魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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遅くなってしまって申し訳ございませんでした


第167話 第四章後日談(後編)

「――こうして300X年の幻想郷を見届けた私は、この宇宙飛行機と一緒に3日前の午後5時に帰ってきたんだ」

「外の世界の侵攻に、宇宙人の侵略か……全く、とんでもない未来だったんだな」

「過去に行ったり未来に行ったり、大変だったのねぇ。けど、最後はハッピーエンドに終わって良かったわ」

「この世界は並行世界だと思っていたけど、ただ単にタイムトラベルによる過去改変前の記憶が残されていただけなのね。長年の疑問が晴れたわ」

 

 幻想郷の存続に関する一連の話を聞いたマリサ、霊夢、輝夜は感心していた。かくいう私も、年表を見せたことで以前よりも理路整然と説明できたし、用意しておいて正解だったと思う。

 

「ねえ魔理沙。この年表の記述が貴女のタイムトラベルの全てなの?」

「今のところはな。もしかしたらこの内容が増えるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「ふ~ん……」

 

 年表の上方に視線を向けていた紫は、一度は納得したかのように思えたが、「経緯は理解できたけれど、私の疑問への答えになってないわ」と、私に向き直りながら不服を唱える。年表を改めてじっくり読んでいる輝夜を除く全員の注目が集まった。

 

「貴女は宇宙飛行機の製造に私が関与していると話したけど、私はにとりに協力した覚えはないの」

「協力した覚えはない? 本当にそうなのか?」

「事実よ。『月の連中の鼻を明かしたい』動機は分からなくもないけれど、それとこれとは話は別。外の世界ですら遠く及ばないオーバーテクノロジーの塊を、いきなり幻想郷に持ち込まれたら困るわ」

 

 真剣なトーンで喋る紫も真実を話しているようで、やはり食い違いがあるようだ。

 

「ねえ紫。これって、そんなに凄い代物なの?」黒白のボディーを見ながら、霊夢が問いかける。

「重力操作に光子制御等色々あるけれど、極めつけはワープ航法ね。光速航行を実現させた外の世界においても、光の速さを超えた空間跳躍はSFの世界でしかないのよ」

「……良く分からないけど、外の世界より進んでるのね」

「お前って、見た目によらず凄い発明家だったのな」

「私は設計図通りに組み立てただけさ。ワープが使えるようになったのも月の技術だし、大したことはしてないよ」

 

 感心するマリサに、にとりは謙遜するように答えていた。 

 

「宇宙飛行機にばっかり注目が向かってるけどさ、にとりの家の隣には、これがすっぽり入る格納庫も建ってたんだ。紫とにとりの記憶のすれ違いも、恐らくこれと関係あると思うんだが……」

「タイムトラベラーの貴女が分からないんじゃ、私達にも分かりようがないじゃない」

「……実はその事なんだけどね、私に心当たりがあるんだ――」

 

 その言葉に、今度はにとりに皆の視線が集まる。 

 

「それって、マリサ達が来る前に言いかけてたやつか?」

「うん。白状するとね、私は魔理沙――タイムトラベラーの魔理沙が知っている河城にとりじゃないんだ」

「……ん!? それはどういう意味だ?」

 

 思わず聞き返す私に、にとりは落ち着いた様子でこう答えた。

 

「一から順を追って説明するよ。今から三日前、西暦300X年の幻想郷から帰還した私は、魔法の森上空で魔理沙を降ろした後、真っ直ぐ自宅に帰ったんだ。そしたらもう既に格納庫が無くなっててさ、『泥棒にでもあったのかな』と思って、急いで家の中に入ったんだ。そうしたらさ、もう一人の〝私″がいたんだよね」

「!!」

「それは一瞬だったのか、それとも永遠に近い時間だったのかは分からない。彼女と鉢合わせした途端、頭が真っ白になってさ、気づいた時には床に倒れてたんだ。慌てて家中を探してみたんだけど、もう一人の〝私″は影も形も見あたらなかった」

「その部分だけ聞くと、ちょっとしたホラーだな……」

「もう1人の〝私″について分からないことだらけだったけど、ひとまず目の前の事態、格納庫の消失の原因について調べることにした。でもその痕跡一つ見当たらなくて、それどころか宇宙飛行機の存在そのものが初めから無くてさ、私は慌てて魔理沙を呼びに行ったんだけど、そこにいた魔理沙はあんたじゃなくて、ただの魔法使いのマリサ――マリサ姉だったんだ。最初は全然気づかなくてさ、何も知らないマリサ姉に一方的に捲し立てて、イライラして、最悪だったよ」

