――西暦215X年9月21日 正午――
◇◇◇ side――魔理沙―― ◇◇◇
霊夢と別れてタイムジャンプ魔法を発動してからというものの、真っ暗闇の中を、頭が、体が、グルグルと回り続けている。自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのか、それすらも分からない。
思考は闇の中に溶けて消えゆき、自我すらもそのまま飲まれてしまいそうな不思議な浮遊感。恐怖の声を上げようとしても、その声を発する声帯すらも消えている。なぜ、どうしてこうなった?
消えゆく世界の中で、私は――。
「っ――!」
刹那、脳天を直接かち割られたかような鋭い激痛が走り、溜まらず地べたを転げ回る。
「くっ――!」
頭をおさえながら歯を食いしばって立ち上がり、現在の状況を把握するべく周囲を見渡してみる。眼下にはどこまでも広がる雄大な自然、足元には麓へと続く石段があり、すぐ横には赤色の柱が建っている。どうやら私は博麗神社の鳥居の真下にいるようだ。
いつの間にか激しい頭痛も消えていた。なにか途方もない悪夢を見ていたような気がする。
(さっきのは一体なんだったんだ? 何かが頭に直接叩き込まれたような……)
不可思議な感覚の正体を探るために、神社を背に考え込んでいたのがまずかったのか、私は後ろから近づいてくる気配に全く気がつかなかった。
「ねえ、貴女」
「あん?」
声を掛けられ、振り返ったそこには――
「博麗神社へいらっしゃい。遠路はるばるお参りに来てくれてありがとう。本堂はあちらですよ~」
「げげっ! お前は……!」
黒髪黒目のショートヘアーに、氷のように冷たいキレ目が印象的な紅白衣装に身を包む少女。
客観的な時間で〝三日前″の9月18日、私が初めて博麗神社を訪れた際に、突然襲い掛かって来た博麗杏子の姿があった。
(うっかりしてた! この時代の巫女は……!)
『私が妖怪嫌いだっていうのも知ってるよな? 今すぐ私の前から消え失せてくれ』
『お前はここで滅ぼしてやるよ。ああ安心しな、苦しまずに逝かしてやるから。この結界の中に入ったが最後、もはや出ることも敵わないのだ』
〝三日前″の苦々しい記憶が甦り、すぐに逃げだそうと足を一歩踏み出したその時。
「………人の顔を見るなりその反応は酷くない? そりゃあ確かに? 私は目つきが悪くて怖がられることが多いけどさあ……さすがに傷つくよ」
記憶の中の人物像とは裏腹に、かなりしょげた様子な彼女を見て、私は違和感を覚えて立ち止まる。
「お前、私のことを覚えてないのか?」
「……ごめんなさい。たぶん今日が初対面だと思うんだけど。どちら様?」
目の前の少女は噓や冗談を言っているような雰囲気ではなく、本気で戸惑っているようで、〝三日前″に見せた激しい敵愾心は欠片もなくなっている。
さらに私は、新たな異変に気づく。
「そういえば妖怪避けの結界はどうした? お前は妖怪が嫌いなんじゃないのか?」
そう。〝三日前″に850年後へ跳ぶ切欠となった、妖怪避けの結界が綺麗さっぱりなくなっており、言い方は変だが神社の敷地内と外を自由に出入りできるようになっていた。
私の記憶の限りでは、客観的な時間で〝昨日″、300X年の幻想郷の問題を片付け、にとりの操縦する宇宙飛行機に乗ってこの時代に帰って来た時には、確かに張られていた筈。
「結界……? そんなの張るわけないじゃん。そもそも私は妖怪嫌いじゃないし、誰か別の人と勘違いしてない?」
「!」
「他の神社と違って、うちは信仰心さえあれば人間でも妖怪でも誰でも歓迎だよ」
精いっぱいの愛想笑いを浮かべながら話す彼女。
間違いない。どんな理屈でこうなったのかさっぱりだが、私が200X年に戻ったことで、〝三日前″に博麗杏子に襲われた事実がなくなり、性格までもが変化している。
だがそれなら霊夢は何処へ行ったのだろうか? 私に訝し気な視線を送っている彼女にさらに質問を重ねる。
「一応聞くが、お前は博麗の巫女なのか?」
「……見ればわかるでしょ? ふざけてるように見えるかもしれないけど、この衣装は150年以上も前から続く伝統ある巫女服だよ。さっきからおかしなことばっかり聞くのね、貴女」
「この神社にはもう一人、霊夢という巫女がいる筈なんだ。彼女は何処にいる?」
「何の話? 博麗の巫女は代々一人よ」
「……そう、か。邪魔したな」
(結局再会は叶わず――か。そりゃそうだよな、人間が150年も生きられるわけがない)
歴史が変わった様子があるのでちょっとは期待したのだが、どうやら関係ない方向性に変移してしまったようだ。
「――あ。ねえ、ちょっと! 貴女が今言った『霊夢』ってもしかして――」
後ろで何かを喚く杏子の言葉も最後まで聞く気になれず、失意の内に神社から飛び立った。
「はぁ~あ」
博麗神社を後にして自宅へ帰る道すがら、未だにため息がこぼれてしまう。なんだか霊夢がいないと分かった時点で、自分の中で張り詰めていた何かが途切れ、溜め込んでいた疲れがどっと押し寄せていた。
まあ多分、この疲れの8割近くは紅魔館で咲夜にこき使われた分だと思うが。
(つーか、霊夢じゃないんだとしたら以前と何が変わったんだ?)
