魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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最高評価及び高評価ありがとうございました。
かなり悩んだ話だったのでうれしいです。


第154話 霊夢とマリサの歴史①~②

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 ――――――――――――

 

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 女神咲夜が観測に入った時刻は西暦200X年9月5日午後2時00分。場所は紅魔館の1階廊下。時を止めて洗濯を行っていた人間十六夜咲夜が、窓から忍び込む瞬間の霧雨マリサを目撃した所から場面が始まる。

 

『ま~た勝手に忍び込んでる。仕方ないわね』

 

 彼女は一旦胸に抱えていた洗濯籠を別の部屋に置き、再びマリサの元まで戻り、時を動かした。

 

『こらっ! ここで何してるの!』

『うわぁっ!』

 

 霧雨マリサからしてみれば、瞬間移動してきたかのように目の前へ現れた十六夜咲夜に驚き、窓枠から廊下へと滑り落ちてしまった。

 

『イテテテテ……』

『また勝手に忍び込んで、いい加減普通に玄関から入ってきなさいよ』

 

 尻餅をついている霧雨マリサにすっかり呆れ果てている十六夜咲夜。霧雨マリサは立ち上がり、服に着いた埃を払いながら宥めるように言った。

 

『もう~びっくりさせんなよ。私の事は放っておいてさ、仕事に戻れって。な?』

『招かれざるお客様を追い払うのもメイドの仕事よ』

 

 一瞬でナイフを取り出す十六夜咲夜に、霧雨マリサは『お~怖い怖い。悪魔の館のメイドは戦闘までお手の物ってか!』と返し、スペルカードを取り出した。

 

『あら、随分とやる気なのね』

『新しい道を拓くには、多少の困難があっても挫けちゃいけないんだぜ?』

 

 かくして、霧雨マリサと十六夜咲夜の弾幕ごっこが始まった――。

 

 

 

 十分後……。

 

『へへーん。私の勝ちだぜ!』

『はぁ……』

 

 弾幕ごっこに敗れ、レッドカーペットにへたり込む十六夜咲夜は、ガッツポーズを取る霧雨マリサを恨めしそうな目で見つめていた。そこに秘められた感情は、単なる勝ち負けではなく、弾幕ごっこの余波で荒れ果てた廊下と、仕事が増えたことに対するモノも含まれているに違いない。

 時を止めて襲い来る攻撃も、弾幕ごっこというルール上ではさほど優位性はない。

 

『そんじゃま、私は行かせてもらうぜ。じゃあな~』

 

 そう言って大図書館のある方角へと立ち去りかけた霧雨マリサに、十六夜咲夜は『待ちなさい』と立ち上がりながら声をかける。

 

『なんだよ? 再戦の申し込みならまた後にしてくれ』

『そうじゃないわよ。昨日の宴会の時、最後まで残って霊夢と話してたみたいだったでしょ? どんなこと話してたの?』

『また唐突だな?』

『だって貴女、霊夢が巫女を辞めるって宣言してから、かなり彼女のことを意識してたじゃない。気にもなるわよ』

『……気づいてたのか』

『傍から見ればすぐにわかるくらい、露骨な態度だったわよ。あれでばれないとでも思ってたの?』

『ははっ、そう言われると何だか急に恥ずかしくなってきたな』

 

 霧雨マリサは照れを誤魔化すように空笑いをして。

 

『あの時の私は納得できなくてな、霊夢に何があったのか、それがどこまで本気なのか問い詰めたんだ。それで帰って来た答えが、150年後から時間遡航してきた別の歴史の〝私″との約束だって話だから、到底信じられるものじゃなかった』

『!! そ、それで?』

 

 思いもしなかったタイムトラベラー魔理沙の言及に驚愕しつつ、咲夜は恐る恐る話の続きを求めた。

 

『だけどな、今朝私の前に現れた別の歴史の〝私″から経緯を聞いてさ、不満や疑問も全て解決して清々しい気持ちになったよ。霊夢の気持ちは尊重するし、私も本当の魔法使いになるって決めたんだ。……なんて、こんな話を今の咲夜にしても分からないだろうけどな』

 