「確かに、あの時のにとりは非常に焦っていたな。家のドア壊されるかと思ったし」

 

 にとりの言葉に頷くマリサ。150年前、マリサと霊夢には宇宙飛行機に纏わる話は全然してなかったわけだし、この時の状況は想像に難くない。

 

「だけどね、口論しているうちに、私の中に私じゃない記憶があることに気づいてさ、それからはもうあっという間。点と点が繋がるようにこの不可解な事態も呑み込めてさ、もう一人の〝私″は決して幻なんかじゃなかったんだ」

「ええと、つまりアレか? お前は300X年の妹紅みたいに、特異点化が解消されて、新しい歴史のにとりに再構成されたって言いたいのか?」

「そうだね。今までの回想は、〝記憶の中にあるもう一人の〝私″から見た視点″での話だけど、あんたの言う〝新しい歴史の私″からしてみると、『三日前に、突然もう一人の〝私″と、巨大な飛行物体が出現した』って認識なんだ。こんな奇想天外な事態が起きたのに、全然違和感がなくてさ、気づくのが遅れちゃったよ」

「ううむ、そうだったのか。まさか霊夢とマリサの歴史改変が、お前にまで影響を及ぼしていたとは……」

 

 この事はにとりに言われるまで気づかなかったことだろう。感心している私に、彼女は首を振った。

 

「魔理沙、その認識は違うね。正確には〝西暦300X年の幻想郷が存続の歴史″になった時、既に河城にとりは二人存在していたんだ」続けて「私の中には、魔理沙が起こした霊夢とマリサに纏わる歴史改変以前の記憶も残っていてさ、その前後で私の行動は分岐しているんだよ」

「……は? いや、だって、私が霊夢とマリサの歴史を変えたから、こんなことになったんじゃないのか?」

「そもそも前提からしておかしいと思わない? 私とあんたが西暦300X年に帰って来た時点の歴史では、霊夢もマリサも、既にこの世には居なかったでしょ? それでどうやってマリサと話すのさ」

「……」

 

 ここで一度会話を止め、にとりの話を頭の中でじっくりと咀嚼していく。

 

「なあ、にとりの話についていけてるか?」

「私とあんたが居ない歴史のことみたいだからねぇ」マリサに話を振られた霊夢はそう答え、次いで「あんたはどうなのよ? 全部覚えてるんでしょ?」と、静聴していた輝夜に訊ねる。

「さあ、分からないわ。私は幻想郷の全てを知る訳ではありませんもの」

 

 そんなマリサ達の会話を耳に挟みつつ、にとりの話を呑み込んでいき。

 

「……そういうことか! ちょっと整理させてくれ」

 私はノートを開き、先程までの話をメモしつつ、最後に【霊夢マリサ死亡、格納庫存在Ⓐ】、【霊夢マリサ死亡、格納庫消失Ⓑ】、【霊夢生存マリサ死亡Ⓒ】、【霊夢マリサ生存Ⓓ】と、四つの区分を書き込んでいく。

  

「私達が帰還した歴史がⒷの歴史で、お前がここまで話した内容はⒹの歴史――現在の歴史での出来事を言ってるんだな?」

 

 メモしたページを見せながら訊ねると、にとりは「その通り! さっすが、タイムトラベラーは物分かりが良いね!」と、サムズアップした。なるほど、これは確かにややこしい。

 

「つまりね、〝西暦300X年の幻想郷が存続する歴史″、このメモで言うならⒶ⇒Ⓑの歴史になったことで、因果が解消されて、宇宙飛行機は元から存在しないことになったんだ」

「なんだって? それじゃあ、20年前の4月11日に、お前に宇宙飛行機の設計図が入ったメモリースティックを渡したことも、無かった事になってるのか?」

「うん。その日に私が何をしていたのかは漠然としているけれど、この手が20年の間に宇宙飛行機を造った事実はないよ。私が時間移動や宇宙飛行機についてこれだけ話せているのも、〝もう一人の私″の知識と記憶のおかげなんだ」

「なるほど、そこまで変わっていたとはな」

 

 この宇宙飛行機は幻想郷を救う為に必要だったので、それが成立した歴史では不要ということなのだろう。因果とはつくづく面白い。

 

