魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第144話 古明地さとり

 話が一区切りついたところで、私はここに来た本当の目的を果たすべく、動き始める。

 

「なあさとり。お前に相談があるんだ」

「お断りします」

「……まだ何にも喋ってないんだが」

 

 手元の小説に視線を落としたまま、にべもなく断られてしまい、戸惑いを覚える。

 

「昨晩も言いましたけど、私の元に厄介事を持ち込まないでください。タイムトラベルに関連した相談なんて、絶対碌な目にあいませんよ」

「それを言われたら返しようがないんだけどさ。すこしだけ話を聞いてくれるだけでいいんだ。な? 頼むよ?」

「何度頼まれても駄目なものは駄目――あ、ちょっと。勝手に心の中で話し始めないでくださいよ! 私は嫌だって……ああ、もう! 仕方ないですね。魔女になっても、強引な所は変わらないんですから」

 

 さとりは観念したように大きくため息を吐きながら顔を上げた。私はマリサに纏わる出来事を言葉にして伝えていき、彼女が50年後に書くであろう遺書をさとりに見せる。受け取ったさとりは遺書の内容を熟読し、こいしは後ろに回りこんで盗み読みしていた。

 

「ふむ……事情は分かりました。とりあえずこれはお返しします」

「こんな暗い文章をあのマリサが書いたなんて信じられない。マリサっていつも明るいイメージがあったんだけど」

「私も初めて見た時は、あまりのショックに震えが止まらなかったよ」

 

 驚いた様子のこいしに、遺書を懐にしまいながら答え、「そういう訳でな、今のこの状況からどうやってマリサを助けたらいいか悩んでいるんだ。お前なら、何とかしてくれるんじゃないかと思って」とさとりに打ち明ける。心の読める彼女なら、人の機敏や感情に誰よりも詳しいはずだし、私の知らない人心掌握術を持ち合わせていることだろう。

 

「そう都合よく当てにしないで欲しいんですけどね。貴女は知りたくない心の声を知ってしまう辛さを体験したことがないから、そんな事が言えるんです。この忌まわしき能力のせいで、どれだけの人妖達から疎まれ、迫害されてきたことか」

 

 やはりというべきか、何というべきか、さとりはご機嫌斜めな様子だった。ううむ、言葉を選んでお願いしたつもりだったが、そもそも今考えていることも全てお見通しだから意味ないのか。

 

「全くですよ。私の前で取り繕うのは無意味です。……それに貴女の悩みも理解できません。そもそもマリサを助ける必要はあるんですか?」

「どういうことだよ。私の心やその遺書を読んだのなら分かるだろう?」

「だからこそ、ですよ。貴女は最愛の親友の為に人を辞めて、150年掛けて死の運命から助けました。そんな貴女の次の望みは、最愛の親友との失われた時間。マリサはいない方が好都合なはずです。貴女もそう思ったからこそ、霊夢を妖怪に誘ったのでしょう?」

「それは……」

 

 言いよどむ私へ追い打ちをかけるように、さとりは言葉を重ねていく。

 

「貴女は自分の行動でマリサの人生を変えたことに負い目を感じていますけれど、率直に申し上げてしまえば、これは当人の自業自得です。人生をどう生きるかは当人の心持ち次第なんですから。おまけに、その願いを託したマリサ自身も、輪廻転生によって別人へと生まれ変わったことで、前世のことは何も覚えていないでしょうし、きっと来世で楽しく過ごしているでしょう。とっくの昔に死んだ人間を気に病む必要はありません。本来なら貴女がマリサになる筈だったのに、どんな運命のいたずらか、同じ心を持った人間が二人も誕生してしまった。そして貴女は、本心ではマリサを疎ましく思っていて、出来る事ならば彼女を消し去りたいと思っている。ならそうすれば良いじゃないですか。隙を見て別の時代――そうですね、恐竜のいる時代にでも飛ばしてしまえば完全犯罪が……おや、私の言わんとしていることは、もう既に実行しかけていましたか。ふふ、貴女も意外とワルですね」

