魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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色々とありがとうございます。

前回のあらすじ

マリサの説得に失敗した魔理沙は偶然こいしに出会い、地霊殿へと出発した。


第141話 地霊殿

 あれから20分、妖怪の山の麓、地獄谷と呼ばれる底が見えない大きな縦穴へ飛び込んで、土蜘蛛によって張り巡らされた蜘蛛の巣に引っかからないように、奥へ、奥へと突き進み、その先の地上と地下の出入りを監視する橋姫が住みつく橋――こいしのおかげで顔パスで通過できた――を渡って、私とこいしは旧都へ到着した。

 果てが見えないドーム状の地下空間の中に、人里のような平屋建ての家々が建ち並んだ街が出来上がっていて、通り沿いに一定間隔に並ぶ赤灯篭が、薄暗い地下をぼんやりと照らし出している。

 ここには鬼や怨霊といった、地上ではまず見ないような妖怪達が住んでいるのだが、見渡す限りでは閑散としていた。まあ時間帯がもうすぐ日付が変わろうかという時間な訳だし、多分殆ど寝てしまっているんだろう。

 旧地獄とは、その名の通り元は地獄として使用されていた土地の事を言う。詳しい経緯は私もよくは知らないが、今より遥か昔、地獄としての役割を終えた土地に、鬼を筆頭とした地上に住めなくなった妖怪達がこぞって移り住んで旧都を築き上げ、現在へと至るそうだ。以前までは、地上と地下を行き来するのは妖怪の賢者達によって禁じられていたのだが、地上に温泉と怨霊が吹き出る異変を霊夢が解決して以降、相互不可侵の条約がある程度緩和され、地下の鬼達が時々地上に出て来るようになった。

 とはいえ、経緯が経緯なこともあってこの町には人間が住んでおらず、来ようとも思われない忌み嫌われた土地であり、それは地上の妖怪達の共通認識ともなっている。余程の変わり者ではない限り、ここを訪れるようなことはないだろう。

 これは余談ではあるが、この旧地獄、地底なのに冬になれば雪が降るし、石桜が舞い散ることもある。一体どんな原理なのか見当も付かない。

 さて、私達の目的地である地霊殿は大通りを真っすぐ突き進んだ先に建っている。こいしと並びながら道沿いに沿って旧都の空を飛んでいると、下から私を呼ぶ声がしたので降りていく。こいしも興味を引かれたのか続けて着地した。

 

「もしかしてと思ったら、やっぱり魔理沙だったか」

「勇儀か」

「あんたがこんな時間に来るなんて珍しいねぇ」

 

 通り沿いの家々が完全に消灯している中、酒と書かれた提灯がぶら下がる屋台の前で気さくに喋る彼女の名は星熊勇儀。この旧都に住まう鬼にして、妖怪の山の四天王の一人に数えられる幻想郷有数の実力者だ。彼女の豪快で男気溢れる性格を慕う鬼達は多い。

 彼女の容姿を簡単に説明すると、金色の髪を腰まで伸ばし、取り立てて特筆すべきことは何もない白いシャツに、青い生地に赤いラインが入ったロングスカートに下駄を履いている。額には黄色い星模様が付いた赤色の角を生やし、両手、両足首には鉄の枷が嵌められ、自らの怪力で引きちぎったのか、と連想させる鎖がくっついている。彼女は常に片手に星模様の赤い盃(さかずき)を持っていて、中身が空になることは決してない。萃香に負けず劣らずな呑兵衛なんじゃないかと、私は思う。

 今夜の宴会でも、萃香と一緒に四斗樽に入った酒を丸ごと飲み干し、場を大いに盛り上げていた一人だった。

 

「どうだい、暇なら私と一杯やっていかないか?」

「悪いがお断りだ。さっき山で偶然こいしに出会ってな、話の流れで地霊殿に行く事になったのさ」

「こっちの魔理沙はね、凄いんだよ! 150年後から来たんだって!」

「……何を言ってるのか良く分かんないけど、地霊殿へ行くつもりなら呼び止めて悪かったね。こいつらがすぐ倒れちまったもんだから、酒に付き合ってもらおうと思ってたんだけどさ」

「あぁ……」

 

 敢えて突っ込まなかったのだが、実は彼女の足元には、泡を吹いて倒れている名も知らない二人の鬼が倒れていた。恐らく彼女のハイペースな飲み方に付いていけず、ダウンしてしまったのだろう。

 

「萃香は天界に行っちまうし、つまんないなあ」

「お前宴会であんだけ呑みまくってたのにまだ足りないのかよ? 流石に飽きるだろ」

 

 口を尖らせる勇儀に、呆れながらにツッコミを入れる。

 彼女のカウンター席周辺には、栓の空いた一升瓶が二桁に達しようかというくらいに並べられていて、宴会の時の量と合わせると単純に見積って50L以上呑んでいることになる。普通の人間だったら急性アルコール中毒でぶっ倒れる量だ。

