人里に到着した咲夜と私は、閉店準備を進めている最中の八百屋、精肉店、三河屋を順々に回り、適当なお金と引き換えに必要な食材を調達し、帰路に就いていた。
満足そうに隣を飛ぶ咲夜の右手には買い物袋がぶら下がり、私は紙袋を抱えている。もちろん中身は全てシチューの材料だ。
「魔理沙が居てくれて助かったわ。一人だとこの量は運びきれなかっただろうから」
「はは、お役に立てて良かったよ」
やがて自宅に戻った私と咲夜は、リビングの隣に併設されたキッチンへと向かい、ダイニングテーブルに買って来たモノを取り出していく。ジャガイモ、人参、玉ねぎ、バター、牛乳、鶏モモ肉……足りない調味料も含め、シチューに必要な材料が8人前、ズラリと並んでいる。
「材料は全て揃っているみたいね。調理の方は任せて頂戴。紅魔館のメイド長の実力、見せてあげるわ」
「頼んだぜ」
やけにノリノリな咲夜はキッチンへと向かって行く。
買って来た野菜と肉を、慣れた手つきで一口大のサイズに切り分けてトレイに乗せ、野菜を水に晒し、下ごしらえが終わった所で油が敷かれた厚手の鍋に順次投入して炒めていき、その後煮込んでいく。それと並行して、熱したフライパンにバター、小麦粉、牛乳を適量投入し、かき混ぜながらホワイトソースを作っていく。無駄なく、テキパキと調理を進めていくその後ろ姿からは料理人の風格があった。
一方で私は、マリサを含めた八人分の食器を用意し、ダイニングテーブルに並べていく。調理工程が進むにつれ、グツグツと煮込む音と共に良い匂いがしてきた。
「後は煮込み終わるのを待つだけね」
「見事な手際だな。八人分も作るのは大変だったんじゃないか?」
「こういうのはね、いっぺんに作ってしまうから楽なのよ。下手に一人ずつ作る方が大変だわ」
「ふーん、そんなもんか」
「魔理沙もお料理やってみたら? 様々な材料を掛け合わせて、一つのメニューを創り出すのは楽しいわよ」
「か、考えておくよ」
ゆっくりとかき混ぜながら、そんな話をしている内に、咲夜がセットしていたキッチンタイマーが鳴りだした。
「完成ね」
「ん~ミルクの匂いがするな」
食事を摂らなくてもいい体ではあるが、食欲をそそる匂いで、空腹感を刺激されてしまった。
「後はマリサの帰りを待つだけね。それまで鍋の時間を止めておくことにしましょう」
鍋に向けて懐中電灯を突き出し、カチっと竜頭を押す咲夜。特に変化はないように思えるが、鍋の蓋を開けてみると表面が氷のようにカチカチになっていて、お玉で掬いだそうとすれば、鉄を叩いた時のような音が聞こえた。
「ふ~ん、物質の時間を止めるとこうなるのか。さっきまで熱々だったのに冷たくなってるし、不思議だなあ」
「やろうと思えば、100年でも200年でも止めっぱなしにできるわよ?」
「いやいやいや、幾らなんでもそんな昔の料理を食べる気にはなれないだろ」
「ふふ、それもそうね」
咲夜はご機嫌な様子で、私も返事をしようとしたその時、隣のリビングに座る霊夢達の姿が目に入る。彼女達は談笑する姿勢のまま、石像のように微動だにせず、虚空を見つめていた。
「ところでさ、そろそろ時間を動かしたらどうだ? 止めっぱなしじゃいつまで経っても帰ってこないぜ?」
「そうだったわね。貴女と話していると、時を止めてる事を忘れそうになるわ」
「おいおい……」
私は苦笑しつつ懐中時計を取り出した咲夜を見ていたが、一向に時が動き出す気配がない。
「どうした? 早く時間を動かしてくれよ」
「その前に一つだけ言わせてちょうだい」
「なんだよ、改まって」
「もし昔のマリサの歴史が変わったら、貴女は――」
言いかけて咲夜は口を閉じた。何かを躊躇うように。
「……やっぱりなんでもないわ。敢えて言葉にするのは無粋なことね」
「はぁ?」
聞き返す間もなく咲夜は竜頭を押し、止まっていた世界が動き出し始める。溢れ出す音の奔流と空気感。再び喧騒が戻って来た。
「あれ、二人ともいつの間にキッチンに?」
「それにこの匂いは……」
「ひょっとしてもう行ってきたの!?」
「ええ、もう料理は完成したわよ」
「うわぁ~、すっごく早い!」
「ずっと時を止めたまま動いてたからな。実際にはそれ相応の時間は掛かってるぜ」
「マリサが帰ってきたら、お夕飯にしましょうか」
「うん、分かった!」
こいしは元気よく返事をしていた。
あれから霊夢達と毒にも薬にもならない話をしていると、ガチャリと玄関の扉が開く音がする。其方に視線を向ければ、少しくたびれた様子のマリサが現れた。
「マリサ帰って来た!」
「おかえり。どうだったよ」
「……にわかには信じがたいが、ここが150年後の幻想郷ってのは事実らしいな。早苗は亡くなってたし、妖夢もちょっと背が伸びて大人っぽくなってた。香霖も私にめっちゃ驚いてて、博麗神社では知らない女の子が博麗の巫女になってたぜ」
箒片手に気落ちした様子のマリサは、先程用意しておいた椅子――テーブルを挟んで向かい側、私から見て正面――に座った。
「お前がタイムトラベラーってのは認めざるを得ない。しかし――」
「待って。その話はご飯食べてからにしましょ?」
「え?」
「マリサが出かけてる間にね、咲夜がシチューを作ってくれたのよ」
「そうだったのか。別に構わないけど、なんか変なもん入ってないだろうな?」
「失礼ね。何も入ってないわよ」
「それは私が保証するぜ」
「てか、さっき朝御飯食べたばっかなんだけどなあ」
「いいからいいから」
「どうも感覚が狂うぜ」
「ご飯~♪」
再び騒がしくなるリビング。咲夜は深めの皿にシチューを盛り付けていき、並べていく。ホワイトソースに人参やじゃがいもが浮かび、とても美味しそうだ。
そして準備が整ったところで、こいしが食事前の挨拶の音頭を取り、私達は夕食を摂っていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
シリアスな話が続いているのに付いて来てくださっている読者様には感謝しかありません。
GW中の投稿を目指して続きを書いてますので、それまでお待ちください。