 

 悪い顔をしながら、まくし立てるように私の心情を分析し、代弁していくさとり。鏡相手に喋っているような気持ち悪さと不快感を覚え、それは違うと否定したくても、まるで金縛りにあったかのように声が出なかった。

 

「貴女の記憶が全て真実なら、別の年代で貴女が何をしようとも、貴女以外の人間は歴史の変化に気づけませんし、確認のしようもないでしょう。何故なら、〝元々そうであった″と歴史が作り替えられてしまうのですから、彼らにとって悪魔の証明になります」

「……!」

「自分の都合良く世界を塗り替える力があるのなら、その通りにしたら良いじゃないですか。適当な言い訳をでっち上げてマリサを助けなかったとしても、真相は全て闇の中です――違いますか?」

 

 さとりの論は、まさに悪魔のささやきのような甘い誘惑であり、魅力的でもある提案だった。人は他人の目があるから慎ましく生きるのであって、もし自分が何をしても罪に問われないと知れば、自制の箍が外れ、好き勝手に振舞う人間が増えるだろう。……自分でも何が言いたいのか良く分からないが、私のモラルを試していることだけは分かる。

 というか、ほんの少し前まであれだけ嫌がっていたのに、かなりノリノリじゃないか。お前がそんなにお喋りな奴だとは知らなかったよ。

 

「他人の不幸は蜜の味とも言うじゃないですか。私は安直なハッピーエンドも嫌いではありませんけど、悲劇的な要素が含まれた結末の方がより心に響くんですよ」

「それはお前の好みの問題だろうが。他人に押し付けるんじゃない」

 

 さとりの例えに合わせるなら、私は誰が何と言おうと、皆が幸せになれる終わり方が良いと思っている。そのために今まで頑張って来たんだし。

 

「まあここで物語の顛末の是非について議論するつもりはありません。それで、貴女はどうするんです? あくまで予感でしかありませんけど、きっとここが、貴女の物語(人生)の大きな分岐点ですよ?」

 

 さとりはニヤニヤとしながら私の答えを待っている。心が読める癖に敢えて言葉として要求するとは、やはり性格が悪い。隣のリラックスチェアには、茶々をいれず、無言で会話を見守るこいしが座っていて、その表情は至って真剣だった。

 

 

「……」

 

 きっとさとりは私が葛藤するものだと思っているのだろうが、その期待を裏切る事になるだろう。何故なら、私の答えは決まっているからだ。

 

「お前に何を言われようと、私はマリサを助ける――その気持ちは変わらないぜ」

 

 私はさとりの目を見ながら、きっぱりと言い切った。

 

「理解できませんね、それは貴女の本意ではない筈。マリサを助けるということは、貴女が〝貴女(魔理沙)″として見られなくなるのと同じ意味になるんですよ? 分かってます?」

「分かってるさそんなの。お前の言う通り、私はマリサのことを良く思っちゃあいない。ああ、そうだ。三日前に霊夢と別れる時だって、霧雨魔理沙は私の筈なのに、なんでアイツの為に肩身の狭い思いをしなきゃいけないのか? あいつさえいなければ、って強く思ったさ!」

 

 心の奥底に秘めた感情が発露し、自然と語気が強まって行く。私は無意識のうちに立ち上がっていた。

 

「……それでもな、マリサは私なんだよ。死んだマリサの、悔しさや、後悔が、これ以上にないくらい痛感できるからこそ、何が何でも助けてやりたいんだ」

 

 繰り返しになるが、マリサの置かれている環境は、私が求め、願ってやまない理想の自分なのだ。私がタイムトラベルの力を得てから――いや、霊夢が自殺したあの日から、永遠に手の届かない場所になってしまったのだから。

