魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第106話 第三章エピローグ 幻想郷(後編)

「魔理沙の歴史改変によって月の民の妨害が無くなった人類は、科学の発展と共に宇宙進出を進めていき、西暦216X年にワープ航法を確立したわ。その後異星文明との接触に成功し、異星人の技術に触れたことでより発展していったのよ」

「それって大丈夫だったのか? 私の知る歴史では戦争になってたんだが」

「人類が一番最初に接触したのが、銀河連邦――複数の銀河国家が集まる〝宇宙の平和と惑星の保護″を理念に掲げる組織――でね、彼らは地球人を大いに歓迎し、友好的な関係を築いたそうよ」

 

(なるほど、今の歴史ではそういうことになってるのか)

 

 ここで紫は神社の拝殿の方角に意味ありげな視線を送ったが、すぐに視線を戻す。あそこに何かあるのかと一瞬思ったが、紫の話はまだ終わっていない。

 

「しかしその一方で人類は大きな問題を抱えていたわ。それが地球の人口問題なの」

「人口問題?」

「地球のおよそ70%は海で、残りの30%が陸地なのだけれど、高山地帯や砂漠などの人が住めない土地を除くと、住める土地はぐっと減るわ」

 

 宇宙から地球を見た時、表面のほとんどが水だらけだったのを思い出す。地球が水の惑星と呼ばれるのも、陸地面積に対する海の圧倒的な広さから由来しているのだろう。

 

「紀元前から緩やかに増え続けていた世界人口は、産業革命以降爆発的に増えてしまってね、21世紀になる頃には世界人口は60億に到達し、そこからたったの15年で72億人まで増えたわ」

「全く想像が付かない数字だな」

「地球内のリソース、つまり地球が養える人口の限界は95億人。このペースで人類が増え続けてしまえば地球の環境が崩壊するだろうと外の世界の人間達は危惧し、21世紀中頃、ノアの箱舟計画――即ち人口調整を行い世界人口を徐々に減らしていったわ」

 

 そういえば妹紅から渡されたメモリースティックにもこの話が出てきた気がする。

 

「でもそれってもう1000年近く前の話じゃないか。関係があるようには思えないんだが」

「まだ話は終わってないわ。……それでね、このノアの箱舟計画と並行して、人類は地球の環境に近い惑星を探しだし、テラフォーミング技術を用いて第二、第三の地球を作りだしていったわ」

 

 テラフォーミングと聞いて私の脳内では、岩や砂だらけの星に緑と水が広がっていく光景が思い浮かんでいた。

 

「そこから時が大きく飛んで西暦2189年、第一次殖民計画が行われ、選ばれた10万人はテラフォーミング化された新しい地球へ移住していったの。今思い返せば、この出来事が大きなターニングポイントだったわね」

 

 もしかしたら私が時の回廊で見た宇宙船団の大移動はこれのことだったのかもしれない。

 

「これ以降、アジア・アフリカ・ヨーロッパといった大陸ごとに人口の上限が定められるようになってね、上限を超えそうになると世界政府の手により、別の地球へ強制送還されるようになったのよ」

「勝手に住む場所を移動させられて、当人達から不満は出ないのか?」

「これには理由があってね、テラフォーミング計画に乗り出したのも、ノアの箱舟計画そのものが“優れた遺伝子を持つ人間のみを区別して誕生させる”非倫理的なものだったから、世論からの反発が大きかったのよ」

「……そうだったのか」

 

 いわゆる“間引き”を世界規模で行うとは、それほどまでに当時の外の世界は切迫した状況だったのだろうか。

 

「それに比べてこの殖民計画は、例え別の星に移送させられたとしても地球にいた頃と変わらない生活レベルを保てるし、それ相応のお金も支給されるから、外の世界の人間はあまり不満を抱いてないようね」

「ふ~ん」

「ちなみに今の時代では地球に住み続けることは大きな社会的ステータスとなっていてね、地球生まれ地球育ちの人間は羨望の眼差しを受けるようになっているのよ」

 

 それって普通のことなんじゃないのか? と心の中で思ったが、時の流れで人々の価値観も変わったのだと納得することにする。

 

「かくして次々と他の星を開拓していったことで勢力を伸ばした地球人は、今や宇宙全体で銀河連邦・銀河帝国に次ぐ第3の勢力にまで発展したの。だから今のところ、地球人達は盤石な体制を築いてると断言しても良いわ」

 

 つまり紫が言いたいことを纏めると、地球に住む人間の数が少なくなり、宇宙に出て行った事で地球内の限られた資源を巡る争いが起きなくなり、幻想郷は平穏に。そして他の星に移り住んだことで地球の勢力が盛んになり、敵の宇宙人においそれと侵略されることがなくなった結果、地球滅亡の芽も摘まれたってことなんだろう。うん、ややこしい。

 

「外の世界の事情はまあ大体分かったよ。じゃあ次の質問なんだけどさ、私のいた時代より幻想郷が広くなってるみたいなんだが、これはどういうことなんだ?」

 

