魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第12話 運命の日③

「ねえ、じっと見られていると眠れないんだけど」

「何かあったら大変だろ? 霊夢の監視だよ」

 

 現在時刻は22時00分。寝る時間となった為に、霊夢は寝巻に着替え、押入れから取り出した布団を畳に敷いて横になっていた。

 私が寝る為の布団もそばに敷いてあるが、もちろん眠る気などさらさらない。壁に背を預けながらあぐらをかくように座り、じっと霊夢を見ていた。

 

(こういう時魔法使いって便利だよなぁ。そういえば初めて徹夜した時、疲れが全くなくて驚いたこともあったっけ)

 

 遠い昔の記憶を思い起こしていた時、枕元に置かれている睡眠薬入りの瓶を開けようと布団から手を伸ばしている霊夢の姿が見えたので、私は釘を刺す。

 

「霊夢、その睡眠薬は飲むなよ?」

「えーなんでよ? 私最近眠れないって言ったはずだけど?」

「そんなものに頼ったら、起きたいときに起きれなくなるだろ? 悪夢が覚めなくなったらどうするんだ」

「んーそうね。分かったわ、飲まないことにする。それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 霊夢は部屋の灯りを消して、目を閉じた。

 暗くなった部屋の中を月の光が淡く照らし出す。

 

(さて、と)

 

 私は辺りの警戒をより一層強めていった。

 

 

 200X年7月21日――

 

 

 

 現在の時刻は日付変わって7月21日の午前2時、俗に言う丑三つ時だ。

 先程まで聞こえていた鈴虫の鳴く音や、謎の鳥の鳴き声などがピタリと止まり、草や木の葉の擦れる音や、川のせせらぎが微かに耳に聞こえて来る。

 そして肝心の霊夢は、現時点では安らかな寝顔ですやすやと眠っている。

 

(今のところ周りで何か変わった事が起きた様子はないな。……にしても、気持ちよさそうに寝てるなあ。思えば霊夢の寝顔って、小さいとき以来見たことがなかったな)

 

 子供の頃はよくお泊り会をやっていたのだが、成長してからは、だんだんとその機会がなくなっていってしまった。

 

(懐かしいなあ。おねしょをしちゃった時どっちがやったかで大ゲンカしたっけ。結局一緒の布団だったから犯人は分からずじまいだったな)

 

 そんな幼少の頃の思い出に耽ってると、突然霊夢が苦しみだした。

 

「……ぅぅぅぅ」

 

 顔は苦悶の表情に溢れ、額には汗が滲む。

 

「霊夢! おい! 霊夢!」

 

 私は眠る霊夢を揺さぶりながら必死に声を掛けるものの、うめき声を上げたまま起きる気配はない。

 

「また落ちる――! もう嫌――! 誰か助けて…………!」

「! 霊夢起きろ!」

 

 私は薄生地の掛け布団をひっぺ返し、無理やり上半身を起こした後に肩を大きく揺さぶる。

 そんな荒療治が功を奏し、霊夢ははっと目を覚ました。

 

「ここは……」

「大丈夫か霊夢! お前凄い辛そうだったぞ!」

「魔理沙……魔理沙っ!」

 

 私の顔を見て安心したのか、霊夢が泣きそうな顔でしがみついて来た。

 

(!?)

 

 思いも寄らぬ行動に私は一瞬動揺しながらも、霊夢が落ち着くのを待った。

 

「……落ち着いたか?」

「うん……」

「……何か分かったか?」

 

 霊夢は私を見上げる。

 

「……今ならはっきりと思いだせる! でかいカバ見たいなやつが急に私の夢に出てきて、そいつが暗闇の中へ私を引き摺り込もうとするのよ!」

 

 そう叫ぶと、外の繁みからガサリと物音が聞こえて来た。

 

「追うわよっ!」

 

 霊夢はすぐに私から離れて、枕元に置いていたお祓い棒を手に取り、一目散に音のする方へと飛んで行く。

 私も後を追って飛び出していくと、繁みから全身が黒い影のようなモヤに覆われた、カバのような形の妖怪を見つけた。

 

「あんたね! 私に毎晩毎晩悪夢を見せていたのは!」

 

 霊夢はビシっと指を突きつける。

 するとそのカバっぽい形の妖怪は、野太い声で「……ちっ、バレたか! 後少しで博麗の巫女を殺れたものを! こうなったら仕方がない。今ここで葬り去ってやらあ!」と激昂して、霊夢に飛び掛かっていく。

 

「っと」

 

 霊夢が攻撃を避けた後、私は前に出て「助太刀するぜ!」と、その妖怪に向かって魔法弾を1発ぶちこむ。

 

「ぐおっ」

 

 急所に当たったその一撃で妖怪の動きが鈍り、攻撃するには絶好のチャンスとなった。

 

「今だ、霊夢!」

 

 私が叫ぶと同時に、霊夢の懐から妖怪退治用のお札が飛び出し、その妖怪に貼りつく。

 

「これでトドメ!」

「ギャアアアアアァァァァ!」

 

 札が貼りついた場所にお祓い棒を振り下ろし先端部分が命中、カバっぽい形の妖怪は断末魔の雄たけびをあげながら消滅した。

 

「ふう」

「お疲れさん」

「ありがと。――にしても、まさか人の夢の中に入って来る妖怪がいるなんてね。迂闊だったわ。もっと結界を強くしないとダメね」

 

