魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

130 / 283
※誤字修正しました。


第129話 霊夢の歴史⑧

 ――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――――――――――――  

 

 

 西暦2108年10月10日午後2時。夏から秋へと季節が移り替わり、落葉樹が茜色に色付いたとある山の中、ブナの木を背にへたり込む博麗霊夢から観測が始まる。

 

『はあっ、はあっ、はあっ』

 

 彼女の息は粗く、頭からは汗のように血が流れ、彼女愛用の着物は元の柄が分からなくなるほどにべったりと血に染まっていた。

 周囲の落葉樹は無残に倒れ、落葉で埋め尽くされた地面の所々には抉り取られたようなクレーターが幾つも出来上がり、一際大きなクレーターの中心にはうつ伏せで倒れる死神の姿が映り込む。

 

『ふ、ふふ。アーハハハッ! 私は魔理沙に再会するまで死ぬわけにはいかないのよ! ざまあみなさい死神! アハハ――げほっ』

 

 高笑いの途中で血を咳き込み、地面に倒れる博麗霊夢。その姿はお世辞にも壮健とは程遠い。

 仙人や天人に100年に1度必ず訪れる大きな災い。命を刈り取るべく地獄から差し向けられた死神との壮絶な死闘を制し、辛くも掴み取った勝利だった。 

 

『か、華扇は『死神は心の隙間を突いた精神攻撃を多用してくる』って話していたけど、まさか魔理沙の姿で現れるなんてねぇ。フフ、偽物だと分かっていてもかなり辛かったわ……ゴホッ』

 

 幻想郷でも無類の強さを誇る博麗霊夢にとって、死神の用いた精神攻撃はまさに弁慶の泣き所であり、かなりの苦戦を強いられた。彼女が大怪我を負った原因も、そして今こうして生きているのも、ひとえに時間旅行者霧雨魔理沙との約束を果たす――ただそれだけの理由であった。

 

 そして博麗霊夢は、近くに落ちていた木の棒を支えによろよろと立ち上がりながら。

 

『……あと、49年、か。フフフ、待っててね魔理沙。必ず生きて貴女に会いに行くわ……。ウフ、ウフフフフ』

 

 執念と狂気の笑みを浮かべ、足を引きずるようにしながら森の奥へと消えていった。

 

 

 

 先程までの激しい戦闘が嘘のように元の静けさを取り戻し、周囲に誰もいないことを確認してから、小野塚小町が木の影から姿を現した。

 

『……やれやれ、おっかないねぇ。既に死んだ人間にあんなに執着するなんて。普通の仙人だったら心の弱さに付け込まれてとっくにあの世行きだったろうに。大したもんだよ全く』

 

 同族の死にさして感慨に耽る事もなく、目の前で起きた光景に感嘆の句を漏らす。博麗霊夢は全く気づいていなかったが、彼女は少し離れた木の上から、戦闘の一部始終をこっそりと観戦していた。

 

『…………』

 

 小野塚小町は博麗霊夢が去って行った方向を見て思案していたが。

 

『いや、これ以上は余計なお節介だろうね。さ、私も帰ろうかな。四季様にも報告しておかないと』

 

 自らの考えを振り払い、彼岸へと帰っていった。

 

 

 

 同日午後2時10分、是非曲直庁――。

 地獄に存在するこの場所では、主に死者の霊魂の裁判や輪廻転生の管理、地獄に堕ちた罪人の魂の拷問、仙人や天人といった不当に寿命を伸ばしている輩のお迎えなど、生命の〝死″に関する事柄を一挙に担っている。

 そんな生者には全く用がない場所のとある一室にて、書類仕事を行っている地獄の最高裁判長こと四季映姫の元に、小野塚小町が訪れた。

 

『ただいま帰りました!』

『おかえりなさい。首尾はどうでしたか』

『ええ。霊夢は我々(是非曲直庁)が差し向けた刺客を見事に撃退しましたよ――』

 

 そう前置きして、ほんの10分前までに起きた出来事を仔細なく報告していった。

 

『――と、言う訳でして。それはもう、言葉では表しつくせないくらい激しい戦闘でした』 

『そうですか、ご苦労様でした。ふむ……』

 

 部下をねぎらう彼女は、言葉とは裏腹に筆が止まり、顎に手を当てて考え込む様子を見せていた。

 

