魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

126 / 283
第125話 霊夢の歴史③

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ―――――――――――――――――― 

 

 

 

 次に観測する時刻は、前回よりおよそ7か月飛んだ西暦2008年4月6日午前10時。春になり満開の桜が咲き誇る博麗神社にて、博麗の巫女の継承式が完了した場面から開始される。

 お茶の間には博麗霊夢と八雲紫が並んで座り、ちゃぶ台の向かい側には一人の少女が正座している。

 

『……これで引継ぎは完了ね。今日からあんたが私に代わって博麗の巫女よ』

『はい! 博麗の名を汚さないように、精いっぱい頑張ります!』

 

 厳かな空気の中、その少女は威勢よく答えた。

 博麗霊夢によって新たに博麗の巫女に任命された少女――博麗美咲は、彼女より三つ年下で、淡い栗色の髪が綺麗な愛嬌溢れる可愛らしい少女だった。

 もちろん、彼女は例によって、脇が開いた博麗神社伝統の巫女服を身に着けている。逆に、今日この日から先代の博麗の巫女となった少女は、長年愛用していた巫女服を脱ぎ、良く言えば素朴、悪く言えば地味な柄の着物に着替えていた。

 

『あ~そんな気負わなくても良いのよ? 別にそんな重みとかないし。もっと気楽に気楽に』

『そうはいきません! 幻想郷を代々守護してきた博麗の巫女という神聖な役職は、私のような退魔師の家系に生まれた者にとって憧れのような存在でした。親元を離れて家名を捨て、〝博麗″の名を賜ったからには、この素敵な楽園を永遠に存続させるために命を捧げる覚悟です!』

『ふふ、頼もしいこと。これからよろしくお願いするわね』

『なんだかなぁ……』

 

 やる気に満ちあふれている新代の博麗の巫女に愛おしく微笑む八雲紫と、自分との覚悟の違いにばつの悪い表情をする先代博麗の巫女――もとい、博麗霊夢。

 しかし自分の跡継ぎとして、この数か月間八雲紫と共に彼女を教育してきたこともあり、この日を無事に迎えられたことに感慨深いものがあった。

  

『それにしても、何とか霊夢が人の枠に収まっているうちに巫女の継承を執り行えて良かったわ。貴女、去年の秋頃と比べると見違える程霊力が高まっているわよ』

『そうかな? 自分だとあまり良く分かんないけど』

『貴女を博麗の巫女に見出した時、『この子は物凄いポテンシャルを秘めている』と思っていたけれど、やはり私の目に狂いはなかったわね』

『…………』

 

 かすかに口角を上げて静かな声で語っていく八雲紫。霊夢は膝に手を置き、僅かに俯いていた。

 

『そんなに暗い顔しなくていいのよ霊夢。貴女はこれまでちゃんと責を果たしてくれたわ。後は自分の好きなように生きて頂戴』

『……ええ。分かったわ』

『霊夢様、たとえこの神社から去ったとしても、いつでも遊びに来てくださいね!』

『ありがとう』

 

 二人に見送られつつ、最低限の日用品を包んだ風呂敷包み片手に、博麗霊夢は神社を後にしようとしたが、『そうそう。紫に言い忘れていたことがあったわ』と振り返る。

 

『どうしたの?』

『紫。もう私は博麗の巫女じゃなくなったし、博麗の名は返上するね』

『!』

『妖怪になる予定の私が〝博麗″を名乗っていたら、里の人達が博麗の巫女に不信感を抱くでしょうし、その名を持つ者は1人で良いわ』

『待ちなさい霊夢。『名は体を現す』ということわざがあるように、苗字を捨てることはこれまでの自分を半分亡くすことになるのよ? その意味を分かってるの?』

『平気よ、これも私の選んだ道だから。それじゃあね紫。ちゃんとあの子の面倒見てあげてね』

『いいえ、これだけは譲れないわ。勝手に話を終わらせないで頂戴』

『霊夢様!』

 

 立ち去ろうとした博麗霊夢の行く手を阻むように、硬い表情の八雲紫がスキマを介して瞬間移動し、後ろからは博麗美咲が追いすがって来た。

 背後の少女はともかくとして、目の前の八雲紫は能力が能力なだけに、本気で追いかけられたら逃げられない――そう判断した博麗霊夢は、仕方なく彼女の話を聞くことにした。

 

『なんでそんなに怒ってるのよ?』

『私が名無しの妖怪から『八雲紫』という個人名を持った妖怪に成った時、〝私″としての自我が芽生えて今の能力が発現したわ。それくらい〝名前″は妖怪にとって大きな意味を持つの』