 そう言いながら霊夢は再び懐からお札を取り出し、縁側の軒下の庇部分に貼りつけ、口頭で詠唱していった。

 恐らく〝悪意を持った妖怪″を避ける結界の効果をより強くしてるんだろう。

 

「……よし! これで大丈夫ね」

「本当に大丈夫か? もう今回みたいな事は起きないだろうな?」

 

 念を押すように訊ねると、霊夢は自分の胸をドンと叩き「これなら大丈夫よ。私の腕を信じなさい!」と明快に答えた。

 

「……そっか。ならいいんだ」

「今回は魔理沙のおかげで無事解決できたわ。もし私だけだったらどうなっていたことか……。ありがとうね!」

「お、おう。解決できて良かったぜ」

 

 霊夢は弾けるような笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べていたが、私は照れ臭くなってしまい顔を背けてしまった。

 

「さ、無事に解決したことだし寝ましょうか。ふわぁ、今日はいい夢が見れそうねえ」

 

 大きなあくびをしながら霊夢は神社の中へと戻っていく。

 

「念には念を入れて朝まで見張っておくぜ。その方が安心だろ?」

「そう? それじゃ悪いけどお願いするわね♪」

 

 霊夢は再び布団に戻って眠りにつき、私も近くで見張りを再開する事にした。

 

 

 

 

 

 現在時刻は午前7時。今日も雲一つない青空で、太陽が照らす日の光が夜の涼しい空気を温め始め、これから暑くなる事間違いなし。

 朝まで見張っていたが、結局霊夢が再度うなされることはなく、終始穏やかな表情で眠っていた。

 

(ここ最近まともに眠れていなかったみたいだからな……良かったぜ)

 

 やがて霊夢がゆっくりと起きてきた。

 

「おはよう霊夢」

「ふあ~、おはよう魔理沙ー」

 

 霊夢は目をこすり、大きく欠伸をしていた。

 

「ずっと見ていたけど穏やかな顔で寝てたぜ。霊夢の方はどうだった?」

「うん。悪夢は見なかったわ。今日は久々にすがすがしい気持ちで起きれた」

「そりゃ良かったぜ。――さて、霊夢の問題も解決したことだし、私はそろそろ帰ることにするぜ」

「えーもう帰っちゃうの? 朝ごはんくらい食べていきなさいよ?」

 

 帰ろうとする私を霊夢が引き止めるが、私は「ごめんな、霊夢」とやんわり断る。

 霊夢の気持ちは私にとってとても嬉しいことだけど、あまり長居しすぎて〝私"が二人いるのが他の幻想郷の住人にばれてしまうのはあまり好ましい事ではない。

 ただでさえこの神社は妖怪が集まりやすいのだ、文屋の天狗にでも見つかったら色々と面倒くさい。

 それに、もう霊夢とは二度と会えないのだから、これ以上愛着が湧いてしまうと、別れるのがますます辛くなってしまう。

  

「……そう、残念ね」

 

 私の気持ちを察してくれたのか、霊夢はそれ以上私を追求することはなかった。

 私はすぐに立ち上がり、歩き始めようとしたところで足がもつれて転んでしまう。

 

「いたっ」

 

 咄嗟に手を付いて受け身を取ったので頭を打つことはなかったが、足をぶつけてしまった。

 

「大丈夫?」

「ちょっと足がもつれただけだから大丈夫だ」

 

 私は再び立ち上がり、今度は転ばないよう慎重に歩いて縁側に辿り着き、そこから靴を履いて外に出る。

 霊夢も寝巻姿のまま見送りに着いて来てくれた。

 

「別れる前に一ついいか? 今日私が霊夢の神社に泊まっていた事はここだけの秘密にしておいて欲しいんだ」

「どうして?」

「……あまり言いふらされるのは恥ずかしいからな。私も次会った時は知らんぷりをするから、霊夢も頼むよ」

「ふ~ん、魔理沙も照れ屋なのねぇ、いいわ、黙っていてあげる」 

 

 適当な言い訳だったけど、霊夢はニヤケながら了承した。

 

「助かるぜ。それじゃ霊夢――さよなら」

「またね魔理沙~!」

 

 私は帰る間際、微笑みながら手を振る霊夢の姿を、何度も振り返りながらしっかりと目に焼き付け、魔法の森に飛んで行った。

 そして自宅やアリスの家とは程遠い森の中に着陸し、大きく深呼吸をして息を整える。

 

「さあ帰るぞ。覚悟を決めろ、私」

 

 霊夢を救い出せたのだから未練はないが、私の存在が消失するかもしれないという思考が、じりじりと追い詰める。

 

「ふうーーー。よしっ!」

 

 大きく深呼吸をした後、意を決して魔法を発動する。

 

「っ【タイムジャンプ】! 時間は、西暦215X年9月16日午前11時!!」

 

 足元に歯車模様の魔法陣が出現し、視界に見える全てが渦巻いていく。

 私はそっと目を閉じ、魔法の終了を待った。




2020/6/20 追記

本文中で霊夢が「まさか人の夢の中に入って来る妖怪がいるなんてね」と言っていますが、作中の200X年7月21日時点では原作の東方神霊廟までしか起きておらず、東方紺珠伝の異変はまだ発生していない為、ドレミー・スイートとの面識はありません。

2021/9/24 追記

また今回の話で霊夢が退治した妖怪はドレミー・スイートではなく、あくまで夢の中に入り込む能力を持つ無名の妖怪(オリジナルキャラ)です。
ドレミー・スイートが霊夢の死に関与した事実は一切ありません。

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