 

「私にとって酒は水のようなものさ。呑みたいと思ったから呑む! ただそれだけさ」

「はぁ」

 

 盃を傾けながら平然と答える彼女。萃香もそうだったが、鬼は総じて酒が好きなんだろう。

 

「まあ程々にしておけよ。じゃあ私は行くぜ」

「バイバーイ」

 

 ふわりと地面から足を離し、屋根よりも高く飛ぼうとしたその時、勇儀はこいしに向かって思い出したかのように口を開く。

 

「おっと、あんたに言い忘れてたことがあった。さとりが宴会に行ったきり中々帰ってこないって心配してたよ。早く顔を見せて安心させてあげな」

「もう、お姉ちゃんたら相変わらず心配性なんだから~!」

「はははっ、妹想いで良いじゃないか。あんまり邪険にするんじゃないよ!」

 

 頬を膨らませるこいしに、勇儀は笑いながら屋台のカウンターに戻り「さて、今夜は一人で飲み明かすかな~」と意気込み、どことなくげんなりとしている店主をよそに、私とこいしは地霊殿へ向けて再出発して行った。

 

 

 

  

「とうちゃ~く」

  

 あれから何事もなく、私とこいしは旧都の中心、灼熱地獄跡の上に建つ地霊殿のアーチの前へと到着する。

 地霊殿は、ここまでの古びた街並みや、和風っぽい名前とは裏腹に洋風の館となっていて、端から端まで駆け足でも5分近く掛かりそうなくらいに大きい。しかも紅魔館のような趣味の悪い紅色ではなく、白塗りの壁に水色の屋根で、見る者に落ち着いた印象を与える配色が為されていた。

 建物から目を離し、塀に囲まれた広大な敷地内に目を向ければ、罅一つない石畳が敷き詰められ、生け垣が迷路のように張り巡らされた庭が見える。四季折々の花々が植えられた紅魔館の庭園や、白玉楼の和風庭園、永遠亭の枯山水と比べると、地味で侘しいと感じるかもしれないが、ここが陽の光が届かない地下で、更に地下深くに旧地獄の気温を調整する灼熱地獄跡があるのだと考えると、草花が少ないのも仕方のないことかもしれない。

 ここには古明地姉妹と、彼女らが飼っている様々な種類のペット達――確か犬や猫と言ったポピュラーな種類から、ワシやライオンのような稀少な品種まで――が住んでいると記憶している。きっと中は動物園状態になっていることだろう。 

 一世紀半前の記憶を徐々に掘り起こしていきながら、スキップしていくこいしの後に続いてアーチをくぐり、庭を通り抜けて玄関の扉を開いて中へ入っていく。

 二階まで吹き抜けになっているこのエントランスホールは、入って正面には上階へと続く幅が広い大階段が見え、途中の踊り場で左右に別れ、廊下へと繋がるようになっていた。天井からは鎖で繋がれたシャンデリアがぶら下がり、自宅よりも広いエントランスホールを煌々と照らしている。大理石の床は黒と赤の市松模様になっていて、目の前の階段も含め、通路の真ん中にはレッドカーペットが敷かれていた。そして天窓は、宝石のように精巧に彫り込まれた幾何学模様のステンドグラスとなっていて、外の光が落ちる時、床や壁に美しい模様を描くことだろう。ここが地底なのが惜しいくらいだ。

 

「ただいま~!」

 

 こいしがしんと静まり返る屋敷内に向かって挨拶すると、1階の左側の廊下から、パタパタと誰かの足音が響き渡り、その音はどんどんと近くなっていく。

 

(誰か来るみたいだな)

 

 其方に注目していると、その人影が姿を現し。

 

「こいし!」

 

 私に目もくれず一直線にこいしの元へと駆け寄り、手を握った。

 

「もう、今何時だと思ってるんですか? こいしの身に何かあったんじゃないかって、ずっと心配してたんですよ?」 

「お姉ちゃんは過保護すぎ! 私だってちゃんと身を守る術はあるんだから!」

「そうは言ってもね、心配なものは心配なのよ。お願いだから、出かけるときはせめて行先だけでも教えて言ってちょうだい」

「ん~でもね、いつも無意識にブラブラしてるから、行き先なんてあってないようなものなんだけどな~」

「……はぁ」

 

 笑顔を崩さず、あくまでマイペースなこいしに頭を抱える少女の名は古明地さとり。一見か弱い少女に見えるかもしれないが、この地霊殿の主で、旧地獄の実質的な管理者なので、見た目で判断してはいけない。

