この話の時系列は昨年の12月13日に投稿した第1章第14話、タイトル『魔理沙の忘れ物』の続きとなっています。
第108話 魔理沙の忘れ物② 霊夢の疑念
――【西暦200X年7月25日午前10時】――
――side 霊夢――
昨日と四日前とで魔理沙の様子が全然違ったことについて、〝もしかしたら未来の魔理沙だったのかもしれない″って、ほぼ確信に近い予感を抱いた私。
でも時間移動なんて本当にあり得るのかな? いまいち自分の勘が信じられなかった私は、同じ魔法使いのパチュリーや、時間を操る能力を持つ咲夜に話を聞こうと思って、家を出発。
ちゃんと玄関に『外出中』って張り紙を貼っておいたし、誰か来ても大丈夫なはず。
「まだ午前中だってのに暑いわね~」
歩くと暑いし少しでも風を感じられたらいいなあと思って空を飛んでるのに、涼しくなるどころか熱風になってるし、太陽が近いし、余計暑くなってる気がする。
麦わら帽子を被っているから少しはマシだと思うけど、それでもやっぱり暑いものは暑い。
幻想郷は夏真っ盛り。照り付けるような太陽に、そこかしこから聞こえてくる蝉の鳴き声はまさに夏の象徴。でも私の神社って、周りが森だから蝉の鳴き声が大合唱してすんごくうるさいのよね……。ここまで来るともはや公害なんじゃないか。って思ったり。
「ふぅ」
そんな愚痴にも近い呟きを漏らしつつ、霧の湖を越えてやっと紅魔館に到着した。ここは湖が近いせいか、夏でもひんやりしてて涼しいわね。
「あれー? もしかしてと思いましたが、やっぱり霊夢さんじゃないですか!」
門の前で元気良く手を振っている美鈴。
「あんたはいつも元気そうで良いわねー。私にも少しその元気を分けて欲しいくらいだわ」
「アハハ、それだけが私の取り柄ですから」
口にしてから少し嫌味っぽい言い方だったかなって、ちょっと反省したけど、美鈴は気にしてないみたいで良かった。
「ところで霊夢さん。わざわざあなたがこんな所まで出向くなんて、何かあったんですか? まさか世間話をしに来たわけじゃないんでしょ?」
「ん~、別に何かあったってわけじゃないんだけどね、ちょっと気になることがあって、咲夜とパチュリーに話を聞きたかったのよ」
「そうだったんですか~。咲夜さんとパチュリー様に用事なんて珍しいですね」
「まあね。二人とも中にいるの?」
「ええ。パチュリー様は大図書館にいらっしゃると思いますが、咲夜さんは……今の時間ですと、館の掃除を行なっていると思うので、どの場所にいるかはちょっと分かりかねます」
「そう、ありがと。ま、適当に探してみるわ」
「どうぞ~」
話を適当に切り上げ、私は紅魔館の中に入って行った。
玄関の扉を開けてエントランスホールに入った私は、まず居場所が分かっている大図書館に行くことにした。
「このセンスの悪い内装もそうだけど、相変わらず無駄に広い館よねぇ……」
天井から床まで見るもの全てが赤色に塗りつぶされ、更にレッドカーペットを敷く程の徹底ぶり。目がチカチカしてきそう。かろうじて赤くないのは半円形の窓とシャンデリア、いかつい彫刻や洋風の絵画くらいかしら。
魔理沙はよくパチュリーの大図書館から、『死ぬまで借りる』と称して本を盗んでるらしいけど、この見るからに高そうな美術品は盗んだりしないのね。こっちの方がお金になりそうなのに。
私が今歩いている廊下は先が見えないくらい細長くて、一定間隔に並ぶ扉が『この廊下が永遠に続くんじゃないか』って錯覚を起こさせる。
以前咲夜が『私の能力で紅魔館は見た目以上に広くなってるのよ』って話してたけど、いったいどれくらい大きくしたんだろ? 私からしてみたら、『あまり家が大きいと掃除が大変そうだなぁ』としか感想が思い浮かばないんだけど。
10分近く歩き続け、結局誰にも会うことなく、大図書館へと通じる階段に続く扉を開く。照明も碌にない薄暗い廊下、足元に気を付けながら長い階段を降りて行き、終点の両開きの扉を開いて中に入る。
カビ臭い匂いと埃っぽい空気と共に、ぼんやりと照らし出された室内には見渡す限りの本棚。その全てに隙間なく本が仕舞われていた。3階まで吹き抜けになっているこの部屋には、どれだけの本があるんだろう。
中二階でパチュリーの使い魔――確か小悪魔って名前だっけ――が、本を抱えながら図書整理をしてる姿を横目に、私は奥に向かって歩いていく。
やがて無数に並べられた本棚の間を抜けて、少し開けた場所に出ると、大机に本を開き、気持ちよさそうなフカフカの椅子に座って読書をしているパチュリーを発見。
「あら、霊夢がこんな所に来るなんて珍しいわね。レミィなら上にいるわよ」
顔を上げ、私の目を見ながら少し驚きが混ざった声色で喋るパチュリー。
私が先に声を掛けようと思ってたのに先手を取られてしまった。何だかびみょーに悔しいけど、まあいいわ。
「今日はあんたに聞きたいことがあってここまで来たのよ」
「私に?」
パチュリーはキョトンとしている。そんなに私が来るのが珍しいのか。
私は彼女と向かい合うように机の前まで歩いていき、「これを見て欲しいのよ」と懐からルーズリーフを取り出して、机の上に置く。
「なによこれ? 見たところルーズリーフみたいだけど」
「以前魔理沙が遊びに来た時に忘れて行ったみたいでね。中身は魔法の事について書かれているっぽいんだけど、私は専門外だからよくわからなくてさ、あんたに調べて欲しいのよ」
