心情描写に力を入れていたので、そこが評価されたことに嬉しく思います。
前回のあらすじ
マリサの遺書を呼んだ魔理沙は、過去へ跳ぶことを決意する。
「魔理沙、貴女の決断に私達からもお礼を言うわ」
「え?」
話がひと段落付いたところで、成り行きを見守っていたパチュリーが口を開いた。
「100年前、私とアリスは亡くなったマリサの意思を継いで時間移動の研究を始めようとした。でもね、霊夢から別の歴史の貴女の話を聞いて、私達は貴女に問題の解決を求めようって決めたのよ」
「時間を管理する神様が存在する以上、私達の手には負えなかったから」
「そんな事情があったのか」
「だからありがとう。魔理沙」
道理で霊夢以外にもこれだけの人数が私を待っていたわけだ。それぞれ色々な思惑がありそうだけど、100年経ってもマリサを心配してくれている妖怪がいる。それだけでも彼女は果報者だ。
「それで魔理沙、どうやって歴史を変えるつもりなの?」
「う~ん、そうだなぁ……」
霊夢は私との約束、および妖怪としての生を肯定しているので、これまでのように原因そのものを覆すわけにはいかない。根っこの部分を残した上で、プラスαの決定的な何かが必要なのだ。
「一番手っ取り早いのは、200X年の9月4日に戻って当の本人にこの未来を教えることなんだけど……。何せ相手が相手だからなあ。素直に応じるか不安なんだよな」
先程霊夢が言っていたように、霧雨魔理沙という人間は天の邪鬼気質があり、何者にも縛られず自由を求める信条を持っている。
綿月姉妹の時のように、交渉によって何時、何処で、何をして欲しい、みたいな条件で承諾してくれるのなら良いけど、此方がどれだけ有利な条件を提示しても、マリサ個人の気持ち次第では首を縦に振ってくれないかもしれない。
損得勘定抜きで動くのが人の感情の素晴らしさでもあり、厄介な面でもある。
「あら、貴女も魔理沙じゃなくて?」
「自分のことなんだから、自分の考えなんて手に取るように分かるんじゃないの? 悩む必要なんてないじゃない」
「いやいや、そんな単純な話じゃないから。私とマリサじゃ歩んできた道が全然違うし。アイツは私だけど私じゃないんだ」
「……ややこしいわね。見た目は瓜二つなのに」
「でも言われてみればそうかも。貴女は亡くなったマリサに比べると率直だし、なにより雰囲気が違うのよね」
「その自覚はあるよ。今日まで色々あったからな」
「ねえ、遺書を読む限りだと、亡くなったマリサはタイムトラベル研究に熱心だったみたいだし、その観点から見たらどうかしら?」
「どういう意味だ咲夜?」
「マリサの命日が205X年1月30日なんだから、その近辺の年に跳んで、タイムトラベル研究を手伝えば良いんじゃない?」
「咲夜、それは手段と目的が逆転してないかしら。彼女は過去の選択をやり直したいと願ったからタイムトラベルに縋ったのよ。そんなことしなくても目の前の魔理沙が跳んだ方が早いわ」
「あ、確かにパチュリー様の仰る通りですね」
「もし亡くなったマリサが真の意味で魔法使いになってたら、タイムトラベルできたのかしら」
「ここにその〝もしも″を具現化した好例が居るわけだし、その可能性は高いわね」
