投稿が遅れてすみませんでした。
今回はSF要素の強い話となっております
――西暦300X年7月10日午前10時20分――
時刻は1ヶ月飛んで西暦300X年7月10日午前10時20分、西暦215X年の時間旅行者霧雨魔理沙が出現する40分前のこと、月の都の入り口には綿月依姫と彼女が率いる三人の玉兎達が立っていた。
彼女達が見上げる先には月の空を自在に飛びまわる宇宙飛行機の姿。旋回、宙返り、垂直上昇、空中停止、急下降、急加速、超短距離ワープ、といったアクロバット飛行を30分近く繰り返し、航空ショーのような光景に玉兎達は感嘆の息を漏らしていたが、綿月依姫は真剣な眼差しで見守っていた。
十分後、宇宙飛行機は徐々に速度を落としながら高度を下げて近くの砂浜に垂直着陸。エンジン停止後にハッチが開き、操縦桿を握っていた河城にとりと、小型のタブレット端末を携帯する四人の整備士――全員が玉兎で構成されている――が飛び降り綿月依姫の元へと歩いていく。
「いや~終わった終わった! 最終調整もばっちり! まるで自分の手足のように動いてくれたよー!」
「そうでしたか」
「これなら1億光年の長旅も問題なし、後は魔理沙を待つだけだね」
ここで綿月依姫は、満面の笑顔で語っていた河城にとりに対し、後ろの四人の整備士達が青ざめた顔でいることに気づいた。綿月依姫が何か異常があったのかと理由を訊ねると、眼鏡を掛け、知的な印象を受ける玉兎が答えた。
「私達もにとりさんと同意見です。宇宙飛行機には何の異常も見当たりませんでしたし、充分なパフォーマンスを発揮しています」
眼鏡の玉兎は綿月依姫にタブレット端末を渡す。画面には宇宙飛行機の情報に加えて、先程のテスト飛行のデータが表示されていた。
「彼女の腕前も申し分ありません。率直に申しますと、飛行部隊でもにとりさんに匹敵するパイロットはそう多くありません」
「ただ、少し外の景色を見てしまったら酔ってしまって……」
「うっぷ、気持ち悪い……」
「も~だから外は見ちゃ駄目って言ったじゃん。そもそも重力制御は完璧なんだから、乗り物酔いの症状は気のせいの筈なんだけどね?」
「理屈では分かっているのですが……」
気分を悪くしている短髪の玉兎、青髪の玉兎、金髪の玉兎に河城にとりは呆れていた。
「何はともあれ報告ご苦労様です。本日の仕事はここまでで構いません。ゆっくり休みなさい」
「すみません依姫様。お言葉に甘えて休ませていただきます」
「玉兎部隊も持ち場に戻りなさい」
「はい!」
眼鏡の玉兎を筆頭に全員が綿月依姫に一礼して都の中へと戻って行き、残されたのは河城にとりと綿月依姫のみとなった。
「それにしても期日に間に合って良かったなぁ。一時はどうなる事かと思ったよ」
「貴女はよく働きました。もし地上の妖怪でなければスカウトしたいくらいです」
「そこまで評価してくれるなんて光栄だね」
そんな話をしている最中、彼女達の前の空間に変化が生じ、二人の注目が集まる。
一本の黒い線が床に出現したかと思えば、それは見えざる者の意思を持ったかのように素早く書き記されていき、数秒後には七つの魔法陣が完成し、一つ一つが重なることで巨大な歯車模様となっていた。
中空にはローマ数字が刻まれた文字盤が現れ、短針はⅩとⅪの間、長針はⅦとⅧの間を指しており、現在時刻と寸分の狂いもない。
そして次の瞬間には眩い光が生じ、二つの魔法陣の間から時間旅行者霧雨魔理沙が現れる。彼女は左手に手提げ袋を下げ、右手で首に下げた三日月型の純金メダルを綿月依姫に見せつけながら、気さくに話しかけた。
「よう、調子はどうだ?」
「問題ありません。貴女の保険も込みで仕掛けておきました。こちらがその証拠です」
時間旅行者霧雨魔理沙は綿月依姫から手渡されたタブレット端末をスクロールしつつ、縮尺された宇宙飛行機のホログラム映像と共に、詳細な整備記録がつけられた電子ファイルを読んでいく。
「そこに書いてある通り、ちゃんとナノマシンや防衛機構も搭載しておいたよ。後は私の時代の魔理沙が来るのを待つだけだね~」
「例のメモリースティックはどうなった?」
「あんたの頼み通りワクチンソフトを使用したけど、何も異常なかったよ。といっても、この時代の月製ワクチンソフトが39億年前の異星文明製の記憶媒体に効果があるのか信用できないけど」
「そうでもないぜ。例え星や環境が違っても、宇宙全体の物理法則が変化しない以上到達点は既に決まっているからな。必然的に攻撃的プログラムの種類も限られてくる。案外異星文明ってのはどこも似たり寄ったりなんだぜ?」
「へぇ、まるで見て来たように言うんだね」
「否定はしないぜ」
やっぱりこの魔理沙は機械に詳しく、外の世界のことをよく知っている――。河城にとりはタブレット端末を操作しながら饒舌に語る時間旅行者霧雨魔理沙に感心していた。