 そして霧雨マリサは箒を肩にかけ、十六夜咲夜の前まで近づいていき、肩をポンと叩きながら、『お前もさ、これから色々と大変かもしれないけど頑張れよ』と声を掛け、去っていった。

 

『……ふ~ん、まさか未来の魔理沙が関わっていたなんてねえ。三日前に話してた『霊夢への用事』ってそういうことだったの』 

 

 彼女の後ろ姿を見つめながら、十六夜咲夜は呟いた。

 

 

 

 

 十六夜咲夜と別れて歩き続ける事五分、大図書館へと続く出入口へ到着した霧雨マリサは、音を立てないよう慎重に扉を少しだけ開き、僅かなスキマから中を覗き見る。そして周りに人影がないことを確認してから忍び込んだ。

 

『さ~て、あの本はどこかな~』

 

 気分はすっかり大泥棒。この部屋の主たるパチュリー・ノーレッジと使い魔の小悪魔に感づかれないよう、声も動きも潜めながら、目的となる魔導書が陳列されている本棚へ向かい、一冊一冊タイトルを確認していく。

 

『おっ、これこれ。後は……』

 

 五分、十分、二十分と時が経つにつれて、彼女の腕に抱える本の数も増えていく。やがてそれが三冊に到達したところで、『こんくらいで充分だろう。さ~て帰りますかね』と呟き、来た道を戻って行く。

 本棚と本棚の影に隠れつつ、キョロキョロと辺りを見渡しながら、慎重に出入口へと向かって行く霧雨マリサ。折り返し地点まで辿り着き、何事もなく終わるかと思われたその時、書物整理の為にたまたま近くを飛んでいた小悪魔に見つかった。

 

『ああ~!! パチュリー様! また例の侵入者が来てますよ!』

『やっべ、見つかっちまった!』

 

 叫びながら大図書館の奥へと飛んで行く小悪魔。もうこそこそ隠れる意味はないと判断した霧雨マリサは、飛び乗るようにして箒に跨り、地上スレスレの高さを維持したまま、進行方向上の本棚をひらりひらりと躱しながら飛んで行く。

 やがて出入口が前方に見えて来た。

 

『よっし、扉が見えて来たぜ!』

 

 このままいけば逃げ切れる、と強い確信を抱きつつ、本棚の影から扉がある通路へと飛び出そうとした瞬間、強大な魔力の塊を察知した霧雨マリサは垂直に飛び上がる。直後、人が丸ごと飲み込まれる程度のレーザー光線が出入口の扉に叩き込まれた。衝撃で大図書館全体が重い音と共に揺れ、パラパラと天井の埃が落ち、直撃を受けた出入口の扉はもはや原形を留めておらず、周囲の壁には罅と焼け焦げた跡が残っていた。

 中空からそれを見下ろしていた霧雨マリサは『おいおい、ただのけん制にしては幾らなんでも威力が強すぎじゃないか? パチュリー』と、不敵な笑みを浮かべながら振り返った。

 

『ふんっ、今日こそ逃がさないわよマリサ。脇に抱えている本と今まで盗んでいった本を全て返しなさい! 素直に従うのなら見逃してあげてもいいわよ?』

 

 冷静な口ぶりながらも怒りを露わにするパチュリー・ノーレッジは、片手に愛用の魔導書を持ち、背中と足には魔方陣を発動させており、威圧感すらも感じさせる膨大な魔力は、彼女が数百年の時を生きる強力な魔女である証だった。

 中空で互いに相対するパチュリー・ノーレッジと霧雨マリサの眼下には規則正しく並ぶ無数の本棚。周りにはどこに視線をやっても必ず目に入る本棚の数々。彼女らから離れた本棚の影に隠れ、怯えながら二人の様子を眺める小悪魔。

 一度ぐるりと大図書館全体を見渡した霧雨マリサは、パチュリー・ノーレッジの目を見ながらふてぶてしい態度を崩さずに宣言する。

 

『そいつは無理な相談だな。私はどうしてもこの本に用があるからな』

『そう。なら力づくでいかせてもらうわよ』

『いつでもかかってきな! 楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだぜ!』

 

