魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

174 / 283
第170話 西暦300X年の月の都

 未来の妹紅達と別れた翌日、西暦300X年6月10日正午にタイムジャンプした宇宙飛行機は、約38万㎞の距離をものの五分で飛び去り、月の裏側に張られた不可視の結界を通り抜けた。

 地球が消滅した歴史では、都を守るように要塞が建ち、空に向けられた砲台や、埋め立てられた土地に駐機されていた多数の宇宙船、殺気立った兵士達が出入りしていた物騒な場所だったが、現在の歴史では影も形もなく、コバルトブルーの澄み切った海と白い砂浜に戻っていた。

 にとりは月の都上空をしばらく旋回した後、入り口近辺の砂浜に垂直着陸を決め、私達は宇宙飛行機から降りた。

 真っ暗な空に、熱くも寒くもなく、穏やかな気候。水平線の果てには、夜空の月よりも遥かに大きな地球が瞳に映る。200X年、215X年、そして300X年……いつの時代においても胸を打たれるような美しさだが、地球のすぐ近くに浮かぶ、煉瓦のようにブロックを組み合わせて出来た銀色の人工惑星や、数えるのも馬鹿らしくなるほどの大小様々な人工衛星、その他あらゆる言語やマークがペイントされた宇宙船団が、せっかくの絶景を台無しにしていた。

 とはいえ私は観光に来たわけじゃない。景色を楽しむのもほどほどに、にとりと都まで歩いていくと、入り口脇に立っていた銃で武装した玉兎達に行く手を阻まれる。

 何故邪魔するのかと口を開きかけたその時、彼女らが道を開けるように並ぶ。正面の中心部へと繋がる本通りの真ん中、小さな部隊を引き連れてこちらに向かってくる依姫の姿が見えた。

 

「よう依姫」

「こ、こんにちは~」

「…………」

 

 私達の前で足を止めた依姫に挨拶したが、彼女は不機嫌そうに私達を睨みつけ、次いで背後の宇宙飛行機に視線をやる。「……なるほど」辛うじて聞き取れるくらいの声で頷いた後、私に視線を向けた。

 

「なんの御用ですか?」

「実は頼みたいことがあってさ――」

 

 出発前ににとりと話していた内容を、そっくりそのまま伝える。話が進むにつれ、彼女の張り詰めた雰囲気は萎んでいった。

 

「……事情は理解しましたけど、ここは整備工場ではないのですよ? 月の裏側に来ることがどれだけの意味を持つか、分かってます?」

「一億光年先の星に行くにはお前達だけが頼りなんだよ。な? な?」

「お願い! もう一度手を貸して!」

 

 完全に呆れた様子の依姫に手を合わせながら頼み込むと、彼女は大きくため息を吐きながら言った。

 

「……はぁ、仕方ないですね。魔理沙には改変前の世界で月を救ってもらった借りもありますし、承りましょう」

「おお、そうか! 助かるぜ!」

「頼んでみた甲斐があったね!」

 

 月の技術なら万に一つも間違いはないだろう。これでアンナの星まで飛べる目途が立った。

 

「それでにとりさん、私達にどういった風に機体を整備してもらいたいのか、詳しくお聞かせ願えますか?」

「まずはワープエンジンと補助コンピュータのチェック、それから機体の構造検査に重力制御装置の点検、もちろんTN燃料の補給もやって、他には――」

 

 にとりは専門用語を交えつつ、ペラペラと話していき、依姫に控えていた玉兎の一人がメモを取っていた。

 

「――と、まあこんな感じで」

「ふむふむ、そうなるとかなり大がかりな点検になりそうですね。魔理沙、見積についてですが――」

「見積って、まさか金取るのか!?」

「なにを驚いてるのですか。適切なサービスには適正な対価を払う。至極当然のことでしょう」

「それは……そうだけどさ、話の流れ的にタダでやってくれるんじゃないのか? 実際、前にワープ機能を付けた時もそうだったし」

「改変前の歴史では、地球の消滅という緊急事態でしたから、私達の未来の為にも月のリソース全てを惜しみなく提供しました。ですが今回は、有体に言ってしまえばただ遊びに行くだけでしょう? 無償奉仕する義理がありません」

「む」

「そもそも、月の都は地球政府や銀河連邦と不可侵条約を結び、鎖国状態にあります。貴女方の宇宙飛行機を受け入れ、こうして技術提供してもらえるだけ有難いと思ってもらいたいですね」

「分かった、分かったよ」

 

 完膚なきまでに正論を言われてしまっては、反論の余地がない。ここはおとなしく払うしかなさそうだ。

 私は懐から財布を取り出し、「で、いくらかかりそうなんだ?」と訊く。

 

「そうですね……」懐から小型の携帯端末を取り出した依姫が、端末の数字キーを叩いている間に私は中身を確認する。万札が五枚に小銭が少々か、う~む、足りるかな……。

「ざっとこのくらいです」

 

 依姫が此方に見せた電光ディスプレイに表示された金額は……え~と、零が一、二、三……八!?

 

「は!? こんな金かかるのか!? 桁を三つか四つ間違えてないか!?」

「何を言っているのですか! ハイスペックな機体の分、整備に必要な人、時間、物も多くなりますし、ワープに使用されるTN燃料だって安くはないんですよ?」

「むむむむむ」

 

 もしかしたらそれっぽいことを言って煙に巻いてるんじゃないかと一瞬疑問が生まれたが、隣で深刻そうに俯いているにとりの顔をみて、そんな考えは吹き飛んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。相談するからさ」

 

 私はにとりを肩に抱き寄せ、ひそひそ声で問いかける。

 

「なあにとり? お前あの額出せるか?」

「……無理だね。私の財産全部売り払っても半分にもならないや。魔理沙は?」

「これが私の全財産だぜ……」

「「はあ……」」

 

 二人揃ってガックリと肩を落とした。

 まさか経済的な理由で計画が挫折してしまうとは。なんとも夢のない話だ。

 

「……お困りのようでしたら、いい提案があります」

「え?」

 

 救いの手を差し出すような言葉に、私達は顔を上げた。

 

「貴女達が体で払ってくれるのであれば、この額をチャラにしても構いませんよ」

「!」

「本当に!? 私、どんなことだってやるよ!」

 

 にとりは興奮気味に食いつき、私は「願ってもない話だけど、私あんまりメカに詳しくないぜ? 魔法なら自信があるけどな」と言った。

 

「フフ、ご心配には及びません。貴女にしかできないとっておきの仕事を思いつきましたから」

 

 依姫はあからさまに何かを企んでいる顔で、私を見下ろしていた。




文字数少なくてすみません
続きは遅くとも今月中に投稿します

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。