 時が経つにつれて私の知らない異変が起こり、そこで新たな妖怪と出会うこともあるだろう。霊夢と解決してきた異変の数々は、今でも私の心の中に強く残っている。

 

 しかし幻想郷の面積そのものが大きくなるのは前代未聞だ。どんな手を使ったのだろうか。

 

「異星人と交流するようになったことで、人類は星ごとの資源や固有種に価値がある事を知り、その星に元からあるものを大事にしようという価値観――つまり環境保護の機運が地球全体で高まり始めたのよ。そこに目を付けた私は、幻想郷がある土地を自然環境保護区域にするよう、当時の日本政府に働きかけたのよ」

「自然環境……なにそれ?」

「言葉通り、自然環境を保護するために人や物の出入りを制限するルールのことよ。幻想郷のある土地は大昔から続く森林地帯で、植物や動物、虫等の固有種の宝庫ともあって、すんなりと認定されたわ」

「そんなことをしたら余計目立っちゃうんじゃないのか?」

「当時の私は迷ったけど、あらゆるものを“消費”することが一般的だった大量生産・大量消費社会において、世論が環境保護の重要性に気づき始めた頃だったから、このチャンスを逃すわけにはいかないと思ったのよ」

「敢えて外の世界の力を利用するなんて、紫にしては結構大きな賭けに出たんだな。もっと保守的なものだとばかり思ってたが」

「時世の変化に柔軟に対応していかなければ滅びの未来しかないわ。幻想郷を創ろうと思ったきっかけも、人間が天下を取り、妖怪が衰退する未来を予測してのことですもの」

「なるほどな」

 

 これまでの歴史を振り返ってみれば確かにその予測は見事に当たり、外の世界には幻想は失われてしまっている。彼女の判断は正しかった。

 私を探るように見つめている紫に対し、さらに質問をする。

 

「あの海は一体?」

「人類の意識変化や人口削減、それらの要素が重なったことで、かつて果てから果てまで張り巡らされていた水道、電気、ガスなどのライフラインが維持困難になってね、辺境に住んでいた人々は土地を放棄して都市部に移住していったの。それらの土地を、表向きは環境保護の名目で買い取り、裏で博麗大結界を広げていったことで、海まで繋がったのよ。今の幻想郷は、人間達の居住区から大きく離れた陸の孤島のような状態だわ」

「ってことは、紫は外の世界だと大地主になってるんだな。そんなに土地を広げて管理しきれるのか?」

「この区域、表向きは自然保護区域として政府の人間が管理してることになっているけれど、実は彼らは皆私の息が掛かった人間や妖怪なの。以前の歴史の反省も踏まえて、私は外の世界でもある程度通用するくらいの権力を握っているから、ちょっとやそっとのことでは倒れないわ。……ああもちろん、幻想郷の存在は世間に公表してないし、情報操作も完璧よ」

「ふむふむ」

 

 うまくぼかされてしまったためによくわからないが、どうやら外の世界の国家と高度な駆け引きを行い、見事にそれを成功させて盤石な体制を整えたのだろう。

 

「……だから魔理沙は何も心配する必要はないわ。例え何かあったとしても、私や藍が全力で事に当たるから」

「分かった。その言葉を信じるよ」

 

 話を聞く限りでは差し迫った危険はなさそうだし、どうやら私の懸念は杞憂に終わったようだ。

 

 

 

「ところで、そこで盗み聞きしてるお二人さん。いい加減出て来たらどうかしら?」

「あら、バレちゃったみたいね」

「え?」

 

 拝殿の方に向けて呼びかける紫に釣られて視線を向けると、一拍遅れて綿月姉妹が姿を現す。

 神妙な表情で話を聞いていた輝夜は、一転して破顔する。

 

「あら~依姫に豊姫じゃないの! こっちに来るなんて珍しいじゃない♪」

「こんにちは輝夜様。皆さんもお久しぶりです」

「会いに来たわよ魔理沙~♪」

「なんでこそこそ隠れてたのさ?」

「そろそろ魔理沙が来るんじゃないかと思って、幻想郷に足を運んでみたらちょうど話の最中でね。少し様子を見てたのよ」

 

 ニコニコしている輝夜に、依姫が行儀よく挨拶を行ない、豊姫は気さくな態度で挨拶を交わしていた。

 私は立ち上がって彼女達の正面に向かい、話しかける。

 

「ちょうど良かった。さっき輝夜から記憶が戻ったって聞いて、月の都に行こうと思ってたところなんだ。そっちは今どんな感じなんだ?」

「こちらも上手くやってますよ。月の裏側も元の綺麗な海と砂浜に戻り、異星文明とも時々交流しつつ、平和にやってます」

「地球爆発の余波でボロボロになった月の表面も、元の“兎の餅つき模様”に戻ったからね~」

「それは何よりだ。ところでちょっと聞きたいんだけどさ、アンナについて何か情報はあるか?」

「あなたが来るまでの間彼女について調べてみましたが、宇宙のあらゆる記録を漁ってみても彼女の名前は残っていませんでした。彼女がどこで何をしていたのか、子孫が存在するのか、全ては不明なままです」