「……いや、多分無理だろうな」
静かに発した私の言葉に、全員の視線が集まる。
「どうして? 亡くなったマリサが研究していた魔法は、貴女が使うタイムジャンプ魔法の基礎だったんじゃないの?」
「確かにそうなんだけどさ、マリサには覚悟が足りていないんだよ」
「覚悟?」
「私は何が何でも霊夢を助けたい――ただその一心で、自分の全てを捨てて研究を重ねて来た。一度死んだ人間が生前と同じように復活するのは無理だからな、タイムトラベルしか頼れる手段はなかった」
あの頃の私は精神的に非常に不安定で、タイムトラベルに縋らなければ心が壊れてしまいそうなくらい追い詰められていた。
「だけどマリサの場合はさ、タイムトラベルなんかに頼らなくても幾らだってやり直せたんだよ。私の時とは違って霊夢が健在なんだから、つまんない意地張ってないで素直に自分の気持ちを打ち明けるだけで良かった。なのにあいつは、失敗から学ぼうとせず、そこから逃げるようにタイムトラベルの研究を始め、最期まで本心を明かそうとしなかった」
自分に言い聞かせるように、さらに私は言葉を重ねていく。
「しかも遺書に遺した最期の願いも結局は他人任せなわけだし、あまりに中途半端で都合が良すぎる。そんな意思の弱い人間にはタイムトラベルなんて一生掛かっても無理だろうさ」
私も、マリサも、率直に言ってしまえば現実からの逃避という理由でタイムトラベルの研究を始めているので、自分も一歩間違えればマリサと同じ末路を辿っていたかもしれない。
明暗を分けたのは、誰かに頼ることを恥と思わず、目的の為になりふり構わずガムシャラに頑張れたかどうかなんだと、私は思う。
「なにもそこまで言わなくたって……」
「随分と辛辣なのね。貴女がそこまで毒舌だとは知らなかったわ」
「そりゃ口も悪くなるさ。マリサが〝私″だからこそ、マリサの末路が悲しくてやりきれないんだ……。クソッ」
「「「「…………」」」」
さっきのパチュリーの言葉の意味が今更になって分かった気がする。ここまで人間の弱さをまじまじと見せつけられると、マリサに失望して当然だ。
「……はは、悪いな湿っぽい空気にして。話が戻るけどさ、やっぱ最初に言った通り、200X年の9月4日の夜に跳んでマリサを説得してみるよ。きっとこれがベストな方法な気がするし」
遺書から推察するに、私がマリサの前に現れる事で霊夢が語った未来の話に信憑性を持たせれば、過去のマリサの考えが変わるかもしれない。
それでも何も変わらないようならもうどうしようもない。霊夢達には悪いが諦めてもらうしかない。
「霊夢、この遺書借りていくぜ」
「うん」
古びた手紙を封筒に仕舞ってから懐に入れ、私は席を立って家の外に出る。気づけば日が傾きかけていて、日中よりも涼しい風が吹いていた。
(風が気持ちいいなあ。……そういえば、懐のルーズリーフどうしようか。元の時間に帰った時に処分しようと思ってたけど、なんかそんなこと言いだせる雰囲気じゃないしな)
一瞬考えた末。
(時の回廊の咲夜に渡せばいいか。ついでに聞いておきたいこともあるしな。よし、それで行こう!)