周囲をキョロキョロと見渡してみても、200X年に跳ぶ前と特に変わった様子はない。いや、そもそもあの時は自分の欲望に沿って過去へ向かったので、そこまで詳しく観察していなかった。
例えば山が一つ消えた――とか、街が一つ増えた――みたいな大きな変化なら流石の私でも気づくだろうが、先程の杏子のように、特定の誰かの性格が変化した、となると……。
(その辺りも調査しないといけないんだろうなぁ。やれやれ)
ニヒルな気持ちのままゆっくりと飛び続け、魔法の森の自宅上空付近まで来た時、私はあることに気づき静止する。
(ん? 家の前に誰かいるみたいだな。人数は三人か? そんでもって一番左に立っているのがアリスみたいだが……)
私と同じ金色の髪に赤いリボンを付け、周りに人形を浮かばせている少女と言えば、アリスくらいしか該当する人物がいないのですぐに分かった。
(日傘差してる奴もいるし、こっからだと良く見えないな)
そう思い、彼女達に気づかれないよう近くの茂みに降りて、影から様子見をすることに決める。
この時代に帰ってくる際に生じた頭痛や、先程の博麗杏子の反応などを鑑みての決断だ。決して、彼女達の間に漂う真剣な空気に割って入る度胸がないわけではない。
「「「…………」」」
何故だか一言もしゃべらず、私の自宅を見上げている三人の少女。
まず私が最初に気になったのが、真ん中に立つ、艶めく黒髪を腰まで伸ばした茶色い瞳の少女だった。
彼女は頭に赤い蝶リボンをつけ、同じく赤を基調に、牡丹、薔薇、桜、梅等の花模様が彩られた極彩色の振袖を着用し、その佇まいも相まって、永遠亭のお姫様に負けずとも劣らない和服美人だった。
(う~ん、どっかで見た事あるんだけど……アリスの知り合いなのかな?)
