150年前と広さも構造も全く変わらない館の中、テキパキと掃除や洗濯といった家事雑用をこなしていく妖精メイド達を尻目に、大図書館へと移動する。
相変わらず見渡す限り本の数々。古今東西から集められた万を超える蔵書数を誇るこの場所もまた、150年前とはなんら変わりない。
「パチュリーは何処にいるんだろうか」
本棚の間を抜けて奥へ進んでいき、少し開けた場所に出ると微かに話し声が聞こえてきた。
「――だと思うんだけど」
「そうね。私だったらここは――」
閲覧机に向かい合うように座りながら、魔導書を開きつつ真剣に討論をしているアリスとパチュリーの姿。恐らく魔法談義の最中なのだろう。
「ようアリス、パチュリー!」
「え、魔理沙!?」
「いらっしゃい。よく来たわね」
突然現れた私にアリスが声を上ずらせていたが、パチュリーはまるで私が来るのを分かっていたかのように、落ち着き払っていた。
「こうして会うのも久しぶりだな~。元気してたか?」
「つい4日前に会ったばかりじゃないの。久しぶりってほど時間経ってないでしょ」
「あれ、そうだっけか?」
私にとってはこの二人の顔を見るのもかなりしばらくぶりだったんだが……、時系列的にはまだそれだけしか経ってなかったのか。
「その口ぶりだと、また別の時間に跳んでたのかしら?」
私はパチュリーの隣に座りながら。
「聞いて驚くなよ? 実は未来の世界を救ってきた所でさ、つい先日この時代に帰って来たばかりなんだぜ」
「フフッ、なによそれ」
得意げに話す私の言葉を、アリスはただの冗談だと思ったようだが。
「興味深い話ね。魔理沙。その話もうちょっと詳しく聞かせてくれない?」
意外にもパチュリーは食いついて来た。
「お、パチュリーは今の話を信じるのか?」
「咲夜が亡くなった時のレミィの変化を見ればね」
そういえば人間だった咲夜の運命を変えるために過去へ遡ったこともあったっけ。まだそんなに時間が経ってない筈なのに、なんだか随分遠い昔の話みたいな気がする。
「んじゃま~聞きたいなら話してやるよ」
私は未来で体験した出来事、そして幻想郷が無事に元通りになったことを語っていった。
「――ってことがあったんだ。幻想郷が西暦300X年まで存続するのはこの目で見て来た所だから、安心してくれていいぜ」
喋り終えた私は、話の最中に緑髪の妖精メイドが運んできた紅茶でのどを潤す。うん、これはアッサムティーだな。
「……まさか未来がそんなことになっていたなんてね。途方もない話だわ」
「魔理沙って凄いのね~! 外の世界にいったり挙句の果てに宇宙に飛んで行ったり。私には全く想像も付かないわ!」
「私だけの力じゃないさ。色んな人妖の協力あってのものだからさ」
「でもそんな簡単に未来の話をペラペラ話しても良かったのかしら? 私達に話すことで未来が変化したりしないの?」
「あ~? まあ大丈夫だろ。歴史の転換点となる時間はもう過ぎちゃってるし、何よりお前らは幻想郷の破滅を願ったりするような魔法使いじゃないだろ?」
「それはそうだけど……」
「聞いても良い話だったのかしら……。なんか不安になってきたわ」
「アリスは心配性だなぁ」
「それは未来のことだし心配もするわよ。というか、やっぱり魔理沙ってどんな世界でも本質は変わらないのね。その程よくてきとーなところとか」
「失礼だな。私だって悩みや迷いを抱えることだってあるのに」
そう冗談めいた口調で話すも、このアリスには、霊夢の自殺直後に私を懸命に励ましてくれてた時の記憶はないんだな。と、今更ながらに理解し、自分だけが覚えてることに寂しさを感じつつも、言葉を続けていく。
「実はさ今日ここに来たのも、相談に乗ってもらいたくて来たんだ。……聞いてくれないか?」
「悩み? いいわ。話してみなさいよ」
「席を外した方がいい?」
「いや、出来ればアリスも聞いてくれないか? お前の意見も聞かせて欲しい」
「そう? まあいいけど」
