魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第162話 霊夢とマリサの歴史⑪ にとりの記憶

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 時刻が約49年跳んだ西暦215X年9月20日午後5時45分。夏から秋へ変わりつつある季節、好天薄暮の幻想郷は、今日も平和でゆったりとした時間が流れていた。

 観測地点は例によって魔法の森の霧雨邸。整理整頓されたリビングのソファーに寝転がり、読書をしている家主の姿があった。

 

『……フフッ』

 

 彼女が目を通しているのは、普段愛読しているような魔導書ではなく、表紙に眉目秀麗な少年と容姿端麗な少女の絵が印刷された大衆向けの娯楽小説だった。三日前の土曜日、アリス・マーガトロイド邸に遊びに行った時の事、『この本最近人里で流行ってるのよ。面白いから読んでみて』と勧められ、それ以来、空いた時間を用いてちょくちょくと読み進めていた。

 空調が効いた涼しい部屋の中、ページが捲れる音だけが聞こえ、静かな時が流れていたが、その平穏は突然に破られる。

 

『!』

 

 玄関から響くノックの音。彼女は自然に本から視線を外し、時計に目を動かす。『ん、もうこんな時間か』時刻は後五分で六時になろうかというタイミングだった。

 そう呟く間にも、ひっきりなしに叩かれ続けるドア。次第にコンコン、ではなく、ドカン、ドカンという擬音に推移し、扉がはち切れんばかりにギシギシ軋む。堪らず本を投げ捨て飛び起き、『ああ、もう! 今出るから!』と叫びながら、玄関先へ走って行き、その勢いのまま扉を開け放つ。

 薄暮の光と共に彼女の目に飛び込んできたのは、ゴーグルを頭に嵌め、トンカチを今まさに振りかぶらんとする状態で固まっていた河城にとりの姿だった。

 

『……おい。ドアを壊す気か』

『あ、アハハハハ……急いでたもんで、つい』

 

 冷徹な目で睨む彼女に、河城にとりは苦笑いを貼り付けたまま、右手のトンカチをリュックにしまいこむ。

 

『……はぁ。全く、傷が付いたらどうするんだ』

 

 彼女は深いため息を吐きながら自宅のドアを観察し、新たな傷がついてないことを確認してから、うずうずしている目の前の少女に問いかける。

 

『で、どうしたんだにとり? 柄にもなく慌てて』

『どうもこうもないよ! 魔理沙、あんたはいったい何をしたのさ!?』

『は?』

『とにかくすぐ来て! 私の家がとんでもないことになってるからさ!』

『うわ、ちょ、腕を掴むな! 分かったよ。すぐ行くから!』

 

 非常に焦っている河城にとりに引っ張られるようにして、彼女は箒に乗って飛び立っていった。

 

 

 

『魔理沙、もっと飛ばしてよ!』

『あ、あぁ……』

 

 河城にとりの後に続いて飛び続けていた彼女は、目的地へ近づくにつれてぼんやりとした違和感を覚えつつあった。そして遂に河城にとりの自宅に辿り着いた時、彼女の表情は驚きに変化した。

 

『な、なんじゃこりゃ!』

 

 彼女の目に飛び込んできたのは、河城邸の左隣の空地に鎮座する、全長七十mを優に超える翼の生えた巨大な鉄の塊。外装は中心部分から黒と白に綺麗に分かたれたモノトーン柄、先端部分はシャープに尖り、機体の後方部には巨大な六つの噴出口が束ねられていた。

 辺りの景観とはまるでミスマッチなそれは、外の世界でもオーパーツとなりうる31世紀の科学技術の結晶、【宇宙飛行機】だった。

 

『お、お前、こんなでっかい乗り物どうしたんだよ!?』と、驚嘆混じりの声で宇宙飛行機を指さす彼女であったが、当の河城にとりはぽかんとしながら『何言ってんのさ魔理沙? そんなことよりも私の家を見てよ! おかしいと思わないの!?』

『え、私の家?』

 

 言われるがままに彼女は自宅に焦点を合わせた。

 河城邸は妖怪の山麓、人里まで繋がっている玄武の沢沿いの河原付近に建っており、周囲が森で囲まれ、妖怪の山付近ともあって人間が訪れることは滅多になく、半径1㎞以内には建物一つ存在しない。とはいえ景観は素晴らしく、あと一月もすれば辺りは完全に紅葉に染まる、絶好のロケーションに位置している。

 そして河城にとりの自宅の外観は、誰もが思い浮かべるような一般的な二階建て木造住宅であり、特徴をあげるとすれば1階部分が工房となっている所と、屋根に大きなパラボナアンテナが設置されていることくらいだろう。

 

『う~ん……』

 

 彼女は唸り声をだしながら隅から隅まで見渡したが、やがて『……別にいつも通りじゃないのか?』と、諦めた様子で河城にとりに言った。

 

『むー、まだ気づかないの!? こんなの一目瞭然じゃん!』

『そんなこと言われたって分からん。答えを教えてくれ』

『あそこだよ!』

 

 ふくれっ面で河城にとりが指差す先には、河城邸の右隣のぽっかり空いた空間、苔のような雑草と大小さまざまな石が転がる土地だった。

 

