魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第126話 霊夢の歴史④

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 女神咲夜が次に照準を合わせた時間は、あれから約1年半飛んで西暦2010年5月15日午後4時00分。辺り一帯が開けた平原にて、弾幕ごっこに敗れ地面に倒れている霧雨魔理沙と、彼女を見下ろす博麗霊夢の場景から始まる。

 

『クソッ、また負けたのか! 何故だ! 何故勝てないんだ!』

『…………』

 

 霧雨魔理沙は起き上がろうともせず、ただひたすら地面を殴りながら苛立ちをぶつけている。対して博麗霊夢は、目の前で本気で悔しがっている彼女にどう声を掛けたらいいか分からず、無言でその様を見下ろしていた。

 

 彼女達がまだ人間の少女だった頃はお互いの実力は拮抗していた。しかしあれから2年と8か月。博麗霊夢が仙人となり、霧雨魔理沙が年相応に美しく成長した今となっては、博麗霊夢が9対1の割合で勝利することが多くなった。

 

 そもそも人間が妖怪と真正面からぶつかりあえば、あっという間に瞬殺されてしまうのがこの世界の常識であり、それほどまでに力の差は歴然だ。

 

 弾幕ごっことは、人間と妖怪の絶対的な実力差を埋めるために考案された画期的な決闘法ではあったが、そのルールの範囲内ですらも熟練者と初心者では格差が生じてしまい、今の霧雨魔理沙はまさにこのパターンに陥っていた。

 

 誤解のないように説明すると霧雨魔理沙は決して初心者ではない。人の身でありながら努力に努力を重ねて今の力を手に入れた彼女は、むしろ幻想郷全体を見渡せば一流の弾幕プレイヤーとも言える。

 

 しかし博麗霊夢は人間だった頃ですら天性の才能だけで様々な異変を解決してきた少女だった。そんな彼女が修行を積んで仙人になり、彼女の肉を狙って襲い来る妖怪を撃退する日々を送ってきたことで実戦的な技術が加わり、まさに鬼に金棒、向かう所敵なし。〝怠惰な天才″が〝努力する天才″へ意識を変えたことで、博麗霊夢は幻想郷屈指の超一流弾幕プレイヤーにまで登りつめていた。

 

 長くなってしまったが、ここまでの説明を一言で纏めてしまえば〝相手が悪い″。それに尽きる。

 

『あんたも上手くなってると思うわ。もしさっきのスペルが命中してれば、勝負の行方は分からなかったわけだし』

 

 博麗霊夢は過去に一度だけ、あまり勝ちすぎてもよくないと思いわざと負けたことがあった。しかしそれはすぐに見破られ、烈火のごとく怒り狂ったことがあった為、それ以降は常に本気でぶつかるようにしている。

  

『くぅっ~……! 私にはもうあまり時間が残されていないのに……』

 

 博麗霊夢にとってはフォローの言葉を掛けたつもりだったが、霧雨魔理沙はそれを〝弱い自分への憐み″と捉えてしまい、悔しさで心が押しつぶされそうになっていた。

 

『次こそは負けないからな! 覚えていろよ~!』

『あ、ちょっと!』

 

 いたたまれない気持ちで一杯になった霧雨魔理沙は、捨て台詞を吐いて箒にまたがり、そのまま飛び去ってしまった。

 

『なんで魔理沙は勝ち負けにあんなに拘るようになったのかな? 昔はそんなことなかったのに……』

 

 霧雨魔理沙の心中を全く知らない博麗霊夢は、彼女が飛び去って行った空を寂し気に見上げていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、真っ直ぐ自宅に帰った霧雨魔理沙は、リビングのソファーに座ったまま文字通り頭を抱えていた。

 

『はぁ、もうどうしたらいいんだろ……。霊夢があまりにも強すぎて、だんだん追いつけなくなってきてるぜ……』

 

 この頃になると、自らの可能性を信じ万能感に満ち溢れていた3年前とは違い、徐々に現実が――己の能力の限界を感じつつあったが、努力は必ず報われると信じてここまでやって来た霧雨魔理沙にとって、決して認めたくない事実でもあった。

 

『私よりも運動能力・反応速度・瞬発力が上回り、自慢の弾幕の美しさすらも互角の相手にどうやって立ち回ればいいか……。う~ん』

 

 深く腰かけたまましばらく考え込んでいたが、中々いい案が思い浮かばない。ふと近くに立て掛けてあった全身鏡に目を移すと、そこには思い悩む自分の姿が映り込んだ。

 

 今年17歳になった霧雨魔理沙は、博麗霊夢を追い越すくらいに背が伸び、スタイルもより女性らしくなった。

 

 最近では知り合いから『もうその喋り方をやめてもっとお淑やかにしたら? 似合わないわよ』や『魔理沙、そろそろ将来についてちゃんと考えたらどう? 人間の時間は短いのよ』とまで言われる始末。もちろん当の本人は聞く気はなかったが。

 

『そろそろまずいよなぁ……。このまま月日が経てば〝資格″が無くなっちまう。どうしよう、私も魔法使いになるか? 思えば霊夢も仙人になってからむっちゃ強くなったんだよな』

 

 幻想郷には〝弾幕ごっこは少女の遊び″という暗黙のルールが存在する。大抵の妖怪は、年齢はともあれ〝少女″の姿を取っている為問題はないが、ある時期を境に〝成長″が〝老化″に転じてしまう人間にとってはその限りではなく、今の霧雨魔理沙はこの問題に直面していた。