「魔理沙が? ふーん……」
私の親友の名前を出した途端、パチュリーは怪訝な表情になった。ま、パチュリーからしてみれば魔理沙に対してあまり良い気はしないわよね。
「なぜその話を私に持ちかけるの? 魔導書は魔法使いにとって命そのもの。そう易々と他の魔法使いに見せるべきではないわ。貴女と魔理沙は友達なんでしょ? 本人に返してあげればいいじゃないの」
わざわざそんなことを教えてくれる辺り、なんだかんだ言って根は優しいんだなぁ。と思いつつ、私は意見を伝える。
「そのことなんだけどね、魔理沙は知らないって言ってたから、多分魔理沙の物じゃないと思うのよ」
「……今の言葉、自分で話してて矛盾しているのが分からない? どういうことよ?」
私はパチュリーに、7月20日~21日と昨日起こった出来事について、要点を伝える。
「……へぇ、そんなことがあったの」
「私の勘だとね、これを落としていったのが未来の魔理沙だと思うの。そしてこの本には、時間移動について書かれていると思うのよ」
「……貴女がそんな冗談を言う人間だと思わなかったわ」
時間移動、その言葉を出した途端にパチュリーは呆れ顔になった。まあそうよね。私も自分の直感にいまいち自信が持てないからここに来たんだし。
「私も確信が持てなくてね。あんたならこの本の内容が分かるんじゃないかな……って思って。そしたら私の勘も当たることになるし、ちょっと読んでみてくれない?」
「はぁ、仕方ないわね。貴女がわざわざここまで足を運ぶくらいですもの。調べてみるわ」
「お願いね」
パチュリーは手を伸ばしてルーズリーフを引き寄せ、手に持ったまま様々な角度から観察を始める。
『さっさと読んでよ』って思って催促しようとしたら「簡単な魔力鑑査の限りでは魔力やトラップの類はなさそうだし、普通に開いても大丈夫そうね」とパチュリーは呟く。そんなことしなくても何もないのに。
「……それにしても、これって魔理沙の落とし物なんでしょ? あの魔理沙が時間移動なんて高度な魔法を開発できるとは思えないけどねぇ――」
ブツブツと呟きながら、パチュリーは半信半疑って感じで1ページ目を開いたんだけど、本文に目を通してから、彼女の眼の色はガラリと変わった。
「何か分かりそう?」
「今読書中なんだから話しかけないでちょうだい! あっち行って!」
「!」
ついさっきまで温和な態度だったパチュリーはどこへいっちゃったのやら、すごい剣幕で怒鳴られてしまった。
それに面食らってる間に、いつの間にか近くまで来ていた小悪魔が私の肩に手を置き「お気を悪くしないでください、霊夢さん。パチュリー様が本気で集中する時はいつもああなってしまうので」
「平気よ。別に気にしてないわ」
そう答えながら私は踵を返し、出口に向かって歩き出す。
「霊夢さん、どちらへ?」
「今の私はお邪魔みたいだし、パチュリーの読書が終わるまで咲夜を探してくるわ。また後で来るわね」
「さて、咲夜はどこにいるのかしら」
大図書館を出て1階に上がり、廊下で咲夜が居そうな場所を考えていると。
「あー! 霊夢だ~!」
「え?」
幼さを感じさせる可愛らしい声に咄嗟に振り向くと、すぐ目の前には無邪気な笑みを浮かべている一人の女の子。その子は窓から差し込む真夏の太陽を避けるように、日陰に立っていた。
背丈は私よりも小さく、髪は金色、姉譲りのルビー色の瞳。頭にはナイトキャップを被り、真紅を基調としたネクタイ付きブラウスに膝丈くらいのラップスカートを穿き、白いソックスに赤色のストラップシューズを履いている。
そして一番目立つのは、背中から生える枝のように細い翼。姉とは違い、コウモリのような飛膜ではなく、七色の宝石のような結晶がぶら下がっている。
「……まだ午前中じゃないの。吸血鬼が活動する時間じゃないわ」
「最近はお姉様に活動時間を合わせているから全然平気よ? それに、吸血鬼なんて他人行儀な言い方はやめてよね。私には【フランドール・スカーレット】って立派な名前があるんだから!」
「はいはい、そうね」
(フランドール・スカーレット。えっとたしかこの子は……)
久しぶりに会った彼女のパーソナルデータを頭の中から引っ張り出す。
この紅魔館の主、レミリア・スカーレットの実の妹で吸血鬼。愛称はフラン。姉と違って世間のことをよく知らず、良くも悪くも〝子供″な性格の女の子。レミリアが起こした赤い霧の異変の時もそうだったけど、この子の思考はいまいち読めない。
レミリア曰く、フランは常に情緒不安定で気が触れてしまっているらしく、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という危険極まりない能力のために495年もの間地下室に幽閉していたが、最近になってようやく精神が安定してきたらしいので、館の中限定で彼女を自由にしている。……と話していた。
(思い出した思い出した。よりによってこんな時に面倒な子に会っちゃったわね)
「ねえねえ、霊夢はなにしてるのー? 暇なら私と遊びましょ?」
見た目相応の幼い笑みを浮かべているフラン。遊びとは十中八九、弾幕ごっこのことだと思うんだけど……。
(この子の弾幕は激しいから絶対長期戦になりそう。今日はあまり弾幕持ってきてないし、正直に伝えたら納得してくれるかな?)
