魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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沢山の最高評価及び高評価ありがとうございます。
ここまで反響があるとは思いませんでした。


第160話 霊夢とマリサの歴史⑨ 八雲紫の杞憂

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 時刻は約13年飛んだ西暦2070年2月22日午前10時00分。真冬の幻想郷は、連日の雪の影響により何処を見渡しても真白に覆われており、表面に薄く氷が張られた霧の湖では、チルノを筆頭とした氷の妖精達が無邪気に遊んでいた。

 観測地点は再び魔法の森の霧雨魔理沙邸リビング、外はしんしんと雪が降り続く中、エアコンにより一足早い春が訪れている部屋の中、霧雨マリサはソファーのひじ掛けを枕に寝転がっていた。

 

『ふあ~ぁ』大あくびをした霧雨マリサが『この時期は雪ばっかでつまらんなあ。なんか面白いことでも起きねえかなあ』と、ぼやきながら天井の染みを数えていると、枕元に、何の前触れもなく空間の裂け目が発生した。

 

『ごきげんよう』

『!……お前が私の家に来るなんて珍しいな』上半身をスキマの縁に乗り出して現れた八雲紫に一瞬動揺しつつも、すぐに落ち着きを取り戻し、『この時期は冬眠してるんじゃなかったのか?』と、寝転がったまま気さくに答えた。

『別に毎日寝てばかりいる訳ではないわ。それよりも貴女に折り入ってお願いがあるの。話を聞いて貰えないかしら』

『頼みだって?』

『お願い』

『……分かったよ』

 

 緊張感漂う八雲紫の雰囲気から、只事ではないと察した霧雨マリサは起き上がり、彼女と対面するように胡坐をかいた。

 

『で、話って何だ?』

『ずっと昔に霊夢から聞いたのだけれど、貴女って時間移動できるのでしょう? その力、私に貸してもらえないかしら?』

『どういうことだ??』

『結論から言ってしまうと、私は今、幻想郷の存続に関する非常に重大な決断を迫られている所なのよ。もし選択を誤れば、最悪の場合この楽園が消滅するかもしれない』

『!』

『だからお願い、10年――いえ、1年先でいいから、未来がどうなっているのか教えてちょうだい。貴女だけが頼りなのよ』

 

 八雲紫は霧雨マリサの手を優しく握る。そんな彼女に霧雨マリサは『その……協力したいのは山々なんだが、あいにく私には無理だ。そもそもタイムトラベルが使える魔理沙は私じゃない。別の歴史の西暦215X年から来た魔理沙なんだ』と、申し訳なさそうに答えた。

『……え? 霊夢の未来を変えた魔理沙が貴女なのではないの?』

『違う違う。一度しか言わないからよーく聞いてくれ』

 

 きょとんとしている八雲紫に、霧雨マリサは彼女の主観で約63年前、客観的時間では約87年後に聞いた話を伝えた。

 

『……成程ね。違う時空から来たもう一人の魔理沙。どうやら私は根本的な部分で勘違いしていたようね』八雲紫は感心しながら大きく頷いていた。

『その通りだ。63年前、別の歴史の〝私″に連れられ、215X年に行ってこの目で未来の幻想郷を見て来た。昔には無かった施設や、知らない妖怪が跋扈してはいたが、幻想郷の在り方は何ら変わってなかったぜ』

『そう……!』驚きを隠せない八雲紫は『ならもう一つ質問、タイムトラベラーの魔理沙は今年――西暦2070年について、なにか話していなかった? 私の事とか、外の世界の事とか』と訊ねる。

『いや? 特に何も言ってなかったぞ』

『そんな、それじゃあ、私の悩みは全て杞憂に終わると言うの?』愕然としている八雲紫だったが、すぐに『……いえ、でも、200X年に215X年の魔理沙が遡航してきたのなら、私達の未来は保証されていることになるのかしら』と思い直す。

『逆説的に考えるとそういうことになるな。私にはお前が何を悩んでいるのか良く分からんが、自分が最善だと思うことをやれば、自然とベストな結果に繋がるんじゃないか?』

『!!』

 

 霧雨マリサ的には適当にそれっぽい言葉を並べただけであったが、八雲紫は目から鱗が落ちるような思いで彼女を見つめていた。

 

『……そう、そうよね。うん。自分を信じればいいのよね』

『その通りだぜ。大丈夫、お前ならできる!』

 

 霧雨マリサは八雲紫にサムズアップしながら断言した。

 

『相談に乗ってくれてありがとうマリサ。このお礼はいつか必ずさせて貰うわ』

 

