それからもただただぼんやりとしていた霊夢は、日暮れの時間になった頃、何かを思い出したかのように立ちあがり、神社の奥に入って行った。
私は一旦観察をとりやめ、今まで見てきた霊夢の様子から彼女についての考察を始める。
(なんか、ただぼうっとしてるだけだったな。やっぱり調子が悪いのかな? 時間的に多分夕食を作りに行ったんだと思うけど……。これからどうしようか。いっその事睡眠薬を盗んでみるか?)
しかし私はその案をすぐに却下する。
(いや、ダメだ。確か寝つきが悪いと言っていたな……。例えこの場で盗んでも、根本的な解決にはならない)
後日霊夢が再び紫に睡眠薬を要求するかもしれないし、もしくは永遠亭で別の薬を貰ってくるかもしれない。
(他の手段は……)
私の魔法で眠らせる、アリスか早苗に霊夢の様子を見てもらう――等幾つかの手を考えるも、どれもいい解決策とは思えない。
(こうなったら最後の手段を取るしかないか? でもなぁ)
最後の手段とは、今の私が霊夢に会って問題を直接聞くという方法だ。
しかし私はその方法には消極的だった。
なぜならここで直接会ってしまう事で、未来がさらに悪い方へ変わってしまうのを避けたいからだ。
参考にした魔道書には、『人間関係を変えてしまう事で未来が変わる』『本来会う筈のない人間が出会う事で、時間軸に多大なる影響を及ぼす』等と書かれていた。
それにもしこれが失敗してしまったら、〝私″の存在によって霊夢の救出が一層難しくなってしまう。
(どうしようかな……)
そう悩んでいた時、大昔に言われたレミリアの言葉がフラッシュバックした。
『貴女は将来大きな決断を迫られる事となるでしょう。その時が来たら自分の心に従い、後悔のない選択肢を取りなさい』
(大きな決断……多分ここだ! よし、こうなりゃ当たって砕けろだ。失敗したらその時に考えればいい!)
決意を強めた私は、意を決して茂みから飛び出し、神社に近づいていった。
「れ、霊夢ー、いるかー!」
心臓が口から飛び出そうな程バクバクしている中、努めて冷静に呼びかけたのだが、返事がない。
(んー? おかしいな。さっきは確かに居たはずなのに)
私は靴を脱いで揃えた後、居住空間へと入っていく。
「霊夢ー、いないのかー?」
そう言いながら奥の部屋の襖を開けた先には、畳の上に仰向けのまま倒れている霊夢の姿があった。
「!」
私は急いで傍に駆け寄って声を掛ける。
「おい霊夢! 大丈夫か!?」
(まさか間に合わなかったというのか……?)
そんな焦燥感があったが、幸いなことに霊夢からかすかに返事が返って来た。
「魔理沙……? どうしてここに……?」
私は咄嗟に思いついた理由を口にする。
「今日のお前は様子が変だったから心配になって戻ってきたんだよ。それより大丈夫か?」
「ご飯作ろうと思ったんだけど、やる気が出なくてねー……、それで寝転がってたの」
「……重症じゃないか。私が作るからそこで待ってろ!」
私は霊夢を寝かせたまま、台所へ向かった。
神社にあった食材を使い、手早く野菜炒めとご飯と味噌汁を作った私は、霊夢の元へと持っていきちゃぶ台に並べた。
「できたぞ! ほら食べるんだ!」
野菜炒めを箸で掴み、未だに寝転がっている霊夢の顔の手前にまで持っていくと、のそりと起き上がりながら。
「ちょ、ちょっと、そんな急かさないでよ」
「なんなら私が食べさせてやろうか? ほら、あーん」
「ひ、一人で食べれるから!」
「おかわりもあるからな。しっかりと食えよ!」
「わ、分かったってば」
そんなやりとりをした後、霊夢は私の作った夕食を食べ始めた。
余程お腹が減っていたのか、5分もかからずに綺麗に平らげた。
「ふう、ご馳走様。ところであんたの分はどうしたの?」
「私はいいよ。お腹減ってないし」
(それにもう食べる必要もないしな)
「ふーん……」
霊夢は私をじろじろと見つめていたが、それ以上追及する事は無かった。
そして私は、あの時から一番気になっていた事を訊ねる。
「それよりも霊夢、一体何があったんだ? 今日ずっと気分が沈みこんでいたじゃないか? 私に相談できない事なのか?」
「……なんでもないわよ」
「なんでもないわけないだろ! 現に私が見に来た時倒れていたじゃないか! それに睡眠薬なんか持ってるし! ……それとも私には教えてくれないのか? 私は霊夢の力になりたいんだ……!」
「……どうしたの魔理沙? いつもと様子が違うわよ?」
「いいから教えてくれ! 頼むよ……! この通りだ……!」
怪訝そうな表情の霊夢に対して私は手を合わせ、必死に頼み込む。
その願いが通じたのか、霊夢は少しの間逡巡した後。
「――笑わない?」
「ああ」
「それじゃ話すわね」
霊夢はぽつぽつと話し始めた。
「最近ね、毎日のように悪夢を見るの……」
「悪夢だって?」
「その夢の内容は、いつも深い深い闇へと落ちていくの。必死に逃れようともがいても逃げられなくてね、その闇の中では恐ろしい事が起こるのよ」
「恐ろしい事って?」
「それがね、いつも思い出そうとしても全く駄目なの。只々怖いって感情だけが残っていてね。朝起きたら体中が汗でびっしょりになってるの。そのせいで最近は寝るのが怖くてね……」
「そうだったのか……。いつからなんだ?」
「3日前からなのよ」
「3日前か……」
(ここはもう少し情報がほしい所だな……)
私はさらに質問を重ねていく。
「何か悪夢を見る心当たりというのはないのか?」
「心当たりと言われてもねえ……? いつもは何となく原因がわかるんだけど、今回に限って勘が全然冴えないのよね」
「うーん」
霊夢の勘はもっぱら当たる事で有名なのに、それが働かないとなると……。
(一度3日前に戻ってみるか? だけど……)
私の隣にいる霊夢は、一見いつものように澄ました顔をしているが、僅かながら手が震えているのが目で見て分かった。
(これは放っておけないな)
「よし、決めた。今夜は私が傍で見守ってやる」
「え?」
「隣に誰かいたら安心して眠れるだろ? 霊夢の様子がおかしかったらすぐに起こしてやるよ」
「――分かった。お願いね」
私の提案に霊夢は少し驚いた様子を見せていたが、素直に提案を受け入れてくれた。