『ところで四季様。霧雨魔理沙という人物を覚えてますか』

『霧雨魔理沙……懐かしい名前ですね。彼女は良くも悪くも幻想郷で目立つ人間でした。忘れるはずがありません。……彼女がどうかしましたか?』

『私は死神との戦いに勝った後に霊夢が口にした言葉がどうも気になるんですよ。魔理沙はとうの昔に亡くなった筈なのに、まるで再び会えることを確信しているかのようで』 

『……確かにそうですね。霊夢は明らかに心の弱さを見せている筈なのに、試練を乗り越えてしまった。これは今までの歴史の中でも類を見ないことです』

『もしかしたら魔理沙はまだ生きているのでしょうか?』

『それはあり得ません。西暦205X年1月30日に彼女は寿命が尽きて、その魂を私の手で裁いて輪廻の輪に乗せたのですから。ちゃんと記録も残っていますよ』

『ですよねぇ』

 

 机の引き出しから、凶器にもなり得る分厚さの古びた冊子を取り出して見せる四季映姫。ここには西暦205X年に死亡した全ての人妖の記録が詳細に記されている。

 彼女の持つ【白黒はっきりつける程度の能力】は、自分の中に在る絶対的な善悪の基準を元に、何者にも惑わされずに完璧な判断を下すことができる能力であり、何人たりともその術から逃れられない。それ故に死者の霊魂の裁判は、人間社会で度々起こり得る〝冤罪″が全く生じない理想的な裁判なのだ。

 それ故に疑いを挟む余地はないのだが、小野塚小町から博麗霊夢の様子を伝え聞いた時、過去に抱いた引っ掛かりが再び甦り始めた。

 

『……そういえば、彼女を裁くために浄玻璃の鏡で過去を覗いた時、幾つか気になる部分がありましたね』

『気になる部分、ですか?』

『小町、タイムトラベルって知っていますか?』

『え? んーと、今より過去の時間に戻ったり、もしくは未来へ行ったりすることでしたっけ』

『その解釈で合ってます。詳しい事情は省きますが、生前の彼女は個人的な目的によりタイムトラベルの研究を行っていました。しかしそれが完成する前に寿命を迎えてしまい、研究は中途半端に終わったようで、〝ここ″に来た際にはかなり未練が残っていました』

『そんなことが……』

 

 かつての知人が抱いていた思いもしない野望に、小野塚小町はただただ驚くばかりだった。

 

『しかし彼女は、未練と同時に希望を抱いていました』

『希望?』

『なんでも、この世界にはもう1人の〝魔理沙″がいて、この魔理沙はタイムトラベルを自由に行使できるそうです』

『えぇ!? そんな話が有り得るんですか!?』

『死亡した魔理沙も伝聞するところでしか知っていなかったので真偽不明ですが、その〝魔理沙″は、私達の良く知るとある人物の死の時刻を変えたそうよ。気になった私はその年の裁判記録を読み返してみましたが、当該人物の名前を確認できませんでした。もちろん私の記憶にも、その人物を裁いた事実はありません』

『だとしたら、その魔理沙が〝勘違い″してるってことなんじゃないですか?』

『ええ。私もそう判断してあの時は深く追及しませんでしたが、今日の霊夢の態度でこの話の信憑性が高くなりました。仮にこれが真実だとしたら、私のあずかり知らない所で多くの人妖が彼女によって運命を操作されているかもしれません。紅魔館の吸血鬼の比じゃない能力ですよこれは。職務上見過ごすわけには行きません』

『……なんかもう、なにがなんだか良く分かりませんけど、四季様が曖昧な推測で語るなんて余程のことなんですね。その〝死の時刻″が変わった人間って一体誰なんですか?』

『小町も良く知る人間よ。――いえ、今は仙人になったと表現した方が正しいわね』

『――! なるほど、それで四季様は私を派遣したのですね』

 

 ここに来てようやく四季映姫の意図を掴んだ小野塚小町は、彼女の聡明さに改めて敬服していた。

 

『いずれにしても、私達の知らない〝魔理沙″が何者なのか確認の必要があるでしょう。今溜まっている仕事が終わり次第霊夢の所を訪ねるわ。小町もついてきなさい』

『承知いたしました! いやぁ、なんだかワクワクしてきましたね!』

 

 知的好奇心を刺激された小野塚小町は珍しく高揚感を見せていたが、四季映姫にとってはただ悩みの種が増えただけであり、彼女程単純に割り切れなかった。

 

『この話は以上よ。さ、仕事に戻りなさい』 

『えぇ~』

『…………』

『す、すぐに帰ります! 失礼しました!』

 

 不満をあらわにした小野塚小町だったが、上司の刺すような視線に身震いを感じ、慌てて部屋を退室していった。

 

『……はぁ。もし本当に〝魔理沙″がいるのなら小町のサボり癖を治してくれないかしらね。これさえなければ優秀なのに』

 

 そんなため息をつきつつ、半ばワーカーホリックになりつつある四季映姫は書類仕事を再開した。




今年の投稿は以上になります。
ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。