「ご馳走様~」
「ふふ、お粗末様」
「美味しかったー!」
「咲夜の料理は最高ね」
「ここまで美味しく作れるなんて、私が作るのと何が違うのかしら?」
「また食べたいな~」
咲夜のシチューに舌鼓を打ち、心もお腹も満足した私達。鍋一杯に作られたシチューは――主にこいしや霊夢によって――綺麗に食べ尽くされていた。
それから咲夜は、後片付けを手伝うと言ったアリスと共に食器を片付けていき、それすらも終わった現在、食後の紅茶が配られ、ゆったりとした時が流れていた。
ソファーに大きく身を預け、誰もが寛いでいる中、出された紅茶に一切手を付けず、只一人だけ思い詰めた表情をしたマリサが口を開く。
「……そろそろ、私の方から質問いいか?」
私は無言で頷く。
「食事をしながらずっと考えていたんだが、どうしても腑に落ちないことがある」続けて、「先程幻想郷を見て回った時、どいつもこいつも私を見るなり、死人が生き返ったかのような不可解な反応だった。私という人間がとっくの昔に死んでいるのなら、お前は何者なんだ? お前は、未来の私じゃないのか?」
今のマリサには既に怒りの感情はなく、興味や謎を解明し、真実を追う魔法使いらしさが戻っていた。
「それらも含めて、説明すると少し長い話になる。聞いてくれるか?」
マリサはこくりと頷き、私は霊夢が死んだ200X年7月20日から、タイムジャンプ魔法を開発して霊夢を助け出すまでの150年間。続けて、時の回廊で女神咲夜から聞いたこの世界の時間の成り立ち――今回の話には関係ないので、31世紀の幻想郷に纏わる時間移動の話は省いた――更に霊夢と約束することになった経緯について語っていった。
何度も何度も同じ事を説明していくうちに、段々と要領が良くなった気がする。
「――以上だ」
「う~ん……分かったような、分からないような……」
マリサは難しい顔で唸っていた。
「並行世界じゃないんだろ?」
「並行世界は存在しない。あくまで世界は一つだ。世界を一本の線だとして、その線が折重なっているようなイメージだと分かりやすいと思うんだが」
「折重なる……つまりお前は、重ねられて既に消えた歴史の私ってことか?」
「そうだ。私は古い歴史の霧雨魔理沙、そしてお前は、新しく構築された歴史に沿って、記憶や人格が再構成された霧雨マリサなんだ」
「……ははっ、それってまんま世界5分前仮説を裏付けしてるじゃないか。普通なら馬鹿らしいと笑うところだがな……。まさか私の14年の記憶や感情、いや、存在そのものが創られた物だったなんて……」
「勘違いしないでくれマリサ。今の歴史から見ればお前が霧雨魔理沙で、私がイレギュラーなんだ。なんせ、私の150年は既に無かった事になってしまったからな。証明の手立てもない」
「…………」
「それに――」
「世界5分前仮説? 何それ」
きょとんとした霊夢の疑問に答えたのは、読書に耽りながら推移を見守っていたパチュリーだった。
「簡単に説明するとね、『世界が五分前にそっくりそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が「覚えていた」状態で突然出現した、という仮説に論理的不可能性はまったくない』という、20世紀の哲学者が考案した、過去とは何か、知識とは何かをテーマにした思考実験よ」
「え? だってそんなのおかしいじゃないの。私は5分どころか、150年以上昔の記憶もしっかりあるわよ? 有り得ないでしょ」
「〝それらの体験をした、という偽の記憶を植え付けられて、私達の世界が5分前に誕生した″としたら? それをどう証明する?」
「なにその後出しじゃんけんみたいな話。物事の前提から覆されちゃったらどうしようもないじゃない。考えるだけ無駄だわ」
「その通りよ。だからこの仮説を否定するのは不可能って結論に至ってるのだけど……」
パチュリーは何か言いたげな表情でちらりと私を見る。その意図を察した私は、彼女に代わって先程言いかけた話を始める。
「私が実際に過去や未来へ行ったことで、その仮説は否定されているからな。加えて、時の神としての咲夜の存在こそが、過去から未来へと続く時間の連続性と、遥か昔から連綿と受け継がれてきた、あらゆる知識の真実性を保証している」続けて「だからこそ、何もない所から突然世界が創造されることはないんだ。私のタイムトラベルは、あくまで歴史という道の進路を変更するだけでしかないぜ」と熱弁する。
