去り際に残していったレミリアの言葉を頭の片隅に残しつつ、咲夜を連れて大図書館へ戻ると、既に読書を終えた様子のパチュリーが私を出迎える。
「やっと来たわね。待っていたわ」
彼女の隣には小悪魔が控えていて、タイムリープ前とはうってかわって明るい表情を見せていた。
「あれ、咲夜さんもいらっしゃったんですね~。やっぱり同じ能力持ちとして気になっちゃいますか?」
「霊夢がどうしても、って頼み込むから仕方なくね。まだ仕事が残っているのにいい迷惑だわ」
そんなことを言いつつも素直について来てくれたのは、やっぱり興味があるからじゃないかな。って私は思う。本当に嫌なら時間を止めて立ち去ればいいだけなんだし。
「それでパチュリー、私の言った事を信じる気になった?」
「ええ。疑ったりしてごめんなさい。まさかこんな代物がこの世に存在しているなんて信じられないわ」
「ふふん、分かればいいのよ」
少し良い気分になった私とは対照的に、咲夜は未だに信じてないようで、「パチュリー様までそんなことを仰るのですか?」と困惑していた。
「咲夜もこれを読めば考えが変わるわよ。試しに読んでみなさい」
パチュリーから差し出されたルーズリーフを受け取ると、ポケットから懐中時計を取り出し、時間停止能力のトリガーとなる竜頭を押す。
たぶん時間を止めて一気に読むつもりなんだろう――なんて思ってる間にも、気づいた時には、彼女の手に有ったルーズリーフは大机の上に置かれていた。
「……全て目を通しました。にわかには信じられませんが、この書は本物です。あの魔理沙がここまで時間の分野に精通しているなんて……!」
「え、あんたこの本の内容分かったの?」
「私の力は時間と空間に干渉する力。自分の能力の応用だと思えば高次元空間の話も何となく理解出来たわ」
「そうなんだ」
私なんかパチュリーの説明を聞いても全然理解できなかったのに。ちょっぴり悔しい。
「未来の魔理沙は相当な労力をかけてタイムジャンプを開発したのでしょうね。ちょっとやそっとの時間ではこれほどまでに緻密で繊細な魔法は完成しない。もしかしたら完成までに数百年掛かっているかもね。彼女のとてつもない執念を感じたわ」
「そう、ですね。私は魔法について得意分野ではありませんが、それでもこの魔法の凄さはひしひしと伝わってきました」
感心した様子のパチュリーに、咲夜は静かに共感していた。二人だけで分かった風に話されると、ちょっとムカつくわね。
「でも霊夢。この本の中には貴女がタイムリープする原因になりそうな文章は無かったわよ?」
「そんなの分かってるわ。ここからが本題なのよ。タイムリープ前の私の記憶では、パチュリーがこの魔法を使おうとしたら時の神が干渉してきて、その後に気づけば午前10時に戻されていたの」
「そういえばそんなこと言ってたわね」
「きっと時の神はね、誰かに時間移動をして欲しくないって思ってる筈。だからパチュリー、その魔法を使ってみてくれない?」
するとパチュリーは呆れ顔で「……どうしてそんな結論になるのかしら?」
「そんなの単純よ。もう一度あの時の神を呼んで根掘り葉掘り聞くため。私にはこの魔法が使えないからさ、協力してちょうだい」
「……仕方ないわね。時間を司る神とやらに興味がないわけではないし、協力しましょう」
少し逡巡した後にパチュリーは重い腰を上げ、比較的開けた場所に歩いて行った。
「確か私がタイムジャンプを使おうとしたら倒れた、って話してたわよね。それならば対策しておきましょう」
パチュリーは小声で詠唱を開始すると、足元から透明な五芒星の魔法陣が現れて、頭のてっぺんからつま先までくまなく上下に動き始めた。
「精神防壁を築いたわ。少なくともこれでいきなり気絶するような事態は防げる筈よ」
魔法が完了し冷静に呟いた後、いつか見た時のようにルーズリーフのページを開き、タイムジャンプの詠唱を開始する。
「――――――」
例によって歯車模様の魔法陣が出現し、光が強まって行った所で、私達の頭上から再びあの声が轟く。
『そこまでよ』
瞬間、ガラスが割れるような音と共に魔法陣がはじけ飛び、パチュリーは悔しそうに膝をついた。
「! そんなっ、私の精神防壁が破られるなんて……!」
「パチュリー様!」
「大丈夫よ小悪魔。ちょっとフラッて来ただけ」
すぐに駆け寄って行った小悪魔にパチュリーは弱弱しい声で返事をする。精神防壁とやらが功を奏したのか、私の記憶とは違って気絶しなかったみたい。
「信じられない、あのパチュリー様が……!」
咲夜を見ると、口に手を当てて驚いていた。いつも冷静沈着な彼女がここまで感情を露わにしたのは久々に見たかも。
『同じ失敗を繰り返さないでと忠告したのに、似たような行動を取るなんて。物分かりが悪いのね霊夢』
