紅魔館の食堂で記憶と同じ食事を摂った私は、こんなに贅沢ばっかしてたら元の食生活に戻れなくなっちゃいそうだなぁ、と思いつつ、地下の大図書館に向かって廊下を歩いていた。
「ねえ、霊夢。私まだ仕事が残っているんだけど」
「いいから来てよ。私の話が真実だってことをあんたにも証明するから」
私の隣には咲夜もいて、食事の時に未来で経験した出来事について熱心に説明したのに中々信じようとしないので、強引に連れて来た。
「まあ、霊夢がそこまで言うなら構わないけど。それにしても、私以外に時を操れる存在がいるなんて信じられないわ」
「さっきも聞いたけどさ、ほんっとーに、咲夜はなんにも覚えていないの?」
「ええ。今日もいつもと同じようにメイドとしての仕事をしてただけよ。タイムリープしている、なんて主張をしているのは貴女だけではないかしら」
「パチュリーにも似たようなことを言われたわ。この疎外感はなんなのかしらね」
誰も彼もが奇特な眼を向けてくるこの感じ。まるで世界から取り残されたようで居心地が悪い。
「霊夢の状況は、大袈裟な言い方をすれば自分がおかしくなってしまったのか、世界がおかしくなってしまったのか――そんな風に取れるわね」
「さしずめ私は狂人ってところ? 冗談じゃないわ。だって私が実際に体験したことなんだもの」
「結局のところ人の主観って曖昧なのよね。例えば目の前にリンゴがあったとして、私が赤色に見えたとしても、他の人には橙色に見えるかもしれない。中には緑色と主張する人もいるかもしれない。リンゴを赤色と知らしめてるのは大勢の主観なのよ」
「あんたの言いたい事はよく分からないわ」
そんな難しい会話をしていた時、前方の左の扉が開いて中からレミリアが出て来た。
「お嬢様!?」
妙に驚く咲夜の声に気付いたレミリアが、私達の方へ振り向く。
「あら、咲夜じゃないの。それに霊夢も来てたのね。いらっしゃい」
「こんなところで何してんのよ?」
「食後の散歩も兼ねて館内を見て回っていたのよ。ふふ、咲夜はいつも細かいところまで目を配ってて素晴らしいわね。貴女をメイド長にして正解だったわ」
「勿体ないお言葉です。お嬢様」
凛とした表情を崩さずに頭を下げる咲夜は少し嬉しそうに見えたけど、私はそんなことよりも、この場所でレミリアと会ったことに少し驚いていた。
だって未来の記憶では彼女と廊下でばったり遭遇することはなかったし。う~ん、フランと遊んだことで時間帯がズレたからなのかな。
「霊夢も遊びに来ていたのならもっと早く教えなさいよ。事前に知っていたらこの私が盛大におもてなししてあげたのに」
「それならさっき咲夜にお昼をご馳走になったから結構よ」
「もう、相変わらず素っ気ないのね。……あら?」
会話の最中、何かに気づいた様子のレミリアが私の目と鼻の先まで近づいて見上げてくる。吸い込まれそうな真紅の瞳には、困惑した表情の私が映っていた。
「な、なに?」
「……驚いたわ。ねえ霊夢、最近何か変わったことはなかった?」
「変わったこと? それならちょうどこんなことがあってね――」
私は“今日”経験した出来事を話した。
「ふ~ん時の神ねぇ。いかにも眉唾物の話だけど、貴女がそこまで言うのなら、実際にあった話なんでしょうね」
「お嬢様は霊夢の話を信じるのですか?」
「幻想郷では何が起こっても不思議ではないでしょう? 時を操る程度の能力を持つ人間がいるのなら、それの上位的存在がいてもおかしくないわ」
中々信じようとしない咲夜に対し、レミリアはあっさりと私の話を信じてくれたみたい。中々話が分かるじゃない。
「ところで、どうして私の顔を覗き込んだのよ?」
