魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第155話 霊夢とマリサの歴史③

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 西暦200X年9月19日午前11時00分。雲の隙間から途切れ途切れに日差しが差す蒸し暑い日の事。箒に乗った霧雨マリサが博麗神社の境内に降りてくるところから映像が始まる。

 

『やっほ~。霊夢いるか~?』

 

 落ち葉だらけの閑散とした境内を奥に向かって歩いていくと、縁側に博麗霊夢を発見する。彼女は右手で煎餅を齧りつつ、左手には湯呑を持ってぼんやりと寛いでいた。

 

『よっ!』

『んむ? あらいらっしゃいマリサ、二週間ぶりね』

『私に会えなくて寂しくなかったか?』

『何馬鹿なこと言ってんのよ。そういう歯の浮くようなセリフは好きな人に使いなさい』

『はは、それもそうだな』

 

 軽口を叩きながら、呆れる博麗霊夢の隣に座った。

 

『なあお茶くれお茶』

『はいはい』

 

 煎餅を口に加えたまま一度奥に引っ込んだ博麗霊夢は、それを食べ終えてから戻って来た。

 

『はい、どうぞ』

『おお、サンキュ』

 

 博麗霊夢から湯呑を受け取った霧雨マリサは、駆けつけ一杯の如く飲み干していく。空になる頃には、すっかり汗だくとなっていた。

 

『ぷは~、相変わらずお湯みたいなお茶だな』 

『うっさいわね。文句を言うなら飲まなくていいわよ』続けて、『それで何しに来たのよ? 確か2週間前には、『当分の間、魔法使いになる為の研究に取りかかるから来れなくなるぜ』って言ってたじゃない』

『実はな、その研究も今朝になってやっと終わったんだ。私とうとう種族としての魔法使いになったんだぜ!』

 

 霧雨マリサはすっかり空になった湯呑を置いて答えた。

 

『え、もう? 意外と早いのね』

『……なんだよ、せっかくいの一番に知らせに来てやったのに、そこはもうちょっと驚いてくれたっていいじゃんか』

『だってマリサの実力は私が一番知ってるもの。このくらいじゃ驚かないわ』

『そ、そっか。……えへへ』

 

 嬉しさに頬を緩ませる霧雨マリサに、博麗霊夢は不思議そうな顔をしていた。

 

『それにしても、魔法使いになっても見た目は全然変わってないのね?』

『だったら試してみるか? いつもの〝アレ″で』

『いいわね! ちょうど体を動かしたいなあって思ってたところだし』

 

 その言葉を合図に二人の少女は飛び上がり、神社上空で対峙する。

 

『何枚にしよっか?』

『二枚だ』

『オッケー。いつでもいいわよー』

『よっし、行くぜ!』

 

 悠然としている博麗霊夢に、霧雨マリサが魔力を噴出するようにして突っ込み、弾幕ごっこが始まった。

 

 

 

 十七分後……。

 

『どうやら、私が勝ったみたいだな』

『うん』

 

 博麗神社上空、箒に跨ったまま静止する霧雨マリサと、陰陽玉を周囲に漂わせながら自然体に浮く博麗霊夢。スペルカードを使い切ってしまった博麗霊夢は潔く負けを認めた。

 二人はゆっくりと降下して地面に着地した後、再び縁側へと移動した。

 

『なんか私のイメージ通りに行かなかったわね。最近修行ばかりで弾幕ごっこしてなかったから、ちょっと腕がなまっちゃったかしら』

『腕がなまっててあの動きかよ。全く、あまり勝った気がしないぜ。それにお前ってそんな接近戦を挑むタイプだっけか?』

『今日は趣向を変えてみたわ。敢えて自分の不得意な分野で勝負するのも必要だ、って華扇が話してたからね』

『どうりでな』

 

