紅がいつの間にかいなくなってるよ!」
「!」
慌てふためくにとりと同様に隣の座席に目を向ければ、そこに座っていた筈の妹紅は忽然と消えてしまっている。すぐに宇宙飛行機の内部もくまなく探してみたが、彼女はどこにもいない。
「おっかしいなあ、なんでいなくなったんだろ?」
操縦席に座りながら首を傾げるにとり。
「……なあ、にとり。39億年前からこの時代に時間移動する際に、夢を見なかったか?」
「夢? そんなもの見なかったよ。魔理沙がタイムジャンプ魔法を使ったら、窓の外が星も見えないくらいに真っ暗になったんだけど、すぐ星の光を感じられるようになって、後は見ての通りさ」
「そうか……にとりはあの光景を見ていないのか」
「何かあったの?」
「実はな――」
私は時間移動の最中に起こった出来事を話した。
「そうだったんだ。じゃあ妹紅が消えちゃったのはもしかして――」
「この歴史に生きてきた妹紅と一つになったからだろうな。きっと地球に――いや、幻想郷に〝私達と行動を共にした記憶″と、〝再構築された新しい歴史で生きてきた記憶″の二つの記憶を持った妹紅が居るはずだ」
私は地球の日本列島辺りを睨みつけながら、自分の考えを述べる。こうしてみると日本は小さな島国だな。
「じゃあすぐに行こうよ! 幻想郷が無事かどうか確かめなきゃ!」
「そうだな。よろしく頼む」
私が着席した事を確認すると、にとりは操縦桿を動かして地球に向けて方向転換し、そのまま向かっていく。
周りの宇宙船をグングン追い抜き、地球がすぐ目の前にまで近づいた時、急にコックピット内に警報音が鳴り始めた。
「な、なんだ!?」
「ブレーキ!」
驚く間もなく、こちらの進路を阻むように続々と宇宙船が集まり始めたので、にとりは慌てて停止させる。外観が統一された機体のボディーには『入星管理局』と英語でペイントされていた。
「まずいね、これは警告みたいだ。なになに……発信元は入星管理局? 聞いたことないけど、この状況だと出なきゃまずいことになりそうだね。とりあえず翻訳機能をONにして……と」
にとりは幾つかのスイッチを押してから、通信をONにする。
『そこの怪しい飛行機型宇宙船。我々の目の前で通行ゲートを無視して、堂々と不法入星しようとはいい度胸しているな。きちんと入星許可証を提示したまえ』
『入星許可証?』
『おいおいそんなことも知らんのか? 地球に入る為に必要な許可証だ。それを提示しなければここは通さないぞ』
『え~噓ー! そんなの聞いてないんだけどー! 今回だけは見逃してちょうだいよ~』
『駄目だ駄目だ! 特別扱いは出来ん! 許可証がない以上通行禁止だ。すぐにここから離れたまえ!』
直後、周りの宇宙船が銃口を此方に向け、ジリジリと近づいて来た。
『我々の指示に従わないのであれば、不法入星とみなし実力行使に出るぞ!』
「……仕方ない。ここはおとなしく撤退した方が良さそうだね」
にとりは操縦桿を動かし、Uターンして離れていく。幸いにも入星管理局の宇宙船は深く追ってはこないようだ。
「外の世界では違う国に行く時に許可が必要だと聞いたことがあるが、よもや地球に入る事すらも許可が必要になるとは。今までこんなのなかったのに」
「私達の時代が緩かっただけで、よその星と人や物が動く銀河文明ともなるとこれが普通なんだろうね。月の都もそうだったし」
「しょうがない、地球へ行くのは後回しだ。どっちみち依姫達からも話を聞きたかったところだし、月の都へ行こうか」
「え~なんで? 過去に戻ってからまたこの時間に来ればいいじゃん! 早く幻想郷がどうなってるか見に行こうよ!」
「……それもそうか」
私としてはどっちでも良かったので、今回はにとりに習って幻想郷を優先することにしよう。
「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月20日午後1時!」
――西暦300X年6月9日午後0時15分(幻想郷時間)――