「今日は遊びに来たんじゃないのよ。咲夜に用があってね。見てない?」
「咲夜? 咲夜ならさっき、門のところに歩いていくのを見たよ。たぶん、美鈴のところに行ったんじゃないかな?」
「そう。ありがとね」
手短に話を切り上げて脇を通り抜けようとしたが、服の裾を掴まれてしまった。吸血鬼っていう種族柄、純粋な力では私よりも遥かに大きいので、人間の私では振り払えない。
「ねえねえ、そんなのより遊ぼうよ! いいでしょ!?」
「あのねぇ私は急いでるの。早く行かないと咲夜がどこか別の場所に行っちゃうでしょ?」
「やだやだやだー! 霊夢は私と遊ぶの!」
言葉だけを捉えれば子供が駄々をこねているだけにしかみえないんだけど、この子の場合戦闘力が高いからなかなかシャレにならないのよね。
一瞬だけ頭の中で逡巡してから。
(仕方ない、かな)
「……それじゃあこうしましょう。私の用事が終わったら、あなたの遊びに付き合ってあげるから。今は行かせて、ね?」
妥協することにした。
「本当に? 約束だからね!」
「ええ。だからその手を離してくれる? 私の一張羅が伸びちゃうわ」
「うん! それじゃーねー!」
すっかりご機嫌になったフランは、そのままどこかへ走り去ってしまった。
「とんでもない約束しちゃったかな……」
「暑いわね~」
館の外はけたたましい蝉の音。空の天辺でギラギラと輝く太陽を恨めしく思いながら、私は中庭を歩く。色とりどりの花々が咲き乱れ、庭の中央の噴水から流れる水の音が、少しの清涼感を与えてくれる。
(うちにもこんな綺麗な庭が欲しいわね~。維持が大変そうだけど)
目の保養をしつつ門の元へと歩いていくと、話し声が聞こえてくる。その主は美鈴と咲夜。美鈴はサンドイッチ片手に談笑していて、咲夜は膝の前に下げるようにバスケットを持っていた。
そして私に気づいた美鈴が声を掛けてくる。
「あれ、霊夢さんじゃないですか。もうお帰りですか?」
美鈴が着ているスリットが入った服、チャイナドレスっていうんだっけ。この時期だと涼しそうだなぁ。
「霊夢来てたの? 一言言ってくれればお茶くらい出したのに」
この猛暑の中、凛とした姿勢で話す咲夜。ゴテゴテとしたメイド服を着てるのに汗一つかいてないなんて、さすが完全で瀟洒なメイド。本当に私と同じ人間なのかしら? 私なんか、少し汗臭くなってきちゃって、げんなりしてたところなのに。
「そんな事はいいわ。それより、あんたに聞きたいことがあってずっと探してたのよ」
「私に?」
「あんたの能力ってさ、過去や未来に行ったりできるの?」
「唐突な話ね。……まあ結論から言わせてもらうと私には無理よ。私の能力はあくまで時間を止めたり空間を広げたりできるくらいだから」
「それもそっか。やっぱ咲夜でも無理よね」
「ええ。私的な意見を言わせてもらうと、タイムトラベルなんて夢物語だと思うわ」
時間を操る能力を持つ咲夜が言うと、より説得力が増すような気がするけど……。
「いきなりどうしたの?」
「……単なる気まぐれよ。邪魔したわね」
魔理沙が時間移動したかも、なんて説明してもどうせ鼻で笑われるだけだろうし。
「まあ待ちなさいよ。ちょうどお昼時だし、霊夢もお昼ご飯食べて行かない?」
「いいの?」
「もちろんよ」
「じゃあお願い♪」
「ふふ、それじゃついてきて。――美鈴、ちゃんと午後も仕事頑張るのよ?」
「はい、もちろんです!」
私は足取り軽やかに咲夜の後について行った。