魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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高評価ありがとうございます。

※今回の話は人間魔理沙の34年後と37年後、死亡シーンを描写します。


第127話 霊夢の歴史⑤~⑥

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 女神咲夜が次に観測した時間は、前回観測した時間から34年飛んで西暦2054年8月2日午後3時00分。外の世界の科学技術は日進月歩で、人工知能によるシンギュラリティが訪れていたが、ここは幻想郷。科学とは無縁な原風景が相も変わらず広がっている。

 季節は真夏。猛暑のピークとなる時間帯は過ぎたものの、まだまだ暑さが残る快晴の日。映像は魔法の森付近の草原から始まった。

 空中で花火のように美しく舞い散る虹色の弾幕は、見る者全ての心を奪う芸術となり、弾幕ごっこの魅力を最大限に引き出すものだった。それを演出する2名の役者の名は博麗霊夢と藤原妹紅。両者一歩も譲らず、手に汗握る激戦を繰り広げている。

 特等席で観戦するは、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイド。

 

『頑張れ霊夢ー!』

『…………』

 

 巻き込まれない程度に近い距離から声援を送るアリス・マーガトロイドとは違い、全体が見渡せる位置から座って観戦する霧雨魔理沙の表情は至って真剣だった。

 

『はあっ!』

『うっ――!?』

 

 やがて博麗霊夢が放った渾身の一発が藤原妹紅の脇腹に被弾し、そのまま草原へと撃墜する。決着が付いたことを確信した博麗霊夢は、墜落した藤原妹紅の前に降り立った。

 

『私の勝ちね!』

『ああ。負けた負けた。よっと』

 

 腕を立て、体をしならせるようにして飛び起きる藤原妹紅。衣服にまとわりついた草葉を払いのけながら問いかける。

 

『相変わらず鬼のように強いな霊夢は。一体どんな秘密があるんだ?』

『そんなの単純よ。好きこそ物の上手なれってね』

『ははっ、成程ね』

 

 愉快そうに笑う藤原妹紅は、負けたことも気にせず心の底から弾幕ごっこを楽しんでいた。

 

『ねえ、魔理沙もたまにはやりましょうよ。もうずいぶんとやってないんじゃない?』

 

 博麗霊夢は霧雨魔理沙の元まで歩いていき、誘いをかけたが。

 

『……いや、いい。もう私はプレイヤーとして楽しむよりオーディエンスとして楽しむ方が好きなんだよ。お前の弾幕は見てるだけで心惹かれるからさ』

『でも……』

『お~い霊夢! もう一回相手してくれ! さっきのはウォーミングアップだ。次こそ勝ってやる!』

『ほら、せっかく妹紅が呼んでるんだから相手してやれよ。私のことはいいからさ』

『そう?』

 

 やんわりと誘いを断り、博麗霊夢は元の位置に戻って行き、両者再び向かい合う形になった。

 

『それじゃ始めるわよ~』

『いつでもいいぜー!』

 

 そうして弾幕ごっこ2回戦が始まり、飛んだり跳ねたりしながら弾幕を放つ二人に霧雨魔理沙は熱視線を送っていた。

 

『…………』

 

 そんな彼女の態度に心当たりのあるアリス・マーガトロイドは、芳しくない表情で霧雨魔理沙を見つめていた。

 

 

 

 

 翌日の午前11時30分。場面が魔法の森の霧雨魔理沙邸に移り、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドがリビングの机で向かい合いながら話す場景から始まる。

 

『いつも済まないなアリス。お前には本当に助けられてばかりだ』

『これくらいどうってことはないわ』

 

 彼女の自宅はアリス・マーガトロイドの手によって、吸血鬼になったメイド長がスカウトしたくなるくらい綺麗に整理整頓されていた。

 

『それよりいつまで霊夢に秘密にしておくつもりなの? 貴女がまだ〝人間″だって。幾ら魔法で見た目を若い頃のままにしていても、年相応に肉体も心も衰えて来てるでしょ?』

『……確かにそれは否定できんな。まだ頭はしっかり働くんだが、思った通りに体がついて行かないんだよな。昔は欠かさず参加していた〝異変″は尚の事、あれだけ好きだった弾幕ごっこも碌にできなくなっちまったし』

『…………』

 

 とある日に、偶然霧雨魔理沙の秘密を知ってしまったアリス・マーガトロイドは、それ以来彼女が無事かどうか定期的に様子を見に来るようになっていた。

 