「貴女がこれから辿る運命が分からなくなってしまったのよ。以前会った時は確かに霊夢の運命が視えていたのに、不思議なこともあるものね」
「はぁ? どういうことよ」
「私の運命を操る程度の能力は、対象となる人物にこれから起こり得る可能性が最も高い未来を視た後、そこに至る因果を改竄することで、予測される未来を変化させるというものなのよ。これでも幻想郷屈指の能力だと自負しているわ」
自分の能力について偉そうに講釈を垂れているレミリアだけど、私より背が低いのでいまいち威厳がない。
「けれどね、今の霊夢の運命は操れない。まるで大いなる存在に干渉されているかのよう。まさか咲夜と同じ現象が起こるなんて、面白い事もあるものね」
「え、咲夜もそうなの?」
「咲夜は時間を操れるからね、運命操作と時間操作は突き詰めていけば同じなの。私と同系統の能力を持つ咲夜には何の意味もないわ」
「ふ~ん……」
私は自然と咲夜の顔を伺う。彼女はレミリアの傍に控えたまま、静かに主の言葉に耳を傾けている。その表情に変化はない。
「話を戻すわ。霊夢の運命が見えなくなってしまったのも、きっと未来の魔理沙の忘れ物、そして時の神とやらの存在に影響されたのでしょうね。咲夜同様にタイムトラベラーが残していった痕跡に私の能力は及ばない。ふふ、貴女がこれから経験する未来は全く分からなくなったわよ?」
「……そんなこと言われなくたって、私運命なんて元々信じてないわ」
もし運命なんかで生まれた瞬間から未来が決まっているのだとしたら、どんな努力も徒労に終わって、人生の意味が無くなっちゃうし。
「まあ話は最後まで聞いていきなさいな。近い将来、貴女の人生最大のターニングポイントがやってくる。その時どんな選択を取るか楽しみね」
「人生最大のターニングポイント?」
どういう意味なんだろう。博麗神社の信仰が大幅に増えるきっかけがあるのか、はたまた幻想郷最大の異変が起こるのか。
「そんな曖昧な言い方しないでもっとはっきり教えなさいよ」
「あら? 運命なんて信じていないのではなくて?」
「む」
言われてみればそうね。……うん、まったくもってその通り。完璧に封殺された私は言葉に詰まってしまった。
「なんてね。私が見える運命はここまで。そこから先の未来は五里霧中。もっとも、貴女にとっての一番の懸案事項は、“無事に明日が訪れるか”でしょうけどね」
「…………」
愉快そうに嘲笑うレミリアに返す言葉もない。今まで当たり前だと思っていたことが、起こらなくなっている異常事態に、私はすっかり翻弄されてしまっている。
「フフ、面白いモノが見れたし私はもう行くわ。霊夢、貴女ならこの館に好きなだけ滞在しても構わないわ。なんならここに住んでもいいのよ?」
「魅力的なお誘いだけど、私は博麗の巫女だからね。人と妖怪のバランスを取る役目上、一勢力に肩入れする訳には行かないのよ」
「あら、残念ね。私は貴女をかなり高く買ってるのだけど」
「それは嬉しいけどね、何度誘われても答えは変わらないわ」
「お嬢様、宜しければ私もお供いたしましょうか?」
「ちょっとー! 私と一緒に来てっていったでしょ!?」
「私のことはいいわ。咲夜は霊夢に付いていてあげなさい。それがこの場面では最良の選択でしょうから」
最後まで裏がありそうなことを言い残し、レミリアは私達が来た方向へ去って行った。
「全くもうっ。私の周りにはもっと率直に話せる人はいないのかしら! 揃いも揃って煙に巻くような言葉ばっかり!」
「まあまあ、きっとお嬢様には深いお考えがあるのよ。人を試すような言い回しはいつものことですし、貴女は気にしなくていいわ」
「それフォローになってないわよね。……はあ、とにかく先を急ぎましょう」
気を取り直して、私と咲夜は大図書館へ向かって歩き出した。