「それに魔理沙がボイジャー1号を破壊したおかげで、銀河帝国との宇宙戦争も発生しなかったわ。私達の見立ては正しかったようね」

「そっか……うん」

 

(アンナはちゃんと約束を守ってくれたんだな)

 

 地球が存続していることから薄々分かっていた事ではあるが、こうしてはっきり事実として知る事で満足した気持ちになる。

 続けて紫が、豊姫に向かって喋り出した。

 

「魔理沙から聞いたわ。なんでも、地球が滅ぶ未来もあったそうじゃない。私の知らない間にお世話になったみたいだし、そのことについてはお礼を言っておくわね」

「たとえ立場や過去の因縁があったとしても、私達の目的は同じでしょ? お礼を言われるようなことじゃないわ」

「……やっぱりあなたは好きじゃないわ」

「あらそう?」

 

 あまり仲が良くなさそうな豊姫と紫の話の横で、私は改めて未来の幻想郷を一望する。

 雲の隙間から漏れだす陽光が緑豊かな大地を照らし、撫でるような風が木の葉をなびかせ、遠くでは妖精たちが遊ぶ姿も見えた。

 外の世界ではとっくの昔に失われた幻想が今もこの世界には残っていて、私の体内を駆け巡る魔力も絶好調だ。今なら最高の魔法を放つことも出来るだろう。

 車、飛行機、高層ビル等の外の世界の文明の象徴たる存在すら、幻想郷には有り得ない。宇宙旅行が当たり前になった時代において、この世界だけが1000年前から時間が止まっている。

 

(……よし!)

 

 もはや冗長な言葉は不要だ。私は希望溢れる未来に、大きな達成感と満足感を得ている。

 

「んじゃまあ、私の疑問は解決したしそろそろ元の時代に帰ることにするよ。にとり、行こうぜ」

「そんなすぐ帰っちゃうなんて勿体なくない? 未来の幻想郷を見て行かないの?」

「あまり先の事を知りすぎても人生が楽しくないだろ? 元々この時間に来たのも、偶然の産物だしさ。もしにとりが見て回りたいんだったら、時間を指定すれば後で迎えに来るけど?」

「わわっ、私も一緒に行くよ! 置いて行かないで~」

 

 にとりは慌てて宇宙飛行機に乗り込んでしまう。何をそんなに怯えているのだろうか? そんなことを考えつつ私も乗り込もうとしたその時、妹紅が話しかけて来た。

 

「魔理沙、今までありがとうな。お前のおかげで幻想郷を復活出来たし、また慧音に会う事も出来た。魔理沙と共に過ごした時間は、私にとってかけがえのない大切な思い出だ」

「私の方こそ、ここまで支えてくれてありがとう。元気でな」

「うん! またいつかこの時間に来てね?」

 

 涙目になり、感極まっている様子の妹紅と抱擁を交わす。彼女とは短いようで長い時間を過ごしたので、別れるのは名残惜しい。

 

「魔理沙。長い長い生の中で、貴女程興味深い人間は居なかったわ。時間を持て余している過去の私によろしくね」

「ふふ、いつでも月の都に遊びに来なさい。歓迎するわ」

「今までありがとうございました。元の時代に戻っても、どうかお元気で」

「……ねえ魔理沙、また会いましょうね? 絶対よ?」

「おいおい、なんでみんなそんな寂しそうな顔をするんだよ? この時代にも西暦215X年から時を歩んできた“私”がいるじゃないか」

「…………ええ、そうね。この時代にも〝あなた″がいるものね」

 

 しんみりした空気を払拭する様におどけてみたものの、紫は別れを惜しんでいるのか、悲し気な表情で言葉を詰まらせていた。

 

「じゃあな!」

 

 妹紅、紫、輝夜、そして綿月姉妹にも見送られつつ、私は宇宙飛行機に乗り込んでいく。コックピットに続く電動ドアを開けば、既に準備を終えたにとりが操縦席に着いていた。

 

「魔理沙は人気者だね、みんなに別れを惜しまれるなんて。私と違ってもう一人の自分がいないんだしさ、この時代に残っても良かったんじゃないの?」

「いやいや、この時代にも西暦215X年から生きて来た未来の私がいるんだし、それは無理だよ」

「あぁ、そっか。言われてみれば確かに」

「またこの時代に辿りつくまで、気長に過ごすことにするさ。これからの人生、この未来に至る状況を楽しめそうだしな」

「はは、そうだね」

 

 そんな雑談をしつつ私は自分の席に着き、にとりは宇宙飛行機を発進させ、博麗神社上空までゆっくりと浮かび上がらせた。

 

(さらば未来の幻想郷! ……そしてさよなら、妹紅)

 

 山と海が見える雄大な景色を目に焼き付けつつ、私は宣言する。

 

「タイムジャンプ発動! 行先は西暦215X年9月20日午後5時!」

 

 宇宙飛行機の正面に時空の渦が発生し、私達はその中へと飛び込んでいった。




第3章エピローグ第2話『魔理沙の行方』に続きます。

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