 今回の弾幕ごっこは、霧雨マリサが遠距離攻撃を多用するスタイルに対し、博麗霊夢は相手の懐に飛び込み肉弾戦を仕掛ける、普段とは違うスタイルだった。霧雨マリサは戸惑いながらも冷静に一つ一つ対処していき、適度に距離を取りながら攻撃を仕掛けていた。

 

『戦ってて思ったんだけど、前より弾幕の密度やスピードが上がったような気がする。それも真の魔法使いになった影響なのかしら?』

『まあな。魔法使いになったら世界が広がったよ。今まで見えなかった魔力の流れが見えるようになったし、夜でも灯り付けないで飛び回れるからな』

『……なんか話聞く限りだとかなり地味ね』

『魔法使いじゃない霊夢に分かりやすい例えを挙げただけだ。専門的なことを喋ってもいいなら、他にもまだまだあるぞ?』

『じゃあ良いわ。どうせ聞いても何の役にも立たないし』

『だと思ったぜ』

 

 そして霧雨マリサは続けてこう言った。

 

『霊夢もさっさと仙人になってくれよ? 私にできることがあればどんな事だって手伝うからな』

『ありがとう。頼りにしてるわ』

 

 それからの二人は、ここ2週間に起きた出来事を中心に、たわいのない話で盛り上がっていった。

 

 

 

 翌日の午前9時、唐草模様の風呂敷包みを背負った霧雨マリサが、紅魔館の1階廊下で吸血鬼姿の十六夜咲夜と遭遇したシーンから始まる。

 

『あらあら、またこんな所で会ってしまうなんて』

『咲夜か』

『前に来た時とは違って、今日はちゃんと玄関から入って来たみたいね? 感心感心』

 

 時を止めて目の前に現れても、彼女は至って冷静だった。

 

『その姿、お前とうとう人間辞めちまったのか?』

『ええ。二週間ほど前からお嬢様に眷属にならないか誘われていてね、ずっと迷っていたんだけど、お嬢様の永遠の僕であることを誓ったのよ』

『そうだったのか』

『私の悩みを聞いて、背中を押してくれた霊夢には感謝しかないわ。彼女がいなかったら、きっと私は人間を辞める勇気がなかったと思うし』

『へぇ~あの霊夢がなあ』

 

 十六夜咲夜は、肩の荷が下りたような安らかな表情で語っていた。

 

『にしても咲夜、宴会の時ですらレミリアにべったりだったお前が、いつの間にそんな親密な関係になったんだ? 前まではあまり接点がなかったと思うんだが』

『あら、妬いてるの?』

『馬鹿なこと言うな。ただちょっと気になっただけだ』

 

 言葉とは裏腹に目が泳いでいる霧雨マリサに、十六夜咲夜は目を細めていた。

 

『未来の魔理沙がきっかけで互いを理解してね、それ以来たまに会ってお喋りしてるのよ』

『……それは初耳だな。てかお前も未来の〝私″と会ってたのか』

『9月1日に未来のお嬢様からのメッセンジャーとして、その翌日にこの時代の〝貴女″として。150年経っても霧雨魔理沙(マリサ)の本質は変わらないのね』

『ふ~ん、私の影でそんなことしてたんだな』

『霊夢はね、貴女の話題になるといつも楽しそうに喋るわ。よっぽど貴女のことを想っているのでしょう』

『きゅ、急に何を言い出すんだよ』

『未来の魔理沙も霊夢の為にとても多くの犠牲を払ったそうですし、貴女だって霊夢のことを大切に想っているのでしょ? 二人の霧雨魔理沙(マリサ)と霊夢の絆の深さに、私が割って入る余地はないわ』

 

 敬意が込められた咲夜の率直な評価に、霧雨魔理沙は言葉を詰まらせた。

 

『ふふ、そんな訳だから安心なさい。大事な大事な霊夢を取るつもりなんてさらさらないわ』

『だっ、だから、そういう意味じゃないって!』

 

 からかうような物言いの十六夜咲夜に、顔を真っ赤にして否定する霧雨マリサであった。

 