「え~と、その時の直近の歴史改変は……ボイジャー1号の破壊と、アンナの説得だったな」

 

 前者は西暦2025年6月30日、後者は紀元前39億年7月31日のことだった。

 

「それらの歴史改変を行う前に跳んだ、215X年の9月20日正午にはまだ格納庫が残ってたし、間違いないね」

 

 私は年表を訂正していく。

 

「それじゃあ、魔理沙の過去改変の影響で忘れてしまっただけで、実際には私は協力していたと?」

「うん。前にも話したけど、この宇宙飛行機は貴女の能力を利用して博麗大結界を往来してるんだ。過去改変以前の貴女は、外の世界でしか流通していない材料の調達にも協力的だったしね」

「そうなると、紫の疑問そのものが、歴史改変が行われたと証明しているってことになるな」

「……」

 

 紫は顎に手を当て、難しい顔をしたまま黙り込んでしまい、続いて輝夜がにとりに問いかける。

 

「でもそれはⒷの歴史の話なんでしょ? 今はⒹの歴史なのだけれど、それについてはどう説明を付けるのかしら?」

「それらについても、私の記憶を辿っていけば推論できる。Ⓑ~Ⓓの歴史の差異についてだけど、前提としてどの歴史も、『9月20日の午後5時過ぎ、〝宇宙飛行機に乗って来た河城にとり″と、〝元から自宅に居た私″が一つになり、宇宙飛行機の痕跡が消えた理由を問いに、魔理沙の家に向かう』ここまでは共通しているんだ」

「ふむふむ」

 

 輝夜と私に向けて喋るにとりの話を、私はさながら新聞記者のようにメモを取りながら訊いていく。

 

「〝記憶の中の私″の記憶によると、Ⓑの歴史の時、魔理沙の家には電気が付いてなくて、何度玄関をノックしても返事がなかったみたいなんだ」

「あの時は帰ってすぐに寝ちゃってたからなぁ……」

「仕方なく自宅に戻った私は、格納庫の再建設を目指して、家に残ってる素材を集めて徹夜で制作に臨んだんだけど……いつの間にか寝ちゃってたみたいでさ、起きたのが正午だったんだ。慌てて魔理沙の家に向かったんだけど、またまた留守でさ」

「その時は紅魔館に行ってたんだ。なんというか、タイミングが悪いな」

「それからしばらく待ったんだけど、一向に帰ってくる気配がなくてさ、日が暮れた頃にまた訪れることを決意して、魔理沙の家を後にした――それがⒷの歴史の〝私″が覚えている最後なのさ」

 

 私の主観におけるⒷの歴史では、紅魔館でアリスとパチュリーに奮起させられ、午後3時頃、霊夢に会って気持ちを確かめるために、西暦200X年9月2日に時間遡航した。恐らくにとりは、私の時間遡航に巻き込まれる形で歴史改変の波に呑み込まれたのだろう。

 

「最後にⒸの歴史についてだけど、Ⓑの歴史と基本的な流れは同じ。ただ一つ違うのが、9月21日の正午過ぎに訪ねた時、魔理沙とおめかしした霊夢が涙を流しながら抱き合っているのを遠巻きに目撃した所だね」

「あらあら、そんなことがあったの」

「見てたのか……」

「悪いと思いながらも、光学迷彩を使用して話を盗み聞きさせてもらったよ。なんでも、霊夢とは150年ぶりの再会だったらしいじゃないか。とても割って入れる雰囲気じゃなかったし、ばれないうちに帰ったのさ」

「あの頃の私は、妹の魔理沙にやっと会えるってことしか頭になかったなぁ。ふふふ」

 

 僅か二日前の出来事なのに、まるで遠き日の思い出のように微笑む霊夢。まあ私も霊夢と同じような気持ちだったし、仮に光学迷彩など使われなかったとしても、周りが見えていなかったと思う。

 

「後はまあ、さっき話した通り。自分の記憶にしか残ってない漫然とした事実は、あんたのおかげで見事確信に変わった。私の疑問は解けたよ」

「それは何よりだ」

「よく出来た話ね。惜しむらくは、私がその現場に居なかったことくらいだわ」

 

 かくしてにとりの話にけりが付いたところで、私はずっと思考中だった紫に向き直る。

 

「……納得できたか?」

 

 紫は一度大きく息を吐いた後、宇宙飛行機を見上げながらこう言った。

 