 互いにスペルカードを取り出し、二人の魔法使いの弾幕ごっこが開始された――。

 

 

 

 ニ十分後……。

 

『残念だったなパチュリー。今日も私の勝ちだ』

『くっ……!』

 

 箒片手に床に立つ霧雨マリサは、数歩離れた通路上で、うつ伏せになって倒れているパチュリー・ノーレッジを見下すように言った。

 互いの魔法弾が激しく飛び交う空中戦、決着が着いたのは一瞬だった。ちなみに当人達は気づかなかったが、流れ弾が何度か隠れている小悪魔に当たりそうになり、必死で避けるという一幕も。

 

『それじゃ借りていくぜ~!』

『ま、待ちなさいマリサ! 勝手に持っていくのは許さないわよ……』

 

 パチュリー・ノーレッジはほふく前進しながら、霧雨マリサに向けて必死に手を伸ばしたものの、その願いも空しく、霧雨マリサは全壊した扉から悠々と大図書館を後にしていった。

 

『はぁ……。今回も負けてしまうなんて。一体何が駄目なのかしら……』

 

 大きな溜息を吐き、沈んだ様子のパチュリーに、『あ、あの~パチュリー様。大丈夫ですか?』と、物陰から出て来た小悪魔が彼女の傍でしゃがみ込み、声を掛ける。

 

『『大丈夫ですか』って? これが大丈夫に見えるなんて貴女の目は節穴なのかしら!? 私の大切な本を盗られたのよ!? これでもう何冊目だと思ってるのよ!』

『ひぃっ』

『そもそも貴女がもっとちゃんと見張っていればマリサに侵入されることもないのよ!? 挙句の果てには、主人に戦わせておいて自分は隠れるなんて何考えてるのかしら!?』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

 

 幼い子供のようにうずくまり、涙を流す小悪魔。その様を見て、激昂していたパチュリー・ノーレッジの頭は急速に冷えていった。

 

『……ごめんなさい、言い過ぎたわ。貴女に怒りをぶつけても仕方のないことよね』

 

 そして服の埃を払いながら起き上がり、『弾幕ごっこだから怪我はないわ。心配してくれてありがとう。だから泣かないで、ね?』と、小悪魔の肩に手を置き、子供をあやすように宥めていた。

 

 

 

 

『……落ち着いた?』

『は、はい。ぐすっ』

 

 やがて小悪魔が落ち着いたのを見計らって、パチュリー・ノーレッジは彼女に命令する。

 

『小悪魔。マリサが何の本を盗って行ったのか調べてちょうだい』

『か、畏まりました!』

 

 小悪魔は仕事を果たすべく、蔵書リストを取りに大図書館の奥へと飛んで行った。

 他方で、パチュリー・ノーレッジは普段読書しているスペースへ戻り、机の上の呼び鈴を鳴らす。直後、彼女から見て一瞬で目の前に十六夜咲夜が現れた。

 

『お呼びですか? パチュリー様』

『貴女にやってもらいたいことがあるのよ』

 

 そう言って、パチュリー・ノーレッジは出入口へ向かって歩き出す。十六夜咲夜は後ろにぴったりとくっつきながら、『それは、ここに来る途中に見かけた全壊の扉と何か関係がおありですか?』と問いかける。

 

『その通りよ。マリサとの弾幕ごっこの最中に壊れちゃってね』

 

 パチュリー・ノーレッジは足を止め、すっかり風通しの良くなってしまった扉を指差した。

 

『これはまた、随分と派手に壊れちゃってますね。他の場所は無事なんですか?』

『この大図書館にある全ての物質には特殊な魔法が掛かってるから、ちょっとやそっとのことでは傷一つつかないんだけど、この扉だけはキャパシティを越えちゃって』

『なるほど、そういうことでしたか』

『お願いできるかしら?』

『承知致しました。すぐに終わらせますね』

 

 事情を理解した十六夜咲夜は一礼した後に時を止め、再び時が動き出した時にはすっかり元通りに直っていた。実際には少なくない時間と労力がかかった大がかりな大工仕事だったが、パチュリー・ノーレッジの体感では1秒も経っていなかった。