『だけど私は真実を明かすつもりはないぜ。お前には知られちまったからしょうがないが、他の皆――特に霊夢だけは絶対に私の弱い姿は見せたくないんだ。残り短い人生だけどあいつとは対等な関係でいたいからさ。はははっ』

『魔理沙……』

 

 軽く笑い飛ばす霧雨魔理沙だったが、アリス・マーガトロイドは近い将来に必ず訪れる日の事を考えると、決して笑えなかった。

 

『考えなおすつもりはないの?』

『お前にだけは明かすが、今研究中の魔法はこの世界を根本からひっくり返す画期的な魔法なんだ。これさえ完成すれば、今の私ともおさらば出来るんだ』

『……良く分からないけど、それならなおの事、手遅れになる前に種族としての魔法使いになった方が良いでしょ』

『私はな、47年前、霊夢が巫女を辞めると宣言したあの日に言っちまったんだよ。『人のまま生きて、人のまま高みを目指し、人のまま死ぬ』ってな。今更撤回なんてできんよ』

『そんなつまんないプライドなんか捨てなさいよ。その方が合理的じゃないの。聡明なあなたなら私の言いたい事わかるでしょ?』

『……それについては申し訳なく思ってるよ。だがこのプライドを捨てちまったら私のこれまでの人生が何だったのか分からなくなっちまう』

『魔理沙……』

『だから頼む。霊夢には内緒にしていてくれ。この通りだ!』

 

 頭を下げる霧雨魔理沙を見て、少し思う所があったアリス・マーガトロイドだったが。

 

『……分かった。魔理沙の意思を尊重してもう何も言わない』

『助かるよアリス』

『でも、もし何かあったらすぐにこの人形を通して私を呼びなさいよ? 貴女ももういい歳なんだから、あまり無理しないでね?』

『……あぁ、そうだな…………』

 

 霧雨魔理沙が悲しく呟いた所で、映像は途切れていった。

 

 

 

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「…………」

 

 観測を終えた女神咲夜は険しい表情で黙り込む。何故なら彼女が口にした『この世界を根本からひっくり返す画期的魔法』の意味が分かっていたからだ。

 

「う~ん。どの歴史の魔理沙も何処かで歯車が狂ってしまうと同じ所に行きついてしまうのかしらねぇ。もしくはそれ程までにタイムトラベルが魅力的なのかしら。彼女にはこうなって欲しくなかったんだけど」 

 

 そう呟きつつ、次の歴史の転換点となる時間に移ろうとしたところで気づく。ついに観測したくない時間が来てしまった事に。

 

「……この歴史の魔理沙がどんな終わりを迎えるのか、見届ける責任がありそうね」

 

 女神咲夜は意を決して、霧雨魔理沙の命日、西暦205X年1月30日の観測を開始した。

 

 

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 西暦205X年1月30日――幾日にも渡って降り続いた雪がやっと晴れ、降り積もった雪で一面銀世界となった幻想郷。風も冷たく、この冬一番のとても寒い日だった。

 

『う~寒い寒い。こんな日は温かくして過ごすに限るわね』

 

 時刻は午前10時02分。人里近くの森の中に構えた自宅の中で、どてらと手袋を身に着け、炬燵の中でぬくぬくとしていた博麗霊夢の元に、血相変えたアリス・マーガトロイドが飛び込んでくる所から、映像が始まった。

 

『大変よ霊夢!』

『あらどうしたのアリス? そんなに慌てて』

『おおお、落ち着いて聞いてね! ……魔理沙が今朝亡くなったのよ!』

『なんですって!? どういう事よ!?』

『詳しい説明は後! と、とにかくすぐに永遠亭に来て!』

 

 居ても立っても居られず、アリス・マーガトロイドと共に家を飛び出した博麗霊夢は、脇目もふらず全速力で永遠亭へ飛んでいった。

 そして10分もしないうちに、永遠亭の玄関に辿り着くと、乱暴に引き戸を開け放った。

 

『お待ちしてました霊夢さん』

『魔理沙が亡くなったって聞いたんだけど、本当なの?』

『……はい、そうです。彼女が安置されている部屋まで案内します。ついてきてください』

 

 出迎えに出て来た鈴仙・優曇華院・イナバの誘導に従い、駆け足で屋敷の奥へ案内される。

 

『この部屋です』

『!』

 

 襖を開いた博麗霊夢の目の前に飛び込んできたのは、布団に眠らされている人の姿。その人物の顔に白い布が敷かれているのを見て、全てを悟った博麗霊夢はその場にいた八意永琳を問い詰める。