やがてタブレット内の電子ファイルに最後まで目を通した彼女は、満足気に大きく頷いた。
「上出来だ。お前達も忙しかっただろうにご苦労だったな。これは私のほんの気持ちだ」
タブレット端末を返還した時間旅行者霧雨魔理沙は、手提げ袋から翡翠色に輝く六角形の石を取り出して綿月依姫に渡す。その大きさは100カラットあり、彼女は目を丸くしていた。
「こ、これは――700光年離れたゴレル星原産のグリーンジュエル! しかもこの大きさならこれ一個であの宇宙飛行機を10機も製造できますよ! 本当に貰っても宜しいのですか?」
「気にするな、いつも世話になっているお礼だ」
「分かりました。有難く頂きます」
「にとりにも手伝ってくれたお礼だ。受け取って欲しい」
「え? う、うん」
河城にとりは少し戸惑いながらも手提げ袋を受け取った。
見た目に反して中身はずっしりと重く、中を覗くと空色の真円球が見えた。その真円球はスケルトンデザインとなっていて、ぎっしりと電子回路が組み込まれ、他にも彼女の知識に該当しない形や大きさもバラバラな機械が幾つか入っていた。
「これは一体なんなの?」
「そのボールは2100年製の万能型コンピューターでな? そいつを機械に繋げば搭載されたAIが自動認識して最適な行動を取ってくれる。どんな機械でも100%の能力を発揮してくれるぜ」
「す、すごい! でもなんで50年前のコンピューターなの? 今は300X年なんだし、どうせなら31世紀のコンピューターが欲しかったんだけど」
「この時代の幻想郷を見たお前なら分かると思うが、あの土地は外界から隔離され、科学の発展が禁止された特殊な土地だ。迂闊に外の世界の技術を持ち込むと外の世界と同じ事が幻想郷でも起きかねないからな。紫、隠岐奈、その他賢者達が抑制している。ソイツは215X年の基準で持ち込める最高レベルの代物だ」
「うーん技術者としてはモヤモヤするけど、幻想郷のためなら背に腹は代えられないか。ちなみにこのAIはどれだけの知能を持っているんだい?」
「普通の人間並みの知能があるし、感情も豊かだ。性別は女性型で、アシモフのロボット工学三原則に則られて設計されている。外の世界では主に人間の仕事をサポートするアンドロイドに組み込まれていたぜ」
「アンドロイドか~、幻想郷でそれを創るのは難しそうだけど、まあ何かに使えるかもしれないし有難く貰っておくよ」
「おう。そのかわりと言っては何だが、実は先月魔理沙のことで伝え忘れていたことがあるんだ。聞いてくれないか?」
「? 別にいいけど」
「あのな――」
時間旅行者霧雨魔理沙の話を一通り聞いた河城にとりは、眉をひそめた。
「魔理沙、あんたが何を考えているのか私にはさっぱり分からないよ。先月と言ってることが正反対じゃないか。それにそんなことをしたらあんたはどうなるのさ?」
「私を信じて今は黙っててくれ。現時点ではこれ以上詳しく話せないけど、これも布石の一つなんだよ」
「……仕方ないな。一度信じると決めたんだし、最後まで付き合ってあげるよ。こんな良い物を貰っちゃったしね」
「助かるぜ」
河城にとりの答えを聞いて時間旅行者霧雨魔理沙は安堵の息を吐く。
「ただし! きちんと魔理沙に――私が来た時代の魔理沙にも説明しなよ? 何も知らずに片棒を担がされたら可哀想じゃん」
「どうかな。私の意図に気づけば話すのもやぶさかではないが、結局はアイツの選択次第。私の望む方向に転ぶかどうかは現状五分五分だ」
「あんたは私の時代の魔理沙の未来じゃないの?」
「この計画は私の辿って来た歴史にはないものだ。どうなるかは今の私には分からん」
「……ふ~ん、なるほどね」
河城にとりは理解したように頷いた。
「魔理沙。結局霊夢や異なる歴史の貴女は説得できたのですか? 貴女の計画は彼女達を含め、親しい人妖達は皆猛反対していたのでしょう?」
「まあ何とかな。今回の計画はこれまでと特殊なケースだと分かってもらえたみたいで、渋々だけど理解してくれたよ。――私は過去の自分に挑戦状を叩きつけた。こいつが上手く行けば私は私じゃなくなるぜ」
「そうですか。吉報をお待ちしてます」
「ふっ、その時にはもうこの世界は刷新されてるさ」
「……」
「じゃあな」
強張った表情の綿月依姫と河城にとりに軽く手を振り、時間旅行者霧雨魔理沙はタイムジャンプしていった。
「魔理沙……」
「彼女は不器用ですね。まるで若い頃の自分を見ているようで、居た堪れなくなります」
河城にとりは胸中に不安を抱いたまま、綿月依姫は遠い目をしながら彼女の足跡を見つめていた。
「さあ、もうすぐ貴女の時代の魔理沙がやって来ますよ。気持ちを切り替えましょう」
「……うん。荷物を置いたらすぐに行くよ」
河城にとりは宇宙飛行機に戻り、それから綿月依姫と一緒に待ち合わせの場所へと歩いていった。
続きは近いうちに投稿します。