魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第171話 依姫の条件

「ずばり言いましょう。貴女にはタイムトラベルで過去に遡り、とある植物を採集してもらいたいのです」

 

(やっぱりか)

 

『貴女にしかできないとっておきの仕事』その言い回しから、大体の見当は付いていたので驚きはない。

 

「詳しく聞かせてもらおうか。――おっと、先に断っておくが、ユグドラシルの樹の葉、黄金の林檎のような眉唾物はごめんだぜ?」

「ふふ、北欧神話に登場する伝説上の植物ですか。本当に実在していたのか多少の興味はありますが、あいにく私が望むのはそう言った類ではありません。場所は日本、それも幻想郷近辺に確かに植生していた花なのですから」

「花?」

「その名はセイレンカ。雪のように白い花びらが特徴的な被子植物です」

「私も植物には詳しい方だと自負しているが、聞いたことないな」

「それは当然でしょう。この植物は植生分布が日本の〇〇しかなく、4世紀~5世紀頃発生した温暖化による気候変動によって絶滅してしまいました。故に、古今東西の植物図鑑には記載されていない、幻の花なのです」

「幻の花かぁ。ちょっとワクワクしてきたけど、依姫はどこでそれを知ったんだ?」

「……実は八意様が地上に住んでいた頃に好きだった花なので、誕生日プレゼントとして送りたいと思ったのです」

「へぇ! そういうことなら喜んでやらせてもらうぜ」

 

 依姫も中々粋な事を考える。断る道理もないだろう。

 

「他には何か特徴はないのか?」 

「私も直に見た事はありませんが、八意様の話では、セイレンカは雪花模様に非常によく似た花で、結晶化した花びらは、その見た目に反してマシュマロのように柔らかかったそうです」

「なるほど、それだけ個性が強いのならすぐに見つかりそうだな」

 

 話を聞いてても本当に花なのか疑問は残るが、まあ大丈夫だろう。

 

「そうなると過去に跳ぶ時刻だな。4世紀~5世紀に絶滅したんなら、その100年くらい前にした方が良さそうだが……依姫、セイレンカはどの時期に咲くんだ?」

「八意様の話によれば、梅雨の季節に開花していたそうです。水分を多量に含み、日陰となる場所に咲くそうなので、その辺りに目途を付けた方がいいでしょう」

「梅雨か、だとすると6月がちょうど良いな。よし、じゃあ早速地球にとんぼ返りするか。宇宙飛行機に戻ろうぜにとり!」

「うん!」

 

 そうして引き上げようとした私とにとりを「待ってください!」と、依姫が呼び止めた。

 

「あの機体で再び来られても警備の関係上困りますので、幻想郷に繋がっている転送装置を利用してください」

「そんなものがあるのか?」

「案内します」

「わかったよ」

 

 依姫は頷き、次いでずっと後ろで話を聞いていた玉兎達に「貴女達は再び警備の任に戻りなさい」と命令し、玉兎達は散って行く。

 

「では、行きましょうか」

 

 かくして、私とにとりは月の都へ入って行った。

 

 

 

 

 現在時刻は午後0時44分。お昼過ぎの月の都は、商売に勤しむ玉兎、道端で談笑する玉兎、飲食店で美味しそうに食事を摂る玉兎など喧騒が絶えず、千年前と変わらぬ賑わいを見せていた。

 私とにとりは、唇を引き締め、背筋をピンと伸ばし、大きな歩調でどんどんと進む依姫の一歩後ろに付いていく。道行く玉兎達の殆どが、私達に好奇の視線を送っていることに気づきつつも、観光客のように周囲をキョロキョロするのをやめられなかった。

 

「うんうん、この歴史の月の都は良いねえ。玉兎達が活き活きしてるよ」

「前に来た時はゴーストタウンみたいだったからな」

「アンナの星も楽しみだなあ。あの映像に映っていた大都市はどんな感じなんだろう」

「そうだな」

 

 これはあくまで私の主観だけど、映像で見るのと直接足を運ぶのとでは、受ける印象がかなり違う。その街を築き上げた住人達の、歴史や雰囲気を肌で感じることが大切だ。

 さて、そんなこんなで歩いていく内に、私達は綿月姉妹の宮殿まで来てしまった。

 

「あれ? ここってお前の家じゃないのか?」 

「転送装置はこの地下にあります」

 

