「……地球が滅びるって、どういうことだ?」
あまりに突拍子がなく、それでいて既視感のある言葉に私はオウム返しするのがやっとだった。
『一から順を追って説明するから聞いてくれ!』
一週間後から来たと自称する彼女の話を纏めると以下のようになる。
一週間後の魔理沙――『私』だとややこしいので、下の名前で呼び捨てする――の主観で四日前、アプト星でアンナと二日間過ごして地球へと帰る道すがら、数百以上の武装した宇宙船団に取り囲まれた。
彼らは『リュンガルト』という時間移動の研究をしている組織で、タイムジャンプによって発生する異次元へ繋がる時空の歪みをアプト星近域で観測したことでタイムトラベラーの存在を確信し、彼らが独自に構築した宇宙ネットワークを利用して詳細な人物像を特定。一週間後の魔理沙達の前に現れたそうだ。
彼らは時間の起源の調査と管理、そして優秀な自分達を辺境の惑星へと追いやったアプト星の政府への復讐を掲げ、時間移動の障害となっている『時を支配する神』についての情報を求めて来た。不穏な空気を察知した一週間後の魔理沙がそれを拒んだところ、全方位から雨あられのようなレーザー光線を浴びてしまい、命からがらなんとか地球へと逃げ帰ってきた。宇宙飛行機がボロボロになってしまっているのは、この時に受けた攻撃の跡らしい。
しかし問題はここからだった。元の時間――西暦215X年9月30日午前9時30分――に戻ると、なんと地球と月が跡形もなく消え去ってしまっていて、しばらく周りを探し続けても影も形もなかった。
すぐさま原因を調べにこの年の地球域に再び遡り、どこからでも地球が見える位置に宇宙飛行機を停めたまま、地球と月が消滅した日時を特定すべく1日ごとに小刻みなタイムジャンプを繰り返していった所、一か月後の9月20日にリュンガルトの宇宙船団が地球を取り囲んでいるのを発見した。
彼らはコンピューターを用いて宇宙飛行機のワープ地点を特定し、強引なワープを繰り返しながら1ヶ月かけて辿り着いた後、地球域に残留していた時空の歪みからタイムトラベル先の時刻を計算。タイムトラベラーが途方もない未来へ逃げてしまった事を導き出した彼らは、『タイムトラベラーがこの銀河系で時間移動した事に意味がある』と睨み、間近に浮かんでいた地球に目を付けて調査を始めた。それにより生命が発生する条件を充分に満たしていることを知った彼らは、タイムトラベラーは遠い未来にこの星で誕生する人間だと断定し、届かない時間の先に逃げてしまったタイムトラベラーをおびき寄せるべく、地球を破壊することに決めたそうだ。
その話に絶句している一週間後の魔理沙達に、彼らは巨大な粒子砲を地球に向け、『この星を滅ぼされたくなければ、時を支配する神について吐け』と迫って来た。
幾らタイムトラベル出来たとしても、地球を人質――ならぬ星質にされてしまってはどうしようもなく、真正面から挑もうにも彼らの軍事力相手に宇宙飛行機に積んである兵器では到底太刀打ちできそうにない。かと言って星を破壊することすら何とも思わない過激な思想の集団に女神咲夜の存在を教えることはもってのほかだった。一週間後の魔理沙は考えぬいた末に、〝最初からアプト星に行かなかった″ことに過去改変すれば彼らに発見されることもなく、結果として地球が存続して万事解決すると思い立ち、出発前の時刻であるこの時間に遡って来たそうだ。
『――という訳だから頼む! どうか私の願いを聞いてくれ!』
一週間後の魔理沙は、腰を直角に曲げた綺麗なお辞儀をしていた。
「……未来の魔理沙達はとんでもないことになっちまってるようだな」
「どうするの?」
妹紅とにとりが不安気な顔で私を見上げていたが、画面の向こう側に向かってきっぱりと答えた。
「お断りだ。お前の話は信じられない」
「えっ!?」
「!」
300X年の私からの手紙では『未来の私を信じるな』と書かれていたが、なるほど、確かに耳を疑うような内容だ。所々論理が飛躍している上に、『宇宙ネットワーク』とか意味不明な単語が多い。もし私じゃなければただの誇大妄想だとバッサリ切り捨てていることだろう。
