魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第117話 魔理沙の成り代わり

 ――西暦200X年9月2日――

  

  

 

 ――side 魔理沙――

 

 

 

 時間移動が終わる気配を感じ取り、私は目を開ける。出発前と変わらぬ繁みの中、少し遠くには自宅が堂々と建っていた。

 一見すると何も変わっていないように感じるが、脳内時計に意識を向ければ【AD200X/09/02 AM8:03:23】と表示されていることから、150年前に戻って来たのは間違いない。

 辺りに人の気配がないことを確認してから繁みを抜け、抜き足差し足自宅へと向かい、壁に張り付いたまま近くの窓から中をこっそりと窺う。

 このくらい朝早い時間にすれば家にいるんじゃないか。と思っての時間設定だったが、もくろみは見事に当たった。

 ゴミ屋敷一歩手前の散らかったリビングには、机に向かう後ろ姿の〝私″――正確には別の歴史を辿るもう1人の私――がいた。

 

(おっいたいた。あの時もそうだったが、やっぱり自分を客観的に見るのは変な気分になってくるな。つか、こんな朝っぱらから何やってんだ?)

 

 ここからでは見えなかったので、足音を立てないように気を付けながら別の窓へ移動し、再び覗き込む。

 

 私とは別の歴史を辿る魔理沙――長い上にややこしいので、これ以降は別の歴史の〝私″のことを【マリサ】と呼ぶことにする――は魔道書を開きながら紙に書きとり、何かを熱心に調べている様子。

 

 目の下にできたクマや、机の上に散らばっている紙を見る限り、どうやら弾幕ごっこで使用する既存のスペルの改良を徹夜で行っているようだった。

 

(……そういえば、私最近弾幕ごっこやってないなあ。最後にやったのはいつだっけ)

 

 ここ150年間タイムトラベルの研究にかかりっきりだったため、弾幕ごっこをやる機会がめっきり減ってしまった。昔はあれだけ熱意と情熱を捧げていたのに。

 

 もし霊夢があんな死に方をしなければ、私もこんな人生を送っていたのかもしれない。目の前のマリサの生き方こそが正しい歴史であり、私の方が異端なのだろうか。

 

(…………っと、いけないいけない。感傷に浸るのは後だ。早速行動開始だぜ)

 

 私はその場から離れ、最初に覗き込んだマリサの後ろ姿が見える窓以外の全ての出入り口をロック魔法で鍵を掛けていく。

 とはいってもあくまで子供騙し程度の簡単な魔法なので、魔法に精通した者ならすぐに抜け出せるだろう。マリサがアンロック魔法を知らないことを祈るのみだ。

 続けて唯一鍵を掛けなかった窓に戻った私は、音を立てないように慎重に開き、呪文を詠唱する。 

 使用する魔法は眠りの雲。着弾した地点から睡眠作用が含まれる煙が発生し、これを吸った対象はすぐに眠ってしまうという単純な魔法だ。

 

(よし、詠唱完了。それっ!)

 

 家の中に向けて魔法を放ち、すぐさま窓を閉める。天井付近に着弾した魔力弾はすぐさま煙となって広がっていき、徐々に真っ白になっていく。

 

「うわっ、なんだこりゃ! 火事か!?」

 

 ここでようやく異変に気付いたマリサは、口元を抑えつつすぐさま台所へと向かい、何やらガサガサと漁り始める。

 もちろん私の魔法が原因なので台所に異常は無く、彼女は出火元の特定を諦め、駆け足で玄関へと向かうが。

 

「なっ――出られん! 一体どうなってるんだ!?」

 

 壊れそうなくらい乱暴にドアノブをガチャガチャと回し、ドアを叩きまくるマリサ。次いで窓のサッシに手を掛けるが、当然こちらもビクともしない。

 

「どうして開かないんだよ! おかしいだろ!」

 

 苛立ちの声が聞こえる間にも、魔法の煙はどんどん充満していく。こっそりと覗き込む私も、だんだんと室内の様子が分からなくなってきた。

 