もうすぐ夕焼けになりそうな空を見上げつつ、気合を入れなおした私は、見送りに来てくれた霊夢達の方へと振り返る。
「それじゃ、150年前に行ってくるよ」
「魔理沙、絶対に帰って来てね! 約束よ!」
「良い報告を聞かせてね」
「精々頑張って。ここから応援してるわ」
「昔の私に会ったら遠慮なく頼っていいわよ。マリサを助けたい気持ちは同じだから」
「……ああ!」
もし本当に過去改変に成功したのなら、今日の思い出も、記憶も全て無くなるかもしれない――なんて、野暮なことは言わない。例え忘れ去られたとしても、誰かの不幸が無くなればそれでいい。
私は呼吸を整え、声高々に宣言する。
「タイムジャンプ発動!」
足元に歯車模様の魔法陣が出現し、反時計回りにゆっくりと動き始めていく。
「わぁ……!」
「凄い力! これが時間移動なのね……!」
同じ魔法使いとして感じるところがあったのか、アリスとパチュリーは目を見開いて驚いていた。
「行先は――」
「待ちなさい! その行為、見過ごすわけには行きません!」
「!?」
この場を切り裂くような女の声が響き渡り、私を含めた全員の視線が声のした方角へと集まる。
「どうやらギリギリ間に合ったようですね」
「うわー、魔理沙が生きてるじゃん! これは驚きだねぇ」
森の中から現れたのは、楽園の最高裁判長こと四季映姫と、三途の水先案内人こと小野塚小町の二人だった。彼女達と直接顔を合わせるのは何十年ぶりかな。
「嘘! どうしてあんたらがここに……!?」
「……誰だっけ?」
「ほら、まだ霊夢が博麗の巫女だった時に花の異変があったでしょ? その時の閻魔と船頭よ」
「あ~思い出したわ。そういえばそんなこともあったわねぇ」
「というか、咲夜はこの異変に参加してたんじゃないの? 私より詳しいはずだけど」
「そんな昔のこと、とっくに忘れちゃったわよ」
激しく動揺する霊夢とは対照的に、この状況に首をかしげるアリス達。
「魔理沙、すぐに逃げて! あいつらは危険よ!」
「え?」
「逃がしません! 小町!」
「承知しました!」
どういうことなんだ――霊夢にそう聞き返す前に、映姫の指示を受けた小町は、五・六メートルはあろうかという距離を一瞬で詰めて私の後ろに現れ、両脇の下から腕を入れて私の両肩を掴んでしまった。
「ちょ、いきなり何するんだよ! 離れろ!」
「魔理沙には悪いけど、これは四季様の命令だから譲れないのさ。悪いね」
がっちりと羽交い絞めにされなんとか抜け出そうともがくも、私より頭一つ以上背の高い小町の力は尋常ではなく、逆に肩が悲鳴を上げている。全く、この細い腕のどこにこれだけの力があるのやら。
「魔理沙!」
「おっと、行かせませんよ」
「くっ」
こちらへ駆けだそうとした霊夢の前に映姫が立ちふさがる。彼女の手にはスペルカードが握られ、今にも弾幕ごっこが始まりそうな空気になっていた。
「一体何がどうなってるのよ?」
「彼女が実力行使に出るなんて珍しいわね」
「目的はなんなのかしら」
「やっぱり魔理沙でしょうね。私達には見向きもしないし」
「とにかく何とかしないと。霊夢! 加勢するわ!」
「ありがと。アリス」
戸惑いながらも、アリスはすぐに行動を起こし、映姫と相対するように霊夢の隣に並び立つ。それをきっかけにして彼女達は飛び上がり、魔法の森の私の自宅上空で、霊夢・アリスコンビと映姫の弾幕ごっこが始まった。……こっちに流れ弾が来なければ良いが。
咲夜とパチュリーの方に視線を向ければ、小声で何かを話し合っているようで、私にはまるで気づいていない様子。
(とにかく今はこの状況を何とかしないとな)
「私は今過去にタイムトラベルしようとしていた。このまま密着してるとお前も巻き込まれて、私の意図した時間とは違う時代に飛ばされるかもしれないぜ?」
このはったりで、小町が一瞬でも怯めば抜け出すチャンスが生まれるのだが。
「やれるもんならどうぞ! どの時間に跳ばされたとしても、四季様のいるこの時間までずっと生き続ければいいんですから!」
「小町……!」
小町は臆することなくきっぱりと宣言し、映姫は潤んだ声で小町を見下ろしていた。これは相当な覚悟を持っているみたいだ。
「やれやれ参ったな、これじゃこっちが悪役みたいじゃないか。あんたらの用件はなんなんだ?」
「もちろん、貴女の存在とタイムトラベルについてです。別の時間に逃げずに私の話を聞きなさい!」
「話つってもどうせ説教だろ?」
「どのように捉えてくれてもかまいません。とにかくその魔法を今すぐ止めなさい!」
「…………」
アリスと霊夢が放つ弾幕の嵐を悠々と掻い潜りつつ、威圧的な態度で私に呼びかける映姫。彼女の要求を呑むか、突っぱねるか。いずれにしても、今のままでは小町をタイムトラベルに巻き込んでしまうので動けない。
(そもそも彼女は何故このタイミングで現れたんだ? 今まではこんなこと一度もなかったのに)
どんな物事にも必ず因果があり、この結果を生み出す原因となった出来事が過去にある筈なのだが……、まるっきり見当が付かない。
輝夜と同じように、映姫にも歴史改変を察知する能力があるのなら、もっと早い段階で姿を現しても良さそうなのに。
『あなたの持つ力は輪廻の輪、運命ですら捻じ曲げてしまう強力なもの。その力の重みを認識しくれぐれも多用しないことね。閻魔様に目を付けられても知らないわよ?』
201X年6月6日。咲夜が人のまま死亡して成仏した時の歴史で、幽々子が発した言葉を不意に思い出す。よもや霊夢の生存が、輪廻の輪に大きな影響を与えてしまい、彼女自らが事態の収束に乗り出さなければならない事態になったのか?