『な、なにを言ってるんだよ過去の私! 私はお前の未来の姿なんだぞ!? 嘘を吐いてどうするんだよ!!』
「じゃあ訊くけど、この手紙についてはどう考えているんだ?」
私は西暦300X年で入手した手紙を開いて見せる。
「ここでは西暦300X年の私が『未来の魔理沙を信じるな』と忠告している。この文面の『未来の魔理沙』とは間違いなくお前の筈なんだが?」
目の前の魔理沙は一週間後から来たと話していた。だけどこの手紙は850年も先の私から送られてきたものだ。
マリサではなく私なので、300X年の私から見て『一週間後の魔理沙』は非常に遠い過去になる。300X年になっても地球や幻想郷は残っていたのをこの目で見て来た訳だし、より新しい時間からもたらされた情報の方が信頼できるに決まっている。
『……私もそれを持っている。これだろ?』
一週間後の魔理沙は怒りを堪えつつ、ポケットの中から私の持っている手紙と全く同じものを見せた。しかし私と違って一度丸めた後で広げたかのようにクシャクシャとなっていた。
『いいか、この手紙は私を貶める為の罠だ! 私はこれを素直に信じた結果このザマだ。300X年の〝私″はとんでもなく性格が悪いとしか思えん!』
「300X年の私がそんなことして何の意味があるんだよ?」
『そんなの分かんないよ!』
「話にならないな。どうせならもうちょっとマシな言い訳をしたらどうだ?」
『だから本当なんだって!! 真意を正そうにも私の歴史では地球が滅びちゃって確かめようがないんだし、私を信じてくれよ!』
嘘か本当か水掛け論になりそうな時、妹紅が口を開いた。
「……なあ、ちょっといいか? 話の腰を折るようで悪いけど手紙ってなんの話だ?」
「あぁ、そういえばまだ見せてなかったな。西暦300X年6月10日に未来の私から貰ったんだ」
私は手紙を妹紅に渡した。
「次私にも見せて」
「ああ」
真剣な様子で黙読していた妹紅は、やがて読み終えたのかにとりに手紙を渡した。
「――なるほどな。これは本当に魔理沙からの手紙で間違いないのか?」
「私の過去の行動をピタリと言い当ててるし、別人の可能性はないと思うぜ」
「そうか。う~ん、まさかあの魔理沙がねえ……」
「というか妹紅、300X年の魔理沙とは知り合いじゃないの?」
「まあ会えれば喋ったりもするけど、いつも忙しそうにあちこち駆けまわってるからなあ。なんせアイツは紫と同じ幻想郷の賢――」と、言いかけた所で私を見た。
「幻想郷の、何だ?」
「いや、何でもない。とにかく、魔理沙が誰かを貶めるようなことをするとは思えないよ。未来の私もそう思わないか?」
妹紅は画面の向こう側に座っている一週間後の妹紅に話を振る。
『……私も魔理沙を信じたい気持ちはあるけれど、現に彼女の所為でこっちは甚大な被害を受けてんだ。きちんと納得の行く釈明をしてくれないと擁護できないな』
『リュンガルトは地球を破壊して、私の宇宙飛行機まで壊しちゃったからね。全くもって許せないよ』
一週間後のにとりも珍しく不機嫌な様子で訴えていた。
『ついでにとっておきのことを教えてやる。いいか? 私は〝三度目″なんだ! 私ではない私が過去に二度同じ失敗している!』
「……何?」
『私がお前と同じ主観時間の霧雨魔理沙だった時、手紙の内容を鵜呑みにして私と同じように一週間後から来た二度目の魔理沙の警告を聞かなかった結果、私も二度目の魔理沙と同じ結末を辿ってしまったんだ……。お前には四度目になってもらいたくない! この絶望的な状況を変えられるのは今のお前だけなんだよ!』
「!!」
『だからもう一度言うぜ! 考え直してくれ魔理沙!!』
(この状況が三度目だって?)
何の根拠もない話だけれど、声を張り上げながら必死に訴える一週間後の魔理沙の言葉は胸に深く突き刺さり、背筋に冷たいものが走る。
(手紙には『未来の私を信じるな』ってあるけど、本当に一週間後の魔理沙は嘘を吐いているのか? これがもし演技なら一流の役者になれるぞ……)
もちろん私がそんな名優ではないことは自分が一番よく知っている。
(ひょっとして彼女の話は全て真実なのか? けどそうなると手紙の内容とは明らかに矛盾してることになる。どっちだ? どっちが正しいんだ……?)
