――side out――
霧雨魔理沙と河城にとりを乗せた宇宙飛行機が時間遡航するのを見送った後、藤原妹紅は八雲紫に向かってぽつりとつぶやいた。
「……よかったのか? 本当のことを伝えなくて」
「そんなの言える訳ないじゃない。魔理沙はもう“この世界にいない”なんて、どんな顔して話せばいいのよ? 私には無理だわ……」
「「「「「…………」」」」」
悲痛な面持ちで語る八雲紫の言葉に、この場にいる全員が沈黙した。
彼女の主観から見れば、霧雨魔理沙と直接会ったのは実に500年ぶりのことであり、別の歴史に生きた自分の想いが感情の奔流となって爆発し、気づけばあのような行動を取っていたのだ。
「それにしても、何故彼女は消えてしまったのでしょうか? 彼女は人を超えた身。生物としての寿命には囚われない筈ですが」
「幻想郷内の何所かに隠れ住んでいたり、外の世界に滞在していたりする可能性は無いのかしら?」
綿月姉妹の疑問に、藤原妹紅は答える。
「そうは言っても実際問題、西暦215X年以降に魔理沙を見た人妖はいないんだ。私達の記憶では、霧雨魔理沙という人間が〝西暦205X年に人としての寿命を迎えた″という事実しかない」
藤原妹紅の説明を補足するように、八雲紫も「私も別の歴史の記憶を思い出してから今日まで、幻想郷内はもちろんのこと、外の世界でも金に糸目を付けずに捜索し続けていたのだけれど、魔理沙の痕跡は全く見つからなかったのよ」と寂しい目で答えた。
「ならあの魔理沙は何者なの? まさか魔理沙の皮を被った別人とでも言うんじゃないでしょうね?」
「それはあり得ない。魔理沙は魔理沙だ、他の何者でもない。前にも言ったと思うが、あの魔理沙は“霊夢が自殺した”歴史を経験した魔理沙なんだ」
「う~ん、頭がこんがらがってくるわね……」
答えが見つからない問題に議論が堂々巡りになっていた時、会話に参加せずに頭の中で自らの考えを纏め終えた蓬莱山輝夜が口を開く。
「ねえ、魔理沙の未来が未確定という可能性は無いかしら?」
「それはどういう意味だ輝夜?」
興味を示す藤原妹紅同様に、この場にいる全員が蓬莱山輝夜の次に語る言葉に注目する。
「魔理沙は215X年から現在に時間跳躍した後、元の時代に帰ったでしょ? そこから850年もの長い時間、彼女が再び歴史改変を起こさないと言い切れる?」
「いや待てよ。それはおかしいだろ?
「そうかしら? 貴女の理屈に倣うなら、私達に選択の意思は無く、未来は予め定められた結果に収束する。歴史改変は必ず失敗してしまうわ」
「! 確かに」
「よく時間の流れが川に例えられることがあるけど、私達が過去から未来へ向かう川の流れに身を任せるしかないのに対して、彼女の場合はその川の流れを自由に上り下りできる能力があるのよ。私達の物差しでは決して測れないわ」
饒舌に語る蓬莱山輝夜は、ややオーバーアクション気味に言葉を紡いでいく。
「そう。言い換えるなら彼女は世界の観測者、物語風に表現するなら主人公なのよ。彼女の主観で世界が動いてるといっても過言ではないわ。さて、観測者がいなくなったこの世界はどうなるでしょう?」
問いかけるような蓬莱山輝夜の言葉に、藤原妹紅は険しい表情をするばかり。話を聞いていた他の少女達も考え込んでいた。
「つまり貴女は、未来が――私達にとってのが変わる可能性がある。そう言いたいのね?」
「ええ。そう考えれば魔理沙がこの時代に居ないこと、今までの幻想郷の歴史に〝タイムトラベラーとしての魔理沙″が存在しないことに説明がつくわ。ひょっとしたら今この瞬間にも現在が変わってるかもしれないわね? 残念ながら、私達には変化を観測できないのだけれど」
蓬莱山輝夜は続けて。
「もしかしたら私達の会話も意味のないものになるかもしれないわ。魔理沙が歴史を変えてしまえば、〝なかったこと″になってしまうから」
「それじゃあ私達がここまで努力してきた意味がないじゃないか! また幻想郷が破滅する歴史にでもなったら――」
「早とちりしちゃ駄目よ妹紅。もちろん、その可能性も踏まえて魔理沙は行動するでしょう。彼女は幻想郷の存続を願っていたわけだし、彼女の考えが変わらない限り幻想郷は救われ続ける。その点に関しては不安になる必要はないわ」
「改めて考えると、時空改変ってとんでもない能力ね……まるで神様みたい」
「この世界の命運は全て魔理沙が握ってるってことか」
「大きな力には大きな責任が伴います。彼女が道を踏み外さない事を祈るばかりですね」
