魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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第174話 魔理沙の迷い

 時刻は午後3時を過ぎた頃、雨脚は徐々に強まりはじめ、冷たい雨粒が容赦なく私の体を打ち付ける。

 

(うう、寒いな)

 

 更に悪い事に、この雨の影響なのかここら一帯に霧が出現してしまい、文字通りの意味で五里霧中となった森の上空を、手元の方位磁石を頼りに飛び続けていた。

 

(目印はどこだ? ――クソッ、霧が鬱陶しいな)

 

 パチュリーやアリスのような万能型の魔法使いなら、地形を壊さない程度の強風で霧を吹き飛ばすなり、炎で蒸発させるなどしてこの状況を解決できるかもしれないが、私はそこまで器用ではなく、目印を見落とさないようのろのろと飛び続けるしかなかった。

(……)

 

 周囲の木々よりも一際高い木を発見しては、近くに寄って頂上の目印を確認する――そんな不毛な作業を繰り返し、ようやく赤色のリボンを見つけ出した頃には、かなりの時間が経過していた。

 

(無駄に時間が掛かっちまったな。全く、これじゃ目印を付けた意味がないじゃないか)

 

 軽い苛立ちを覚えながらも、私は木の根元に降りる。雨脚はピーク時に比べて弱まり、比例するように霧も若干晴れて多少見通しが良くなっていた。

 後はもうタイムジャンプして元の時代に帰れば良い。――良いのだが、私はすぐに魔法を使う気になれなかった。

 

(紫、大丈夫かな)

 

 この時代の紫は妖怪としての力も弱く、村からも追いだされてしまっている。頼れる人や妖怪もおらず、そこらじゅうに野良妖怪が跋扈する厳しい状況下で、これから先どうやって生きていくのか……。

 

(――いやいや、なにを迷っているんだ私は! 現代に大人になった紫がいるんだし、心配要らないだろ!)

 

 そう思ってタイムジャンプしようとした矢先、別の仮説が思い浮かんでしまい、私の手を止める。

 

(待てよ? 今までの歴史は私がこの時代に来る前の歴史だ。もしここで帰ったことで、まだまだ未熟な紫が死亡するような歴史に改変されたら……)

 

 過去改変が全て自分の都合の良いように動かないことは、これまでの体験からよく知っている。そうなってしまえば、幻想郷も誕生しないことになるだろう。

 

(けど私が干渉しなくても、紫は現代まで生きて、幻想郷は創られたんだ。そのことについてはどう説明する? あるいは、この選択すらも予定調和だと言うのか? しかし――)

 

「……ね……ん!」

 

 相反する思考に踏ん切りが付かずにいると、雨音にかき消されながらも、聞き覚えのある少女の声が微かに聞こえてきた。

 

(まさか――)

「おねえちゃ~ん!」

 

 今度ははっきりと耳に届き、そちらに振り向くと、私に向かって手を伸ばしながら駆け下りてくる紫が霧の中から現れた。

 

「!? どうしてここが――」すっかりずぶ濡れになっている紫は、勢いよく私の胸に飛び込んできて、「【行かないでおねえちゃん……! お願いだから、もっとわたしのそばにいて!】」と、しがみついてきた。

「紫……」

 

 雨か涙か、濡れ顔で情に訴えかけるように、細い腕で力いっぱい私を離さんとするその姿は、庇護欲を掻き立てるもので、ますます私の判断を鈍らせる。

 

(……弱ったな)

 

 時間旅行者としての不文律と、自らの率直な感情を天秤にかけ、下した結論は――。

 

「――分かった。もう少しだけ、一緒に居てあげるよ」

「本当に!? やったー!」

 

 紫は私から離れ、ぴょんぴょんと手放しで喜んでいたが、私は複雑な気持ちだった。

 

(あまりタイムトラベルで他人の人生に干渉するような真似はしたくなかったが――)

 

 

 

 

 かくしてこの時代にしばらく滞在することに決めた私は、雨宿りをすべく紫を連れ立って先程の洞窟へと引き返し、入り口の比較的平らになっている地面に座り込んだ。

 外ではまだ雨が降り続く中、八卦炉の火力を強くして暖を取り、ついでに持参したロープを天井近くに張って、ずぶ濡れになった私達の衣服を吊るした。

 

「暖かいなぁ。うふふ」

 

 隣に座る紫は、現代から持参した比較的濡れていない予備の服に着替え――かなりダボダボになってしまってるが――地面に置かれた八卦炉から燃え上がる火に手をかざしていた。

 他方で下着姿の私は、はしゃぐ紫をぼんやりと見つめながら、これからの事を考えていた。

 

(さて、いつまで紫と過ごすべきか……)

 

 種族としての魔法使いになり、寿命を気にする必要がなくなった今、やろうと思えば自然な時の流れに身を任せ、タイムトラベル前の時間に追いつく事も可能だけれど、私にそのつもりは毛頭ない。

 私の知る紫は、思慮深く聡明で、馴れ合う事なくどんな物事や選択においても、できる限り最善の選択を行ってきた妖怪の賢者だ。それをした時点で紫の人格形成に大きな変化をもたらし、私の知る歴史ではなくなってしまう。

 今回のケースでは極端な話、肉体的にも精神的にも傷ついていた彼女を助けたことで、紫が依存するきっかけを作ってしまった。その責任を持って、彼女が私に過度に依存せずとも生きていけるよう仕向けなければならないだろう。

 

「おねえちゃん?」

 

 問題はそれがいつになるかだ。人間と違って、妖怪はただ時間が経てば大人になるというものではなく、精神的な成長によって姿形も変化するのが通例だ。

 しかし種族によってその成長速度はまちまちで、紫は他に類を見ない一人一種族の稀少な妖怪だ。昔どこかで子どもの姿になった紫を見たような気がするし、一般的なものさしでは測れない。

 

(ううむ……)

 

 率直な話、私も誰かに教えを説けるような高尚な人間ではないが、人並みには情操教育や読み書きを教えることはできる。けれども、時代によってそれらの文化は移り変わるし、元をただせば人と妖怪の価値観は違う。

 まあその辺りは、彼女がこれから先幾千幾万もの夜を越え、あらゆる経験を積み重ねていく内に固まっていく筈だ。彼女の芯となる思想は既に出来上がっているのだから。

 なので、目下一番重要な問題、私がこの時代に残ろうと決意した要因に絞って対策を講じた方が良いだろう。行動の指針が固まった所で、ぼけっとしている紫に話しかけた。

 

「なあ紫ちゃん。お前は『まだ生まれたばかりでろくに力も使えない』と話してたけど、具体的にどのくらい使えるんだ?」

「……分かんない」

「分かんない――って、本当に何も分からないのか!?」

「うん。わたしはずっと影と隙間の中を漂っていたんだけど、ある日気づいたらこの姿になってたから」

「なんてこったい」

 

 この時代の紫は本当に赤子同然の力しかなかったのか。つい情に流されてしまったが、これは1日2日で終わる問題じゃなさそうだぞ。

 

「よし、紫! 特訓するぞ!」

「とっくん?」

「ああ。まずは自分の能力を理解して、使えるようにするんだ」 

「……わたしも、おねえちゃんみたいに強くなれるかな?」

「絶対になれる! 私が保証するぜ!」

 

 不安げな紫の目を見ながらはっきり断言すると、「――うん! わたし、頑張る!」と

活き活きした表情で大きく頷いた。


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