 そう言ってスキマの中に消えた八雲紫は、とても清々しい表情をしていた。

 

『しっかし、アイツも悩むことあるんだなぁ。今度結果を聞いてみるか……』

 

 霧雨マリサは再び肘掛を枕に寝転がり、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 それから47日後の西暦2070年4月10日午後12時20分。すっかり雪も解け、春の暖かな日差しが降り注ぐうららかな日のこと。霧雨マリサは人里の一区域、上白沢慧音が教鞭を執る寺子屋近くに設けられたとある公園内で、八分咲きの桜の木がちょうど木陰になるベンチに座り、屋台で購入したたい焼きを頬張っていた。                

 彼女の視線の先には土のグラウンドで遊び回る子供達。幼い頃の記憶を刺激されつつ黙々と食べ進めていると、彼女の隣、日が当たる空席にスキマが現れ、『隣宜しいかしら?』と、中に隠れたまま八雲紫が訊ねた。

 

『むぐ、見ての通り空いてるぜ』

『では』

 

 スキマがベンチの半分を覆うようにして一度閉じた後、次に開いた時には、ずっと前からそこに座って居たような自然な状態で出現した。

 

『春は良いわねぇ。暖かくて、いい匂いがして。私は一年の中で今の季節が一番好きだわ……』

 

 優しい風に吹かれ、桜の花びらが舞う空。いつも愛用している日傘を閉じ、暖かい日差しを全身で感じながら、心地よさそうに座席にもたれかかる八雲紫。既に尻尾だけになってしまったたい焼きを口に入れ、普通に出て来いよ、と心の中でツッコミを入れつつ、ごくりと飲み込んだ霧雨マリサが言った。

 

『何しに来たんだ? お前の事だ。只の世間話ってわけじゃないんだろ?』

『風情がないわね。貴女は花より団子なのかしら?』

『……うっさい、放っとけ』

『ふふ、ごめんなさい』

 

 一転して渋い顔をする霧雨マリサ。八雲紫は気を取り直してこう言った。

 

『先々月の22日、私が貴女の家に行った時の事、覚えてる?』

『確か『幻想郷の存続に関する非常に重大な決断を迫られている』とか言ってたな。結局どうなったんだ?』

『今目の前にある光景が全てよ』

 

 八雲紫の見つめる先へ、霧雨マリサは視線を向けた。そこにはグラウンドをめいっぱい使ってはしゃぎ回る子供達。彼らは皆、笑顔に溢れていた。

 

『あの頃の私は弱気になっていたのよ。外の世界はまさに激動の時代。幻想郷はどんな在り方でいくべきか、私はその答えを――未来を知りたかったの』鬼ごっこの鬼役の男児が、薄桃色の着物の女児を追いかける姿を目で追いながら答えた。

『……外の世界はそんなにヤバいのか?』

『んーと、どう説明したら良いのかしらね。二十世紀に外の世界で勃発した世界規模の戦争も起きてないし、二十一世紀初頭に外の世界を揺るがした天変地異もここの所起こってない。まだまだ多くの問題を抱えてはいるけれど、大局的に見れば平穏と言って構わないわ』

『じゃあなんなんだよ?』

『外の世界の人間達がとうとう光速航行を成功させたのよ。まだ有人飛行は実現出来てないとはいえ、それも時間の問題。アインシュタインの提唱した法則の一部を覆した人類は、今までよりもさらに宇宙開拓に励むでしょう。まさに新時代の幕開けとなるでしょうね』言葉とは裏腹に暗い表情の八雲紫は、鬼役をバトンタッチされた薄桃色の着物の女児が、紅白の水玉模様の着物の女児に狙いを定め、追いかける姿を見つめていた。

 

『ほ~、外はそんなことになってるのか』僅かに関心を示した霧雨マリサは『でもそれが幻想郷と何の関係があるんだ?』と訊ねる。八雲紫は、逃げ回る紅白の水玉模様の着物の女児と、徐々に距離を詰めていく薄桃色の着物の女児から目を離さずに答えた。

 

『ざっと200年前、山奥にある一集落でしかなかった幻想郷を、博麗大結界で閉じることを決めた直接の原因は、産業革命による科学の時代の到来を予期したもの。科学が発展し、〝非常識″が〝常識″に、世界の謎が解明されればされるほど、妖怪の力は薄れてしまい、やがて存在そのものが消滅する』彼女は続けて、『今回の件で、ここ十数年間停滞しつつあった技術革新が、飛躍的な向上を遂げることは間違いないわ。幸い、彼らの意識は天上に向けられているから良いけれど、その目がいつ私達に向けられることか』