出発した時間の5分後に戻り、そこから地球に突入。幻想郷がある日本の○○に向かい、博麗大結界を抜けて博麗神社上空まで宇宙飛行機を飛ばし、その場所から西暦300X年6月9日午後0時15分へ跳ぶ非常に面倒くさいルートを通って同じ時間に戻って来た私達。
かつての歴史では、幻想郷は地獄のように人の住めない場所になっていたり、はたまた人間達が大きな街を作っていたこともあった。果たして今度の歴史ではどうなっているか。恐る恐る窓の外を覗いてみる。
「これは……!」
青い空に白い雲。眼下には日差しに照らし出され緑が浮かび上がる広大な森。少し遠方を見れば妖怪の山があり、人里のある方角には木造住宅が密集した集落を発見する。
反対側を見れば、かつて魚の死骸が転がり腐臭が漂っていた霧の湖は元の美しい湖に、湖畔で瓦礫の山となっていた紅魔館は元の紅い洋館に戻り、今もなお健在だった。
そして真下には、周りが森で囲まれた山頂の敷地に立派な瓦葺の屋根と、そこから麓に続く階段まで石畳の参道が続き、階段のてっぺんには【博麗神社】と扁額に記された鳥居が建てられていた。
「間違いないよ、ここは幻想郷だ! やったー!」
「ああ、そうみたいだな」
「……なんかテンション低いなあ。もっと喜びなよ魔理沙も!」
「充分喜んでるさ。あの酷い有様からここまで見違えるのかって、感動すら覚えてしまうくらいだ」
きっと倒壊した博麗神社の縁側で泣いていた紫も、この光景に喜んでいることだろう。
「にとり、神社の境内に着陸してくれ。きっとここに紫が居るはずなんだ」
「勝手に着陸して大丈夫かなぁ?」
「そんなこと言ったって、この近辺で着陸出来そうな平野はないんだししょうがないだろ」
「それもそうだね」
にとりは辺りを見回しながら慎重に高度を下げ、博麗神社の境内にゆっくりと着陸させた。
宇宙飛行機から境内に降り立ち、地に足ついた所で改めて周囲を観察してみる。
博麗神社自体は1000年前から何一つ変わっていなかったが、神社の裏手、山を下りて森をずっと抜けたその果てには海があるようで、海岸沿いに続く白い砂浜は地平線の先までずうっと続いており、水平線の果てには薄らと小島が見える。
さらにさらに幻想郷の面積自体も大きくなっているようで、正確に測ったわけではないが、私のいた時代に比べて2倍近く広くなっている気がする。
他にも私の知らない謎の施設が建っていたり、沖には蛇のように細長い胴体の龍っぽい生き物が泳いでいたり、空をペガサスが飛んでいたり、新しい幻想郷の住人らしき妖怪? もいた。
「へぇ~私のいた時代から結構変化してるな」
「そりゃあ850年も経ってるんだから当たり前でしょ。あっちに見える海は本物なのかな? 泳いでいきたいな~」
にとりは物欲しそうに水平線を眺めている。彼女の種族としての本能がささやくのだろうか? ……いやでも河童は海には住まないか。
「つーか、この神社には誰も居ないのか? こんな大きなモノが降りて来たら何かしらの反応があると思ったんだがな」
そんな独り言を呟きながら、にとりを置いて神社の縁側に歩いて行ったが、人の気配は何もなく、襖が開け放たれたままの神社はもぬけの殻だった。
(なんだ、誰も居ないのか)
「魔理沙ああああああああ!」
「うわあっ!」
どこからともなく現れた何者かに覆いかぶさられ、反応する間もなく目の前が真っ暗になってしまった。頬に当たる柔らかい感触と高めの声色、柑橘系の香水の香りから同性の人間だと思われるが……。
「くっ誰だ!」
腕に力いっぱいこめて覆いかぶさって来た誰かを引きはがし、その人物の顔を見る。
「ゆ、紫?」
「良くやってくれたわ魔理沙! こうして幻想郷が復活したのも全てあなたのおかげよ! 本当にありがとう!」
普段は人を煙に巻くような態度を取っている紫が、珍しく感情を露わにしていることに驚いたが、それよりも。
「う、うぅっ、ほんとに、また会えて良かったっ! ぐすっ、……魔理沙ぁぁぁぁぁ!」
「分かった、分かったからいい加減離れてくれ! その顔で私に近づくなあああ!」
涙と鼻水が混じった顔でしきりにくっつこうとする紫を引きはがす方が、今の私にとっての最優先事項だった。