『昨日までは確かに、あの辺りに格納庫が二棟併設されてたのに、少し前に帰って来た時には跡形も無くなってたんだよ? こんなのおかしいじゃん!』頭に血が上っている河城にとりは、『魔理沙、説明してくれないか! このままだと宇宙飛行機を整備できなくて困るんだよ!』と、詰め寄っていく。

 

 普段温厚な河城にとりの珍しい姿に困惑しながらも、彼女はこう答えた。

 

『そ、それが本当なら不可思議なことだが、なんで私が犯人だと決めつけるんだよ。今日は一日家に居たし、怪しい奴なら他にもいるだろ』彼女は河城邸の右隣の空地を指さしながら『そもそもあそこは元から荒れ地だったじゃん。二週間前にお前ん家に行った時も、格納庫なんか影も形もなかったぜ?』

『だからこそだよ。あんたの言う通り、一夜のうちに建物丸ごと消してしまえるような妖怪はごまんといる。でもね、格納庫に飽き足らず、自宅に保管されていた宇宙飛行機に関する資料や痕跡すらも一緒に消えているんだ。金庫の中は無事だったし、泥棒なら普通こっちを狙うだろ?』

『まあ……そうだな』

『決定的な証拠はさ、知り合いの河童に聞いてもあんたと同じように格納庫なんか知らないって口を揃えて言ったこと。〝最初から格納庫が、宇宙飛行機が存在しなかった″なんて芸当ができるのは、時間移動能力を有する魔理沙しかいない』

『!!』

『お願い、正直に答えて。あんたは一体どんな過去改変を起こしたんだい?』

 

 彼女に優しく問いかける河城にとりだったが、当の本人は未だ衝撃から抜け出せずにいた。

 

『に、にとり。今、時間移動って言ったか? なんでそれを知っている……?』

『質問してるのは私の方なんだけど?……というか、魔理沙が20年前の私に協力を求めて来たんじゃないか。未来の幻想郷の滅亡を防ぐ為に、この機体が必要になるとか言ってさ』

『なんだって!? 未来の幻想郷が滅びるって、それは本当なのか!?』

『いや、だからそれも魔理沙が……うーん、話が噛み合わないなあ』

 

 難しい顔をしていた河城にとりは、ある瞬間から顔色が変わり『……あれ? 待って。そもそも魔理沙って……んー?』と、考え込んでいく。

『にとり? おい、にとり』

 

 彼女が河城にとりの肩を叩きながら呼びかけるも、自分の世界に入ってしまった為に返事はない。訊きたいことは山ほどあったが、こうなってしまっては待つしかない、と観念した彼女は、河城にとりが帰って来るまで耐えることにした。

 背中から聞こえる川のせせらぎ、悪戯のように木々を揺らし、鳥の囀りまで運ぶ気まぐれな風。薄暮はやがて夜へと移り変わり、辺りがどんどんと暗くなって行く中、河城にとりは突然手をポンと叩き『……そうか。そういうことか!』と叫んだ。

『あんたはもしかして、タイムトラベラーの魔理沙じゃなくて、私と昔から交流があるマリサなのかい?』

『お、おう。そうだけど』

 

 河城にとりにびしっと指を差された彼女――もとい【霧雨マリサ】は、虚をつかれたような気持ちになりながらも、はっきりと肯定した。

 

『そっかそっか~。ごめんよ、どうも私の記憶がこんがらがっちゃってたみたいだ。通りで話が噛み合わない訳だねぇ、うんうん』

 

 全てを理解したように何度も頷いている河城にとり。対して、霧雨マリサは何が何やら分からない状態だった。

 

『にとりは別の歴史の〝私″と会ったことあるのか?』

『んーまあね。マリサはどこまで彼女のことを知ってるんだい?』

『あいつがタイムトラベラーになった理由と、霊夢と私の歴史を変えたこと、くらいだな』

『…………』

 

 河城にとりは腕を組んだまま俯き、少しの沈黙の後に口を開いた。 

 

『マリサ。タイムトラベラーの方の魔理沙はどの時間にいるの?』

『あいつは今、150年前の9月5日に遡っている。何も無ければ、明後日の正午にこの時代に帰って来るだろうぜ』

『……そっか。ねえマリサ、もしタイムトラベラーの魔理沙が帰って来たらさ、私がここで待っている旨を伝えておいてくれないかな。宇宙飛行機のことで話がしたいって言えば、あっちも分かると思うからさ』

『別に構わんが、お前は未来の〝私″とどんな関係なんだ? 未来の幻想郷の滅亡とはなんだ? それにこの宇宙飛行機っていうのか、これも二週間前には影も形も無かったぞ』

『教えてあげたいのは山々だけど、あんたが魔理沙からなにも知らされてないのなら、彼女なりに何か考えあってのことかもしれない。私の口からは話せないよ』

『……分かったよ。じゃあ用も済んだみたいだし私は帰るぜ。伝言は確かに受け取った』

『頼んだよ』

 

 寂しい表情の霧雨マリサは箒に乗って飛び立っていき、河城にとりは彼女が見えなくなるまでずっと空を見上げていた。


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