「信じがたい話だけど、認めるしかなさそうね。在った事を無かった事にしたり、その逆もしかり。タイムトラベルってなんでもありなのね」

 

 理解した様子の紫に対し、難しい顔をしているマリサが「……つまりどういうことなんだ?」と、私に耳打ちする。

 

「宇宙飛行機に関するにとりの言い分はⒶの歴史の話で、紫の言い分はⒹの歴史。どっちも間違っていなかったってことなんだよ」

「ん~?」

 

 マリサは分かったような、分かってないような、曖昧な返事をしていた。

 

「とにかく事情は理解できたわ。この宇宙飛行機が幻想郷を救う一因になったみたいだし、大目に見ることにするわ」

「本当に?」

「幻想郷に仇なす真似をしないと誓うのであれば、ね」

「もちろんそのつもりだよ」

                                               

 にとりの答えを聞いた紫は頷き、足元にスキマを開きながら、「私の用は済んだから帰るわ。魔理沙、いつかどこかの歴史でまた会いましょう」と、思わせぶりなことを言い残して消えさった。

 

「あんな素直に引き下がるなんて、紫ったらまたなんか企んでるのかしら?」

「さあな。あいつの考えてることはまるで分からん」

 

 紫が消えた足元を見ながら喋る霊夢とマリサ。

 

「ねえ、妹さん。幻想郷の象徴ってなんだと思う?」

「そりゃあ……博麗の巫女じゃないか?」

「ふふ、見解が一致して何よりだわ」

「?」

 

 見るもの全てを惹きつけるような笑みを浮かべた輝夜は、「妖怪の賢者様も帰ってしまった事だし、そろそろ私も行くわ。今日は面白い話をありがとう」と、迷いの竹林へ去り、この場に残ったのは私、にとり、マリサ、霊夢の四人となった。

 

「これからどうするんだ?」

「そうだね。ここのところ発明も開発もマンネリ気味だったし、記憶の中の河城にとりに習って、この宇宙飛行機の為にリソース全てを突っ込もうと思ってるんだ。まずは格納庫の建設からだね」

「へぇ、にとりらしいな」

 

 どれだけ歴史が変わっても、彼女の在り方は変わらないようだ。

 

「そういえばにとり。こいつはもう空を飛べないのか?」

 

 マリサの疑問に、にとりはすぐさま答える。

 

「太陽系を巡回する程度なら問題ないと思うけど、ワープでそれよりもっと遠くに行くんだとしたら、然るべき場所での整備と燃料の確保が必要だね」

「そうなのか?」

「もしワープエンジンが故障でもしたら、宇宙を漂流する羽目になっちゃうし、その燃料にしたって、この時代ではまだ発見されてない物質なんだよ。一から精製するにしても、まずは素材集めと設備の建造から始めないといけないし、どれだけ時間がかかるやら。せめて綿月姉妹の好意で貰った、燃料の精製装置の設計図さえあればなあ……」

 

 名残惜しそうに呟くにとり。それにしてもよく喋る。

 

「ってことはワープしなけりゃいいのか。ワープなしでも構わないからさ、私を乗せて宇宙へ連れてってくれよ」

「急にどうしたのさ?」

「妹が乗ったんなら私にだって乗る権利はあるだろ? 光速で飛ぶなら、仮に太陽系の端まで行ったとしても今日中に帰ってこれるんだし。な?」

「……まあ構わないけどさ。ちょうど私も記憶と現実の一致を確認するために、試運転したいと思ってたし」

「よ~し、すぐに出発だ! お前らも来るか?」

「私は良いわ。興味ないし」

「同じく。二人で楽しんで来いよ」

 

 そうしてマリサとにとりは乗り込み、二人が乗った宇宙飛行機は遥か空へと静かに飛びさって行った。

 

「それじゃ、私達はお昼でも食べに行きましょ? お値段もお手頃で美味しいお店を知ってるのよ」

「おおっ、それは楽しみだ」

 

 霊夢に手を引かれるようにして、私は人里へと向かっていった。 

 

(α) 

 

 それから私は、霊夢とお昼を食べ、日が暮れるまで彼女と過ごして自宅まで送り届けた後、時の回廊へとタイムジャンプした。

 四季が同時に存在する不思議な空間、私の姿を見た女神咲夜は、微笑みながら開口一番にこう言った。

 

「ふふ、素敵な結末を掴み取れて良かったわね、魔理沙」

「あぁ。私にとってはこれ以上にない理想的な世界だ」

 

