(『幻想郷の賢者で、創始者の八雲紫のルーツを探って欲しい』ねぇ)
リビングに戻った私は、ソファーに背を預けたまま、先程の阿音の話を思い返していた。
いずれ、私のタイムトラベルを利用しようと近づいてくる人間が現れる、と予想していたが、見事に的中してしまった。
この歴史、この時代でマリサ達と生きていくと決めた以上仕方のないことだが、実力行使に踏みきるような危険な輩が来ないことを祈るばかりだ。
(タイムトラベルといえば、アンナから貰ったメモリースティックをまだ見てなかったな)
ポケットの中をまさぐり、指先に当たる硬い感触のものをつまみ、顔の前まで持っていく。
私の指より薄く、手のひらに収まる程度のコンパクトなメモリースティックは、薄紅色に塗られ、中心に豆粒くらいの小さな半円形のレンズが埋められていた。
(どうやって開けるんだ?)
じっくり観察していると、底面に埋め込まれた丸ボタンを発見する。
(ひょっとしてここを押せばいいのかな)
思い切って押してみると、レンズから上方に光が拡散し、辺り一帯に現実と遜色ないくらい鮮明な立体映像が投影された。
「お~こうなるのか。とりあえず……」
メモリースティックをテーブルに置いた後、カーテンを閉め、灯りを消してから座る。その甲斐もあって、全貌が見えて来た。
映像の中心には、無数の星々で瞬く真っ暗な宇宙空間の中、土星のような半透明の輪っかがくっついた惑星が映し出されていた。恐らく、これがアンナの住むアプト星なんだろう。
アプト星そのものは透明な膜に覆われ、表面は湾曲で不均等な形をした三つの大陸と、エメラルドグリーンの海が見え、地形はまるで違うが、星の雰囲気が宇宙から見た時の地球と非常によく似ている。
映像の上部には、背景が半分透けて見える正方形の枠で囲まれた部分に、発光した日本語文章がつらつらと記され、内容から察するに、その星におけるアンナの住所とルートが記載されているようだ。
左下の隅っこの方には、同じく半透明で区切られた長方形の枠内左欄に、小さく切り取られた私の顔写真が載せられ、下部の罫線に名前とゲストID№0001、B.C.3899999999/08/17以降と記されていることは分かったが、右欄の罫線に書かれた事項は理解できなかった。
(ふ~む、取り敢えずにとりにも見せておくか)
私はスイッチを切り、メモリースティックを持って家を飛び出していった。
五分後、何事もなくにとりの家上空まで飛んできた私。約一週間前に来た時に比べ、駐機中の宇宙飛行機にはテントのように布が被せられ、隣の敷地には土台が出来上がっていた。
(早いなぁ。もうこんなに作業が進んでいるのか)
感心しながら家の前にゆっくりと降下し、玄関を叩こうと思った時、聞き覚えのあるクラシック音楽が耳に入ってきた。
(誰がかけてるんだ? にとりか?)
宇宙飛行機から聞こえてくるクラシック音楽の元へ歩いていくと、巨大な機体の影に隠れるように胡坐をかくにとりを発見。彼女は油汚れが染みついた作業着姿で、鉄の箱のようなものを弄っていた。
そして肝心のクラシック音楽については、にとりの傍に置かれた、黒いラジカセから聞こえてきているようだ。
「よう、調子はどうだ?」
「んーぼちぼちかな」
「少し話したいことがあるんだが、今時間いいか?」
「いいよー」
私が隣に座ると、にとりはラジカセを止め、抱えていた箱を脇に置いた。
「それで話って?」
「39億年前の地球で交わしたアンナとの約束、覚えてるか?」
「うん。私の星に遊びに来て欲しいって言ってたよね」
「未来の幻想郷も元通りになって、私の用事も済んだ今、そろそろ会いに行きたいと思ったんだ」
私はポッケからメモリースティックを取り出し、ボタンを押して空中に投影すると、にとりの目の色が明らかに変わった。
「わぁ、なにこれ!」
「あの時に貰ったメモリースティックの中身だ。アンナはアプト星の地図だって話していたけど、私にはいまいち読み方が分からなくてな」
「へぇ~これがアンナちゃんのいる星なんだ。綺麗だなあ」
にとりは関心した様子で、投影された映像と付属する文章を読んでいく。
