毎度気をつけて推敲してますがそれでも見落としがあったようです。本当にありがとうございます。
前回のあらすじ
マリサを説得する方法をさとりに聞いた魔理沙。さとりからヒントを貰い、マリサの元へと向かう。
何かと喧騒が大きくなって来た旧都の空を突っ切り、欄干に寄りかかりながら、暇そうにぼんやりとしている橋姫の横を通行し、薄暗いトンネルを抜けて地上へと飛び出した。
「うわっ、眩しっ」
ずっと薄暗い地下に居たせいか、照り付けるような太陽に眩暈が生じ、その場で静止して目を覆う。現在時刻は午前8時50分。今日も清々しいくらいの快晴で、朝っぱらから蝉の鳴き声が聞こえていた。
「大丈夫~?」
「明るい所に出て少しくらっとしただけだ」
前方のこいしに答え、彼女に追いつき飛行を再開する。360度に広がる雄大な自然は、まるで本物の鳥になったかのような高揚感を与えてくれる。幻想郷の空は素晴らしい。
(さとり達には悪いけど、やっぱ地上が一番だよなぁ。なんだか一気に解放されたような気分だ)
「~♪ ~♪」
私と似たような事を感じているのか、隣を飛ぶこいしは上機嫌で鼻歌を歌っていた。
「なあこいし。さとりの策を実行する前に一度説得を試みるつもりなんだが、もしマリサが昨日と変わらない調子だったら、その時はフォローしてくれるか? 残念ながら、私の腕ではアイツを捕まえるのは難しいんだ」
「いいよ~♪ なんか面白そうだし!」
「ありがとな」
移動中にこいしの協力を取り付け、やがて目的地へと到着し、自宅前の空き地に降りていく。無意識の能力を使ったのか、こいしはいつの間にか姿を消していた。
「さて、まだ家に居ればいいけどな」
玄関へと移動し、扉の前でノックする。
「誰だ~? アリスか?」
だるそうな声と共に足音がだんだんと大きくなり、ガチャリ、と音を立てて扉が開く。
「よう、マリサ」
「お前は……っ!」
私の顔を見た途端、距離を置き、険しい顔で睨みつける。その奥には、ごちゃごちゃと物が散乱した室内の様子が見て取れて、彼女のずぼらな性格がうかがえる。……自分で言うのもなんだが、相も変わらず片づいてないな。
「な、なぜ私の家が分かった!?」
「もちろん、私も霧雨魔理沙だからさ。お前が魔法の研究で良く使う、秘密のキノコの収穫場所や、各所からくすねて来たお宝の隠し場所まで、何から何まで良く知っているぜ?」
「ふん、気味の悪い奴だな。どこでそんな情報を知ったか知らないが、ちょうど良い。探す手間が省けたぜ!」
マリサは懐からスペルカードを取り出しながら、「今度こそお前をとっ捕まえてやる! 昨晩は不意を打たれたが、もう逃がさないぜ!」
「なあ、どうしても話を聞いてくれないのか? お前とは戦いたくないんだ」
「あのなぁ、昨日も言ったろ? 私の姿を借りた偽物の言葉なんか聞く気はない、って。何かを伝えたいんなら、せめて本当の姿を見せる事だな」
「……そうか」
マリサはあくまで、私の事を霧雨魔理沙に化けた妖怪だと思い込んでいるらしい。目の前のマリサはやる気満々な様子だし、躊躇している暇はない。あの手で行くしかなさそうだ。
意を決して、虚空に向かって呼びかける。
「こいし、頼む!」
「オーケー!」
マリサの後ろから返事がしたかと思えば、何の前触れもなくこいしが姿を現し、彼女を羽交い締めにする。不意を突かれたマリサは、右手に握っていたスペルカードを床に落としてしまっていた。
「その声はこいしか! 放せよ!」
「ごめんね~マリサ。すぐ終わるからさ、ちょっとだけ捕まっててよ」
「なんであんな奴に味方してんだよ! あいつは私に成り代わろうとしてるんだぞ!」
「うふふ、マリサもその内分かるよ」