 

『修理完了致しました。また何かありましたらいつでもお申し付け下さい』

 

 そんな苦労を一切顔に出さず、涼し気な表情で報告する十六夜咲夜。

 

 彼女の見えない苦労を察したパチュリー・ノーレッジは『ご苦労さま、貴女にはいつも助けられているわ。ありがとう』と労いの言葉を述べ、十六夜咲夜は『これも仕事ですから。それでは私はこれで失礼致します』とクールに答え、再び時を止めて去って行った。

 

『さて、後は小悪魔の報告を待つだけね』

 

 パチュリー・ノーレッジは読書をしているデスクまで戻って、座席にどっかりと腰を下ろし、十六夜咲夜の置き土産である紅茶を口に含みながら、読みかけだった本の読書を再開していった。

 

 

 

 万を超す膨大な所蔵数を誇る大図書館全ての本との照合を終え、小悪魔が戻って来たのはニ時間後だった。

 

『パチュリー様、マリサが盗って行った本が分かりましたよ~!』

『お疲れ様。早速見せてちょうだい』

 

 先程の本を読了し既に二冊目に移っていたパチュリー・ノーレッジは、読みかけの本に栞を挟み、小悪魔が提示したリストを受け取り確認していく。

 やがて該当する箇所を見つけ、霧雨マリサの被害にあった本のタイトルが判明したパチュリー・ノーレッジは、目を見開いた。

 

『小悪魔、これに間違いはないのね?』

『もちろんです』

『そう。ふふっ、とうとう彼女も決心したのね』

 

 二時間程前に抱いていた怒りは既に消え失せ、パチュリー・ノーレッジは柔和な表情になっていた。

 リストに記されていた本のタイトル、それは捨食と捨虫の魔法に関するものだった――。

 

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「クス、なんとも彼女らしいやり方ね。そういえばあの頃の私っていつも魔理沙に振り回されてたっけ」

 

 遠い昔の記憶を思い出す咲夜。

 

「彼女も霊夢が自殺なんてことにならなければ、こんな未来もあったのでしょうね」

 

 センチメンタルな気持ちになりながらも、観測を続けていく。

 

 

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 次に映し出された時刻は西暦200X年9月6日午後3時20分。太陽が傾きかけてきた時間に紅魔館の中庭で行なわれた、博麗霊夢と十六夜咲夜のお茶会の一コマ。

 パラソルが付いたガーデンテーブルに座り、紅茶を飲みながら取り留めのない話で盛り上がっていた。

 

『~ってことがあったのよね』

『あはは。何それ面白い』

 

 和やかなムードのまま歓談が続き、話が一区切りついたところで、十六夜咲夜は昨日の出来事を思い出す。

 

『そういえば、昨日ここに忍び込んできたマリサから聞いたわよ。一昨日の宴会では険悪な感じみたいだったけど、どうやら無事に仲直り出来たみたいね?』

『ええ、これも未来の魔理沙が私の代わりに誤解を解いてくれたおかげよ。私だけじゃどうしたらいいのか分からなかったから』

 

 博麗霊夢は一瞬表情に陰りを見せつつ、紅茶を一口飲んだ。

 

『マリサも真の魔法使いになるみたいだし、生きる楽しみが増えたわ。誤解もあったけれど、終わり良ければ総て良し。ってね』

『ふふ、それは良かったわね』

 

 優しい微笑みを浮かべる十六夜咲夜の態度に、博麗霊夢はふとある疑問が浮かんだ。

 

『それにしても、咲夜は時間移動云々の話をしてもあまり驚かないのね? 普通だったら半信半疑になってもいいものだけど』

『私も未来の魔理沙に会ったことあるからね』

『嘘!? いつのこと?』

『五日前と四日前の二回ほど』

『むむ、意外と近いのね。それに四日前って魔理沙が私の神社に来た日ね。でも、あの時はほとんど一緒にいたと思うんだけど……それ何時ごろの話?』

『確かお昼前だったわね。時を止めたまま仕事をしていたら『この時代で活動したいけど、時間が止まったままだと何もできないから時間を動かしてくれ』って文句を付けに来たのよ』