 

 

『ところで、今日は何の用があってここに来たの? 私にできることがあれば力になるわよ?』

『やけに親切だな? いつもだったら力づくでも追い返そうとするのに』

『お客様を最大限もてなすのがメイド長としての務めですから』

 

 十六夜咲夜は仰々しく一礼した。

 

『その気持ちは有難いが、私は地下の大図書館に用があるんだ。通っても良いか?』

『構わないけど。その背中の荷物は何? まさか家の備品じゃないでしょうね?』

『違う違う、これは自宅から持って来た魔導書だ』

『ふーん、さしづめ前回盗っていった物かしら?』

『私はあくまで【借りる】だけだ。人聞きの悪い事を言うな』

『ふふ、そうでしたわね』相手に合わせるような微笑みを浮かべ、『魔導書と言えば、貴女普通の魔法使いから本当の魔法使いになるために勉強してるそうね? 三日前に霊夢がそんなことを話してたわ』

『まあな。今日はその結果報告も兼ねて、パチュリーに会いに来たって訳だ』

『あら、そういうことだったの』

 

 十六夜咲夜は等身大の霧雨魔理沙をじっくりと観察した。

 

『なるほど、貴女も私と同じ妖怪の仲間入りしたのね。なんだか意外だわ』

『私も私で、色んな話を聞いた上で、ちゃんと考えた末に出した結論だ。霊夢の発言を引用するなら『私の中で人生観が変わる大きな出来事があった』って感じかな』

『!』

 

 その言い回しで全てを察した十六夜咲夜は、驚きの表情を貼り付けた。

 

『私も霊夢も、諸に彼女の影響を受けたことになるな。お前だってひょっとしたらそうかもしれない』

『だとしてもそれは自分で選んだ道よ。そこに運命は存在しないわ』

『はっ、そりゃそうだ。自分の意思がない人生なんて面白くもなんともない』

 

 吐き捨てるように言った霧雨マリサは、彼女に背を向けて遠ざかっていく。声が届かなくなる距離まで離れてしまう前に、十六夜咲夜は呼び止めた。

 

『マリサ、一つだけ聞かせて』

『どうした? 改まって』

 

 彼女は足を止め、振り返る。

 

『貴女が魔女になったということは、150年後になればもう1人の魔理沙が幻想郷に現れることになるわ。もしその時になったら、貴女はどうするつもりなの?』

『愚問だな。考えるまでもなく決まっているさ』

 

 彼女の自信に満ちた答えを聞いた十六夜咲夜は、『……そう。呼び止めて悪かったわね』と、自らを恥じた。

 

『気にするな、お前と私の仲じゃないか。これからも仲良くやろうぜ』

『今回みたく普通に入って来てくれるのなら、歓迎するわよ』

『はは、手厳しいな』

 

 苦笑しつつ、霧雨マリサは去って行った。

 

 

 

 

『邪魔するぜ~!』

『マリサ!』

 

 大図書館に辿り着いた霧雨魔理沙が、直されたばかりの出入口を乱暴に開いて登場すると、すぐさまパチュリー・ノーレッジが文字通りすっ飛んできた。

 

『しばらくの間見ないと思ったら今度は正面から来るなんて、私も随分と舐められたものね。今日こそ本は持っていかせはしないわよ!』

『まあまあ落ち着けよ。今日は返しに来たんだ』

『な、なんですって!?』

 

 驚愕するパチュリー・ノーレッジの横を抜けて奥へと向かったので、慌てて後を追っていく。霧雨マリサはパチュリー・ノーレッジが日常的に使用する大机の前で止まっていた。

 様々なジャンルの本が積み上げられ、魔法実験や錬金術に用いられる器具が座席の近くに置かれた、お世辞にも整理されているとは言い難い大机の上、偶々空いていたスペースに自宅から持参した風呂敷包みを置き、それをほどいて本を並べていく。

