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前回のあらすじ
150年前の宴会の夜の出来事を見届けた魔理沙は、マリサの元へと向かって行く。
神社を離れておよそ10分、空の上から魔法で強化した眼で捜し続けていき、やがて真下に広がる魔法の森でマリサを見つけ、その近くへ音を立てないように降り立つ。
幻想郷の東端に建つ博麗神社は私の住処からそれ程遠くない位置にあり、神社と人里を結ぶ見通しの悪い獣道から一歩でも外れれば、そこは魑魅魍魎が跋扈する魔法の森。しかも今の時刻は夜の10時15分、この時間帯は知能を持たない野良妖怪達の動きも活発になるため非常に危険だ。
当の本人もそれを分かっているだろうに、どうしていつものように箒に乗って颯爽と飛んで帰らないんだろうか? 私はすぐに声をかけず、木々の間に隠れるようにしてマリサの後を追って行く。
「――」
とぼとぼと足取り重そうに歩いていくマリサ。何かを呟いているようだがここからでは聞こえない。忍び足で更に近づいていき、ようやく声が届く距離まで到達する。
「うぅ、ぐすっ。どうしてだよ霊夢……。私の何がいけないっていうんだ……」
「!」
(まさか泣いているのか?)
居ても立っても居られなくなった私は、衝動的に声を出していた。
「マリサ!」
「――っ、誰だ!?」
袖で目元をぬぐってからマリサは振り返り、八卦炉に火を灯す。そこから溢れだす魔力の光がここら一帯を明るく照らし出し、互いの姿をはっきりとうつしだした。
「え!? そ、そんな馬鹿な……!?」
腰を抜かしそうになっているマリサに、私は告げる。
「私は150年後から来た霧雨魔理沙だ。……悪かったよ、まさかお前がそこまでショックを受けてるとは思わなくてな」
「……」
「さっき霊夢が話したこと、あれは全部真実なんだ。実は――」
「――そうか。お前が霊夢を誑かしたんだな!」
「え?」
「消えろ、偽物め!」
瞬間、マリサは八卦炉から一筋の光線を放つ。
「!」
咄嗟に伏せてそれを躱し、背後の木々が倒れる音をバックに私は叫ぶ。
「待て、落ち着け! 私はただ話をしに来ただけで――」
「うるさいうるさい! 偽物の言葉なんか聞くもんか!」
箒に乗りながらスペルカードを取り出し、弾丸のように突っ込んでくるマリサ。すぐさま上空へと飛び上がって逃れるも、マリサも垂直に飛び上がるようにして追いかけてくる。
下弦の月が私達を見下ろす魔法の森上空、互いに向かい合う二人の私。険しい顔つきで私を睨みつける彼女は、完全に臨戦態勢へと入っていた。
「誰だか知らんが、このマリサ様に化けた事を後悔させてやる! 魔符『ミルキーウェイ!』」
右手を掲げてスペルカード宣言をした直後、彼女を中心に星の形をした赤、青、緑の弾幕が波紋のように広がり、私目掛けて襲いかかってくる。
「くっ」
僅かな時間差ごとに来る星の弾幕の波状攻撃、そして死角から飛んでくる小さな星塊……私は意識を切り替え、遠い昔の記憶を掘り起こしながら次々と躱していく。霊夢の時とは違って避けることだけに専念すれば、衰えた私でもなんとか食らいついていけそうだ。
やがて彼女のスペルカードが時間切れになり、攻撃がストップしたところで私は叫ぶ。
「マリサ、頼むから話を聞いてくれ! 私はお前の為に――」
「魔符「スターダストレヴァリエ!」」
今度はカラフルな星屑達が私を取り囲むように次々と出現し、夜空に浮かぶ本物の星々と遜色ない数まで増えた瞬間、示し合わせたかのように飛来する。花びらのように渦を巻いて飛んでいくそれは、美しくあるべき、とされる弾幕ごっこのルールに則った綺麗な技だが、呑気に楽しむ余裕はない。
360度から飛んでくる、スピードがバラバラな星の魔法弾を避ける難易度はまさにルナティック。当たらないよう気を払っているつもりでも、その物量に圧倒され、私の腕や足を星屑達が掠めていく。
(くっ、このままだと撃墜されるな。……仕方ない、ここはいったん引くしかないな)
星の弾幕嵐を縫うようにして飛び続けながら、この場から逃げるタイミングを伺っていく。今この状況で下手に背中を見せれば集中砲火を食らいかねない。
「ちょこまかとしぶとい奴だな! いい加減当たれ!」
痺れを切らしたマリサが次のスペルを取り出そうとしたその時、私は腰の八卦炉を掴み、その照準を彼女にあわせる。
「恋符「マスタースパーク!」」
弱めの威力に設定した拳大の太さの光線は、軌道上を飛び交うマリサの弾幕を次々と打ち消しながら突き進んでいく。
「なっ、そのスペルは! ――ちっ!」
マリサは懐に伸ばしかけた手を引っ込め、当たる寸前で横へスライドするように避ける。
「今だ!」
その瞬間、彼女に背を向け全速力で離れていった。
「あ! こら、待てー!」
意表を突かれて一瞬反応が遅れながらも、追いかけて来るマリサの姿が後ろに見える。予想通り、マスタースパークの回避に意識が向いたおかげで、逃げに転じた私をすぐには攻撃出来なかったようだ。
そうして背後から飛んでくる星の魔法弾や光線を躱しつつ、ひたすら幻想郷の空を飛び続けていった――。
「はあ~つっかれたぁ……」
あれから、どうにかこうにかマリサを撒くことに成功した私は、フカフカな草の絨毯に寝転がりながら満天の星空を見上げていた。