 さとりの指摘通り、マリサへの嫉妬や、邪魔だと思う気持ちは確かに心の内にある。しかしそれ以上に、彼女の境遇に共感し、この不幸から助けだしたいと思う気持ちの方が強い。

 

「そうでしたか。身近にある当たり前の幸せに気づかないとは、皮肉なものですね」

 

 さもどうでも良さそうに淡々と語るさとりは、自分の思い通りに行かなかったことで興味を失せたのか。それとも――。

 

「深読みしすぎですよ、私はただ貴女の熱意を試していただけです。そこまで趣味の悪い妖怪ではありませんよ」

「『試していただけ』って……」

「貴女は中々に意志が固い。大抵の人間は心の負をまじまじと見せつけられたら、発狂するか、逃げ出すものなのですが、今の貴女の心には一遍の揺らぎもなく、私と話すことに嫌悪感すら抱いてない」

「おあいにく様だが、私はもう迷わないと決めたんだ。むしろ建前という心の壁を剥がしてくれたことに感謝すべきだろう」

 

 最初は霊夢に頼まれたことがきっかけだったけれど、こうしてさとりに改めて問われた事で、二律背反な気持ちに整理を付け、『マリサの歴史を変える』と胸を張って宣言できる。

 

「フフ、お世辞にもない事を。でもまあ、そういう事にしておきましょうか」

 

 さとりはクスクスと笑っていたが、私は精神的な疲れがどっと出て、ベッドに再び座り込む。全く、映姫といいさとりといい、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのか。もう一度風呂に入ってゆっくりしたい気分だ。

 

「貴女がそこまでお風呂好きとは知りませんでしたよ」 

「ええい、心の呟きを一々拾わなくてよろしい。とにかくだ! 私はなんとしてでもこの歴史を変えたいと思っている。そのためには、マリサ自身の考えを変えさせなきゃいけない。なんかいい案はないか?」

「そうですね。良い話を見せて貰ったこともありますし、真面目に考えてみましょうか」

 

 そう前置きし、さとりは私の目を見ながら持論を展開し始めた。

  

「遠慮なく言わせてもらいますと、今の状況ではまともに話を聞いてもらえないでしょう。よりにもよって、貴女が直接彼女の前に現れてしまったせいで、ますます意固地になってしまったように感じます」

「む、それは何故だ?」

 

 タイムトラベルという、非現実的な現象を信じさせるには、一番わかりやすい手段だと思ったのだが。

 

「確かにそうかもしれませんけれど、貴女は切り札を切るタイミングを間違えています。良いですか? 彼女の立場になって考えてみてください。大切な親友が、ある日突然、自分の預かり知らぬ所でもう1人の〝私″と勝手な約束を交わし、そちらの〝私″に心を奪われていたらどう思いますか?」

「……面白くないな。非常に不愉快だ」

「そうでしょう。そんな不愉快な気分の時に、元凶となる存在が目の前に現れた。さあ、次はどうしますか?」

「…………元凶を排除しようとするだろうな」

「ところが、その元凶は自分の前から逃げ出してしまいました。さあ、大変。その〝私″は自分と見分けが付かないくらいそっくりです。自分の知らない所で何をするか分かったもんじゃありません」

「もういい、もういいよ……」

 

 ううむ、マリサに対して偉そうなことばかり言ってたけど、結局自分の都合ばかり考えていた私も視野が狭かったのか……。

 

「まあまあ、そう落ち込まないでください。貴女の『百聞は一見に如かず』という発想は間違ってはいないでしょう。言っても聞かない頑固な人には、逃れようのない現実を見せてあげればいい」

「しかしどうやってだ? あいつの遺書を渡した所で、あの様子なら読む前に破きかねんぞ」

「察しが悪いですね。そんな文章よりも、もっと心に響く素敵な方法があるでしょう?」

「…………?」

 

 心に響く素敵な方法? 俯きながらさとりの発言の真意をしばらく考え込んでいた私は、突如閃いた。

 

「――まさか!?」

 