『それおかしくない? だって時間を止めてたんでしょ?』

『私にもよく分からないんだけど、未来の魔理沙は時間停止の影響を受けないみたいなのよ』

『へぇ~なんだか面白そうね』

『あまり大したものでもないんだけどね。……それで話を戻すけど、紆余曲折の末に未来の魔理沙には私の仕事を手伝ってもらって、そのお返しにあの日は時間を止めない約束をして人里の方へ飛んで行ったわ』

『ふ~ん。時間的に罰ゲームで私がジュースを買いに行かせたくらいね。買い物程度でかなり疲れてたから変だなってあの時思ったけど、そんなからくりがあったんだ』

『この時に未来の魔理沙が話してた用事というのが、まさか貴女と未来を生きる約束だったとはね。点と点が繋がって線になった気分だわ』

 

 十六夜咲夜と博麗霊夢は互いに納得したように頷いていた。この時の時間旅行者霧雨魔理沙はそもそもジュースを捜すだけでもかなり苦労していたのだったが、その事は知る由もない。

 

『霊夢にマリサ、次々と人は変わっていくのね。私はどうしたら良いのかしら……』

『咲夜?』

 

 意味深長なことを呟く十六夜咲夜に首をかしげる博麗霊夢のシーンで、映像は途切れた。

 

 

 

 ◇   ◇   ◇

 

 

 

 あれから三日後の西暦200X年9月9日午後2時57分。場面は再び紅魔館の中庭で行われている博麗霊夢と十六夜咲夜のお茶会でのこと。 

 

『あんたがわざわざ私に頼み事をするなんて珍しいわね。どうかしたの?』

『実はね、最近お嬢様のことで悩んでいるのよ。その事で話を聞いて貰いたくて』

『へぇ? 私で良ければ話を聞くわよ』

『8日前にね、お嬢様から私の眷属になって欲しいとお願いされたの』

『……さらっと話してるけど、かなり大事なことじゃない! でもこうして日中に私とお喋りしてるってことは、まだ吸血鬼にはなってないのね』

『ご明察。その時は丁重にお断りして、お嬢様は『咲夜の意思を尊重するわ』と仰られて話は終わったの』

 

 十六夜咲夜は紅茶を含み、ティーカップを静かに置いた。

 

『けれど、先の宴会での霊夢の妖怪発言に触発なされたのか、お嬢様が時々私に聞こえるように『私の何がいけなかったのかしら』『咲夜の人生観を大きく動かせるような出来事は何かないかしら』と呟いておられるのよ。それが、なんだかプレッシャーに感じてしまって』

『私にはどこが悩みなのかさっぱり分からないわ。あんたのことだし、喜んで誘いを受けるものだと思ってた』

『私はね、人間であることに誇りを持っているの。人として生まれた以上、人のまま死にたいし。もし私が寿命を伸ばして数百年生きられるようになったとして、私はその長い人生でお嬢様に忠誠を誓って仕え続ける事が出来るのか? 人間であった時のように、日々を一生懸命努力しながら生きる事が出来るのか? ……そんな恐さがあるのよ』

『ふ~ん……』

 

 一見どうでもよさそうな態度で相槌をうつ博麗霊夢だったが、内心では完璧超人だと思っていた十六夜咲夜の人間らしい悩みに、驚きと親近感を覚えていた。

 それを踏まえた上で、博麗霊夢は少し考えてから発言する。

 

『咲夜の気持ち、分からなくもないけどなんか違和感があるのよね』

『え?』 

『本当に心の底からレミリアに忠誠を誓っているならさ、例え何十――ううん、何百年経ったとしてもその想いは揺らがないと思うのよ。長い時間が経つことでレミリアに愛想をつかすのが怖い、って、誘いを断る動機としては弱い気もするけど』

『……霊夢には初めて話すけどね、実は私、幻想郷に来るまでのエピソード記憶が全くないの。年齢や出身地はおろか、『十六夜咲夜』って名前もお嬢様から授かった名前だし、私の本名は今も思い出せない……。自分が何者なのかと考え出すとキリがないわ』

 