 私達は依姫の後に続くように宮殿の内部へ入り、途中ですれ違う玉兎メイドに会釈されつつ、だだっ広い回廊を進んでいく。

 

「一体どこまで行くんだ?」

「すぐそこですよ」

 

 言葉通り依姫は角の扉を開く。蛍光灯で照らされた廊下の先には、地下へと続く階段があった。

  

(地下にいくのか)

 

 そうして二十段ほどの階段を降りた先には、一本道の地下通路。左右の壁には一定おきにずらりと扉が並び、その果ては短い。

 

「このフロアは倉庫となってまして、目的地は突き当りに見えるあの扉の先です」

 

 その言葉通り、左右に並ぶ扉には目もくれず、最奥の引き戸までどんどんと進み、中へと入る。

 

「あれが転送装置です」

 

 家具も窓もない十畳程の部屋、依姫が指さす奥の壁際には、人一人分が入れそうな透明な円筒と台座が置かれ、頭上には銀色に光るリング状の機械が浮かんでいた。

 

「ほ~見るからにそれっぽいな」

「いったいどんな原理になってるの?」

「ワープと同様、空間と空間の距離を捻じってくっつけることで、膨大な距離をものの数秒で移動できるのです」

「へぇ~、月の技術はやっぱり凄いねえ」

「ただ、電力消費量が非常に大きいので、あまり連発はしたくないのですけどね」

「で、依姫。こいつが幻想郷に繋がってるとさっき言ってたけど、具体的には幻想郷の何所にワープするんだ?」

「永遠亭ですよ」

「へえ、お前達月の人間と永遠亭の住人には因縁があると聞いたが、彼女達の罪は赦されたのか?」

 

 その言葉に、依姫は一瞬眉をピクリと動かした。

 

「……そういえば、貴女方は215X年から来たので知らないのですね。私達の間に何があったのか、いずれ知る日が来るでしょう」

「ふーん」

 

 彼女が語る気がないのなら、私も無理に聞きだす気はない。そもそも今は宇宙飛行機の方がよっぽど大事だ。 

 

「魔理沙、貴女に渡したいものがあります。取って来るので少し待っていてください」

「あぁ」

 

 依姫は来た道を引き返し、ここからニ番目の右側の扉に入り、一分もしないうちに戻って来た。

 

「お待たせしました」

「渡したいものって、それか?」

 

 先程までは無かった、右肩にぶら下がるショルダーバッグを指さす。

 

「これは前に原初の石を運んだ時に使われた箱と同じく、中に入れた物質の状態を固定させる機能を持っています。こちらを胴乱代わりに使ってください」

「分かった」

 

 依姫から差し出されたショルダーバッグを、私は自身の肩に掛けた。

 

「さあ魔理沙、あの筒に入ってください」

「おう!」

 

 そうして転送装置の前まで歩いていくと、透明な筒状の仕切りが自動的に無くなり、中に入るとその仕切りが私を包む。やはり外から見た通り、一度に転送できる限界は一人だけか。

 

「魔理沙、後から私も行くよ」

「いや、私は一人で大丈夫だ」

「そうなの?」

「にとりは依姫達と一緒に宇宙飛行機の整備を手伝う準備をしておいてくれ。十分後に目的の花を持って帰って来るからさ」

「分かった!」

「話は済んだようですね。それでは転送を開始します」

 

 依姫は私から見て左側に向かい、壁際に埋め込まれたボタンを押した。瞬間、バチバチバチと火花が散り、咄嗟に目を閉じる。

 瞼の裏側がホワイトアウトしたまま、待ち続ける事およそ三十秒、眩いばかりの光は徐々に収まっていった。 

 

「終わったのか?」

 

 目を開けると、先程までのオリエンタルな内装から一転し、床には畳が敷き詰められ、奥には鶴をあしらった襖、竿縁天井からは行灯がぶら下がった純和風の部屋へ様変わりしていた。

 既に透明な円筒形の仕切りが無くなっていた転送装置から一歩外に出た私は、改めて周囲を見渡す。

 人も家具もないがらんどうとした部屋に、綿月姉妹の宮殿地下で見たのと同型の転送装置だけ置かれていて、この部屋の雰囲気とは明らかにミスマッチだ。

 

(この空気にこの匂い、どうやら本当に幻想郷に戻って来たらしいな。……っとと、畳の部屋で土足はまずいよな)

 