やじろべえのように心が大きく揺らぐ私に追い打ちをかけるかのように、手紙を黙読していたにとりが疑問を投げかけた。
「ねえ魔理沙。ふと思ったんだけどさ、ここに書いてある『未来の魔理沙を信じるな』って、違和感を覚えない?」
「え? 別におかしくなんかないだろ?」
「だってこの忠告をしている人は300X年の魔理沙でしょ? 魔理沙から見たら300X年の魔理沙も『未来の魔理沙』になる筈だし、あっちの魔理沙のことを言ってるのなら、もっと分かりやすい枕詞――例えば『一週間後の魔理沙』って感じに書かない?」
「言われてみれば……!」
「『未来の魔理沙』って表現そのものが完全にダブルミーニングになってるよね」
確かにそうだ。てっきり一週間後の魔理沙だと思いこんでいたけど、ここで言う未来の魔理沙とは果たしてどの時間の魔理沙の事を指すのか。怪しい、怪しすぎる。
「それに手紙には具体的な事は一切書いてないし、この文章に意味があるとは思えないよ。確実に歴史改変させたいのならそれについてもっと詳しく書くと思うんだ。魔理沙、少し考え直してみない?」
「私もにとりと同意見だな。私には一週間後の魔理沙がでたらめを言っているようには見えないし、前みたく『幻想郷を存続させるため』ならともかく、あくまで私達は遊びに行くだけなんだしリスクが大きすぎるよ」
妹紅の意見にも一理ある。ここまで不審な材料が揃ってしまうと、300X年の私を疑わざるを得ない。
「判断の付かない話は、真偽性を確かめてからということか。――決めたぜ、ひとまずこの件は【保留】だ。怪しい点が多すぎる」
『!』
『やった……! 過去の選択が変化したぞ魔理沙!』
一週間後のにとりは目を見開き、一週間後の妹紅は手放しに喜んでいたが、一週間後の魔理沙はまだ不満が残っているようだ。
『保留じゃなくて、行かないって決断しろよ!』
「悪いけどまだお前のことも完全に信じた訳じゃないからな。だけど全ての真相が分かるまでアプト星へは行かない――ここに約束するぜ」
『……分かった。お前の事信じてるからな!』
「結果が分かったら知らせに来るぜ」
『頼んだぞ過去の私!』
「妹紅、にとり。一度西暦215X年を経由してから、西暦300X年の7月10日に跳ぶぞ」
「りょーかい!」
妹紅は頷き、にとりは笑顔で返事をしながら操縦桿を握る。そして一週間後の私達が見守る前で宣言した。
「タイムジャンプ! 行先は西暦215X年9月30日午前9時25分!」
周囲の視界が渦を巻くように歪み、宇宙飛行機は未来へと跳んで行った。
――side out――
二人の時間旅行者霧雨魔理沙のやり取り、そして西暦215X年9月30日の時間旅行者霧雨魔理沙が同時刻へタイムジャンプしていったのを時の回廊から観測していた女神咲夜は、感心しながらこう言った。
「! 魔理沙が新たな可能性に入ったわね。――これが狙いだったの?」
「ああ、そうだ」
女神咲夜が誰にともなく呼びかけると、ずっと柱の影に隠れて様子を伺っていた西暦300X年の時間旅行者霧雨魔理沙が姿を見せた。
「随分と遠回りしてしまったが、やっと私の願い通りに過去の自分が動いてくれた。とはいえまだ歴史が確定した訳じゃないし、ここから100%に持っていけるかどうかは私の腕次第だがな」
「かつての貴女からは恨みを買ってしまっているようだけど、誤解をとかなくて良かったの?」
「なあに、それも過去に通った道だ。全てを知った時に思う所はあったけれど、今の私はこれが最良だと信じてるよ」
「そう……」
女神咲夜は心配そうに呟いていた。
「それじゃ私はアイツが跳んだ時刻の幻想郷に戻ることにするぜ。お前とは長い付き合いだったけど、恐らくもうここに来ることはないだろうな」
「……頑張ってね。私はここから見守っているわ」
「ああ。咲夜の方も、過去のあらゆる時間の〝私″をよろしく頼んだぜ」
「任せなさい」
別れを惜しむ女神咲夜に時間旅行者霧雨魔理沙はサムズアップしながら、西暦300X年7月10日の幻想郷にタイムジャンプしていった。
再び一人になった時の回廊に、砂漠帯に建つ時計塔から鐘の音が響き渡る。女神咲夜が見上げると、先程まで動かなかった時計の針がゆっくりと動き出していた――。