魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第172話 弥生時代の出会い

  ――西暦250年6月9日正午――

 

 

 

(着いたかな)

 

 タイムトラベル独特の浮遊感が終わり、過去に到着した気配を感じとった私は目を開く。

 出発前とは違い、私は針葉樹林のど真ん中に放り込まれていて、出口は見えない。木々の間から空を見上げれば、真昼間なのに黒い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。

 キノコが喜びそうな程の湿った空気に、ぐちょぐちょとぬかるんだ足元、加えて6月なのに3月上旬並の寒さで、決して良いコンディションとは言えない。

 

(晴れの方が好きなんだけど、梅雨の時期だし、しょうがないか)

 

 現在の脳内時計は西暦250年6月9日午後0時5分。すぐにでもセイレンカの捜索に当たりたい所だが、その前に。

 

「え~と、なんか目印になりそうなのはないかな?」

 

 キョロキョロと辺りを見回していると、北東の方角に一際目立つ大木を発見した。

 

(お、アレにするか)

 

 私は繁みを掻き分けながらその大木の元へと向かう。

 表面がザラザラとしてとても太く、紀元前から生えてそうな立派な杉の木で、周囲の針葉樹よりも頭一つ抜きんでた高さだった。215X年の時代には無くなっているようだが、一時的に活用するなら何ら問題はない。私はリュックサックから赤色のリボンを二本取り出し、その内の一本を幹に巻き付けた。

 続いて空を飛び、今度は頂上の尖がった部分にもう一本のリボンをしっかりと結び付けた。こうして目印を付けることで、元の時代に帰る際にタイムジャンプする場所を迷わずにすむのだ。

 

「――それにしても良い景色だなぁ」

 

 森の上空から見渡す外は、北は遠くまで続く針葉樹林帯と山、西には地平線の果てまで続く丘陵が見え、東の方角には遠い未来に博麗神社が建造される山がある。

 景色を楽しんでいると、南の方角の山から麓の丘を流れる川の付近に、水田地帯を発見する。

 

(ん? 田んぼがあるってことは、近くに集落があるのかな?)

 

 私は魔法で視力を強化し、望遠鏡のようにその付近を注視した所、見事に予想が的中し環濠集落を発見した。

 その名の通り、集落の周囲には高さ数mの濠と、縄で結ばれた木の柵で囲まれていて、唯一の出口となる橋の近くには物見やぐらが建てられていた。かなり物騒な気もするが、外敵の侵入を防ぐという目的から、この時代では一般的らしい。

 濠の中は茅葺屋根で覆われた竪穴式住居が疎らに建っていて、往来を歩く村人や柴犬に似た犬、子供がはしゃいでいる姿も見える。ちなみに村人達の服装は、男性は布で出来たターバンを頭に巻き、布を結び重ねただけの質素な服を着ており、女性は長い髪を結っておさげにし、布の真ん中に穴を開けてそこに頭を通す、現代で言う単衣のような恰好をしていた。全員裸足みたいだけど、この時代にはまだ靴は発明されていないのかな。

 集落の中心部には、柵に囲まれた中に、一際大きな方形の高床式住居が建築されており、恐らくこの集落の権力者が住んでいるのだろう。

 他にも、井関と水路が引かれた水田と畑が多数広がっていて、水田では冴えない人相の若い男性達がせっせと米の苗を植え、畑では痩せ体型の中年女性が小豆の種を蒔いていた。

 

「おぉ~、歴史書で見た通りじゃないか。これはもう弥生時代で間違いないな」

 

 決して貶める訳じゃないけれど、幻想郷は何百年経っても大した変化がなく、顔ぶれも殆ど同じなので、タイムトラベルらしい昔の光景に妙な新鮮さを感じていた。

 

(ひょっとしたら、あの中に私や霊夢のご先祖様がいたりしてな)

 

 集落の中で走り回る黒髪の少女と金髪の少女に過去への想いを重ねつつ、私は森の中に降りていった。

 

(さて、景色を楽しむのもほどほどに、そろそろ採集を始めるか。300X年で依姫とにとりが待ってるしな)

 

 私はセイレンカの探索を開始した。

 

 

 

 

 60分後……。

 

「駄目だー、見つからん!」

 

 深い森のど真ん中、平らになっている場所で、私は杉の木を背にするようにへたり込んでいた。

 木の根元や岩陰など、日陰で湿ってる部分を文字通り草の根を分けて探していたが、見つかるのはキノコや虫ばかり。おまけにずっと中腰だったから腰が痛い。

 話を聞いた限りではかなり目立つ特徴だし、すぐに見つけられると思ったんだけど……私の見通しが甘かったと認めざるを得ない。

 

(そもそも土地勘が分からないんだよな。せっかく地図を持って来たのに、いまいち役に立たないし。一度帰って仕切り直そうかなあ)

 

 そんなことが頭をよぎった時、事件は起きた。

 

「キャアァァァァァァ!!」

「!」

 

 倦怠感を吹き飛ばすような甲高い悲鳴が森中に響き渡り、私は無意識のうちに悲鳴がした方へ駆けて行く。

 濡れる事も厭わず、草木を掻き分け声の発生源に辿り着くと、細い杉の木の根元でへたり込む金髪の少女に、唸り声をあげながらじりじりと近づく獣を見つける。毛の色は黒く、妖気を纏っていることから、単なる野生動物ではなさそうだ。