 彼女の容姿は、癖毛が強い紫陽花色の髪に真紅の瞳。フリルが付いた水色のトップスに、薄桃色のセミロングスカート、フリルの付いた白いショートソックスにピンクのスリッパを履いており、その服装や背丈も相まって、私よりも遥かに年上の筈なのに幼さを感じさせる。彼女の種族は(さとり)。こいしと同じように左胸に〝第三の目″が浮かんでおり、赤いヘアバンドや、洋服に拵えられたハート型のアクセサリから伸びた赤色の管のようなもので支えられている。

 しかし妹の第三の目は閉じられているのに対し、姉の方は唐紅の瞳がパッチリと開いていて、まるで独立した個を持っているかのように瞳が動き、瞬いていた。

 

「ところで、どうして貴女がここにいるのですか? やけに私のことを、隅から隅までじっくりと観察しているようですけれど」

 

 こいしと言葉を交わしていたさとりは、私の視線に気づき此方に向き直る。

 

「お、気づいていたのか。随分と察しが良いな」

「私の前では隠し事は一切通用しませんよ。それは貴女も良く分かっている筈です」

 

 やや得意げに語るさとり。吸い込まれそうな迫力のある第三の目が私を捉えて離さない。

 彼女は【心を読む程度の能力】を持ち、文字通り、誰が何を考えているのか分かってしまうのだ。古明地姉妹(こいしとさとり)はこの能力を持つがゆえに、地上で人間達に虐げられ、地下へと移り住んだと聞く。

 

「……先程から疑問に思っていましたけど、えらく説明口調なんですね。誰に向けて話してるんです?」

「私の感覚では、お前と会うのはかなり久しぶりの事だからな。こうして――」

「……『古明地さとりという少女のパーソナルデータを思い起こしていたんだ』。なるほど、そういうことでしたか」

「……人のセリフを勝手に横取りするんじゃない」

「それが私の性分でしてね。お気に障ったようでしたら謝りますよ」

 

 まるっきり謝罪の意思が籠ってない上っ面だけの言葉を口にするさとりは、私の心を読んでも悪びれる風もない。こいつは相変わらずな性格なようだ。

 

「それよりも最初の質問に答えてください。何故貴女がこんな夜遅くに地底の奥底まで来てるんですか。人間はとっくに寝る時間でしょう」

「あ~お姉ちゃん、違う違う。この魔理沙はね、マリサじゃなくて、150年先の未来の魔理沙なんだよ?」

「……こいし? 一体何を言ってるの?」

「マリサに会った魔理沙は逆上したマリサに追いかけられちゃっててね、逃げて来た魔理沙を私が見つけてここまで連れて来たの!」

「え??」

 

 当事者たる私ですら混乱しそうな要領の得ない話し方に、さとりは混乱している様子。

 

「私から説明するよ。実はな――」

 

 すかさず助け船を出し、この時代に来てからの経緯(いきさつ)を話そうとしたのだが。

 

「いえ、結構です。今貴女の心を読んでここに来るまでの経緯(けいい)が分かりました」

「……そうかぃ」

 

 思いっきり出鼻をくじかれてしまった。やはり心を読まれるのはいい気分ではない。

 

「にわかには信じられないことですけれど、貴女の表層意識に貴女ではない貴女が映っていましたし、未来から来たというのは嘘ではないのでしょうね。はぁ、全く、余計な厄介事を持ち込まないで欲しいのですけど」

「お前は相変わらず素っ気ないな」

「元からそういう性質なんですよ。悪かったですね」

 

 そんな風にいつも後ろ向きに考えているから、辛気臭いだの、とっつきにくいだの、謂れのない陰口を叩かれるんじゃないかと思う訳だが。

 

「……随分と失礼なことを考えているようですけど、まあいいでしょう。こいしが望んだのならもう何も言いません。今日はここで泊まって行くといいわ」

「サンキューな」

「分かっているとは思いますけど、何も盗らないでくださいね?」

「もう泥棒行為はとっくの昔に足を洗ったよ」

 

 むしろこの時代の自分がそういうキャラだったってのを、さとりに指摘されて思い出したくらいだ。

 

「あら、そうだったんですか。どうやら、貴女は私のイメージするマリサとは全然違うようですね。色々と興味が湧いてきましたが、それはまた明日にでも」

「おやすみ~魔理沙。また明日ね!」

「ああ、おやすみ」

 

 そう言い残して元来た場所へと去っていったさとりに続き、こいしも見えなくなるまで手を振りながら、姉と一緒の廊下へと消えていった。

 

「さて、私も寝るとしますかね。どの部屋がいいかな」

 

 少しの間逡巡した後、取り敢えずここから一番近い、入って右の廊下の一番近くの部屋を選び、扉を開けて中に入る。

 そこは6畳ほどの簡素なベッドと、タンス、照明器具、丸テーブルが置かれた部屋で、特に言及すべき所は何もないごく普通の洋室だった。

 壁掛け時計の短針と長針が12と9を指すのを見つつ、私は帽子を丸テーブルの上に置き、ベッドの前で靴を脱いでそのまま横たわり、目を閉じた。

 


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