――西暦????年??月??日――
――side out――
霧雨魔理沙達が住む三次元宇宙よりも更に上の次元に存在する時の回廊。この空間は宇宙の始まりから時間の終焉まで繋がっており、古今東西、あらゆる太陽暦を用いても時間を定義づけるのは不可能だ。
そんな場所も時間も全てが超越した時の回廊にて、この空間の支配者たる女神咲夜は、唯一無二の時間旅行者霧雨魔理沙と顔を合わせていた。
「やっと……会えた……!」
彼女は潤んだ目で時の女神を見つめ、「何度時の回廊に来ても全然姿が見えなかったし、もう会えないかと思ったよ……」と、泣きそうな声で喜んでいた。
今この場にいる時間旅行者霧雨魔理沙は、西暦215X年よりも更に未来の時間軸の彼女だ。声も、性別も、容姿も全く変わらないものの、誰が見ても一目で分かるくらいにくたびれていた。
「なあ咲夜。お前はずっとここから私を見てたんだろ? なら、私がこれから言いたい事も分かるよな?」
「……」
「頼むよ。お前の力でこの現実を何とかしてくれ。奴らはどの時間に跳んでも私の前に先回りして襲ってくる。タイムトラベルを知り尽くした相手にどう対抗したらいいのか分からないんだ」
悲痛な訴えを述べる時間旅行者霧雨魔理沙に、女神咲夜は答えることなく、失意と落胆が入り混じる表情でじっと見下ろしていた。何故なら彼女にとって一番懸念していた事態に目の前の少女がまんまと陥ってしまっていたからであり、彼女の明晰な頭脳と、万物の未来を見通せる時の神としての能力が、これから起こり得る未来を極めて正確に予測していたからだった。
「なあ、なんとか言ってくれよ! 咲夜!」
「無理よ、私はあくまで観測者。この宇宙に介入するつもりはないわ」
「じゃあこのままで良いのか!? 私だけならいざ知らず、幻想郷が――地球が奴らに踏みにじられるのをただ黙って見てればいいのか!」
「それが貴女のタイムトラベルの末路。残念だけど貴女は歴史改変に失敗したのよ」
「――厳しいな」
時間旅行者霧雨魔理沙はため息を吐き、糸が切れた人形のように座り込む。今の彼女にいつもの楽天的な面影はなかった。
「もう全然出口が見えないんだよ……。何回時間遡航しても奴らに感知されて、行きつく先は滅びだ。いっそのこと全てを投げ出したら楽になれるだろうな……」
「……本気でそれを望むのなら、手を貸さないこともないわ」
その言葉に時間旅行者霧雨魔理沙は顔を上げる。
「あくまで最終手段だけど、私の力でこれまで貴女が起こしてきたタイムトラベル全てをリセットして、0にすることも可能よ」
「な、なんだって!? それは願ってもない話だけど、そんなことが可能なのか?」
「私は時の神なのよ? 造作もないことだわ」
「半端ないな……」
時間旅行者霧雨魔理沙は女神咲夜に改めて畏怖の念を抱き、僅かな希望が心の内に芽生えていた。
「もしそれをしたらどうなる? 全てをリセットって、どこまで巻き戻るんだ?」
「言葉通りよ。誰の手も入ってない純粋な歴史。貴女がタイムトラベルを習得する理由となった西暦200X7月20日の霊夢の自殺――全ての始まりの日までよ」
「!!」
この瞬間、時間旅行者霧雨魔理沙の頭の中では、博麗神社で眠るように亡くなった博麗霊夢と枕元で悲しみに暮れる八雲紫の情景がフラッシュバックし、トラウマと吐き気がこみ上げて来た。
「それにただ巻き戻るだけじゃないわ。代償として、貴女がこれまで歩んできた時間や記憶を全て失い、歴史は固定される」
「……何故記憶が消えるんだ? しかも歴史が固定されるって、どういう意味だ?」
「時空上に残してきた貴女の痕跡や特異点を完全消去するのだから、記憶が消えるのは当然でしょ? そして遡った貴女は、私が干渉しない限り今までと全く同じ道を歩み、ここに現れる。そうならないように私は時の回廊の出入り口を封鎖するわ」
「! つまり、もうタイムトラベルが出来なくなるのか」
「ええ。貴女にとっては残酷かもしれないけれど、こうでもしないと無限ループになって永遠に時が進まなくなるでしょ?」
「しかしそれなら私の歴史はどうなる? タイムトラベルできないってことは――」
「その通り。貴女は霊夢の不意の死を防ぐことは叶わず、絶対に完成しないタイムトラベル研究を続けることになるわ。貴女が諦めるその時までね」
「それじゃ何の意味もないじゃないかっ……!」
そうなった場合の自身の感情、思考、結末が容易に想像できた時間旅行者霧雨魔理沙は、苦虫を嚙み潰したような表情で言葉を絞り出す。希望の芽はあっさりと絶望に転換した。
