――side 霊夢――
「行っちゃったなぁ」
空に舞い上がった未来の魔理沙を囲むように、幾つもの時計模様の魔法陣が現れ、折重なるようにして消えてしまった。
たぶん今のがタイムジャンプ魔法の成功で、あれに乗って150年後に帰って行ったのかな。ついさっきまで一緒にいたのになんだか不思議。
「150年かぁ……私の人生の10倍以上の時間ね。長いなぁ」
満点の星空を見上げながらポツリと呟く私。
でもこれは自分で決めたことだし後悔なんて全くしていない。あんな魔理沙の顔を見ちゃったら、居ても立っても居られなくなったから。
「あ、流れ星だ」
そんな私を後押しするかのように星の海を一筋の光が流れていき、その光はだんだんと大きくなって……。
「ってあれ!? こっちに近づいてきてる!?」
「ひゃっほー!」
身構えたその時、星屑をばらまきながら滑空する魔理沙のテンション高い叫び声がエコーする。
「よう霊夢!」
颯爽と箒から飛び降りた魔理沙に、さっきまでのセンチメンタルな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。
(まさかこんなタイミングで魔理沙が家に来るなんてびっくりね。う~んどっちの魔理沙なんだろう。多分この時代の方だと思うんだけど……見分けがつかないわね)
瞬時にそう判断し、とりあえずどちらの魔理沙であっても違和感のない返事をする。
「こんばんは魔理沙。こんな夜にどうしたの?」
「それがさー聞いてくれよ! 今朝のことなんだけどさ」
「うん」
「自宅で魔法の研究をしてたら、突然家の中に煙が入り込んできたんだよ。……まあ今思うとあれは魔法だったんだろうけどさ。それでな? すぐに外に出ようとしたんだけど、何故か扉や窓が鍵かけられててさ、あたふたしてるうちにいつの間にか気を失っちまったんだよ」
「大変じゃない! それでどうなったの?」
「目が覚めたらさぁ、リビングで倒れた筈なのにいつの間にか寝室に寝かせられてて、おまけに外は夜になってたんだ。こんな事する奴って誰だと思うよ? ここに来る前、アリスに尋問してきたんだが知らぬ存ぜぬの一点張りでさあ。霊夢の意見を聞かせてくれないか」
(あ~なるほどねぇ。成り代わりってそういう……)
困り果てている魔理沙の証言を聞いて、すぐに犯人の見当がついたけど、これって魔理沙に教えてもいいのかしら? う~ん。
一瞬悩み、私は。
「………………悪いけどさっぱり見当が付かないわ。どうせなんか変な魔法の実験でもやって失敗したんでしょ?」
「待て、今の沈黙はなんだ。明らかに何か知っているだろ。私にも教えろよ」
「さーてねー。私はずっと神社にいたし知らないわ。ところでそれだけの為にこんな時間に来たの?」
「おいおい冷たいな。私にとっては一大事件なんだぜ? この魔理沙様にこんな事をしでかした犯人をとっ捕まえてやらんと気が済まんわ」
魔理沙は腕まくりをして鼻息を荒くしているけど、私は「……たぶん絶対に捕まらないでしょうねぇ。なにせ犯人が犯人だし」と呟く。
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない。――そうだ! せっかく来たんだし、家に泊まってきなさいよ」
「えぇ!? いいよ、別に。私はこれから犯人捜しをするんだから」
「夜に女の子が一人で出歩くものじゃないわ。もし万一のことがあったらどうするのよ。いいから好意に甘えていきなさい!」
「お、おう。分かったよ」
(ふぅ、全く、魔理沙はいつもこうなんだから。まだ未来の魔理沙の方が素直だったわね)
そんなことを思いつつ、私は魔理沙を連れて自宅へと戻って行った。
「灯りを消すわよ~」
「ああ」
今の時間は夜の10時。
あれからご飯食べたりお風呂に入ったり、なんだかんだと過ごしていくうちにあっという間に寝る時間になってしまい、パジャマに着替えた私と魔理沙は居間に布団を並べて、床に就いていた。
「あ~それにしても目が冴えてヤバいな。全然眠くないぜ」
「もーまたその話? 私は眠いんだから大人しく寝てちょうだいよ」
「そう言われても事実なんだからしょうがないだろ。くそぉ、どいつもこいつも全て謎の犯人のせいだぜ」
魔理沙は薄暗い部屋の中、小声でぶつぶつと文句を垂れている。よっぽど不覚をとったことが悔しかったのかな。
「……ならさ、ちょっとだけ私の話に付き合ってくれない?」
「いいぜ、どうせ眠れないしな」
「もしも自分の大切な人を助ける為に、自分の大事な物を犠牲にしなきゃいけないって状況になった時、魔理沙ならどうする?」
「なんだそりゃ? なにかの本の話か?」
「うん、まあ、そんなとこ」