 十六夜咲夜は言葉を続ける。

 

『もちろん、右も左も分からない私を拾ってくださったお嬢様には感謝してもしきれないわ。でもね、空っぽだった私が人であり続けることが、私が〝十六夜咲夜″になる前から続く唯一のアイデンティティーだから、もしお嬢様に愛想をつかすようなことがあれば、私にはもう何も残らなくなってしまうのよ』

『そうだったんだ』

 

 博麗霊夢にとっては、およそ1ヶ月以上前、〝既に無かった事にされた7月25日″に時の女神の咲夜から聞いた話だったので驚きは少なかったが、目の前の十六夜咲夜が人間であることに拘り続ける理由については初耳だった。

 

『でもそこまで固い決意があるのに私にこんな話をするってことは、やっぱり心に迷いがあるんでしょ?』

『そう、なるわね。自分でもちゃんと決心したつもりだったんだけどね』

 

 

 

「ふむ……ここまでのやり取りは以前と同じなのね」

 

 時の回廊からこの時代を観測する女神咲夜は、興味深そうに呟いた。

 画面の中で二人が繰り出す会話は、前回の歴史と一字一句違わず、女神咲夜にとっては既視感の強い内容であったが、彼女は嫌な顔一つせずに自身の役割を全うしていた。

 場面は再び映像の中の博麗霊夢と十六夜咲夜に戻る。

 

『咲夜。幾ら幻想郷といえども、基本的に一度失われた命は二度と同じようには戻らないわ。例え死者を復活させる術を使ったとしてもね。……幽々子や邪仙が操るキョンシーを見れば分かるでしょ?』

『……』

『私が仙人になろうと思ったきっかけはね、大切な人と一緒にいられる時間がどれだけ貴重なものか強く実感する出来事があったからなの』

『それってもしかして……三日前に話していた未来の魔理沙との約束?』

『うん。一週間前のことなんだけどね――』

 

 そう前置きして、博麗霊夢は9月2日に体験した出来事を十六夜咲夜に話していく。彼女は真摯に耳を傾け、共感していた。

 

『そうだったの……。未来の魔理沙がそんな暗い過去を抱えていたなんて……』

 

 十六夜咲夜は彼女に憐憫の情を抱いていた。

 

『彼女は私の為にあらゆる手を尽くして助けてくれたから、その想いに応えたいと思ったわ。私のために頑張ってくれたのに報われなきゃ悲しいじゃない』

『霊夢……』

 

 博麗霊夢にとって、200X年9月2日は忘れたくても忘れられない濃密な1日だった。あの日の出来事は心に深く刻まれている。

 

『話が脱線しちゃったけどさ、心の迷いを抱えたまま過ごしていたら、必ず後悔する時がくると思う。原因を生み出した私がこんなこと言うのもなんだけど、レミリアともう一度腹を割って話し合ってみたら?』

『……確かに霊夢の言う通りね』

 

 この時、十六夜咲夜の脳裏には、200X年9月1日に出会った時間旅行者霧雨魔理沙から託された、〝150年後のレミリア・スカーレットからの手紙″が思い浮かんでいた。

 

 あの時に彼女の提案を断った今、時間旅行者霧雨魔理沙が語った、レミリア・スカーレットが悲しみに明け暮れる結末へ辿り着くのは想像に難くない。

 

 しかし結論から話せば、この時間から10年後の201X年6月5日、死の間際に彼女宛に辞世の句を綴った手紙を残したことで悲しみから立ち直り、前を向いて生きていく結末へと歴史が改変されるのだが、この時点での十六夜咲夜はそこまで考えが及ばなかった。

 

『それともう一つ。あんたの素性についてだけど、私に心当たりがあるわ』

『どういう事?』

『実は――』

 

 博麗霊夢は、〝既に無かった事にされた7月25日″に体験した出来事をかいつまんで話していった。

 

『……そんなことがあったの? 本当に? あの日は何でもない一日だったはずだけど』

『皆忘れちゃってるだけで全て事実よ。未来の魔理沙も、時の回廊とかいう場所で神様の貴女と何度か会ってるみたいだし』

『……それにしたって、私がそんな、時の神様とかいう大それた存在の分身だなんて、あまりに突拍子がなさすぎて……』

 