「けど、彼らに荒らされた地球は復活し、宇宙ネットワークに探知されることなく、幻想郷は博麗大結界が破綻する西暦293X年まで存続する。この世は所詮栄枯盛衰、盛者必衰。始まりがあれば終わりもある。大団円とまではいかなくても、終わりの時までは平穏に暮らせるでしょう」
「……いや、やっぱり駄目なんだよ。紫の創った幻想郷があるのはもちろん、そこに霊夢が居ないと駄目なんだ。そんなの問題を先延ばしするだけで根本的な解決にもならないし、却下だ」続けて「タイムトラベルを捨てたら、現状を変えるチャンスすら失っちまう。一度や二度の失敗がなんだ。私はまだ諦めないぜ」と拳を握った。
「……ふふ、貴女ならそう言ってくれると思ったわ」
立ち直った時間旅行者霧雨魔理沙を見て、女神咲夜は微笑んでいた。私情を挟むつもりはないと肝に銘じていたものの、彼女の心情としてはここで挫けて欲しくないと切に願っていたからだ。
「とはいえどうしたもんかな……。奴らの勢力は桁違いだし、私一人でどうこうできる問題じゃないんだよな」
その時、二人の頭上を物凄い速度で宇宙飛行機が飛んで行き、無風だった空間に一陣の風が巻き起こる。時間旅行者霧雨魔理沙は唖然とした様子で飛んで行った方角を見つめていた。
「今のはひょっとして宇宙飛行機か? しかし何故だ? 私は一人でここに来たはずなのに」
「この時の回廊は過去から未来まであらゆる時空間と繋がっているわ。貴女とは違う時間の霧雨魔理沙が居ても不思議ではないでしょう?」
「……言われてみればそうだな」
「そして先程の宇宙飛行機の出発日時は、協定世界時西暦215X年9月30日午前9時20分、到着日時は紀元前38億9999万9999年8月17日正午よ」
「まだ何も知らない私が過去に行ったのか――!!」
この瞬間、時間旅行者霧雨魔理沙の脳内に電撃が走る。その閃きは彼女にとって思いつきそうで思いつかなかった、コロンブスの卵のようなものだった。
「――ははっ、そういうことだったのか。なんてこったい……。本当に、運命とは皮肉なもんだな……」
自嘲するような笑みを浮かべ、天を仰ぐ時間旅行者霧雨魔理沙。遥か頭上に広がる果てしなく続く空は、彼女にとって憎らしく感じる程に青かった。
そして彼女は女神咲夜に向き直り、真剣な顔で問いかけた。
「なあ咲夜。一つだけ聞かせてくれ。〝私は何度目だ?″」
女神咲夜は目を見開き、躊躇いがちに指で数字を作って見せる。時間旅行者霧雨魔理沙は大きな溜息を吐いた。
「……やっぱりか。クソッ」
「この事実を知った上で改めて貴女に問うわ。どうするつもりなの?」
「決まってるだろ。他の選択肢がない以上私は私を変える為に動くさ。例え結末が見えてようとな」
「そう……」
「なあに、最初から諦めるつもりはないぜ。未来の知識を持った上でタイムトラベルするんだ。もしかしたら心境の変化が起きるかもしれん。ははっ、ははははははっ」
時間旅行者霧雨魔理沙は笑いながら話していたが、女神咲夜の表情は優れなかった。彼女は時間旅行者霧雨魔理沙の言葉を強がりだと見抜いていたし、当の本人も記憶の中の自分と今が同じ条件であった事を悟っていた。
「じゃあ私は行くぜ」
「……」
時間旅行者霧雨魔理沙は女神咲夜に背中を向けたまま、元の時刻へと帰って行った。
女神咲夜は一瞬透過スクリーンとフカフカの椅子を出現させると、そこに着席し、先程通過した宇宙飛行機の到着時間に時刻を合わせて、観測体勢に入っていく。
「……さて、〝今回の″魔理沙はどうなるのかしら? 彼女にとってこの時刻こそが分岐点。無限に続く時間の輪を断ち切れるか否か――」
――紀元前38億9999万9999年8月17日正午(協定世界時)――
――side 魔理沙――
時の回廊から広大な宇宙空間へ飛び出した瞬間、巨大な岩の壁がすぐ目の前まで迫っていた。
「危ない、避けろ!」
にとりは反射的に操縦桿を引き、機体を上昇させることで回避。その場で旋回して後ろを見る。巨大な岩の壁の正体は表面が平らな直径十m近くはある隕石だったようで、地球を掠めながら太陽へ飛んで行った。
「は~助かった」
「あんなのに当たったらひとたまりもなかったよ」
私とにとりは胸を撫で下ろし、妹紅もホッとした表情をしていた。
「しっかし、この時代は隕石が多いんだな」
私から見て右側には、現代より一回りか二回り近く小さな地球がポツンと浮かび、宇宙を飛来する大小様々な隕石が吸い寄せられるかのように、銀色に濁った海や真っ茶色の巨大な大陸へと落ちていった。恐らく先程の隕石もその中の一つだろう。ついでに地球のずっと奥にはジャガイモのように表面が凸凹とした月も見える。