 

 この機会にすっぱりと辞めて別の分野の研究を始めるか、それとも……。人生の岐路に立たされた彼女は悩みに悩み抜き、日が傾きかけてきた頃に結論を下す。

 

『……いや、悩む必要なんかないじゃないか。私は最後まで人のまま人の可能性を追い求める。もうこれしか選択肢はないんだ。……霊夢の話が本当であってたまるもんか。私は私なんだ』

 

 記憶に残るのは、3年前の200X年9月4日、博麗霊夢が巫女を辞めると宣言した宴会の夜に彼女と交わした会話。彼女から見て未来の自分、時間旅行者霧雨魔理沙への反骨心が勝ったこの時間の霧雨魔理沙は、人であることの信念を貫く決断をした。

 

『そうと決めた以上躊躇う必要はないな。あれを使うか!』

 

 霧雨魔理沙は立ち上がり、戸棚の奥から魔導書を手に取る。博麗霊夢が巫女を辞めた日から、来るべき時の為に大切に仕舞い込んでいたが、今日がその〝来るべき時″だと信じて決心したのだ。

 彼女はページを開いて呪文を詠唱していく。足元に六芒星の魔法陣が出現し、それに全身が包まれ、光の欠片が体内へと入り込んでいく。

 やがてものの数分もしないで光が収束し、魔法陣も砂のように消えていった。

 

『……これで良し』

 

 彼女は全身鏡を見ながら、手ごたえを感じるように拳を握る。

 一見すると、何も変化がないように見えるが、彼女が使用した魔法は、〝外見を固定する”効果を持ち、歳を重ねるに連れて効力を発揮してくる。もちろんアリス・マーガトロイドやパチュリー・ノーレッジのような、〝種族としての魔法使い″には全く必要がない魔法だ。

 

 改変前の歴史の〝霧雨魔理沙″はこんな魔法は使用せず、〝創りだそう″という発想すらなかった。これも博麗霊夢が仙人になった影響といえよう。

 

『私は命ある限りどこまでだって霊夢に付いていく。まだ最前線から脱落する訳にはいかないんだ』

 

 鏡に映る自分を見据えながら、決意を固めた霧雨魔理沙だった。

 

 

 

 

 それから10年後の西暦2020年3月29日午後1時20分。場面が霧雨魔理沙宅から先程と同じ平原へと移り変わり、弾幕ごっこが終了したシーンから始まったが、一つ前の観測時間と大きく違う所は、博麗霊夢が敗者として地面に倒れている所だ。

 

『よ~し、勝ったぜ!』

『ああ、負けちゃった。あと一歩だったのになぁ』

 

 全身で喜びを表現する霧雨魔理沙に対し、博麗霊夢は苦笑しながら立ち上がる。

 

 10年前の5月15日、心の整理をつけ、寝る間も惜しんで努力に努力を重ねた成果もあって、一時期は1割を切りそうだった勝率を5割まで戻す大健闘を見せていた。

 

 この時代の霧雨魔理沙と博麗霊夢の両名は弾幕ごっこのエキスパートと呼ばれ、幻想郷では〝異変″と呼ばれる数々の事件も、博麗の巫女の立場を奪ってしまいそうな程に次々と解決し、二人のコンビネーションに並び立つ者はいないとまで評されていた。

 

『強くなったわね魔理沙。まさかあのタイミングで前に出て来るとは思わなかったわ』

『お前の事は常に観察してるからな。今の私には弾幕を放つ寸前の僅かな筋肉の動きから、考え事をする時に無意識に髪をいじる癖まで、お前の事なら何から何まではっきりと分かっている!』

『そ、そう……。よく見ているのね。あはは』 

 

 ビシっと博麗霊夢を指さしながら堂々と宣言する霧雨魔理沙。色々とツッコミどころがある発言だったが、熱意が籠っているのは確かである為、博麗霊夢は照れ笑いを浮かべるしかなかった。

 そんな中、ふと彼女は重大な事に気づく。

 

『そういえば、あんた随分と前から成長が止まってない? もしかして魔女になっていたの?』

『!』

 

 大抵の人間は10年も経てば身長が伸びたり、顔つきや体型が多かれ少なかれ変化するものだ。ところが霧雨魔理沙は、博麗霊夢の指摘通り10年前から何一つ変わらない姿を保ち続けていた。

 むしろ何故今まで気づかなかったのだろうか。もしかしたら人間より妖怪の方が付き合いが多く、自らも妖怪になってしまった博麗霊夢だからこそ、うっかり見落としていたのかもしれない。

 

『…………あ、ああ、まあな』

 

 色々思う所はあったが、霧雨魔理沙は余計なことを言わず、〝人間″であることを誤魔化した。

 

『な~んだ。それならそうともっと早く言ってくれれば良かったのに! クス、きっと未来の魔理沙はびっくりするだろうなぁ』

『…………』

 

 笑顔を見せる博麗霊夢だったが、対照的に霧雨魔理沙は固い表情をしていた。彼女の態度がなにを意味するか、当時の博麗霊夢は知る由もない。

 

 

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「これ以後も2人は良好な関係を築いたまま、幻想郷で存在感を示していくことになる。だけど2010年に魔理沙が下した決断、そしてこの時間に吐いた一つの噓。このことが後々首を絞めることになるのよね……」 

 

 だんだんと結末が読めてきた女神咲夜は表情が暗くなるが、観測の手を緩める事はなかった。




次の話は34年後(西暦2054年)まで時間が飛びます



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