その口ぶりから、間違いなくこの時の神が黒幕なんだ、と確信し、パチュリーの頭上に向かって幣を突き出した。
「なんであんたの言う事に従わなきゃいけないのよ! 人に物を頼むときの態度ってものがあるでしょ!?」
『あら、そんな口を聞いても良いのかしら? 私の裁量次第で、霊夢が次の日に進めるかどうか決まるのよ?』
「それならそれで構わないわ。何度時間を巻き戻されたとしても、いずれ秘密を解き明かしてあんたの正体について、尻尾を掴んでやるわよ!」
と強い口調で啖呵を切ったのは良かったものの、正直な話これは大きな賭けだった。秘密を解き明かすと息巻いても全然手掛かりとかないし、どう動くかなんてこれっぽっちも決めてない。本当に何回も時間が巻き戻されたらうんざりしちゃうと思う。
でも私には確信があった。私の記憶だけ残して時間を巻き戻した事や、未来の魔理沙が忘れていったルーズリーフを私が手にしない世界に時の神が歴史を改変できないのも、そうせざるをえない何らかの理由がある、ってね。
『え……!?』
そんな私の思惑が見事に的中したのか、今まで余裕綽々だった時の神は、動揺したように声を漏らし、しばし沈黙する。
『……どうやら本当みたいね。紅魔館が駄目なら魔法の森へ、それが駄目なら人里、地霊殿、冥界、天界、魔界、地獄、月の都……、何がどうなっても諦めるつもりはないのね』
時の神は幻想郷とそれに属する土地名をすらすらと語っていて、多分未来の私の行動を読み当てたんだろうけど……、なんか後の方になるにつれてだんだんと関係なさそうな場所に行ってる気がする。
『困ったわ。これではいくら時間をリセットしても意味ないじゃないの』
「だったら私に全部教えなさい。あんな曖昧な説明じゃ納得いかないわ」
『それは無理よ。私が未来を教えたら、必然的に今後の行動を縛ることになっちゃうじゃない』
「訳分かんないこと言わないでちょうだい。というか、いい加減姿を見せなさいよ。傍から見たら、誰もいない場所に向かってしゃべってる私が馬鹿みたいに見えてくるじゃない」
『それも嫌よ』
「あれも無理これも無理って、いったい何ならいいわけ!?」
『はっきり言わないと分からない?』
(う~ん?)
お互いに一歩も譲らない平行線のまま会話が続く。なんというか、姿が見えない相手と会話するのは疲れるわね……。
そんな最中、パチュリーの元に集まった咲夜と小悪魔の会話が聞こえてきた。
「パチュリー様、どうして時の神様は霊夢さんだけ記憶を残したのでしょうか? リセットするのなら全部やっちゃえばいいのに」
「もし記憶が無かった場合、霊夢は未来の魔理沙の忘れ物を調べるために紅魔館へ行くでしょ? それから私が調べてタイムジャンプ魔法を使い、時の神が時間を巻き戻す。霊夢や私にとってはそのどれもが初めての経験だけど、全ての時間軸を記憶している高次元の存在から見れば永遠に同じことの繰り返しになる。だから霊夢の行動に変化を付けさせるために、敢えて記憶を残したのでしょうね」
「あぁ、言われてみればそうですね。なるほどぉ~」
「不思議ですね。時の神を名乗るのでしたら、自身に不都合な状況に陥らないように歴史を変える事も可能では無いでしょうか」
「それが出来ない何かが霊夢の経験した過去にあるのでしょうね、時の神と言えども全能では無いのでしょう」
のんきなものね。こっちはどうしたらいいものかと頭を悩ませているのに。
『……こうなってしまっては仕方がないわね。私と貴女の根競べと行きましょう。霊夢は何回時間のループに耐えられるかしら?』
直後、またまた眩い光と共に視界がホワイトアウトしていく。
(くっ、ここで負けるわけには行かないわ。起きるのよ、私!)
自分に気合を入れて、眠らないように気を付けたけれど。
(あ、もう……ダメ、かも……)
私の意識は、またあの時のように消えていく――。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次の話から第4章に入ります。
以下、補足説明
この後、また7月25日の午前10時まで時間を巻き戻された霊夢は、時の神の予言通りに幻想郷各地を回って正体を調べようとします。
ですが手掛かりは全くつかめず、何十回と繰り返されるタイムリープに疲れてしまい、調べて回るのを諦めて、魔理沙が時間移動の研究を始めるのを待つことに決めます。
ところが、魔理沙は時間移動の研究をする気配がないまま、成長して大人になってしまい、結局霊夢は最期の時まで、レミリアの言葉の意味や、タイムトラベラーの魔理沙、時の神の正体の真相を掴めずじまいに生涯を終えました。
この歴史の延長線上にあるのが、第1章15話、タイトル【改変された歴史】
その次の話の第1章16話、タイトル【霊夢の結末】で語られている歴史へ繋がって行きます。
俗に言うノーマルエンドというやつです。