 顔を上げ、その答え合わせを心の中で求めると、「ふふ、そういうことです」と、さとりは微笑みながら肯定した。

 

「いや……しかしそれは、どうなんだ? 本気か?」

 

 私にとっては盲点とも言うべき手段で、頭の中で無意識的に排除していた方法だった。これをしたら、またややこしい事になりかねないわけだし。

 

「私はあくまで、現状を打開する一つの案として提示しただけです。正直なところ、霧雨魔理沙という人間がどうなろうと知ったことではありませんから」

「おいおい、それは無責任過ぎないか」

「結局は貴女がどうしたいかですよ。このまま何の策も練らずに顔を合わせたら、まず間違いなく口論になるでしょう。やがては自分同士で傷つけあうことになりかねません。それは双方共に得しませんし、もし貴女が彼女に怪我でもさせてしまったら、関係の修復は絶望的になるでしょう。……ああでも、仮にそうなったとしても、マリサへ会う前の時間へ戻ってしまえばいいのか。本当に便利ですね、タイムトラベルというものは。万能の力ではありませんか」

「お前が思う程万能でもないけどな。私が今こうしていられるのに、どれだけ苦労したことか」

「ええ、ええ分かっていますよ。今のはちょっとした嫌味です」

「お前なあ……」

 

 言い方はともかく、確かにさとりの言う事は間違ってない。私としては、なるべく平穏無事に解決したいと思っているので、マリサとの弾幕ごっこを避けることに異論はない。昨晩は意表を突いて逃げ出せたから良かったものの、真っ向から衝突すれば、まず間違いなく私が地面に倒れることだろう。マリサが弾幕ごっこのスペシャリストで、自分よりも強大な力を持つ妖怪達と渡り合う為に、日々努力を重ねていることは誰よりも良く知っている。魔女になったからと言って、種族的な差で押し切るのは無理だ。

 しかし、さとりの提案したこの方法ならなんとかなるかもしれない。どうせ自分相手に遠慮なんてする必要はないわけだし、むしろベターとも言える。

 

「よし、その案採用だ。早速実践してくるよ」

 

 私は立ち上がり、扉の前まで歩いていき、一度振り返ってから。

 

「相談に乗ってくれてありがとなさとり。もし上手く歴史改変が行ったら、150年後のお前に結果を教えてやるよ」

「別に来なくていいですよ。貴女達の人間関係には興味はありませんから」

「はは、そうかぃ」

 

 最後まで素っ気ない物言いに苦笑しつつ、私は廊下へと繋がる扉を開く。廊下へ足を踏み出そうとした時。

 

「……けれど、貴女の選択が吉と出る事を祈ってますよ。私のような嫌われ者と違って、貴女には素敵な友達がいるんですから。その縁を大事にしてくださいね」

「…………」

 

 どことなく、憂いと、憧憬が籠った言葉を背に、私は部屋を退室した。

 

 

 

 

 さとりの部屋を出た後、再び後ろの扉が開き、中からこいしが現れた。

 

「魔理沙、私も一緒に行ってもいい? 人間の方のマリサがどんなことになるか、見てみたいの」

「どうせダメって言っても来るんだろ?」

「えへへ、良く分かってるじゃん!」

「仕方ないな。でもいいか? 私の時間移動には絶対についてくるなよ?」

「うん、もうタイムトラベルはいいの」

「そうなのか? さっきはあれだけ興味津々だったじゃないか」 

「私が居なくなったら、お姉ちゃん、寂しくて泣いちゃうと思うから」

「……」

 

 何を考えてるのか分からない、と思われがちなこいしだけれど、少しだけ、彼女のことが分かった気がする。

 

「それよりもさ、こんな所で立ち止まってないで早く行こうよ!」

「……そうだな。よし、行くぜ!」

「おー!」

 

 私とこいしは窓から地霊殿を脱出し、地上へ向けて旧都の空を飛んで行った。


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