『へぇ、あんたにもそんな時期があったのねぇ』

『もう二千年近く前の話だけどね』

『お言葉ですが霊夢様、私も反対です! せっかく家族になれたのに、このままお別れするなんて悲しいですよ……』

『あんたまでそんなこと言うの? けど、今さら私は戻れないわよ?』

 

 二人の人妖に熱心に引き留められて、すっかり困り果てている博麗霊夢に、八雲紫はこんな提案をした。

 

『霊夢。もし妖怪になったとしても、常に人間の味方であり続けると約束してくれる?』

『元からそのつもりだけど? 相手から襲ってくることがない限り、少なくとも私から積極的に襲うつもりはないし』

『その姿勢なら問題ないわね。〝博麗″の名を持つ者が人間の敵ではないと公布すれば、幻想郷に悪影響は及ばないでしょう。とにかく霊夢、あなたは〝博麗″を捨てちゃ駄目。私が許さないわよ』

『もう~何なのよ? まああんたがそこまで言うなら構わないけど。それじゃ今度こそ行くわよ?』

『いってらっしゃい』

『仙人の修行、頑張ってくださいね~!』

 

 再三に渡る説得により、結局博麗霊夢は〝博麗″の名を捨てること無く、博麗神社を後にした。

 

 

 

 30分後、博麗霊夢は妖怪の山の中腹にひっそりと建つ茨華扇の屋敷に辿り着く。玄関先にはその屋敷の主が待ち構えていた。

 

『約束通り来たわよ~!』 

『いらっしゃい霊夢。よく来ましたね。もう終わったのですか?』

『ええ。ついさっき博麗の巫女は後任の子に譲ったから、今の私は仙人を志すただの人間よ』

『そうですか。今までは博麗の巫女としての立場もあって控えめにしていましたが、今日から本格的に厳しい修行の日々が始まります。覚悟は出来ていますか?』

『元からそのつもりよ。聞かれるまでもないことだわ』

『よろしい。では入りなさい』

 

 戸を開けて中に入った茨木華扇の後に博麗霊夢が続いた所で、女神咲夜は映像を停止した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 

 

「……八雲紫の慧眼には驚かされるわね。西暦2108年に訪れていた霊夢の死を事前に潰すなんて。彼女、本当は未来が見えているのではないかしら? ……いえ、それだけの頭脳があるからこそ、幻想郷を創造できたのかしらね」

 

 女神咲夜が人間として生きていた頃は、八雲紫とはあまり関わり合いがなく、興味すらも沸かなかった。

 しかし時の女神としての記憶が同化し、宇宙の歴史を見渡せる今となっては、日本がまだ幾つもの国々に分かれていた時代から謀略を張り巡らし、幻想郷の存続に心血を注いできた妖怪だということを知った。

 女神咲夜は人間だった頃とは見識が変わり、彼女の有様に畏敬の念を抱いていた。

 

「いついかなる時代にも歴史を創るキーパーソンがいるものだけど、八雲紫はまさにこの条件に当てはまるわね。彼女の存在で幻想郷の在り方も大きく変化するでしょう。魔理沙もそこが分かっているからこそ、31世紀の幻想郷を救えたのでしょうね」

 

 そう結論付けた所で、女神咲夜はもう1人の歴史のキーパーソンについて考えを戻す。

 

「さて、ここから霊夢の修行が始まるけど……、正直な話あまり見所がないのよね。毎日同じようなことをやってるし。修行を終えて仙人になった時間までさっくりと飛ばしちゃいましょう」

 

 

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ―――――――――――――――――― 

 

 

 

 時刻がおよそ半年飛んで西暦2008年10月10日午前11時5分。

 色鮮やかな紅葉が広がる妖怪の山の中腹、茨華扇の屋敷のとある和室にて、博麗霊夢と茨木華扇が向かい合って正座する場面が映る。

 

『おめでとう霊夢。とうとう仙人になれたのね』

『ありがとう華扇。あんたの指導のおかげよ』

『いいえ。私はただ道を示しただけ。霊夢の日々の努力の成果です。ふふ、師匠として誇らしいわ』

 

 茨木華扇は新たな仙人の誕生を自分のことのように祝福しており、博麗霊夢も笑顔を見せていた。

 

『それにしても、本格的な修行を始めてまさかたったの五か月で仙人に昇華するなんて驚きだわ。普通は仙人になるにはもっと時間が掛かるものだけど、いい意味で肩透かしを食らった気分よ』

『そう言われても、比較対象がいないからあまり実感は沸かないけどね。ま、褒め言葉として受け取っておくわ』

『だけどここで満足してはダメですよ? むしろここからが仙人としての人生の始まりなんですから』

『うん、分かってる』

 