こんなに飛び回ったのはいつ以来だろうか。胸が大きく高鳴り、全身から滝のように汗が噴き出している。
「それにしても、マリサがあそこまでキレるとは思わなかったな」
取り付く島もないとはまさにこのことか。あの様子ではまた会いに行ったとしても、同じことの繰り返しになってしまうだろう。
『消えろ、偽物め!』
「偽物か……」
先程のマリサのセリフが心の中で反響していく。私も、マリサも、どちらも
ひょっとしたら私が霧雨魔理沙であるが為に、嫌悪感を抱き、互いに相容れないのかもしれない。私の行おうとしてるのは、宇宙の法則を乱す禁忌なのかも――。
(やめだ、やめ。こんなこと深く考えてもしょうがない)
根拠のない妄想なんて私らしくもない。
マリサの立場からしてみれば、いきなりのことで混乱したからこそ発せられた言葉なのかもしれないし、そう考えた方がまだ現実味がある。
「てか、ここはどこなんだ?」
上半身だけ起こして、辺りを見渡してみる。
見通しの良い森の中、今寝転がっている場所は平地ではなく緩やかな傾斜になっていて、前方には魔法の森が見渡せることから、地表からそれなりに高い標高に居るのが分かる。多分妖怪の山のどこかだと思うんだけど……いまいち良く分からない。
まあ博麗大結界を飛び越えた訳じゃあないみたいだし、それで良しとしよう。私は頭の後ろに手を組むようにして、再び寝転がる。
「ふわぁ~あ」
時間も時間なだけあって、段々と眠気が訪れて来た。幾ら魔法使いになって睡眠は不要になったとはいえ、体感的には30時間以上ぶっ続けで動き続けているので、そろそろ体を労わった方が良いかもしれない。
一度元の時間に帰って休むか、それとも日を改めてマリサの家に訪れるか。
「う~ん、どうしたもんかなあ」
「マリサって意外と頭が硬いよね~。話も碌に聞かずにいきなり襲い掛かって来るなんてさ」
「本当そうだよなぁ――ん!?」
何気なく呟いた独り言への返事。反射的に飛び起きながら振り返ると。
「やっほ~魔理沙!」
「こいし!?」
笑顔で元気よく挨拶する古明地こいしの姿がそこにあった。
150年前の幻想郷で、思いがけない人物――ならぬ妖怪に出会った私は、改めてその少女をじっくりと観察する。
背丈は私とほぼ同じくらいで、灰髪のセミロングで緑色の瞳。薄い黄色のリボンが付いた黒い帽子を被り、同じく黄色いブラウスにラナンキュラスの柄が描かれた緑色のスカートを穿き、紫色のハートが付いた黒い靴を履いていた。
そして一番目を引くのは、彼女の左胸に掛けられている〝閉じた瞳″だろう。両足から伸びた紫色の細い管のようなものが、彼女の肩からぶら下がるようにして閉じた目へとつながり、その途中でハートマークを形作っている。
彼女の種族は覚(さとり)。その名の通り、人間の心を読むことができる妖怪なのだが、彼女の場合は普通の覚妖怪とは違って〝第三の瞳″を閉じてしまっているので、心を読むことができない。
「どうしてこんな所に――」
と言いかけて、私は彼女が「無意識を操る程度の能力」なのを思い出す。
これは相手の無意識を操ることで、誰にも気づかれることなく行動できる能力だ。どこにでも現れるし、どこにもいない。そんな特性故に彼女の真意は分かりづらい。
「さっきの宴会でさ、霊夢が人間を辞めるって言ったじゃん? その時のマリサが面白くて、この後何か面白いことをしてくれそうだなあ、て思ってずっと隠れてみてたのよ」
「うん」
「そしたら霊夢とマリサが喧嘩して、マリサが飛び出した後に貴女が出て来たでしょー? こんな愉快なことになるなんて、私の見込みは正しかったなって」
「つーことは、今までのやりとりをずっと見てたのか?」
「そうだよ~。私は隠れるのが得意だからねー、気づかなかったでしょ?」
「そりゃもう全く」
こうして目の前で話している今でさえ、少しでも気を抜けば彼女の姿を見失いそうな感覚だし。
「突然戦闘が始まった時はびっくりしちゃったけどね。マリサがところかまわず弾幕を撃つもんだから、避けるのが大変だったよ。えへへ」
平然とそんなことを言ってのけるこいし。見かけによらず肝が据わっているな。
「まあそれはいいや。ところでさ、貴女が150年後から来たって話もっと聞かせて欲しいな! 未来の幻想郷ってどうなってるの?」
「別に構わないが……、もう夜も遅いし、家に帰ったらどうだ?」
後1時間もすれば日付が変わるし、私も疲れが溜まって来たので少し休みが欲しい所だ。
「ん~それもそうだね。じゃあ魔理沙も家においでよ!」
「家って、地霊殿か?」
「うん! だってその方が面白そうじゃん。お姉ちゃんもきっとびっくりするだろうし!」
「ふむ……」
こいしの自宅へ行けば間違いなくそこの家主とも出会ってしまうだろう。私は彼女の姉とはそれ程仲が良いわけではないし、能力が能力なので躊躇われる。
しかしマリサについて悩んでいた時に、まるで図ったかのようなタイミングでこいしと出くわしたのも事実。これも何かの縁だし、思い切って誘いに乗ってみるのもありかもしれない。
「分かった、一緒に行くよ」
「そうこなくっちゃ!」
ニコニコしているこいしと共に、旧地獄の入り口へ向けて飛んで行った。
次回投稿日は3月22日です