魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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番外編の高評価ありがとうございます。
精魂込めた話だったので非常にうれしいです


この回から第五章に入ります。


第五章 時間移動
第168話 依頼


 西暦215X年9月30日。あれから一週間が経過した。

 マリサとの暮らしにも慣れてきて、彼女の研究を手伝ったり、霊夢やアリスとお喋りしたりと、時間移動もせずにごくごく平和な日々が過ぎていた。

 ちなみに、時の回廊の咲夜と別れた翌日、紅魔館に行ってこっちの咲夜に事情を話し、時間停止中でも止まっていられるよう意識を変化したところ、本当に止まっていたらしく、つついたり触ったりしても何の反応もなかった、とこっちの咲夜は証言していた。これで咲夜と私で生活のペースがかき乱されることもないだろう。

 

「はぁ~暇だな」

 

 今の時刻は午前10時。どんよりとした雲が垂れ込み、秋風を感じる肌寒い日のこと。私は自宅のリビングでソファーにダラリと寝転がり、大きくため息を吐いた。

 というのも、マリサは早朝から行先も告げずにどこかへ出かけてしまい、霊夢は博麗の者としてどうしても外せない用事があるらしく、昨日から人里で仕事をしている。

 はてさて、今日は何をしようかなと思いめぐらせていると、玄関から優しいノックが響く。

 

「ん、客か。今出るぜ~!」

 

 私はのっそりと起き上がり、扉を開ける。玄関先には見知らぬ少女が立っていた。

 

「こんにちはマリサ」

 

 フレンドリーに話す彼女は、年と背丈は私と同じくらい、うなじくらいで切りそろえられた紫色のおかっぱ頭に、山茶花の髪飾りを付け、藤花模様の藍色の着物。白い足袋に木色の下駄を履いていた。

 

「時間旅行者の魔理沙がここにいるって聞いて来たんだけど」

「私に何か用か?」

「へぇ、あんたが? ふ~ん、髪型以外はそっくりね」

 

 値踏みするような視線に不快感を覚えながらも、私は平静で話し続ける。

 

「良く言われるよ。で、私に何の用だ? というか、お前は誰なんだ」

「あら、時間旅行者の魔理沙は私と面識がなかったのね。失礼したわ」不信感を露わにしても、気取った態度を崩さない彼女は「私は稗田阿音(ひえだのあと)阿音(あと)で構わないわ」と自己紹介した。

「稗田……? ってことは、お前は阿求の子孫なのか?」

「ええ、私は十代目阿礼乙女(あれおとめ)。ま、正確には先祖でもあるし私でもあるんだけど」

「ほう……」

 

 人里でもかなりの名家である稗田家、その一族の中に御阿礼の子(みあれのこ)と呼ばれる特殊な魂の人間が存在する。

 元は古事記の編纂に携わったとも言われる稗田阿礼なる人物だったらしいが、おおよそ100年に一度稗田の家系に転生し、常人より短い寿命の中、その時代に合わせた幻想郷縁起を生涯掛けて編纂する事を、何度も繰り返しており、目の前の彼女がその末裔のようだ。

 先程私が挙げた稗田阿求(ひえだのあきゅう)という少女は、200X年頃に存命だった九代目の御阿礼の子だった。まさかこの時代に彼女が居たとはな。

 

「なんか阿求とは見た目は似てるけど、少し口調が強いんだな」

「前世の私を知ってる妖怪に初めて会った時、皆似たようなことを言うのよね。そんなに違う?」

「ああ、少なくとも阿求よりは気が強そうだ」

「はぁ、別にそんなつもりはないんだけど、まあいっか。それより、そろそろ本題に入らせてもらうわ」

 

 彼女はここで一度タメを作り、私の目を見ながらこう言った。

 

「単刀直入に言うわ。時間旅行者のあんたに、幻想郷縁起の資料集めを依頼したいの」

「……中で詳しく聞こうか」

 

 私は阿音を自宅の中に招き入れ、互いに向き合うようにソファーに座った。 

 

「知っての通り、幻想郷縁起とは元々、妖怪に対抗する手段に乏しい人間が、妖怪の弱点や対策法などの知識を広めるために作成したもので、当時の人にとってはとても貴重な文献だったわ」

「だけど、時が進むに連れて幻想郷が外の世界と結界で隔てられるようになり、阿求の時代になって博麗霊夢が提唱した命名決闘法案――俗に言う弾幕ごっこが広く普及した今、大昔のような人と妖怪の殺し合いは殆ど起こらなくなった。ルールさえ守れば平和に暮らせる時代になった今、幻想郷縁起はさほど重要ではなくなってきてるの」

「ふむふむ」

「そこで今世代の幻想郷縁起は、阿求の頃の流れを汲んで、妖怪対策本としての基本を崩さず、エンタメ性を重視した内容にしようと思っているわ」

「エンタメ性ねぇ、それが私とどんな関係があるんだ?」

「ズバリ、妖怪達のヒストリア、それを作れば大きな注目を浴びると思うのよ。その第一弾として、幻想郷の賢者で、創始者の八雲紫のルーツを探って欲しいの」

「紫を?」

「今も謎多きミステリアスな彼女が、何故幻想郷を創ろうと思ったのか、そして幻想郷を創る以前は何をしていたのか興味ない? 幻想郷縁起によれば1300年以上前には確かに存在していたらしいんだけど、それ以前のことがさっぱり分からなくてねー。噂では2000年近く生きてるらしいんだけど、本人に直接聞いても答えてくれないし」

(聞きに行ったのか)

「もちろんタダでとは言わないわ。ちゃんと相応のお礼も考えてるし、この依頼請けてくれる?」

「お断りだ」

 

 即答すると、彼女は不機嫌になりながらこう言った。

 

「む、魔理沙なら乗ってくれると思ったんだけど、何が気に入らないの?」

「あのなぁ、簡単に言ってくれるが、歴史の観測ってのは難しいんだぞ? 仮に60歳で死んだ人の生涯を追うとして、そいつの歴史を全てチェックするのに60年かかるんだぜ? ましてや紫は妖怪だし、100年、200年じゃ済まないだろ。そんな気の長いことできるか」

「う、言われてみれば……」

「何より、本人が過去を知られたくないと思っているのに、私がそれを暴くような真似はできないよ。ついでにこの際言っておくけどな、私は余程の事がない限り時間移動するつもりはないぜ」

 

 きっぱりとそう言い切ると、阿音は考える素振りを見せた後に口を開いた。

 

「……ごもっともな話ね、分かった、別の企画を考える事にするわ」

「ああ、そうした方がいいぜ」

「今日の所は失礼するわ」

 

 立ち上がり、帰ろうとする阿音を玄関先まで見送っていく。

 

「なんかあんたのこと、少しだけ分かった気がするわ」

「それはどうも」

「いずれ発刊する幻想郷縁起、楽しみにしててね」

 

 阿音は軽く手を振った後、森の中に消えていった。




文字数少なくてすみません
次回投稿日は9月16日です

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