「なるほど、大体わかったよ。このメモリースティックの中にはプロッチェン銀河全体の地図が入っていて、今表示されている座標がアプト星みたいだ」
そう言ってにとりは、アプト星の大陸部分に指先を伸ばす。すると画面が一瞬で切り替わり、凸凹とした建物が軒を連ねる灰色の町を、真上から見下ろす形に変化した。
「お、どうやったんだ?」
「このデバイスの映像は、直接触って操作できるんだよ」
「ほぅ」
得意げに語りながら、にとりはどんどんと映像を地表近くにズームしていき、建物一つ一つがはっきり分かるくらいの距離で停止する。
エメラルドグリーンの沿岸沿いに位置するこの町は、自然あふれる幻想郷とは対照的に緑が殆どなく、血管のように町の隅々まで伸びた石の道路沿いに、幅も高さも異なる高層ビル群が隙間なく建ち並び、300X年で見た外の世界のような印象を受ける。
他にも、内陸へと繋がる線路が一か所に集中している地点や、広大な敷地に宇宙船がズラリと並んでいる場所もあり、相当数のアプト星人がこの町に住んでいるようだ。
そんな感想を抱いてる間にも、にとりは映像を操作していき、八車線道路沿いの陸橋近くにそびえ立つ、細長く角ばった高層建築物の前で停止する。
外壁面はシンメトリーな格子状となっていて、格子の間部分は大きく窪み、柵が設けられている。その柵の向こう側には細長いスペースと、室内に続くガラス戸が嵌め込まれていた。
ちなみにこの建物に限らず、周りの建物全てが似たような外観であり、幻想郷ではあり得ない統一性に、私は不気味さを感じていた。
「ふむふむ、アンナちゃんのマンションはここにあるのか。ステーションからも割と近いし、すごい大都会に住んでるんだねえ」
「ここ何階なんだ?」
現在覗いているベランダ部分は、下の道路がミニチュアサイズに見えてしまう程の高さだった。
「住所見る限りだと32階みたいだね」
「32階!? そんな高い所に良く住む気になるなぁ」
高い所は嫌いではないが、そこで暮らしてみたいかと問われると私は首を横に振るだろう。
「ここからアプト星までのオートナビゲーションシステムに加えて、地球で言うパスポートに相当するものや、あっちの星で使える電子通貨も入ってるみたいだし、アンナは本気で私達を招待するつもりみたいだね。こんなの見せられたら俄然興味が出て来たよ。だけど……」
「なにか問題があるのか?」
「先週も話したけど、1億光年先まで飛ぶための燃料がないんだよ。残念だけど、今のままじゃどうあがいても無理だね」
「う~む……」
少し考えた後、私は妙案を思いついた。
「ならさ、西暦300X年の月の都で燃料補給するのはどうだ? 整備する時間も省けて一石二鳥だろ」
「それいいね!」勢いよく立ち上がったにとりは「よし、そうと決まったらすぐに準備しないと。先に乗ってて!」と言って、自宅へ駆けて行った。
「『先に乗ってて』って言われてもな」
私は宇宙飛行機に掛けられていた布を取り外して畳み、空が見えるようになったところで、改めて中へ入る。
(え~と確かコックピットは左の扉だったな)
記憶を辿りながら扉を開けば、計器やスイッチ類が所狭しと並ぶ景色。私は副操縦席の後ろに座り、窓の外に映る妖怪の山をぼんやりと眺めながら、にとりの到着を待った。
「お待たせお待たせ」
しばらく後、いつもの水色の服に着替え、取っ手が付いた青色の鉄箱を両腕にぶら下げたにとりが戻って来た。
彼女は荷物を後ろの空席に置いてから操縦席に座り、コックピットのスイッチを慣れた手つきで入れていく。やがて機体が僅かに揺れ始め、天井のモニターが点灯した。
「出発の準備ができたよ」
「よし、一度宇宙に出てから300X年にタイムジャンプするぞ」
「了解。……そうだ。妹紅はどうするの? 『もし行くんだったらその時は私も誘ってくれよな』って言ってたじゃん?」
「発てる目途がついてから改めて呼びにいくつもりだ。まだ行けるかどうか分からないし」
「それもそっか」
にとりが操縦桿を動かし、宇宙飛行機を静かに浮かせたかと思えば、曇天の空に向けて発進させる。
雲を突き抜け、大気圏を突破し、あっという間に宇宙に飛び出した後、指定した時刻へタイムジャンプした。
次回投稿日は9月21日です