魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第166話 第四章後日談(中編)

「ん~と、あの時はこうで、こんなことがあったからああなって……、違うな、この出来事はもう過去の歴史になってるから……」

 

 一人になったリビングで、ぶつぶつと呟きながら年表を作成していく。時間が刻々と過ぎていく中、ついにその時が来た。

 

「よーしできた! だいぶ時間掛かっちまったな、急ぐか」

 

 時計を見た私は、完成した年表を持って家を出る。そしてあっという間に、にとりの自宅前に到着する。

 

(まだマリサ達は来てないのか。にしても、随分すっきりしちゃってるな)

 

 マリサから聞いた通り、にとり邸に隣接されていた巨大な格納庫は跡形もなくなり、替わりに広大な空地と宇宙飛行機が残されたのみとなっていた。

 

(マリサがいつ来るか分からんし、先ににとりと話しておくかな)

 

 私は宇宙飛行機の側面でパネルを開き、なにやら作業を行っているにとりに呼びかけた。

 

「お~いにとりー! ちょっといいか~」

「すぐ行くー!」

 

 にとりは作業を中断し、片付けた後に目の前まで降りて来る。黒く汚れた作業着を身に着けた彼女からは、機械油の匂いがした。

 

「今日はどうしたのマリサ? タイムトラベラーの方の魔理沙とはちゃんと会えた?」

「おぉ。さっきマリサから伝言を受け取ってな、こうして来た訳だ」

「……おや? するとあんたがタイムトラベラーの魔理沙なのかい?」

「その通りだ。非常にややこしい話だが、今の歴史のこの時間には私が二人居てな。私の言うマリサってのは、この歴史のマリサなんだ」

「あ~……確かに面倒くさいね。そういえば普段と髪型が違うけど、それももう1人のマリサと見分けるためなの?」

「まあな。いっそのこと呼び名も変えようかと思ったんだが、しっくりくる名前がなくてさ」

 

 元の名からかけ離れた名前だと、自分が呼ばれたと気づかないかもしれないし、何よりも私の名前には愛着がある。できればそう易々と改名したくない。

 

「魔理沙は魔理沙のままで良いと思うけどね? その方が呼びやすいし」

「そうか? う~ん、にとりがそう言うのなら今のままで良いのかな」

 

 まあ、今は名前議論をするつもりはない。当初の目的を果たすことにしよう。

 

「それよりも、宇宙飛行機について私に話があるって聞いたんだが」

「そうなんだよ! 三日前に帰って来たらこの通りでさ」

「随分とすっきりしちまったな~」

「あの機体をあまり野ざらしにしたくないし、困ったもんだよ」

「なんで格納庫が消えちゃったんだろうな? 歴史改変が起きたのは西暦300X年の筈だし、消える要素がないんだが……」     

 

 首を傾げていると、にとりが訝しげに私を見ていることに気づく。

 

「どうしたにとり?」

「ねえ魔理沙。私が帰った後、なんらかの過去改変を起こしたでしょ?」

「え? あぁ、翌日、霊夢とマリサを仙人と魔法使いにするため、西暦200X年に時間遡航したけど」

「やっぱりね。だとすると、私の仮説は正しかったのかぁ」

「何か心当たりがあるのか?」

「実は私――」

「お~い魔理沙ー! にとりー!」

 

 にとりが何かを言いかけた時、頭上から私達を呼ぶ声。振り返れば輝夜と紫、何故か霊夢まで連れたマリサが空に浮かんでいた。

 

「あれれ、あそこにいるのってマリサ? それに霊夢達まで、どうしてここに?」

「彼女達は皆私に話があるらしくてさ、用件を聞くにこの宇宙飛行機とも関係するみたいだから、ここに集めたんだ」

「ふーん。それにしても、本当に魔理沙が二人いるとはねぇ」

 

 私達の顔を見比べながら感心しているにとり。そんな話をしてる間にも、彼女達は私達のすぐ近くに降りて来た。

 

「へぇ~これが一昨日の新聞に出てた噂の……」

「……」

 

 輝夜と紫が宇宙飛行機に注目を向けている中、マリサと霊夢は一歩此方に近づき、口を開く。

 

「やっほー魔理沙♪」

「おう」

「待たせたな。紫を捜すのに手間取っちまった」

「私も今来たところだから別に。それより、なんで霊夢がここに?」

「あ~まあ成り行き的にな。お前と別れた後、真っ先に紫の家に向かったんだけど留守だったからさ、行きそうな場所に心当たりがないか霊夢に訊きにいったんだ。その時軽く事情を話したら、私も行くって言いだしてな」

「幻想郷の滅亡なんて興味を惹かれるワードを訊いたら、居ても立っても居られなくて」

「そうだったのか」

 

 マリサもそうだが、今の平和な時代からしてみればかなり突拍子もない話の筈なのに、周りがすんなりと信じてくれるのは、私への信頼か、あるいは『タイムトラベラー』という肩書の重さによるものか。

 続けて私は、霊夢の一歩後ろで並び立つ二人に視線をやる。150年以上前の永夜異変の時くらいしか接点のなさそうな両者の間に会話はなく、紫は太陽光に反射する宇宙飛行機を日傘越しに睨みつけたまま口を閉じ、輝夜は私達のやり取りを興味深そうに見守っていた。