二人とも話を聞いてくれそうなので、私は一度咳ばらいをしてから悩みを打ち明けていく。
「霊夢の死をきっかけに時間移動を学んだ私は、理由はどうあれこれまで色んな時間に跳んでいった。そして行く先々で様々な問題に直面しては、時間移動を駆使して解決したんだ。けどな、いざ抱えていた問題を全部片付けたら心に大きな穴がポッカリ空いちゃってさ、何かが物足りないんだ」
少なくともこんな気持ちは未来に跳ぶ前にはなかった。未来で起こった出来事で私になんらかの心境の変化があったんだろうが……。
「なるほど、心のスキマが埋まらないってことね。でもそう言われても私には良く分からないわ」
「同感。だって、魔理沙はちゃんと問題を解決したんでしょ? 話を聞く限りだと、未来のことで悩むきっかけなんてないように思うわ」
「でも実際私はこうして悩みを抱いてるんだ。細かい事でもいい、何か気づいたことはないか?」
「う~ん、そう言われてもねぇ……」
アリスは難しい顔で考えこんでしまったが、パチュリーがこんなことを言いだした。
「……私が懸念するのは今の魔理沙が目的意識を見失ってるところね。魔理沙はもう人間ではなく私達と同じ魔法使いになっている。魔法の探究者たる魔法使いが知的好奇心や探究心を失ってしまえば――待つのは死だけよ」
「はっ! そうね。非常にまずい事態よこれは」
事の重大さを認識している二人だったが、私は。
「そっか、このままだと私は死ぬのか……でもま、それも悪くないかもな。霊夢の元に逝けるんだとしたら」
達観の境地で呟くと、アリスは机を思い切り叩き。
「――っ、どうしてそんなことを言うのよ!」
と、珍しく感情剥き出しにして私に詰め寄って来た。
「私の人生は、霊夢が自ら命を絶ったあの日から180度変わった。とにかく何が何でも霊夢を助けたい。それを原動力にしてタイムジャンプを完成させたんだ。その目的が達成されたのなら、悔いはない」
実際、完成直後はまだ世界の仕組みを完全に理解しきれておらず、歴史を変えたら自分も消えるかもしれないと思っていたくらいだった。
「あんた、よくもそんなことをぬけぬけと言えたわね!」
「落ち着きなさいアリス。気持ちは分かるけど感情のままに行動するのは良くないわ」
激昂し、私を引っ叩こうとするアリスをパチュリーは制止する。続けて。
「魔理沙も嘘を吐くのはやめなさい。〝その程度″の理由だったらここまで悩まないでしょう?」
「なっ……その程度って、私にとっては人生そのものだったんだぞ! そんな言い方はないだろ!」
「冷静になってよく考えてみなさい。私の言葉尻を捉えて、熱く反発するってことは現状に不満があるってことじゃないの?」
「!」
「つまらない見栄や虚栄心は捨てて自分の気持ちに正直になりなさい。じゃないと、いつまで経っても分からないままよ」
眉一つ動かさずに冷徹に言い放つパチュリー。思わず立ち上がった私も少し頭が冷えて、そのまま着席する。
「自分の気持ちに正直に……」
確かにパチュリーの言葉は筋道が通っている。一度整理して考えてみよう。
(このモヤモヤとする気持ちのきっかけは、たぶん霊夢だ)
私にとって霊夢は、幼馴染でもあり自分にとってかけがえのない存在だった。十にも満たない年齢で博麗の巫女の大役を担い、与えられた責任をこなす霊夢に憧れ、幼いながらに彼女の後ろ姿を目指して日々切磋琢磨していき、気づけば共に肩を並べて戦えるようになった。今の霧雨魔理沙を構成しているほぼ全てが、霊夢の影響によるものだと断言しても良い程に。
しかし今は西暦215X年。人間の霊夢がこの時代まで生きられるはずもなく、とっくに土の中で眠っており、私だけが人の道を外れ今を生きている。
……未来の妹紅をこの時代の私の自宅に連れて来た時、偶然慧音と再会して感極まった未来の妹紅が慧音と熱い抱擁を交わすシーンがあった。記憶を辿っていけば、その時もまた今のようなわだかまりを感じていた。