「くそっ、なんだこれ……、だんだん意識が……、やば……い……ぜ」

 

 何か大きな物が地面に倒れこむような音と共に、足音がピタリと止んだ。

 それから少し待っても動き出す気配がないことを確認してから、私は窓のロックを解除して開け放つ。家の中に充満していた煙はあっという間に外へ逃げていき、空気が澄んでいく。

 改めて玄関から自宅の中へ入ると、リビングの中心に苦悶の表情で倒れこむマリサを見つけた。簡単に身体を調べた限りでは、怪我をしている様子は無く、口元に耳を近づけると寝息が聞こえてくる。

 

(成功だな)

 

 これで夜まで起きてこないだろう。踵(きびす)を返して博麗神社へ向かおうとして――

 

(……こんな場所に寝かせておくのも可哀想だな)

 

 思いとどまり、床に倒れこんでいるマリサを抱えて二階の寝室に運び、そこへ寝かせる。

 

「これで良し。悪いな〝私″。しばらく眠っていてくれ」

 

 そう言い捨て、きちんと戸締りをしてから箒に跨り、博麗神社へと飛んで行った。

 

 

 

 その後特にアクシデントもなく、普通に博麗神社の鳥居前に到着した私。

 

(よ、よし。普通に、普通に……自分らしく演じるんだ、私!)

 

 緊張をほぐすように呼吸を整え、覚悟を決めた後、箒を片手に奥へと歩いていった。

 

「れ、霊夢いるかー? 私だ!」

「こっちにいるわよー」

 

 社の中から返事が聞こえたので恐る恐る中を覗いてみると、そこには座布団を枕にして、うちわで仰ぎながら畳に寝転がっている博麗の巫女がいた。

 

「お前だらしないな……ドロワ見えてんぞ」

「だーって暑いんだもの。しょうがないでしょーが。そこの温度計見てみなさいよ。31度よ? 31度。9月になったというのに、全然涼しくならなくて嫌になっちゃうわ」

 

 霊夢はスカートの裾を直しながら起き上がり、続けて。

 

「それよりあんたこそ今日は何しに来たのよ? 新しいスペルカードを開発する、とかでしばらく自宅に籠るんじゃなかったの?」

 

(げっ、アイツそんなこと言ってたのか。ここは……)

 

「あ、ああ。そのことなんだが、研究にちょっと行き詰っちゃってな、気分転換も兼ねて来たんだ」

「ふ~んそう……」

 

 咄嗟に思いついた方便だったが、霊夢は納得してくれたようだ。

 

「ま、まあ。せっかくだしさ、弾幕ごっこでもしようぜ?」

「何が『せっかく』なのよ、暑くてやる気出ないし面倒くさいわ。他の人を当たって頂戴」

「つれないなぁ。もし私に勝てたらジュースを奢ってやるぜ?」

 

 私が交換条件を出すと、霊夢はうちわを放り投げ外に飛び出していった。

 

「さあ魔理沙! すぐに始めるわよ!」

 

(ははっ、現金なやつだな)

 

「ほら何してんのよ! 早く来なさい!」

「今行くよ!」

 

 苦笑しつつも、箒に跨って宙に浮かび霊夢の正面に相対する。先程までのだらけた姿は一切なく、異変を解決する時のような真剣な表情をしていた。

 

「スペルは3枚でいいか?」

「構わないわよ。ふふん、さくっと倒してあげるわ」

「こっちこそギャフンと言わせてやるぜ!」

 

 さあ、弾幕ごっこの始まりだ――

 

 

 

 

「ギャフン!」

「あんたが言ってどうすんのよ……」

 

 地べたに這いつくばる私を霊夢が呆れた様子で見下ろしている。天高くさんさんと大地を照らす太陽、鯨のように大きな雲の塊が東へと流れていく。ああ、空はこんなにも広かったのか……。

 

 やる気を出した巫女の本気の弾幕はそれはもう凄まじく、一種の尊敬の念すら覚えてしまう素晴らしいものだった。次々と逃げ道を塞がれてしまい、反撃する間も殆どなくスペルを破られ、追い詰められていった。