 

『っ! これはどういうことなの!? なんで魔理沙が死んでるのよ!』

『……残念ですが、彼女がここに運びこまれた時にはもう手遅れの状態でした』

『何よそれ! そこを何とかするのが医者の仕事なんじゃないの!?』

『お気持ちは痛いほど分かりますが、例えどんな薬を用いても、既に亡くなった人を生き返らせることは不可能です』

『っ……!』

 

 淡々とした説明に愕然とする博麗霊夢に、第一発見者のアリス・マーガトロイドが状況説明を始める。

 

『私が1時間くらい前に魔理沙の家を訪ねたんだけどね、ドアをたたいても返事がないから変だなって思って窓から覗いてみたら、ペンを握ったまま床に倒れている魔理沙を発見したのよ。びっくりして、急いでここまで運んで来たんだけど、その時にはもう……』

『そんなことって……! 死因はなんなのよ!』

『死因は冠動脈の閉塞による心筋細胞の壊死――心筋梗塞ね。加齢による動脈硬化の進行に加えて、今日はこの冬一番の寒さ。不運が重なった事によるものでしょう。むしろ齢六十を超えた身で、瘴気まみれの土地で暮らしていけたことが奇跡だと私は思うわ』

『……ちょっと待ちなさいよ……。え……何……? もしかして魔理沙は人間だったの?』

『ごめんなさいね、霊夢。魔理沙に口止めされていたから内緒にしていたんだけど……』

 

 申し訳なさそうに俯くアリス・マーガトロイドを責める間もなく、博麗霊夢は恐る恐る遺体に近づき、震えた腕で面布を捲る。綺麗な金髪はすっかりくすみ、無念さを強く感じさせる表情で目を閉じる老婆が眠っていた。

  

『……そんな…………噓、でしょ……? だってほんの一週間前まで普通に話してたじゃない……』

 

 亡くなる直前まで接して来た霧雨魔理沙像とは大きくかけ離れた姿に、未だ現実味が沸かず呆然としている博麗霊夢。八意永琳はすかさず声を掛ける。

  

『実は彼女の遺体に遺言書と思われる手紙が残されていました。生前一番親しい仲だった貴女に渡しておきます』

『ちょうだい!』

 

 博麗霊夢はひったくるように『遺言状』と記された封書を手にすると、病室を後にする鈴仙・優曇華院・イナバと八意永琳に目もくれず遺書の全文に目を通していく。そこには霧雨魔理沙の本音が率直に綴られていて、読み進めていくうちに顔色はみるみると悪くなっていき、終いには涙があふれだしていた。

 

『……何が書かれていたの?』 

『ああ、どうして……? どうしてこんなことになっちゃったのよ魔理沙ぁぁぁ……私が、私がもっと早く気づいていれば……! うわぁぁぁぁぁん!』

 

 アリス・マーガトロイドの問いかけに応える余裕もなく、遺体に縋りつくように大声で泣きわめく博麗霊夢が映し出された所で、映像は途切れた。

 

 

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「…………やはりこうなってしまったのね。此度の霊夢と魔理沙の歴史、物語としてはバッドエンドね。些細なすれ違いが巡り巡って決定的な亀裂を生んでしまった悲劇。運命のイタズラとは残酷ね」

 

 人類の歴史を紐解けば、こんな終わり方はありふれた展開、よくある悲劇の物語としてすぐに埋もれてしまうことだろう。宇宙の歴史を観測してきた女神咲夜にとっては見慣れた光景だった。

 しかし今回のケースはそれとは違い、彼女が人間だった頃に親交を深めた相手だからこそ、彼女達の境遇に感情移入してしまい、何とか幸せになって欲しいと心を痛めていた。

 

「この物語の終わりはここじゃない。霊夢が生き続ける限りまだまだ歴史は続くわ」

 

 女神咲夜はバツが悪そうに呟きながらも、歴史の観測を再開する。 

 




ここまで読んでくださりありがとうございました。

この話は最終回ではありません。まだまだ続きます。









以下補足説明


本作はマルチエンディングにしようと当初考えていたのですが、時間移動をテーマにした作品なので、主人公がバッドエンドのまま終わる筈がないと思い至り、エンディングを変更するという経緯がありました。

なので今回の話は、予め考えていた『魔理沙がタイムトラベル出来ずに死亡する』というバッドエンドとなります。

ノーマルエンド・トゥルーエンドの時も、後書きに記します。

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