 

『ど、どういう風の吹き回しなの? 今までどれだけ私がお願いしても『死んだら返す』の一点張りだったのに』

 

 混乱している彼女に、霧雨マリサは本の表紙を見せながらこう言った。

 

『これらの本の内容は全部理解したし、もう今の私には必要ないからな』

『そ、それでは貴女、もしかして本当の魔法使いに……?』

『ああ、晴れて私もお前と同じ魔法使いになったんだぜ。魔力の流れですぐに分かると思ったんだけどな』

 

 言われて気づいたパチュリー・ノーレッジは、すぐさま彼女の魔力の探査を始める。

 

『た、確かに以前よりも魔力が格段に向上してるわね。それにしたって、こんな短期間で種族の魔法使いになってしまうなんて、信じられないわ』

『霊夢が妖怪になるんだし、私だって負けてられないからな。この程度楽勝だぜ』

 

 余裕そうに話す彼女ではあったが、この二週間、睡眠時間を削って血がにじむ様な努力をしていたことを、当の本人以外誰も知らない。

 

『ま、そういう訳だからさ、同じ魔法使いとしてこれからもよろしく頼むぜ』

『やれやれ、今後ますます騒がしくなりそうね』

 

 憎まれ口を叩きながらも、パチュリー・ノーレッジは優しい表情をしていた。

 その後、パチュリー・ノーレッジは返却された本の状態を確認している最中、本の数が増えていることに気付き、隣でジロジロと大机を見回す霧雨マリサに問いかける。

 

『これって、先月に貴女が盗んでいった本の一部よね?』 

『人間の私が死んで、魔法使いとして新たな人生を歩み始めた今、死ぬまで借りていく意義は無くなったのさ。それに本を巡ってお前に殺されたらたまったもんじゃないし』

 

 彼女の哲学と思いつきもしなかった手段に面食らいながらも、パチュリー・ノーレッジは『……へぇ、殊勝な心掛けね。ようやく貴女も泥棒から足を洗って、アリスのようなちゃんとした利用者になってくれるのね』と、安堵する。

 

『おいおい、勘違いしてもらっちゃあ困る』

『え?』

『死ぬまでじゃないにせよ、私はこれまで通り勝手に借りていくぜ! お前の指図は受けない!』

 

 言うが早いか、霧雨マリサは素早い手つきで大机の一番上に積まれた青い本をかっさらう。

 

『次はこいつを借りていくぜ~! あばよパチュリー!』

『ま、待ちなさい! それはつい最近手に入れたばかりの貴重な魔導書で、まだ1ページも読んでないのよ! 返しなさ~い!』

 

 愉快そうにしながら画面外――出入口の方角――へと一目散に逃げ出す霧雨マリサを、パチュリー・ノーレッジが息を切らして必死に追いかけていった。

 

『か、返して……むきゅー』

『パ、パチュリー様~! しっかりしてください!』

 

 フレームの外から人が倒れる音と、彼女に呼びかける小悪魔の声が聞こえてきた所で、映像がフェードアウトしていった。

 

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「何というべきか、マリサって本当に自由奔放なのね。それが彼女の魅力なのでしょうけど」

 

 一通りの観測を行った女神咲夜は苦笑していた。

 

「前回の歴史との違いは、新しい歴史のマリサが真の魔法使いになって、霊夢とのわだかまりも無くなった所かな。これなら50年後に同じ結末をなぞることはないでしょう」

 

 結論付けた女神咲夜は顔を上げ、次に観測すべき時刻に合わせていく。

 

「このまま彼女達の他愛のない日常を見ていたい気持ちもあるけど、それはまた今度にするべきね」

 

 眼前で勝手に再生されている重要性の低い歴史――アリス・マーガトロイドの自宅に霧雨マリサが押しかけ、乗り気じゃない彼女を弾幕ごっこに誘う西暦200X年9月21日――を見ながら、彼女は呟いた。


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