 

 唯一の好機と言えば、激しい弾幕の嵐をかいくぐって霊夢の後ろを取り、そこから苦し紛れに放ったマスタースパークくらいだろう。しかしそれすらも、こちらに目もくれず横に滑るように躱され、気づいた時には後ろを取られてしまった。

 

 正確な時間は分からないが、恐らくものの5分と持たなかっただろう。完敗だ。

 

「自信満々に挑んできた割にはあっさりと決着着いちゃったわね~。というか魔理沙、アンタ弱くなってない?」

 

(…………)

 

 多少言い訳させてもらうと、弾幕ごっこ自体数十年近いブランクがあった。かつての私のような技のキレもなく、今の実力ならばきっと霧の湖の氷精にも負けてしまうだろう。

 

 しかしそんなことを今の霊夢に話す訳にもいかず、「霊夢が強かっただけだろ。たかがジュース1本でそんなやる気出しやがって」と誤魔化す。

 

「うっさいわね~とにかく勝ったんだから、約束通りジュースちょうだい!」

「はいよ。それじゃ買いに行ってくるから待っててくれ」

「私サイダーでお願いね~」

 

 服に着いた土埃を払い、箒にまたがり人里へ向けて飛び立っていった。

 

 

 

 風を切って飛び続けていくうちに、森と川沿いに広がる瓦屋根の建物が連なる人口密集地帯、幻想郷では人里と呼ばれる土地が見えてきた。

 

 その中でも比較的道幅が広い大通りに、私は静かに降り立つ。

 

 日中ともあって往来を歩く人々はまあまあ多く、空から降りて来た私に目もくれずに、皆それぞれの目的を果たすために行動しているようだ。

 

 まあ人里と言えど、普通に妖怪も出入りしているので、彼らにとってこの程度のことは日常茶飯事なのだろう。

 

 さて、どこで飲み物を手に入れようか、そもそもこの時代で使えるお金は持っていたかな、と考えつつ、往来に建ち並ぶ店を見ていたその時、背後から不意に声を掛けられる。

 

「魔理沙さん!」

「ん? ――え」

 

 振り返った先の人物を見て、考え事が一気に吹き飛んだ。

 

「こんなところで会うなんて奇遇ですね~」

「お前、早苗じゃないか!」

 

 長い緑髪に蛇とカエルの髪飾りが特徴的な女子高生。霊夢の商売敵であり、友人でもあった守矢神社の巫女がそこにいた。

 

(そうか、この時代では早苗も生きているんだっけ。一番若くて綺麗な時期なんだよな~)

 

 私の知る歴史において、早苗は最期の時まで守矢の巫女として、その生涯を二柱の神に捧げていた。温和で物腰が柔らかく、人々の為に尽くした彼女は、老いてもなお人里から多大な人気を誇っていた。

 

「どうしたんです魔理沙さん? そんな驚いちゃって」

「い、いや。その、なんだ。お前の顔を見るのも懐かしいなぁ、と思ってさ」

「何言ってるんですかもうー。一昨日会ったばかりじゃないですかー」

「そ、そうだったよな。アハハハハ」

 

 目の前の彼女は知る由もないことだが、彼女の最期を看取った身としては、こうして元気に歩いて話す姿を見るだけで、懐かしさや嬉しさ、悲しさなど万感の思いが脳裏に浮かんでしまうので、それらを表情に出さないようにするのが大変だった。

 

 というか、この時間に来てから何もかもが懐かしくて、いつにも増しておかしくなってしまっている。ボロが出ないように気を付けないといけない。

 

「ところで早苗はここで何してるんだ?」

「今日のお夕飯の買い出しですよ。外の世界に比べると、幻想郷は食材が新鮮で物価が安いですからねぇ。いつもついつい買いすぎちゃいますよ」

 

 手に下げた空っぽのかごバッグを見せびらかしながら、愛想よく答える早苗。

 

「へえ、献立は何にするんだ?」

「まだ決めてないですよ。色んなお店を見て回って、これだ! って思ったのを作ろうと思って。私はずっとそうめんで良かったんですけど、同じメニューばっかりだとそろそろ飽きると神奈子様が仰られたので」