「例え進む道が変わっても、これまで歩んできた道が無くなる訳ではない――ってことね」
「その通りだパチュリー。私とマリサの違いは、西暦200X年7月21日に霊夢が亡くなったかどうか、その違いでしかない。だからなマリサ。お前が抱く感情、記憶も全て、紛れもなく本物だ」
「……まだモヤモヤしたままだけど、理屈は分かったよ。お前は私とは違う人生を歩んだ〝私″って認識でいいんだな?」
「ああ」
「そして、私とお前が別れる事になる分岐点が2ヶ月前の21日だと」
「その通りだ」
「そんでもって、昨晩霊夢が言っていた『私の中で人生観の変わる大きな出来事』。それに大きく関わっていた魔理沙ってのが、タイムトラベラーになった〝私″なんだな?」
「うん、そうよ」
私を指差しながらこれまでの話を再確認していくマリサに、霊夢はきっぱりと頷いた。
「……なるほどな。事情は分かったよ、全く、タイムトラベルというのはややこしくて嫌になるぜ」
「それじゃあ、信じてくれるの?」
「一応私の疑念は晴れたからな。実際にここが未来なのは確かなんだし、時間理論も筋は通っている。信じない訳にはいかないだろう」
「良かったぁ」
霊夢は安堵していたようだったが、マリサは硬い表情を崩さずに問いかける。
「……で、〝私″よ。お前の本当の目的はなんだ? 霊夢に限らず、こんなに大勢集まっちゃってさ、私に時間移動の講釈を垂れる為に接触した訳じゃないんだろ?」
「察しが良いな。実はお前の未来について話があるんだ」
「未来だと?」
「守矢神社や白玉楼に行ったのならもう気づいているとは思うが、お前は100年前の1月30日に死んでいるんだ」
「……らしいな。白玉楼に行ったら妖夢に泣きつかれちゃって、引き剥がすのが大変だったぜ」
「なんだ、あまり驚かないんだな」
「人間だろうと妖怪だろうと、命ある者はいつかは死ぬもんだ。それが早いか遅いかの違いでしかない。むしろ六十過ぎまで生きてたのなら、人としては長生きした方じゃないか?」
他人事のように答えるマリサはいたく落ち着き払っていたが、彼女の未来を知っている者達は憂いた顔を見せ、雰囲気が暗くなっている。
「……お前本当に〝私″なのかよ。その年で達観しすぎだろ」
「だってそんな先のこと考えたってしょうがないじゃん。未来のことでくよくよ悩むよりかは、今を楽しく生きた方がいいだろ?」
「ふっ」
なんとも私らしい言葉にクスリとしてしまったが、それが気に入らなかったのか、マリサは不機嫌になる。
「なんだよ、言いたい事があるならはっきり言えよ」
「じゃあ結論から言おう。マリサ、お前は本当の魔法使いになる気はないか?」
「なんだって?」
怪訝な表情のマリサに、私は懐から遺書を取り出した。
「これは?」
「50年後のお前が死の間際に書いた手紙だ」
「遺書だと? これを私が書いたのか?」
「ああ。ここにお前の全てが詰まっている。……読んでくれるか?」
「読めって急に言われてもなぁ」
答えに困ったマリサは霊夢の顔色を窺うものの、彼女は読んで欲しいと目で訴えていて、アリス、咲夜、パチュリーもまた、それを強く願っていた。
「……分かったよ」
並々ならぬ雰囲気に圧され、観念したようにマリサは体を伸ばして手紙を受け取り、それを黙読していく。
時計の針が刻む音、ティーカップとソーサーが擦れる音、衣擦れの音だけが響く静かなリビングで、読み終えたマリサは顔を上げ、唖然とした様子でこう言った。
「……これが未来の私の遺書だって……? いくら何でもこれはないだろ?」
「信じられないかもしれないがそれは全て事実だ。今のまま年を重ねていけば間違いなく後悔する羽目になる。だからマリサ、考えを変えるつもりはないか?」
「考えを変えるって……それが魔法使いになるってことなのか?」
「これはな、人生をやり直す機会を願った未来のお前の遺志なんだ。ここに居る奴らも皆、それを望んでいる」
「私からもお願いよマリサ。貴女が亡くなってから100年間、どうして貴女の気持ちに気づけなかったんだろうって、ずっと後悔したまま生き続けて来たの」
「霊夢……」
「もしやり直せるのなら、また貴女と一緒に過ごす日が来て欲しい。それが私の切なる思いよ……」
まるで一方的に別れ話を切り出された恋人のような、情緒的な雰囲気を纏う霊夢にたじたじとするマリサ。次いでアリスが口を開く。
「まだ何十年も先の話だし、今の貴女は全然実感がわかないかもしれないけど、好きなことができなくなることは、とても辛くて、悲しい事なのよ?」