綿月依姫が発言した頃、神社上空には特徴的な赤白の巫女装束を纏い、黒髪黒目でポニーテールの少女の姿があった。
「あれ? わたしの家に誰かいる?」
ふわふわと浮かんだまま目を凝らして観察する博麗の巫女。彼女は定期的に行っている見回りを終え、帰路に着く最中だった。
「紫さんに、妹紅さんに、あの綺麗な人は輝夜さんだっけ。あっ月の人まで! 珍しい組み合わせ!」
神社の軒下で話し込む八雲紫達は、博麗の巫女に気づかないまま魔理沙の事について真剣に意見を交わしている。
「なんの話をしているんだろ? いってみよ!」
好奇心をそそられた博麗の巫女は高度を落としていったが――その瞬間、世界は新たな歴史へと再構築されていった。
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「ん~あれ? 誰かいると思ったんだけど……」
境内に降り立った博麗の巫女は周囲をくまなく見渡すものの、隅々まで管理が行き届いた境内には猫の子一匹いなかった。
蓬莱山輝夜の懸念通り、〝この時間において過去、霧雨魔理沙の主観において未来″に起こった歴史改変の影響により、先程の会話が〝なかったこと″になってしまった。
結果としてこの場に集まる動機を失った彼女らは博麗神社から消失。新たな歴史に合わせて再構成された彼女らは、世界の外側から見れば瞬間移動したように見えたことだろう。
「うーん気のせいだったのかな」
結局違和感に気づけなかった博麗の巫女は首を傾げつつ、神社の中に上がり込んだ。
「ふう~今日も幻想郷は平和だったな~」
ちゃぶ台の前に座り、事前に用意しておいた冷たいお茶を飲みつつ、一息吐く博麗の巫女。顔は緩み切っており、心底リラックスしている。
「今日もたくさんいいことがありました。まさか人里で魔理沙さんと霊夢様にお会いするなんて。ふふっ、いつもあのお二方は仲良しで微笑ましいですね」
彼女はうっとりとしながら、今日の出来事に想いを馳せていた。
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――西暦????年??月??日――
――side 魔理沙――
元の時間への時間遡航中、またまた時の回廊に召喚させられた私。回廊の外は以前のような四季景色に戻っていた。何も見えない暗闇だったり、宇宙から見た地球だったり、私の状況に合わせてコロコロと景観が変わるのはどういう理屈なのだろう。
「おめでとう魔理沙。貴女の奮闘する姿、ここから見させてもらったわ」
「咲夜か」
パチパチと拍手をしながら咲夜は目の前に現れた。
周りに隠れられそうな場所はないのにどこから現れたのか、何故にとりがこの場に居ないのか、などという野暮なことは聞かない。こんな時間も空間も超えた不思議な場所では質問の意味がないからだ。
「貴女が見た未来は最も行きつく可能性がある未来。数多に広がる可能性からよく選択肢を間違えずに辿り着いたわね」
「……ちょっと待て。私のいる西暦215X年から850年後の幻想郷があの姿になるんじゃないのか? その言い方だとまるであの未来は確定していないみたいじゃないか」
「当然よ。未来は貴女がいる限り常に変わり続ける。何故なら時間移動こそが確定した事実を覆すものだから。覆水盆に返らずということわざがあるけれど、貴女はそのお盆をひっくり返さない歴史に改変する力があるのよ?」
「!!」
「だから時間移動する際は気を付けなさい? 世界に与える影響を考えて行動しなければ、これまでの貴女の頑張りが全て水の泡になってしまうわ」
諭すような口調で語り掛ける言葉に私は非常に重みを感じ、自然と顔が強張ってしまう。
(そうか。あの未来を維持するには時間移動は……)
「まあでも、幻想郷が滅亡した原因は全て外の世界にあって、大きなターニングポイントとなる歴史は悉く潰した訳ですし、要点をきちんと抑えておけば、多少歴史を変えたとしても、貴女が望んだ歴史が覆る事はないでしょうね」
「……あくまで止めたりはしないんだな」
「“親友の死を大いに悔やみ、人の道を捨てて時間移動の研究に励み、次元シフト法による時間移動を完成させた魔理沙”だからこそ私は応援しているのよ。“それに例外はないわ”。貴女がどんな歴史に変えようとも私は咎めたりはしない。だって私は、貴女が良心に沿って行動することを信じているから」
咲夜は確固たる意志を秘めた瞳で私を見つめながら語る。まるでこれから起こり得る未来を予言するかのように。