立場や想いは違えどこれらに共通することは、〝もう既に自分が生きている時代では亡くなってしまっている相手″だということだ。そして今もなお、亡き親友のことを想うだけで胸が痛む。
「…………そうか、そういう事だったのか!」
ようやく私は、自分の抱いていた悶々とした気持ちがなんなのかを悟る。
「私は霊夢の自殺を防ぐその一心で過去へ遡り、無事に歴史を変えることができた。……けど本心はそれだけじゃなくて、霊夢ともっと一緒に過ごす時間が欲しかったんだ」
そう独白したところで、私の陰鬱な気持ちは雨上がりの空のように晴れて行くのを感じる。
「ふふ、どうやら気持ちの整理がついたようね」
「ありがとなパチュリー。私のことを冷静に諭してくれて」
「礼を言われるまでもないわ」
ずっと目を逸らして見ないふりをしていただけで、この気持ちは霊夢が死んだ150年前のあの日から抱いていたものだ。それに気づかせてくれたパチュリーには感謝しかない。
「アリスもさ、私の為に怒ってくれてありがとう」
「……二度と死んでもいい……なんて言わないでよね。魔理沙と再び会えた時、私はとても嬉しかったのよ?」
「悪かったよ、ごめんな」
「ふん、魔理沙の馬鹿」
涙を流すアリスに率直に謝ったことで、彼女の態度は少し軟化したようだ。自分のことしか見えてなかったけど、どうやら私は相当愛されていたらしい。
「――パチュリー、アリス。私はこれから、150年前に時間遡航することにするよ」
「霊夢に会ってどうするつもりなの?」
「とにかく霊夢に会ってさ、この気持ちを確かめてこようと思うんだ。そうすれば、きっと前に進める気がするんだ」
「……そう。決意は既に固いのね」
「ああ」
私ははっきりと頷いた。もう迷いはない、後を引く気持ちにけりをつけよう。
「150年前かぁ。その年って確かスペルカードルール決闘法の黎明期よね。霊夢がまだ現役の巫女をやってて、魔理沙はバリバリの魔法使いで、咲夜が生きていた頃。早苗も巻き込んでバカ騒ぎしたり。……懐かしいわね。彼女達が生きていた頃は今以上にとても楽しかったわ」
「そうね。今よりも多くの異変が発生したけど、紅魔館も今より活気があった。ここにも多くの来客があって常に賑やかだった。……特に魔理沙がね」
「ふふ、まあ成長して大人になる頃には、立ち振舞いや言動もそれなりに落ち着いたけどね。昔のやんちゃだった頃の話をすると、決まって恥ずかしがっちゃって、面白かったなぁ」
「ええ。咲夜が急逝したのは残念だったけど、霊夢と魔理沙は最期の時まで親しい間柄だったし、老いてもなお、自分らしく生きてたわね」
「さすがに若い頃のように跳んだり跳ねたりは出来なくなってたけど、亡くなる寸前まで頭も体も元気だったからねぇ。霊夢なんか幻想郷のご意見番みたいな存在になっちゃってさ。彼女の言葉に幻想郷中が注目していたわ」
「魔理沙も最期まで人のまま魔法の道を貫いたわね。老いてもなお若い頃と変わらず幻想郷中を飛び回って精力的に活動していた。もし捨食と捨虫の魔法を学んでたらどれだけ凄い魔法使いになったのかしら。そこも残念でならないわ」
「ええ、そうね……」
「あんなに妖怪に好かれた人間は居ないんじゃないかしらね。特に、霊夢の後任の博麗の巫女は求められることが多くて大変だったって言うじゃない」
「霊夢しか認めないって理由で異変を起こした妖怪もいたし。彼女には不思議な魅力があったわねぇ」
「――はあ。何もかもが懐かしいわ。話し出すとホントキリがない」
「過去に囚われてばかりいるのは良くないけど、たまには昔話に耽るのもいいわね」
100年以上も前の思い出話に花を咲かせるアリスとパチュリー。私の歴史では一心不乱に時間移動の研究をしていたので二人が話すエピソードについて何も知らないが、それでも違う歴史に生きた私や霊夢は、命が尽きるその時まで仲良く楽しい日々を送っていたことは伝わってくる。