 その後一言二言会話を交わし、博麗霊夢が遂に茨華扇の屋敷を出る時が訪れる。

 

『霊夢、私の元を離れても日々の鍛錬を怠ってはいけませんよ? 魔法使いが魔法の研究に勤しむように、仙人が修行を怠れば肉体の維持が出来ず、あっという間に老いて死んでしまいますから』

『この道を志した時から覚悟してた事よ。大丈夫、もう昔みたいな怠け癖はすっかりなくなったわ』

 

 彼女の答えに満足気に頷いた茨木華扇は、さらに続けて。

 

『もう一つ忠告をしておきます。仙人は100年に1度、地獄から死神のお迎えがやってきます。彼らを倒すことでさらに寿命を伸ばして、天人を目指して切磋琢磨していくのです。それは天人になっても終わりはありません』

 

 続けて、『しかし、彼らは非常に狡猾で、心の隙間を突いた精神攻撃を多用してきます。心身共に鍛え上げなければ勝てない強敵であり、負ければ地獄に落ちて閻魔の裁きを受ける事になるでしょう。……頑張るのですよ』

『とはいってもねぇ、100年も先の話だし、ま、その時が来たら考えるわ。それじゃあね~』

 

 手を振る茨木華扇に見送られ、博麗霊夢は屋敷を後にした。

 

 

 

 

『ん~! なんか久しぶりね』

 

 妖怪の山を離れ、風呂敷包み片手に幻想郷上空を飛行する博麗霊夢。

 俗世との関りを断ち、茨華扇の屋敷でおよそ半年間に渡って住み込みで修行していた彼女からしてみれば、何の変哲もない景色にすら新鮮さと安心感を覚えていた。

 

『これからどうしようかな。もう神社には戻れないし、まずは衣食住を確保しないといけないよね。……でもその前に、魔理沙に報告しにいこっかな』

 

 当てもなく飛んでいた博麗霊夢は進路を魔法の森へと変更し、やがて霧雨魔理沙邸の前に降りた彼女は、そっと玄関の扉をノックした。

 

『魔理沙~! いる~?』

 

 家の中に向けて呼びかけると、一拍遅れて騒がしい足音と共に扉が開かれ、家主が姿を現した。

 

『誰だ? ……って霊夢か。久しぶりだな。いつ降りてきたんだ?』

『ほんのついさっきよ。それより聞いて! 私とうとう仙人になったのよ!』

『へぇ、凄いじゃないか。てっきり途中で投げ出すと思ってたぜ』

『ふふん。私がちょっと本気を出せばこんなもんよ!』

『もう他の奴には知らせて来たのか?』

『ううん。魔理沙に真っ先に知らせに来たのよ』

『っ! そうか、なら私以外の奴らにも知らせて来いよ。お前が仙人になったって知ったら、きっと驚くと思うぜ』

『それもそうね。それじゃ魔理沙、また後でね!』

『おう』

 

 博麗霊夢はテンション高いまま飛び去って行き、影が見えなくなるまで見送った霧雨魔理沙は、万感の思いを込めて呟く。

 

『咲夜に霊夢、どんどん私の知り合いが妖怪になっていくな……これはもう、私も覚悟を決めないといけないかもしれん』

 

 扉を閉めた霧雨魔理沙は、カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、床に散らかる物を踏まないように研究机へと移動する。

 

『…………』

 

 彼女の視線の先にあるのは、表紙に六芒星が装丁された1冊の魔導書。紅魔館の大図書館から拝借してきた魔導書を参考にしながら、博麗霊夢が修行に明け暮れていた半年の間に開発した霧雨魔理沙オリジナルの魔導書だった。

 早速手に取って中をパラパラとめくっていく。日本語でも英語でもない言語でびっしりと記されたそれは、種族としての魔法使いが見れば首を傾げるような内容だった。

 

『できれば私はこれを使いたくはないんだが、いずれこいつが必要となる時が来るんだろうな……』

 

 険しい表情で呟く霧雨魔理沙の言葉で、映像は締めくくられていった。

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 

「霊夢が仙人になって妖怪の仲間入りを果たしたことで、多くの人妖は歓迎の意を示したけれど、この歴史の魔理沙は素直に祝福できなかった。元をたどれば同じ魔理沙なのにここまで考え方が違うなんて不思議ね。これも歴史改変の影響かしら?」

 

 先程の映像から、この時の霧雨魔理沙の心情を推測する女神咲夜だったが。

 

「いえ、ここであれこれと考えるよりも結果を見た方が早いわね。この時の出来事が後々どんな影響を及ぼすのか、次の時間へ進みましょう」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。