脳内時計に意識を向ければ『BC3,899,999,999/08/17 12:03:10』と数字が並んでいた。
「ひとまずエネルギーシールドを展開させておくよ。これで隕石程度ならぶつかっても大丈夫だ」
にとりはコックピット内のスイッチを入れると、トンボの羽音に近い機械音が一瞬だけ鳴る。周りに変化は全くないように見えるけど、本当に起動しているのだろうか。
「魔理沙、こんな危ない所に留まってないでさっさとワープしちまおうぜ」
「そうだな。にとり、このメモリースティックはどうやって使えばいいんだ?」
「ここに小さな穴が空いてるのが分かる?」
にとりの細い指は、操縦席と副操縦席の間の通路の突き当り、計器やスイッチなどでごちゃごちゃとしてる箇所を指さした。身を乗り出してそこを覗き込むと、謎のメーターとメーターの間に、指一本ギリギリ入るくらいの正方形の窪みがあった。
「これか?」
「そうそう。この端子にメモリースティックを差し込むと中のプログラムが起動して、この機体をアプト星のアンナのマンションまで自動的に案内してくれるんだ」
「分かったぜ」
ここで再び脳内時刻に意識を向ける。現在の時間は午後12時4分。辺りを見回してみても、小隕石が飛来する宇宙空間が見えるだけで特に変わったことはない。
(んー? 未来の私はいつ来るんだ? 少し待ってみるか)
私は周囲に気を配りつつ、未来の私を待った。
「どうした? 行かないのか?」
「すまんが少し待ってくれ。確かめたいことがあるんだ」
「はあ?」
「まあまあ、魔理沙にもなにか考えがあるんだよ」
不審そうな妹紅をにとりが制しているのを横目に私は待ち続ける。一分、二分と時間が刻々と過ぎていったが、にとりが無言で弾幕ごっこのように降って来る隕石を避けていた事以外は何も変化がない。
う~ん、なんで何も起きないんだ? タイムトラベルなんだし遅刻することは有り得ないのに。
(あ! ひょっとして私がメモリースティックを差し込もうとする直前まで来ないのか? 試してみるか)
思い立った私は席を立って二人の間に立つと、妹紅は期待に満ちた視線を向けていた。現在時刻は午後12時7分01秒。
(よし、差しこむぞ)
私はメモリースティックを取り出し、端子に差し込もうとゆっくり近づけていったその時、目と鼻の先の宇宙空間に歯車模様の魔法陣が現れた。
「!」
(本当に来た!)
「なんだ?」
「あれって……」
妹紅とにとりも正面の魔法陣に注目していると、一瞬の閃光と共に、向かい合うような姿で宇宙飛行機が現れた。ここまでは未来の私の手紙通りだが……様子がおかしい。
「なあ――あれって宇宙飛行機だよな?」
「多分……な」
というのも、未来からやってきた宇宙飛行機は機首から機尾にかけて至る所に焦げ跡が残り、左側の羽根は根元からぽっきり折れて無くなってしまっていて、無傷の部分を探すのが難しいまでに損傷していたからだ。
本当に未来の私が乗っているのか気になる所だが、コックピットのガラスには罅が入り、曇っているので中は見えなかった。
「一体何があったんだ? 隕石にぶつかったような感じじゃないし、まるで宇宙船と戦闘した後みたいだ」
「ああ――」
「しかもこの時間に現れるなんて、只事じゃないぞ」
「魔理沙、妹紅。通信が入った! 発信元は――目の前の宇宙飛行機からだ!」
「なんだって!?」
「すぐにつなげるよ!」
直後、コックピットのガラスに、プロジェクタースクリーンのように半透明な映像が投影された。
驚くべきことに、映像はこの宇宙飛行機と造りが全く同じコックピットを正面のガラス窓から映し出していて、操縦席にはにとり、副操縦席に妹紅、真ん中では腕を組み仁王立ちしている未来の私がいた。彼女達は皆神妙な顔をしていて、まず最初に口を開いたのは〝私″だった。
『おい、過去の私! 私の声が聞こえているか!?』
『あ、ああ。聞こえてるぜ』
画面越しに対面する〝私″は声を張り上げ、腕を組んだまま右手人差し指で二の腕をトントンと叩き、とても余裕がないように見える。
『私は少し未来から来た霧雨魔理沙だ! いいか、よく聞け! これは警告だ!』
そう前置きした彼女は、私をビシッと指差しながらとんでもないことを訴えた。
『今すぐに元の時間に引き返せ! アプト星には絶対行くな! 地球が滅びるぞ!』
ここまでお読みいただきありがとうございます。
『魔理沙の思惑』と付いた話は前編が300X年、中編が215X年、後編が近未来の魔理沙視点で書いた話となっていました。