「買い被り過ぎだろ。私はそこまで高潔な人間じゃない」
「ふふっ」
そう否定しても咲夜は柔らかい笑みを浮かべるばかり。
「……タイムトラベラーとは世界から浮いた孤独な存在。自らの居場所が見つからず時には寂しさを感じるかもしれない。もしも辛くなったら私の元に来なさい。その時は歓迎するわ」
「待て、それはどういう――」
言い切る前に咲夜が指を弾く。それに合わせて私の視界は真っ白になっていった――。
――西暦215X年 9月20日午後5時――
時の回廊から帰って来たのを無意識のうちに感じ取った私は目を開く。
「ん……、今何時だ?」
「もう~何言ってんのさ。魔理沙が指定した時刻に戻って来たんじゃないか。忘れたの?」
「おお、そうだっけか」
そんなやりとりをしつつ、私は窓の外を眺める。午後5時ともあって周囲の森は夕焼けに染まり、紅葉のように美しいオレンジ色が広がっていた。
すぐ真下には、妖怪避けの結界が満遍なく張り巡らされた博麗神社が建ち、裏手を見ても海はなく、山影が見えるばかり。それを見て、元の時代に帰って来たんだと実感する私であった。
その後『自宅まで送って行くよ』と言うにとりに甘えて、宇宙飛行機で送ってもらうことにした。
「魔理沙はこれからどうするつもりなの?」
「そうだなぁ……。未来を救う目的は果たしちゃったし、本当にどうしようかなぁ」
今まで目の前のことだけを考えて一生懸命頑張ってきたので、この言葉は嘘偽りない本心だ。
「せっかく時間移動できるんだしさ、もっと色んな時代を旅して回ればいいじゃん? 歴史上の出来事を見に行く、ってのも、時間移動の醍醐味だと思うけど」
「なんだ? にとりはどっか行きたい時代でもあるのか?」
「例えばの話だって。私は31世紀の物凄く発展した科学技術を体験できたからもう満足さ。帰ったらあの技術を再現できないか頑張ってみるつもりなんだ」
「ふ~ん。まあそのへんも後でゆっくり考えることにするよ」
私は曖昧な返事でお茶を濁す。
『急に言われてもすぐには思い浮かばなかった』というのも理由の一つだが、私は霊夢の自殺を止めることさえできればそれで良かったので、そんなよくある使い方など全く思いつかなかった。
(霊夢……)
私に同性愛の気はないが、霊夢の事を思い浮かべるとまるで恋する乙女のように胸がチクリと痛くなる。確かに私は自分の望んだ通りに歴史を変えた筈なのに、このモヤモヤとした気持ちはなんだろう。
それに先程の咲夜の含みのある言葉も気になる。まるでこれから私が取る行動を予測しているかのような気持ち悪さがあった。前回の予言を鑑みれば、あながち戯言だとも言い切れない。
(これから私はどうしたらいいんだろ)
結局考えが纏まらないまま、宇宙飛行機は目的地の上空に差し掛かったので、思考を中断する。
「にとり、この辺りでいいよ」
「そう? ハッチを開けとくね」
「サンキュ。それじゃあな」
「バイバイ」
にとりに軽く別れを済ませ、開け放たれたハッチの前に移動。空中に向けて一歩踏み出し、重力に従って私の体は地面に向かって落ちていく。だがそれも束の間、魔力を使ってすぐに体勢を立て直し、その場に浮かぶ。
思えば最近はずっと機械の力で空を飛んでいたし、こうやって自力で空を飛ぶのも随分と久しぶりな気がする。やっぱり私にはこっちの方が楽しい。
そして妖怪の山の方角へと去って行く宇宙飛行機に姿が見えなくなるまで手を振った後、私も自宅へ戻って行く。
「ふわぁ……」
夜の訪れを告げるこの夕焼けもそうだが、滅亡の未来を変えるためにせわしなく動き続けて来た疲労感、そして目的を果たしたことによる満足感もあり、私は気が抜けてしまっていた。
「ちょっと早いけどもう寝ようかな」
独り言を呟きながら自宅に着いた私は、玄関を開けて帽子を帽子掛けに掛けたあと一直線に寝室に向かい、そのままベッドにダイブする。
「ホントにこれからどうしようかな……ま、明日にでも考えることにするか」
考え事を後回しにし、私はそのまま眠っていった。
これで第3章は終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
次の話から第4章(最終章)を予定していますが、まだプロットが半分くらいしか完成していないので、プロットがきっちりと完成して、最後までの見通しを立ててから投稿を始めようと思います。
お待たせしてしまいすみません。
※追記 第4章は完成しました。