「アリス?」
「晩年の貴女は大好きだった弾幕ごっこに参加できず、私や霊夢の弾幕ごっこを悲しそうに見ているだけだったわ……。それどころか日常生活すらも危うくなっていてね、倒れたりしてないか心配でよく様子を見に行ったものよ」
「……」
「亡くなる3年前、まだマリサが比較的元気だったあの日。私は堪らず種族としての魔法使いになることを勧めたわ。けれど貴女は、『自分の人生を否定したくない』と人間であることに拘り続けた。あの時の私は知る由もないことだったけど今なら分かる。自らの死期を悟り、未来への閉塞感を強く抱いていた貴女は、今更どうにもならないことを察知していたからこそ、残り少ない人生を僅かな希望に懸けたのでしょうね」
「……確かにその旨の事について未練たっぷりに綴られているな。それに『自らの叡智を結集しとある魔法を開発している。これさえ完成すれば私は新しく生まれ変われる筈だ』とも記されている。これは?」
「貴女が死後に遺した資料をパチュリーと調べて分かったんだけどね、晩年の貴女が研究していたのはタイムトラベルについてだったのよ」
「!」
「時間移動という現象が荒唐無稽なものだと分かっていても、藁にもすがる思いでそれにしがみつくしかなかった。それだけ、未来の貴女は過去の選択を後悔していたのでしょうね」
「……」
未来のマリサが抱いた気持ちを推し量るようにパチュリーは話し、さらに「残念な事に未来の貴女は志半ばで倒れてしまったけど、何の因果か、貴女ではない貴女がタイムトラベルを習得して今ここにいる。このめぐり合わせは決して偶然ではないと思うのよ」
「どうか同じ歴史を繰り返さないでマリサ。もうあんな悲しいマリサは見たくないし、友達として、ライバルとして、あの頃の日常を取り戻したいわ……」
「もし実現したら、あの頃のように三人で魔法談義をしたいわね。私の図書館で魔導書を広げて、咲夜の淹れた紅茶を飲みながらね」
「ふふ、その時は私も精一杯ご奉仕させていただきますわ」
「お前ら……!」
アリスとパチュリーに驚きと感慨が混じった様子のマリサ。更に咲夜までもが語りだす。
「ねえマリサ。私も霊夢と同じく人間を辞めた口だけどね、案外人外の人生ってのは楽しいものよ」
「え?」
「私はね、自分の名前すらも分からずこの能力だけしかなかった。右も左も分からない私を召し抱えてくださったお嬢様には、感謝してもしきれないわ」
「へぇ、お前って記憶喪失だったのか。初めて知ったぜ」
「意外でしょ?」
微笑んで見せた咲夜は、さらに言葉を続けていく。
「紅魔館でお嬢様のメイドとして仕え、そこに住む方々と過ごす日々や、異変を介して知り合った霊夢達との触れ合いが、空っぽだった私を満たしてくれた。それはもちろん貴女も例外じゃない。マリサも私の大事な友達よ」
「!」
「貴女とは対立することもあったけど、それも今ではいい思い出。私もマリサが生きてくれることを望むわ」
「咲夜……」
咲夜は真っ直ぐな笑顔を向けながら思いを語っていて、マリサはどこか照れているように思える。自分に言われてる訳ではないと分かっているのだが、同じ名前の所以に私もドキドキしてしまう。
「まあ正直な所、私はマリサにそこまで思い入れはないのだけれど、これだけ多くの友達に乞い願われているのなら、彼女達の心情を汲み取るべきではないかしらね。私の愛しい霊夢もそれを望んでいるのよ?」
「これまで幻想郷の色んなところに行って、色んな人達と交流してきたけど、マリサみたいな個性的な人は居なかったよ。また一緒に楽しい事や面白い事をやりたいなぁ」
この場の空気に感化されず、一歩引いた目線でアドバイスする紫に、遠き日の思い出を懐かしむこいし。まさかこの二人がこんな言葉を残すとは思わなかったので、私は内心驚いている。
「随分と人気者じゃないかマリサ?」
「……」
皮肉交じりに言葉を投げかけてみたものの、マリサは黙り込んだまま、深刻な表情でこの場の面々を見回し、それから遺書を食い入るように見つめ、真剣に考え込んでいるようだった。
私を含め、この場にいる全員がマリサの答えをじっと待ち続け、そして。
「……お前達の気持ちは良く分かったよ。皆、悪いけど、もう1人の私と二人きりで話をさせてくれないか」
「え? いい、けど……」
「ちょっと私について来てくれ」
困惑する霊夢達をよそに、マリサは思い詰めた表情で席を立ち、手招きする彼女の後に続いて私は外へと出て行った。