「魔理沙」
考え込む私を現実へと呼び戻す咲夜の声。顔を上げれば、遠くでパチュリーと話して居た筈の咲夜が、いつの間にかすぐ目の前に立っている。
騒がしかった魔法の森は普段通りの静けさを取り戻し、空中を縦横無尽に動き回っていた筈の三人の少女は不自然な格好のまま固定。彼女らの周辺を飛び交っていた七色の弾幕は不自然な形で静止し、青空にカラフルな水玉模様が彩られているように錯覚する。
「過去に戻るのなら協力するわよ。さ、今のうちにここから脱出して、もっと離れた場所まで逃げなさい」
私と咲夜以外の全てが止まった時の中で、手を差し伸べる咲夜。なるほど、その手があったか。幾ら小町が距離を操る程度の能力を持っていても、その居場所まで探れる訳じゃないから、私を探している間に過去へ戻ってしまえばいい。
合理的に考えるならそうした方が良いのだが、私は差し出された手を取らなかった。
「……いや、悪いけど彼女ときちんと話をするよ。今までのタイムトラベルで彼女が現れたことは一度もなかったのに、何故今回に限って干渉してきたのか気になるからさ」
ここは危険を冒してでも、相手の懐に飛び込まなければいけないだろう。有り得ないとは分かっていても、ここで無視してしまえば150年前にも現れそうな予感がする。
「……そう」
短く頷き、パチュリーの隣に戻ってから咲夜は時間停止を解除した。
世界は再び動き出し始め、様々な音の奔流が一斉に耳を賑やかし、弾幕と弾幕がぶつかり合っては消えていく。
「分かったよ、お前の話に応じようじゃないか」
「え、魔理沙!?」
アリスと霊夢は攻撃を止め、驚きの表情で私を見下ろしている。
「しかしな、もう既にタイムジャンプ魔法は発動しちまっててさ、今この状態でキャンセルすると最悪時空の歪みが起こるかもしれん。移動先を3分後に設定するから、その後で良いか?」
「その言葉に嘘偽りはありませんか?」
「お前がそれを聞くのか?」
「…………」
若干の皮肉を込めて返した言葉に、空中にいた映姫はすぐ正面に降り立ち、じっと私の顔を見つめる。
「……どうやら嘘ではなさそうですね。小町、もう離れてもいいですよ。ご苦労様でした」
「はい!」
小町は脇の下から腕を引き、「痛くしてごめんね」と耳打ちをしてから、映姫の隣に歩いていく。
「それじゃあ3分後にな。西暦215X年9月21日午後4時18分へ、タイムジャンプ!」
反時計回りにゆっくりと回っていた歯車模様の魔法陣は、時計回りへと動きを変え、私の体は光に包まれていった――。