 

「グルルルル……」 

「誰か助けてぇぇぇぇ!」

「待ってろ! それっ!」

「キャウン!」

 

 少女に当たらないように放った魔法弾は、見事犬妖怪の尻に命中。情けない悲鳴を上げながら明後日の方角へ逃げて行き、私はすぐさま少女の近くに駆け寄った。

 

「大丈夫か!?」

「うぅ……怖かったよぉぉぉ! うわぁぁぁん!」

「よしよし」

 

 私と目が合った少女は、涙腺が決壊したように泣き喚きながら縋りつき、彼女が落ち着きを取り戻すまで、優しく抱きしめた。

 

 

 

「……落ち着いたか?」

「……うん。ありがとう、おねえちゃん」

 

 ようやく泣き止んだ少女が私の胸から離れた所で、改めて彼女を観察する。

 年は十にも満たない程幼く、背中まで伸びた金色の髪にパープルの瞳、先程の集落で見かけた村人が着ていた、布を重ね合わせただけの質素な格好で、かなり使い込まれている様子。服に限らず、髪や顔、手足は土で汚れ、みすぼらしい風貌ではあるが、顔立ちは良く、きちんと汚れを洗い流せば現代でも通用する可愛い女の子になりそうだ。

 

(あれ? この子南の集落で見かけた……)

 

 この時代で金色の髪の人間は珍しかったので、印象に残っていた。こうして至近距離で見ると、あの集落にいた村人達より顔の彫りが濃いように見えるし、外国人なのかな。

 

「一人でこんな森の奥深くまで来たら危ないだろ? お父さんやお母さんも心配してるだろうし、集落まで送っていくよ。立てるか?」

 

 座ったままの少女に目線を合わせ、優しく話したつもりだったが、少女はおどおどしたまま首を横に振った。

 

「いい、どうせわたしに帰る場所なんてないから」

「……何があったんだ?」

「南の村から追い出されて来たの。お前みたいな化物は要らないって」

「化物だって?」

 

 どこからどう見てもか弱い女の子にしか見えないのに。先程の犬妖怪の方がよっぽど化物だ。そう伝えても、悲しい目で首を振るばかり。

 少女は俯いたり、目が泳いでいたりと、明らかに迷っているようだったので、「なにか事情があるのか? 私で良ければ話を聞くよ」と、目線を合わせたまま言う。なんとなくだけど、この少女を放っておけなかった。

 

「……助けてくれたおねえちゃんになら、特別に教えてもいいかな。あのね、わたしは妖怪なの」

「妖怪……なのか」

「あまりおどろかないのね。今までの人間は、わたしが妖怪だって打ち明けたら、みんな一目散に逃げ出したんだけど」

「私にはお前が悪い妖怪には見えないからな」

「ふふ、そんなこと言ってくれたのは、おねえちゃんが初めて」

 

 少女はほんの少しだけ微笑んでいたが、声に元気がなかった。

 

「わたしはね、まだ生まれたばかりでろくに力も使えないの。そのせいで妖怪には何度も殺されそうになって、人間の村に逃げて来たんだけど……最初はわたしに哀れみを向けてくれた人間も、仲の良かった友達も、妖怪だって知ったらすぐに手の平を返して、ここまで逃げて来たんだ」

「大変だったんだな」

「わたしは悪いことしてないのに、どうしてこんな思いをしなきゃいけないのかな。……はぁ、世の中みんながおねえちゃんみたいな人ばかりならいいのに」

 

 膝を抱えて重いため息を吐く少女に、私は「いつか人も妖怪も一緒に暮らせる、そんな時代が来るさ」と言葉を掛けた。

 現代なら間違いなく幻想郷に誘っているところだが、今は弥生時代。まだ曖昧な事しか言えなかった。

 

「……あはは、おねえちゃんって面白いことを言うんだね。なんだか不思議」

 

 力なく笑う少女はあまり信じてないようで「はぁ……」と、膝の中に顔を埋めてしまった。

 

「……」

 

 雨の気配を感じさせる湿り気のある風。何処かから聞こえるキリギリスの鳴き声や、鳥の鳴き声。会話が途切れたことで、私は今の状況を冷静に見つめ直す時間を得た。

 

(本当にこの女の子を助けても良かったのだろうか?)

 

 ただ妖怪を追い払っただけとはいえ、これも立派な歴史改変にあたる行為なのは間違いない。未来にどのような影響があるか分からない以上、無闇にその時代の人間や妖怪と関わらないようにするのが、時間移動者としての正しい在り方だ。

 けれど私には、目の前で殺されそうになってる少女を見捨てることができなかった。頭よりも先に体が動いていた。

 

(――って、考えるまでもないことか)

 

 私は彼女を助けることができて心からホッとしている。それで良いじゃないか。なあに、妖怪の一人や二人どうってことないだろう。

 

「そういえばまだ聞いてなかったけど、名前はなんていうんだ?」

 

 何気なく訊いた質問に顔を上げた少女が口にした名は、私にとっては爆弾発言に匹敵するものだった。

 

「わたしの名前はね、【八雲紫】って言うの」

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