 呆然とした言葉は徐々に尻すぼみになっていき、沈黙に上書きされたが。

 

『けれど貴女がこんなことで嘘を吐くとは思えないし、本当のことなんでしょうね。今日は本当に驚かされてばかりだわ』

 

 博麗霊夢の本心、時間旅行者霧雨魔理沙の苦悩、自身の出生の謎、それらを一度に知った十六夜咲夜は、〝自分の在り方″について真剣に考え始めていた。

 

『色々と話してくれてありがとう霊夢。私自身の事も踏まえて、熟考してみるわ』

『今度どうなったか聞かせてね』

 

 こうして二人だけのお茶会はお開きとなり、彼女達が再会するのは1週間後だった。

 

 

 

 西暦200X年9月16日午後2時15分、紅魔館のエントランスホールにて博麗霊夢と十六夜咲夜が顔を合わせる場面から、映像が開始される。

 

『いらっしゃい霊夢。待ってたわ』

『家でのんびりしていたら、急に招待状が目の前に現れてビックリしたわ。普通に届けてくれればいいのに』

『クス、そうでもしないと霊夢は私に振り向いてくれないから』

『ここ最近しょっちゅう顔を合わせてるくせに何を言ってんだか。それで、あれから結局どうなったの? ……って、聞くまでもないか』

 

 彼女のメイド服の背中から生える立派なコウモリの羽を見て、博麗霊夢は全てを察した。

 

『あの日霊夢と別れた後、お嬢様と夜通し話しあって、気持ちもしっかり受け止めた。その上で私は決めたの。お嬢様に求められている限り、私は忠誠を捧げ続けるって』 

『幸せは失ってから初めて分かるものだ――なんて言うけど、多分貴女に話を聞いてもらわなかったら、今の私がどれだけ恵まれているのか考えもつかなかったと思う。ありがとう霊夢』

 

 幸福に満ち溢れた彼女の素直な言葉に、博麗霊夢は照れ臭くなり『べ、別に私はただ話を聞いただけ。お礼なんて要らないわ』

 

『ふふ、それでも、きっと霊夢がいなかったら踏ん切りが付かなかったと思うの。感謝の気持ちを籠めて今日はシュークリームを作ったわ。一緒にお茶でもいかが?』

『ま、まあそういうことなら、遠慮なく頂こうかな』

『ふふ、決まりね。ついてきて。今お部屋に案内するわ』

 

 甘いスイーツに心惹かれた博麗霊夢は十六夜咲夜の後についていく。その道中、彼女の姿をまじまじと見つめながら博麗霊夢は口を開く。

 

『それにしても見違えたわね~。なんかレミリアと違っていかにも〝本物″っぽい感じ』

『……美鈴にも同じことを言われたわ。そんなにそれっぽいかしら?』

『あんたはスタイルが良いからね~。むしろレミリアの方が眷属に見えるわ』

『それ、お嬢様が聞いたら悲しまれるから、絶対に口にしちゃダメよ?』

『分かってるわよ。ま、なにはともあれ、これからもよろしくね咲夜』

『ええ。貴女とは長い付き合いになりそうね霊夢』

 

 移動中に笑顔で軽口を叩く2人が廊下を歩いていく所で、映像が段々と薄れていった。

 

 

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 ――――――――――――

 

 ――――――

 

 

 

「どうやら人間の〝私″が吸血鬼になるのは既定路線みたいね。魔理沙の働きかけによる霊夢の仙人化がこの歴史の切欠なのかしら」

 

 間違い探しに近い微細な差分の歴史を分析する女神咲夜。一度目は人間十六夜咲夜の決意に驚愕していたが、二回目ともなると最早驚きはない。

 

「ここまで流れが近いとなると、私が観測する意味はあまりないのかしら?」

 

 疑念を抱いた時、透過スクリーンが次に観測するべき時間を指し示す。それは前回の歴史には無かった日付。

 

「なるほど。次は三日後の西暦200X年9月19日、午前11時の博麗神社を見てみましょうか」

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