 もしあの時、マリサと融合する選択を取っていたら――なんてifは考えない。それよりも、私は彼女に用があって来たのだ。

 

「なあ咲夜。聞きたいことがあるんだ」 

「答えられる範囲でなら答えるわ」

「これから私は215X年の幻想郷で生きて行こうと思ってる。だけどさ、今の歴史には吸血鬼になったお前がいてさ、彼女が頻繁に利用する時間停止に私まで巻き込まれてしまうんだ」

「む」

「――ああもちろん、お前を否定するつもりはないんだが、このままだと吸血鬼の咲夜の生活リズムに巻き込まれちゃってさ、なんとかならないか?」

「ふーん、ぜいたくな悩みね。普通は動けない筈なんだけど?」

「はは、200X年のお前にもおなじことを言われたよ」

 

 とはいえ、あまり笑い事ではないのも事実。さっき霊夢と過ごしていた時も、ちょくちょく時間が止まっていたので、会話や行動がちぐはぐになってしまった。

 

「貴女が時間停止下においても自由に行動できるのは、貴女の魔法が私の能力に近い性質を持っているから。幻想郷の〝私″は、時間の能力については不完全だけど、貴女は違う。そもそも――」

「そんな説明は良いからさ、さっさと質問に答えてくれよ」

「……まあ難しい理論をすっ飛ばして答えるとね、要は気持ちの問題なのよ。動きたいと思えば動けるし、止まりたいと思えば止まるわ」

「そんな適当でいいのか!? じゃあ早速試してみるぜ。サンキューな」

 

 彼女に背中を向け、元の時間に戻ろうとした私だったが、その前に一つだけ言っておきたいことがあった。

 

「そうだ、なあ咲夜。これからもここに来てもいいか?」

 

 女神咲夜はこれまでも、そしてこれからも時間の概念として働き続けるだろう。幻想郷でレミリアに仕える〝咲夜″とは雲泥の差だ。

 同情というわけではないが、タイムトラベルによって結ばれた奇妙な縁を、このまま終わらせてしまうのは惜しい気がした。

 

「もちろんよ。貴女ならいつだって歓迎するわ」

「ありがとう。それじゃあまたな」

 

 目を細める女神咲夜に微笑み返し、私は元の時刻へ帰って行った。

 

 

  

  ――side out――

 

 

 

「…………」

 

 時間旅行者霧雨魔理沙が西暦215X年9月23日午後7時00分へ帰った後、女神咲夜は無言のまましばらく佇んでいた。

 

「……感傷に浸るのはやめましょう。私は自分の役割を果たさなきゃね」

 

 女神咲夜が指を弾くと、瞬時に椅子と透過スクリーンが現れ、彼女は腰かけた。

 

「さて、今後彼女が取り得る行動を確率として細分化していくと………………あら?」

 

 霧雨魔理沙の行動を一通り予測した女神咲夜は、一転して真顔になった。

 

「あ~そうなるのね。確かに西暦法において紀元前39億年の、アプト星系の文明レベルなら在り得るわね。タイムトラベルが封じられているとはいえ、魔理沙よりも詳しい彼らが集まるとなると、手強いわね。う~ん、私が手出しする訳にも行かないし……」

 

 渋い顔をしながら考え込む咲夜は、やがて結論を下す。

 

「魔理沙が袋小路になった時の為に、現在の歴史のバックアップをとっておきましょうか。ついでに時空変動の空間振動も最小限に抑えて……」

 

 咲夜は難しい顔でブツブツと呟きながら、霧雨魔理沙の主観から見て過去の方角、紀元前39億年前に向けて、時の回廊を歩いていった。

 その間にも、時の回廊の外では、幾たびも繰り返される時間移動の数々。彼女は足を止めずに、時間移動による歴史への影響を観測していく。

 

「やっと……会えた……!」

 

 やがて辿り着いた先には、潤んだ目をした時間旅行者霧雨魔理沙の姿があった――。

 




最後までお読みいただきありがとうございました。
かねてから第四章で終了と宣言してましたが、それを撤回して番外編の後に第五章へと続きます。

というのも3ヶ月近く前に話を思いついたので、当初の予定通り第四章で終わって別の作品を書くか、この作品を延長するかギリギリまで迷ってたのですが、投稿することに決めました。

完結だと思っていた読者の方々には裏切る形となって申し訳ありません。


次の話以降に年表を投稿します






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