『深く考えすぎだって。そもそも、博麗大結界ってのは外の世界が進歩する程効力を増すんだろ? 今までだって気づかれなかったんだし、これからだってそうだろ』

『だと良いのだけれど。だいたい、月の民達が人類の宇宙進出を静観したのが不思議なのよねぇ。百年近く前に実施されたアポロ計画は彼らの妨害で計画が終わったのに、どんな風の吹き回しなのかしら』薄桃色の着物の女児が、紅白の水玉模様の着物の女児を捕まえ、鬼役をバトンタッチする場面を観察しながら溜息を吐いた。

 

『……まあその辺の事情は私も知らんが、これだけは言えるぜ』

『え?』

 

 八雲紫は、霧雨マリサに振り向いた。

 

『幻想郷内ならいざ知らず、外の世界の出来事なんて、別の未来の〝私″も分からないんじゃねーの? だから何も言わなかったんだろう』

『……ふふ、かもね』

『どうしても未来を知りたきゃ、87年後を待つしかないな。最も、素直に教えてくれるかは保証できないがな』

『その頃にはもう未来は過去になってるでしょ。本末転倒じゃない』

『ははっ、それもそうか。つーか、お前の境界を操る程度の能力なら、過去や未来にだって行けるんじゃないのか? 時間の境界をちょちょいといじってさ』

『時間の境界を動かすことは、宇宙の摂理を動かすのと同じ意味を持つの。私には到底無理よ』

『お前にも出来ないことがあるのか』

『えぇ。だからこそ時間移動について興味があったのだけれど、まさか貴女ではない魔理沙が居るなんてね。長生きしてみるものだわ』

『紫様~、お昼の用意ができましたよー!』

 

 談笑していた八雲紫の背中――霧雨マリサからは影になっている場所に開かれた小さなスキマ――から聞こえてくる八雲藍の声。八雲紫は『ありがとう。今行くわ~』と背中に向かって答えた。

 

『それでは私はこれで』

『待った。最後に聞かせてくれ』

『なによ?』

 

 霧雨マリサは、既に下半身がスキマに呑み込まれている八雲紫を呼び止めた。

 

『話してて気になったんだが、お前は何故別の歴史の〝私″を肯定する? タイムトラベラーはあらゆる条理を覆す存在だ。そんな不確定要素を遊ばせておくのはリスキーじゃないのか?』

『あら、貴女は彼女のことが嫌いなの?』

『違う。ただ幻想郷を守護する立場であるお前が、魔理沙についてどう思っているのか知りたいだけだ』

 

 八雲紫は少し考えた末このように答えた。

 

『確かに時間移動は驚異的な力ではあるけど、それだけで否定するほど私は独裁的ではないわ。それに……』言いかけてつぐむ八雲紫。

『それに、なんだよ?』

『彼女の素行、霊夢との関係……色々と理由はあるけれど、私は魔理沙(マリサ)のこと好意的に思ってるわよ? それが理由じゃいけないのかしら』

『そ、そうなのか。でも、私はお前に好かれるようなことをした覚えはないんだけどな』

『ふふ……』

 

 素っ気ない態度を取られても、八雲紫は薄らと笑みを浮かべるばかり。その表情に込められた意味を、霧雨マリサは理解できなかった。

 

『紫様ー! 早く来ないとお昼冷めちゃいますよ~!』八雲紫の下半身が沈むスキマの中から、再度八雲藍の呼ぶ声が聞こえた。

『……そういう訳だから、行くわね』

『あ、あぁ。呼び止めて悪かったな』

 

 霧雨マリサの目の前で、八雲紫はスキマの中に消えていった。

 

 

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「なるほど、この歴史のマリサが魔女になったから紫は彼女に相談しに行ったのね。幻想郷の存続という観点から見れば、改変前と同じ結果だったけど、その過程が変化したことで、微差ではあるけれど魔理沙の居る時代に変化が生まれると」

 

 西暦2070年を立て続けに観測した女神咲夜は、自分に言い聞かせるように頷いていた。

 

「この事が影響する未来にも期待しつつ、次の時間も見てみましょう」







※補足説明

今回の話は第3章で魔理沙が月の都に原初の石を届けた時点(人類が宇宙進出するようになった歴史)から起きるようになった出来事だったので、魔理沙がマリサの歴史を改変したことで新規に発生した歴史ではない。

(霊夢が仙人になった時点でも、起こっていた)

      マリサが魔女になる前の歴史では、紫自身、迷いながらも自分で解決してきた問題。(現状維持、静観する)という選択を取っていた。

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