「逆に聞くが霊夢ならどうするんだ?」
「私なら迷いなく助ける方を選ぶわね。命は何者にも代え難いし、それで助かるのなら安いものだわ」
「ふ~ん。霊夢ならそんな状況になる前に解決できそうなもんだけどな」
「買いかぶり過ぎよ。私はそこまで万能じゃないわ」
もう既になかったことになってるけど、深夜に不意を突かれて精神攻撃を受けたことで、私が自殺に追い込まれてしまった歴史もあったらしいし。
「で、魔理沙は?」
「そうだなぁ。もしそれしかない状況に追い込まれたのなら霊夢と同じ選択をすると思うが、私だったら全てが丸く収まるハッピーエンドを目指すぜ」
「ふふ、魔理沙らしいわね」
きっと未来の魔理沙も皆が幸せになれるような選択をとってきたのかも。比べてみれば、隣の魔理沙とは明らかに人生経験が違うのが雰囲気で分かったし。
「霊夢もさ、もし何かあったら私に相談しろよな? 一人で悩みを抱えないでさ」
「あら、優しいのね魔理沙! クスクス」
「っ! べ、別に霊夢のためじゃないし。お前は私のライバルなんだから、うじうじ悩んで勝手に変なところへ行かれたら暇つぶしが出来なくて困るだけだ! 深い意味はないんだからなっ!」
支離滅裂な捨て台詞を吐いて反対側に寝返りを打ってしまった。相変わらず素直じゃないのね、この時代の魔理沙は。
「さあ~もう寝るぞ! 本当に寝るからな!」
「はいはい」
苦笑しつつ、私は目を閉じた。
――西暦200X年9月3日―― 日の出時刻 午前5時16分
「う、う~ん?」
翌朝、近くでモゾモゾと何かが動く気配を感じて起き上がると。
「あ、起こしちまったか」
「魔理沙?」
あちゃ~って感じの表情で私を見下ろしている魔理沙と目が合った。
見ればいつもの服に着替え、パジャマは隣の布団と一緒に綺麗に畳まれていて、すぐにでも帰れるような状態になっていた。
「もしかしてもう帰っちゃうの? まだ日が昇ったばかりの時間じゃない」
「今やってる研究が気になるし、そもそも私を襲った犯人をすぐにでもとっちめてやらないと気が済まないんだ。じゃあな~霊夢ー!」
「あ、ちょっと!」
私が止める間もなく、魔理沙は箒に跨ってどこかへ飛んで行ってしまった。
「もう~、せっかく朝御飯一緒に食べようと思ってたのに……。はぁ」
あまり構ってくれないことに少し寂しさを感じつつも、私も起きて朝の支度を始めた。
いつもの巫女服に着替え、朝御飯を食べて、家事雑用が終わる頃には、完全にお日様が昇りきった時間になっていた。
「……よし」
ちゃぶ台の前に座り、一人心の準備をする私。
今から行うことは未来の魔理沙との約束を果たすために必要なもので、きっと私の人生や周囲の環境を大きく変えることになると思う。
「紫~! ちょっと出て来て~!」
「はいは~い!」
虚空に向かって叫ぶと、間もなくスキマが開き、それに乗り出すように上半身だけの紫が現れた。
「おはよう霊夢。今日もいい天気ね♪」
「……いつも思うんだけどさ、呼んでから出てくるの早くない? いったいどんな仕組みなのよ?」
「うふふ、それはな・い・しょ♪」
漫画だったら星のエフェクトが飛び出してそうな華麗なウインクを決める紫に少しムカついた私は。
「……まさか私の生活をこっそり覗いてるんじゃないでしょうね?」
紫の能力ならプライバシーなんてあってないようなものだし有り得そうで困る。もしそうなら、ちょっと紫との関係を考えないといけないかもしれない。
そんな私の疑念に、紫は真面目にこう答えた。
「霊夢が私の名前を呼ぶと、それをすぐに伝えてくれる式神がいるだけよ。私の名前にしか反応しないようプログラムされているから、あなたの考えているようなことはないわ」
「ふ~ん……」
少し怪しいけど、紫はこんなことで嘘を吐くような妖怪じゃないし、素直に信じましょう。
「ところで私を呼んだ用件はなあに?」
「あのね、折り入って相談があるのよ」
「もしかして、もう今月の仕送り分を使いきっちゃったのかしら? 駄目じゃないの。ちゃんと予算の範囲内で暮らすって約束でしょ?」
「違うわよ! そんな豪遊とかしてないし! まだまだ余裕あるわよ!」
使った分と言えば、せいぜいお肉をちょびっと食べたくらいだし。
「相談っていうのはね、私の将来についてのことなの」
すると紫は、一転して深刻な表情になり、遠い目をしながらこんなことを言いだした。
「……そう。霊夢も遂に結婚を考える年になったのね。ふふ、まだまだ子供だと思ってたのにいつの間にか色気づいちゃって、子の成長を見守る母親はこんな気持ちなのかしらねぇ」
「え!? いやいや、違うから。まだそんなの全然考えてないし、そもそも男の人と付き合ったことすらないのに――って、何言わせんのよ! というか私がいつあんたの娘になったのよ!?」