 この時、輝夜となんだか目が合ったような気がしたので、私は彼女に声を掛ける。

 

「よう輝夜」

「ごきげんよう、違う世界の魔理沙。こうして直接会うのは、客観的な時間で四日ぶりかしら?」

「そこにいるマリサから50年前のことは聞いたよ。〝真実″を知りたいみたいだが……その口ぶり、もしかして答えはもう分かっているんじゃないか?」

「ええ。この一週間、怒涛の勢いで甦った未知なる記憶。こんなに楽しい気持ちになれたのはいつ以来かしら」

「それは何よりだ。お前には月の羽衣のことや、300X年でも世話になったからな」

「くす、未来の事は知らないけど、私はただ退屈を紛らわせるためにしただけよ」

 

 心底愉快そうに微笑んでいる輝夜。どうやら私の推測は当たっているようだ。

 

「へぇ、こっちのマリサと違って、あんたは仲が良いのね?」

「歴史改変の影響を受け付けない者同士、共通の話題があるだけよ。その点だけ見れば、私と違う世界の魔理沙は一心同体なのかしら?」

「ふ~ん……」

 

 クスリとしながら私を見る輝夜を、霊夢は刺すような視線で見つめており、弁解しようとしたその時、今まで宇宙飛行機に注意を向けていた紫が会話に入ってきた。

 

「ところで、ここに魔理沙が二人揃っている訳だけど、どっちが〝おねえちゃん″なのかしら?」

「お、お姉ちゃん?」

 

 予想だにしていなかった言葉に唖然としていると、隣のマリサが指を弾きながらこう言った。

 

「なるほど、云わば私達は双子の姉妹ってことか。その発想はなかったぜ」

「まあ、確かに二人ともそっくりだしねー。髪型変えてなかったら、全然分かんないし」

「貴女達はその辺りについてどう思ってるの?」

「紫の言い分に則るなら、私が姉だな」

 

 自らの胸を指さしながら、マリサは得意げに言ったので、すかさず「なんでだよ?」とツッコミを入れる。

 

「スカーレット姉妹に、古明地姉妹、更に綿月姉妹……どれも姉の方が偉くて強そうじゃん?」

「姉妹ってそういうものじゃないと思うんだが……」

「なんだ、不服か? だが残念。こういうのはな、早いもん勝ちなんだぜ!」

「意味わからん」

 

 それにその理屈で行くなら、私の歴史改変によって誕生したマリサが妹ということになりそうだが。

 

「よし! これからは私のことをマリサ姉、こいつのことを魔理沙妹と呼んでくれ」

「え、本気なのか!?」

「だってさあ、同じ場所に私とお前が居たら、どっちがどっちか分かりにくいだろ? なら便宜的にでもこうして決めといた方がいいじゃん」

「それはまあ、そうだけどさ」

「まあまあ、どうせマリサのことだし、すぐに飽きちゃうかもよ?」

「私も魔理沙なんだけどな、にとりよ」

 

 やいやいと話す私達の一方で、紫は憂いた表情で私を見つめていることに気づく。

 

「ん? どうしたんだ紫」

「いいえ。なんでもないわ」

 

 尋ねても、溜息を吐いたまま首を振るばかり。まるで何かを言おうとして、寸での所で踏みとどまったような……。

  

「ねえ、私の伝言はマリサ姉から聞いたのでしょう? そろそろ話を聞かせてくれないかしら、妹さん?」

 

(早速妹呼ばわりかい)

 

 ニコニコしている輝夜にツッコミたい所はあったが、彼女の言い分にも理はある。少し話が逸れてしまったかもしれない。

 

「分かった。でもその前にこれを見て欲しい」

 

 持参したノートを開いて一言詠唱をすると、中のページが一斉に空中に飛び出した。そして散らばった紙は意志を持って縦に繋がり、掛け軸のような一枚の細長い紙に変貌した。

 この年表は上から下に読むようになっており、線で区切られた左端の縦列には年月日が記され、同列にはその時刻で起きた出来事が簡潔に書かれている。

 

「わぁ、宙に浮かんだ!」

「そうか。とうとう完成したんだな」

「これ何?」

「ついさっき書き上げた、私のタイムトラベルの軌跡を綴った年表だ」

「これが魔理沙の……へぇ~」

 

 霊夢達は物珍しそうにジロジロと年表を見つめている。

 

「今年と200X年についてよく書かれているみたいだけれど、他は空白部分が多いのね?」

「これは外の世界の出来事や、幻想郷で起きた異変を記したものではなく、あくまで私がタイムトラベルした時間に起きた出来事だからな。一般的な歴史書と違うのは理解してくれ」

「というか、こんなもん公開しちゃっても良いのかよ? 私達が未来のことを知ったら、歴史が変わっちまうんじゃないのか?」

「歴史のターニングポイントとなる時刻は、既に過ぎているから心配要らないぜ。この年表は大まかな流れであって、肝心なことは書いてないし、幻想郷に居るだけなら問題ない」

「そんなもんか」

 

 そして私は一度咳払いをした後、彼女達を見回してから語り始めた。

 

「始まりは今から5日前の9月18日、まだ霊夢とマリサが人のまま死ぬ歴史だった頃、私が博麗神社に行った時のことだ――」


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