 私は靴を脱いで揃え、片手にぶら下げたまま奥の襖まで歩いていき、空いた右手で開く。

 

「あら? 魔理沙がこの部屋から出て来るなんてね」

「!」

 

 廊下には不思議そうな顔で私を見下ろす永琳の姿。850年経っても姿形がまるで変わってないのも蓬莱人故か。

 

「え、永琳!? お、お前こそ何してんだ?」

「それはこっちのセリフよ。転送装置が動いた気配がしたから来てみれば、いつの間に月の都まで行ったの?」

「ま、まあ色々と野暮用があってさ。アハハハハ」

「野暮用ねぇ」

「そ、それじゃ、私はこれで」

 

 適当に誤魔化しながら、私は一直線に玄関へ向かい、靴を履いて外に出る。敷地の外に出れば見渡す限りの竹林。この土地もまた何十年、何百年経っても全く変化していない。

 まあ蓬莱人の輝夜と永琳が住むには相応しい場所なのかもしれない。

 

(さて、植物採集にはまず準備が必要だな。一旦元の時間に戻るか)

 

「――タイムジャンプ! 行き先は西暦215X年9月30日午後1時!」

 

 

 

 ――西暦215X年9月30日午後1時――

 

 

 

 元の時代に戻り、真っ直ぐ家に帰った私は、家中を駆けずり回りながら採集道具を捜していた。

 

(え~と、根掘りは確定として、革手袋に剪定ばさみ、一応着替えも持っていくか?)

 

 物置部屋などを重点的に、およそ30分かけてすべての道具を見つけ出し、大きめのリュックサックの中に一通り入れて、リビングのテーブルの上に置いた。

 まあ大体キノコ狩りの要領でやればいいし、あまり気負うことはない。

 

「よっし、このくらいでいいか。次は……」

 

 ソファーに座り、採集道具を捜すついでに、机の上に取り分けておいた歴史書を手に取り、速読の要領で読み飛ばしていく。

 目的はもちろん、三世紀の間に起きた歴史上の出来事だ。これまでのタイムトラベルは幻想郷内で完結していたが、今回は幻想郷が成立する前の時代だ。歴史書から全てが分かる訳ではないが、余計な歴史改変を起こさないようにする為にも、振り返っておいた方がいいだろう。

 

(ふむふむ、年代区分は弥生時代末期~古墳時代初期、中国では魏・呉・蜀が並び立つ、かの三国志で有名な三国時代、ローマでは王権争いの動乱が起きたのか。へぇ~)

 

 ひとまず海の向こう側の出来事は無視しても構わないだろう。次は日本についてだ。

 

(なになに? 『当時の倭国――日本――は、諸説あるが30の小国に分かれていて、その中でも最強の国である、邪馬台国の女王卑弥呼が、倭国の王として君臨していた』とあるな)

(『しかし女王の死後、内乱により邪馬台国は没落し、ヤマト王権によって倭国が統一されるまで、群雄割拠の世だった』か)

 

 所在がはっきりしない邪馬台国についても、依姫が指定した土地と無縁な場所にあるし、ヤマト王権も四世紀の話だ。花の採集には支障はないと判断した私は歴史書を閉じた。

 

(最後に跳ぶ年月日だけど……)

 

 西暦201~300年の100年間、まあぶっちゃけ何年でもいいし、間を取ってキリ良く250年にしよう。月は6月だとして、日にちは……そうだ! 6をひっくり返した9日にすればいいじゃん。

 

「決まった決まった。後は……まあいいか」

 

 花の採集ともあって、『四季のフラワーマスター』の異名を持つ風見幽香の顔が思い浮かんだが、大体の特徴は依姫から聞いてるわけだし、わざわざ気難しい性格の彼女に会う必要もない。

 私はリュックサックを背負って外に出た。

 

(今のうちに、依姫が言ってた場所まで移動しておくか)

 

 博麗神社の反対方向に向かって飛び続け、しばらく後に、幻想郷の最西端に位置する名もなき針葉樹林の前へと到着した。背後にはこれまで通って来た丘が見える。

 日本地図で見ると、この辺りが依姫の指定した土地をギリギリ掠めているのだが、博麗大結界により外の世界との出入りは不能だ。

 

(この辺りで良いかな)

 

 周囲に誰も居ないことを確認した後、私は声高々に宣言する。

 

「タイムジャンプ! 行先は西暦250年6月9日正午!」


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