「お前も大変なんだなぁ」

「魔理沙さんはちゃんとバランス良く栄養を取ってますか? まだまだ育ち盛りなんですから、キノコばかりの偏った食生活は良くないですよ! 今度ご飯を作りに行ってあげましょうか?」

「面倒くさくてもちゃんと飯は作って食べてるからそれには及ばないさ。それにな、あまりキノコを馬鹿にするのは良くないぜ? キノコはカロリーが低いにもかかわらず、ビタミンやミネラルが豊富で体にいいんだ。調理法も煮たり、焼いたり、乾燥させたり、と数えきれないくらい豊富だし、これ一本で充分行けるぜ」

「そうなんですか! キノコって凄いんですねぇ。ダイエットにも良さそうです」

「別に早苗はダイエットなんかしなくても充分に痩せてると思うけどな?」

「そう思いますか!? ふっふっふ、この体型は日々の努力によって成り立っているのですよ。聞きたいですか? 聞きたいですよね!?」

「……いや、今日はいいわ。また別の機会にしてくれ」

「え~!? 今の話の流れ的に、ここは聞く感じじゃないんですか~!?」

「だってそんなことしなくたって、普通に暮らしてれば太らないだろ? つーか、むやみやたらに痩せたいという気持ちがよく分からん」

 

 私が元々痩せやすいという体質的なものもあるが、魔女になった今、食事を摂らなければ痩せる事も太る事もないので、聞く意味がない。

 

「サラッと世の女性を敵に回す発言をしましたね魔理沙さん。私は今の体型を維持するのに苦労してるのに……」

 

『どうせならお腹ではなく胸に脂肪がいけばいいのに……恨めしい』と落胆しながら早苗は呟く。それについては完全に同意だ。

 

「ところで、魔理沙さんはどうしてここに?」

「霊夢とジュースを賭けた弾幕ごっこに負けちまってな。こうして人里に降りて来たわけだ。全く、本気の霊夢は強くて敵わん」

「あはは、そうなんですか。その様子だと魔理沙さんが懸念していたことはやっぱり気のせいだったみたいですね」

「ん? なんのことだ?」

「あれ? 『ここ1ヶ月くらい、霊夢が妙に挙動不審で怪しい。霊夢の隠している秘密を暴いてやるぜ!』って前に話してたじゃないですか。忘れちゃったんですか?」

「あ、ああー! そのことか! いや、実はな? まだ何もわかってないんだ。うん。今も調査中だ、調査中」

「私も以前会った際にそれとなく聞いてみましたけど、いつもの霊夢さんとお変わりなかったですけどねぇ。やっぱり魔理沙さんが気づかない間に、霊夢さんに何かやっちゃったんじゃないですかー?」

「ど、どうなんだろうな~。思い当たる節が多すぎて分からん」

「親しき中にも礼儀ありですよー? これを機に、魔理沙さんも少しはお行儀よくしたらどうですか?」

「そ、そうだな、前向きに考えておくぜ」

 

 マリサならこう答えるであろう、という回答を即興で考えながら話を合わせる。

 

「もし何か分かったらいつか私にも教えてくださいね。それでは私はこれで失礼します」

「ああ、またな」

 

 早苗は一礼してから立ち去って行った。

 

(さっき会った時は特に変わった様子は無かったんだが……う~ん、マリサが気にしているくらいだから、余程怪しいんだろうな。この時代の霊夢は何を企んでいるんだ?)

 

 その辺りも気になる所だが、あまり深く突っ込んで尋ねると、次にマリサと会った時に会話の辻褄が合わなくなるかもしれないし、詮索しない方が良いのかもしれない。

 

 人間誰にだって隠しておきたい事はあるわけだし、そもそも霊夢が挙動不審だっていうのもマリサの見当違いな可能性もあるわけだし。

 

(……ここで考えても仕方ないか)

 

 考え事もほどほどに、私は歩き出した。




ありがとうございました。

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