「よくもまあそんな、昔の話を覚えてるな」
「霊夢も魔理沙も良き友人だったもの。忘れるはずないわ」
「彼女達は常に幻想郷の中心にいたからね。妖怪っていうのはね、印象が強い出来事ほど記憶に残り続けるの。きっと1000年経っても、二人の名前は語り継がれていくでしょうね」
「そっか」
実際パチュリーの言う通り、西暦300X年の未来でも霊夢の名前が出て来ていた。そのことに、なんだか自分のことのように誇りに思う私がいる。
「話が脱線しちゃったけど、過去に戻ってどうするつもりなの? 150年前にも魔理沙がいるんでしょ?」
「問題はそこなんだよな。どうしようか」
「貴女と魔理沙はそっくりなんだし、こっそりと入れ替わっちゃえばいいんじゃない?」
「バレないかな」
「大丈夫よ。だって貴女の容姿は、150年前の魔理沙と生き写しなのよ? 幾ら霊夢の勘が鋭いとはいえ、まさか未来から来た魔理沙と入れ替わってる――なんて発想はないでしょうし、多少ボロが出ても気づかれないでしょ」
「言われてみればそうだな。よし、その手でいってみるか!」
まずはお試し……という言い方は正しくないかもしれないが、1日だけ入れ替わってみよう。その為の手段は考えてある。
「パチュリー、ちょっと知りたい魔法があるんだ。調べていっても良いか?」
「ここで読む分には構わないわよ。持ち出すなら一言言ってね」
「サンキュー」
私は立ちあがって大図書館の奥へと向かい、目的の魔法が記されている魔導書を見つけだし、その内容を暗記して自分の糧にした。
時間移動しか研究していなかったとはいえ、簡単な魔法なら覚えるのも造作ない。私が覚えたのは眠らせる魔法と鍵を掛ける魔法なのだから。
そして本を元の場所に戻して、アリス達がいる場所に戻り。
「用事はすんだし、それじゃ行ってくる」
「待って」
歩き出そうとしたところで、アリスが呼び止める。私の元に近づくアリスの深刻な表情が気になったので、立ち止まって話を聞くことにした。
「なんだ?」
「魔理沙、必ず帰って来るのよ。例えどんな結果になったとしても決して自暴自棄にならないで」
「……何を言い出すかと思えば。私の時間はここなんだ。どっかにいなくなったりしないって」
「でもね。感情っていうのは時として何をしでかすか分からないものなのよ。特に強い執着を抱く相手に対して、冷静でいられる自信はあるの?」
「そんなの平気だって。心配してくれてありがとな、アリス」
アリスの肩に手を置き、私は大図書館を後にした。
紅魔館を出た私は、寄り道せず一直線に自宅へと戻って来た。現在時刻は午後3時。出発前に比べて傾いた日差しが辺りを照らしており、少し過ごしやすい気候になっている。
「え~と昔の私と入れ替わるんだから箒が必要だよな。何処にあるかな」
そうして家探ししていくうちに、ロッカーの中に竹箒を発見。毛並みが程良く整っているので、多分買った(作った?)ばかりなのだろう。
「よし、こんなもんかな」
箒を抱えて外に出た私は、自宅から少し離れた繁みに隠れる。もし万が一跳んだ先に、過去の私や他の誰かが居たら弁解するのが難しいからだ。
そしていざ準備が整ったところで、続いて遡航先の時間を決める。
「時間はどうするかな……え~と確か、霊夢と別れたのが7月21日だろ? そしてロケットに乗って月の都に行ったのが7月30日で……、咲夜に手紙を渡したのが9月1日だっけ」
幸いにも、この日この時間に跳ばなければならない――みたいな細かい時間指定はいらないのでいつでもいいんだが、それ以前に跳ぶことで、せっかく私が決定づけた歴史がバタフライエフェクトによって変わってしまう可能性をを考えると、今挙げた日付以降の方が良さそうだ。
「9月2日で良いか。タイムジャンプ発動! 行先は西暦200X年9月2日、午前8時!」
いつものように時計の魔法陣が出現し、150年前に向けて時間遡航を行っていった。