面影が霊夢に物凄くよく似ているのだが、何というか、私の知る霊夢とはかなり雰囲気が違うので、確信が持てず尻込みしてしまう。
(それにこの少女も気になるんだよなぁ)
私の視線の先には、和服美人の右隣で薄桃色の日傘を差した少女。
絹のような銀髪におさげをぶら下げたボブカット、ルビーのような紅い瞳。頭には白いカチューシャを付け、ワイシャツの上にフリルが施された青色のメイド服を身に着け、腰にはワイシャツと同じ色の前掛けと、銀色の懐中時計をぶら下げている。
背中からはメイド服を突き破るようにコウモリに似た皮膜の羽を生やし、膝丈のスカートからは、ナイフが収められたベルトが巻き付けられた太ももがちらりと窺える。
この銀髪の少女は、凛とした顔立ちや馴染みの深い服装から判断するにどこからどう見ても咲夜にしか見えないのだが、背中から生えた人外の象徴たるコウモリの羽が、彼女ではないのだと強く証明していた。何故なら、彼女は未来のレミリアの願いを断ってまで人であることに拘り続けた少女だ。そう易々と自らの信念を曲げたりしないことは、伝言役となった私が良く知っている。
さて、そうなるとこの少女は何者なのだろうか。順当に考えるなら咲夜の遠い子孫なのだろうが、彼女は若くして亡くなってしまった筈だし、背中の羽について説明が付かない。あるいはレミリアが咲夜そっくりの吸血鬼を何処かから見つけ出し、そいつを眷属にしたのか。
(う~ん、分からないことばかりだな。……というか、ここであれこれ考え込むより直接聞いた方が早いだろ。自分の家に帰るんだから怖気づく必要ないじゃん)
そう思って姿を現そうとした時、今まで無言を貫いていたアリスが口を開く。
「……この場所に来ると、あの頃を思い出すわね」
「……ええ、そうね」
「光陰矢の如しとはよく言うけど、思い返してみればあっという間だった気がするわ」
「確かに魔理沙とは色々あったわよね。あの時なんか――」
「昔話はやめて! そんなの、聞きたくないわ」
「「……ごめんなさい」」
ピシャリと言葉を遮る黒髪の少女に、アリスと銀髪の少女は申し訳なさそうに謝っていた。
どうやら彼女達は長い付き合いのようだが、三人の表情は硬く、ぎこちない空気が伝わってくる。
(会話の流れから察するに、この歴史のマリサは史実通り――と言ったらおかしいが、とっくの昔に亡くなっているみたいだな。……にしても気まずいなこの空気。こんなことならさっさと出て行けば良かったぞ……)
私が登場するタイミングを計っている間にも、二人の会話はさらに続く。
「ねえ、本当に来るのよね? だって魔理沙は100年も昔に亡くなってるのよ? 私達この目で見たじゃない」
「アリス、それは――」
何かを言いかけた銀髪の少女を遮るジェスチャーをしつつ、黒髪の少女は答える。
「――ええ、ええ分かってるわ。アリスの言い分はごもっとも。逆の立場なら私も同じ疑問を抱いていたでしょうね。でもね、私は150年前確かに約束したの。そのためだけに今日この日まで生きて来たんだから、私を信じてちょうだい」
「そうだけど……」
(150年前の約束だって!?)
そのキーワードに大きく動揺した私は、ガサリと物音を立ててしまった。
「誰!?」
「野良妖怪かしら。注意して」
「分かってるわ」
黒髪の少女は懐から象形文字が記されたお札、銀髪の少女はスカートの中から銀のナイフを取り出し、アリスは武器を持たせた人形を召喚。一斉に臨戦態勢に入る。
(まずい、このままだとやられる!)
「待て、私だ! 攻撃するな!」
「え、噓っ!? 貴女は……!」
「……!」
慌てて繁みの中から彼女達の前に飛び出すと、攻撃を仕掛けようとしていた三人の少女はピタッと動きを止め、唖然とした表情で私を凝視していた。
(ほ、間に合ったか)
しかし安堵するのも束の間、黒髪の少女はすぐに立ち直り、私に向かって一直線に駆けてきて。
「魔理沙っ!」
その勢いのまま私の胸に飛び込んできた。
「!?」
「あぁ、この声、この匂い、この感触。やっと本物の魔理沙に会えたわ……! 貴女がいない日常がこんなに寂しいものだとは思わなかった……!」
私の胸で歓喜の涙を流しながら縋りついてくる彼女に、混乱していた私の頭は徐々に状況を理解し始める。
「もしかして……霊夢、なのか?」
「ええ、そうよ! 私のこと忘れちゃったの?」
「そんなわけない! ――ありがとうな霊夢。長い間待たせて済まなかった……」
「本当よ、馬鹿。150年も待たせちゃってさ」
少し成長した姿の霊夢に初見で気付けなかった自分への腹立たしさや、私との約束を律儀に守ってくれた嬉しさ。様々な感情がこみ上げてくるが、何よりもまた、霊夢と楽しく過ごせる日々が訪れるという事実が、私の胸を歓喜の気持ちで満ち溢れさせていく。
「これからずっと私と一緒にいてくれるか? 霊夢」
「ええ、もちろんよ。魔理沙」
涙で濡れる霊夢を強く抱きしめる私も、自然と涙が零れ落ちた――。
ノーマルエンド『親友との再会』