――西暦215X年9月16日午前11時――
side ――霧雨魔理沙――
「う、ううん?」
風で草木が騒めく音が周囲から聞こえ、背中から伝わるひんやりとした感触で私の意識は覚醒する。
辺りは深い深い魔法の森が広がっており、広角レンズ越しに覗いた世界のように淵が丸く見えていることから、私は地面に倒れているのだと自覚する。
「――っ! 私は生きているのか!?」
ハッと起き上がり、体に着いた土を払いながら全身を触ってみる。
どこかのお嬢様みたいに幽体になっている訳でもなく、スキャンを行ってみても体にどこも異常はない。
結論から言うと私はちゃんと生きていた。
「……あれは夢だったのか?」
黒く染まった不気味な世界、無数に浮かぶ時計に白い道、離散していく意識。今思い出しても薄気味悪さを感じる。
あれが夢だったなんて、到底信じられるものではないのだが……。
「それに、私が生きているという事はやはり……」
過去を変えることが出来なかったか、もしくはかねてからの予想通り〝分岐″したのか。
(あの夢の中の空間で垣間見た真理、あれがもし本当に正しいのなら……)
前々から考えていた仮説が、より真実味を増す事になる。
「まあ、ここで考えていても仕方がない。とりあえず今が何時で何処なのかきちんと確認しないと」
私は西暦215X年9月16日午前11時を指定して跳んだ筈。
タイムジャンプに間違いはないはずだが、あんな不吉な夢を見てしまったので不安が残る。
私は自宅へ文字通りの意味で飛んで行った。
やがて自宅に辿り着いた私が、玄関の扉を開けて中に入ると、視界に飛び込んできた光景に衝撃を受けた。
「なんだこれ!?」
足の踏み場がないくらいに散らかっていた私の家は、ゴミ一つなく綺麗に整理整頓されており、飾り付けた覚えのないファンシーな装飾や、設置した覚えのないキュートな家具が置かれていた。まるで今でもここに人が住んでいるような……。
家を間違えてしまったのかと錯覚し、一度外に出てみるも、この一軒家はまごうことなき私の自宅だった。
(まさか時間を間違えて跳んでしまったのか?)
私は再度自宅に入り、リビングの壁に掛けてあるカレンダーを見る。
215X年と書かれたカレンダーは9の月まで捲られ、日付は1の日から一個ずつ○が付けれられていて、16の部分が最後になっていた。
(日付は間違ってない。ってことは元の時間に戻ってこれたんだ)
とりあえず安堵するものの、様々な謎が浮かび上がってくる。
(となると、この部屋はどういうことだ? ここは確かに昨日まで私の家だったはずなんだが……。〝バタフライエフェクト″でも起こったのか?)
バタフライエフェクトとは外の世界の有名な言葉だ。意味は『非常に小さな事象が因果関係の末に大きな結果につながる』という考え方を指し、それを知った時『そんな考え方があるのか』と驚愕したのを覚えている。
(それに霊夢はどうなったんだろうか)
「うーん……」
その場に立ち尽くしたまま考え込んでいると、後ろからバサっと何か柔らかい物が落ちる音がした。
振り返ると、玄関先に驚愕の表情を浮かべているアリスが立ち尽くしており、足元には彼女が抱きかかえていたと思われるバスケットがひっくり返っていて、布や綿が散乱していた。
「お~アリスじゃないか。ちょうどいい所に来てくれたな。少し聞きたい事が――」
私が最後まで言い切る前にアリスがすぐ傍まで駆け寄り、「ままま、魔理沙!? え、う、嘘!? ど、どうしてここに!?」怒涛の勢いで質問してきた。
普段冷静なアリスからは考えられない激情に気圧され「お、おいおい。少し落ち着けよ」と彼女を宥めようとしたが、「落ち着いてなんかいられるわけないでしょ! なんで魔理沙がここにいるのよ!?」と、逆に火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。
「はっ! ま、まさか偽物!? よりにもよってその姿に化けるなんて許せない! 正体を現しなさい!」
アリスは瞳から大粒の涙を流しつつ、指先に付いた見えない糸を繰って、普段連れ歩く上海と蓬莱に槍と剣を持たせ、臨戦態勢に入る。
「えっ、ちょっ待て待て待て! 私は本物だ!」
「問答無用! くらいなさい!」
「うわっ!」
槍を構えた上海の突進に、慌てて頭を庇うようにしながら伏せた後、アリスの横を通り抜けて上空へと逃げる。
「待ちなさい!」
アリスも私の後を追って空に飛び上がってきており、あの様子では地の果てまで追いかけて来そうだ。
「ちっ、仕方ない。悪く思うなよ、アリス」
私は腰に下げていた八卦炉を突き出すように構え、魔法を発動する。
「喰らえ! 恋符【マスタースパーク】!」
手の平サイズに収まる八卦炉から、馬鹿でかいレーザーが発射され、アリスの体を覆いつくす。
「キャアアアアアア!」
アリスは防御態勢を取る間もなく、悲鳴を上げながら墜落していった。
もちろんこの魔法は本気じゃない。あくまで私が本物の霧雨魔理沙であることを示す為のデモンストレーションだ。
私はアリスの落下地点へゆっくりと降りていき、仰向けになって倒れている彼女に告げる。
「今の魔法を見てもまだ私が偽物だと言い張るつもりか?」
アリスはむくりと起き上がり、服に着いた土を払いながら言った。
「……信じられないけど、今のスペル、この魔力は魔理沙本人のようね」
「分かってくれたか」
私はホッとするが、アリスの疑念はまだ晴れていなかった。
「じゃあどうして魔理沙がここにいるの? 貴女、100年前に亡くなった筈じゃなかったの?」
「……私が死んだって? 100年前に? 何かの間違いじゃないのか?」
「そんな筈ないわよ! だってあなたの最期を看取ったし、――あなたの葬式の喪主も務めたんですもの」
「!」
尻すぼみに声が小さくなっていくアリスは、私が死んだと本気で言っているようで、動揺を隠せない。
「――とりあえず場所を変えましょう。貴女の家で詳しく話を聞かせてちょうだい」
「そうだな。お互い、情報交換が必要だ」
アリスの提案に賛同し、私達は自宅へと向かった。