「あぁ、とうとう霊夢に反抗期が来てしまったわ。貴女が小さい頃から面倒を見て来たのに、私悲しいわ……」
今度は大袈裟なまでに悲しそうな顔になる紫に、私は一気に冷めていく。
「……紫、あんたさっきからわざとやってるでしょ?」
「あら、ばれちゃったわ」
「もー! 真面目な話なんだから茶化さないでちゃんと聞いてよ!」
「うふふ、ごめんなさい。貴女の慌てる姿が面白くて」
いっつもこうなのよね。話の腰を折られて、のらりくらりと会話の主導権を紫に持っていかれ、気づいたら手の平の上で転がされている。舌戦で彼女に勝てる気がしない。
「私さ、博麗の巫女を辞めて妖怪になろうと思うの。それを紫に伝えようと思って」
そう切り出すと、今までニコニコしていた紫は急に真剣な表情になり、スキマから完全に姿を現して隣に正座する。
「霊夢……貴女がそんなことを言うなんて何があったの? 待遇に不満があるならはっきり言ってちょうだい」
「ううん。別に今の生活に不満があるわけじゃないの。博麗の巫女はやりがいがあって楽しいし、おかげで多くの知り合いができた。私を博麗の巫女に選んでくれた紫には感謝してもしきれない」
「じゃあどうして?」
「心境の変化、って言えばいいのかな。私の大切な人と150年後に再会する約束をしたのよ。だけどほら、人はせいぜい5、60年で死んじゃうでしょ? 今のままじゃ約束を守れないの」
「……それで博麗の巫女を辞める、と」
「ええ。幻想郷の人間と妖怪のバランスを取り、人間の味方でなければならない博麗の巫女が妖怪となったら示しがつかないでしょ?」
「ふむ…………」
今の恵まれた環境を捨てることになるけど、昨日魔理沙に『150年後まで生きて欲しい』と告白された時から既に覚悟はできている。もはや迷いはない。私の心はもう、遥か未来に向いているから。
そんな私の強い意思が伝わったのか、紫は探るような視線を向けながら考え込んでいた。
「一口に妖怪になるといっても色んな方法があるわ。どんな風に考えているの?」
「そうねぇ。とりあえずこれから修行を積んで、仙人にでもなろうと思ってるけど」
「霊夢が仙人!? ……貴女がそんなことを言いだすなんて、もしかして何か悪いものでも食べたの?」
「失礼ね! たしかに私は巫女の修行とかさぼってばっかりだったけど、やる時はやるんだからね!」
「つまり今が、〝やるべき時″だと。貴女はそう言いたいのね?」
「その通りよ」
これも全ては未来の魔理沙のため。彼女のためなら私は努力を厭わない。
「そこまでして会いたい人って誰なの? 私にも教えて貰えないかしら?」
「魔理沙よ」
そう答えると、紫はいたく驚いた表情で私を見つめ、微笑んだ。
「……ふふ、成程ね。霊夢の希望は良く分かったわ。貴女が自分でよく考えて選んだ道なら私は反対しない」
「いいの!?」
「ええ。私個人としても、貴女が私達と同じ時を歩んでくれるのは嬉しいわ」
あっさりと意見が通ったことに思わず声が出てしまった。もっとなんか反対されるのかと思ったのに。
「だけどすぐにとはいかないわ。貴女も知っての通り、幻想郷を覆う博麗大結界の維持には博麗の巫女が必要なの。他の賢者たちへの説明や、次代の巫女の選定と教育……、それらが完全に済むまで、霊夢には引き続き博麗の巫女をしてもらうわ」
「構わないわ。大体どれくらいで全部終わりそう?」
「う~ん、そうねぇ……。長くても1年もしないうちに手筈は整うでしょう」
「意外と短いのね」
「次代の博麗の巫女が決まった際には、霊夢にもちゃんと教育してもらうわよ?」
「任せなさい」
もっと大変なことをやらされるのかと思ってたし、たったそれだけの期間で済むのなら安いもの。それに自分の跡継ぎがどんな人になるのか興味あるし。
そうして話が纏まった所で、紫は腰を上げてスキマを開いた。
「さて、早速動き始めないとね。これまでもそうだったけど、博麗の巫女の代替わりによって幻想郷にも新たな時代が到来するでしょう。それが良いものであることを祈るばかりね」
そんな不安を煽るような言葉を残して紫はスキマの中に消えていった。
「何を心配してるのかしらね紫は。私が巫女を辞める日がかなり前倒しになっただけなのに」
あ、ひょっとしたらレミリアの『人生最大のターニングポイント』とはまさに昨日今日の出来事だったのかも。なら色々と説明が付くし。
まあ何はともあれ、これで未来の魔理沙との再会へ向けて一歩前に進むことができた。
(待っててね魔理沙。必ず約束を果たしてみせるわ!)
まだ見ぬ遠い未来に想いを馳せるように、私は空を見上げて誓いを立てていた――。