そんな話をしている間にも、じたばたと手足を動かし、こいしの腕から抜け出そうとしているマリサだったが、見た目に反してかなりの力があるようで、微動だにしていなかった。
出発前の私と小町のような既視感を覚えつつ、強い眼差しを向けるマリサの前まで近づいていく。……へぇ、〝私″って、こんな怖い表情が作れたんだな。
「わ、私に何をする気だ!」
「安心しろ。悪いようにはしない」
以前マリサと成り代わる時に使った、眠らせる効果を持った魔法の雲。その範囲を狭めて、彼女の顔へと吹き付ける。
「う……こ、この匂いは……。く、そ……」
パチパチと必死に瞬きしながら抵抗していたマリサだったが、湧き上がってくる睡魔に抗うことはできず、頭が垂れ、ガクンと力が抜けていった。
「ととと」
完全に寄りかかられたこいしは、バランスを崩しながらもなんとか立ち直り、マリサをそっと床に寝かしつけてからゆっくりと離れた。念のため頭の近くでしゃがみこんで、眠っているかどうか確認すると、悪夢にうなされているかのような寝苦しい顔とは対照的に、静かな寝息が聞こえて来た。
「これで良かったの?」
「完璧だ。助かったよ、また昨晩のように弾幕ごっこに発展するのは嫌だったからな」
「魔理沙ったら、かなり弱くなっちゃったもんね。まるで初心者みたいな動きだったよ?」
「うぐっ……そのことは良いだろ」
いずれ昔の勘を取り戻さないといけないだろうが、今は良い。
さとりの提案した作戦、それは【マリサを私の時代へ連れて行くこと】だった。タイムトラベルを実際に体験させることで、私の話の信頼性を高め、さらに元の時代で待っている霊夢達の協力も取り付けられる。まさに一石二鳥な作戦だ。
女神咲夜の話や、にとりの例から推察するに、この行動によってマリサが歴史から姿を消すことはない筈だ。一時的なものだし。
「ちょっとここだと位置的にまずい。外に運び出したいから、足の方を持ってくれないか?」
「あーい」
私は寝ているマリサを肩から引っ張るようにして起こし、抱き枕のように腰をしっかりと掴む。その間にこいしもマリサの足元へと移動し、両手で軽々持ち上げ、カニ歩きしながら運んでいく。
「この辺でオーケーだ。降ろしてくれ」
玄関前から数歩歩いた地点で足を止め、こいしは腰を曲げて、そっと両足を地面につける。
マリサとより密着できるように、体勢を整えていると、いつの間にか私から少し離れた場所に移動していたこいしが、「こうしてみると本当そっくりね! アハハ、変なの~」と、指を差しながら笑っていた。何が面白いのやら。
そうして、マリサの脇の下に両腕を差し込み、さらに足を絡めて、崩れ落ちることのないように支えを作り、準備が整った。
「よし、これで良いだろう。タイムジャンプ発動!」
足元に魔方陣が現れ、時計方向へと回転していく。「おお~、これがタイムトラベルなのね。なんだかすごくそれっぽいじゃん」と、感心するこいしの声。
「じゃあなこいし。さとりに宜しく伝えておいてくれ」
「バイバイ魔理沙ー!」
ニコニコしながら手を振るこいしを視界に捉えつつ、私は声高々に宣言する。
「行先は西暦215X年9月21日午後5時!」
出発時刻の5分後を指定。まばゆい光が辺りを覆い尽くし、視界がどんどんと歪んでいくのを感じて、私は目を閉じた。
◇ ◇ ◇
「あーあ、行っちゃったなぁ」
古明地こいしは、誰も居なくなった霧雨魔理沙邸を見ながらさらに呟く。
「でもでも、日付と時間をしっかりと言ってたし、その時間になれば二人の魔理沙が出て来るんだよね……。よ~し、覚えてたらまたここに来ようかな♪」
くるっとスカートを翻し、古明地こいしは森の奥へと消えていった。
◇ ◇ ◇
次の話の時間軸(魔理沙が跳んだ先の時間)は、第138話タイトル「その後」の続きになります。