魔理沙のタイムトラベル   作:MMLL

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※話数調整


第186話 休憩

 話が一区切り付いたところで、ふと柱に掛けてあった時計に意識を向ける。いつの間にか午後2時45分になっていたようで、既に一時間も喋り続けていた。

 

「んーっ!」

 

 私は席を立ち、腕と一緒に背筋を伸ばしたり屈伸しながら凝り固まった体をほぐしていると、300X年の魔理沙は柔らかい表情でこう言った。

 

「まだ話の途中だけど、少し休憩にしようか」

「賛成~! もう難しい話ばっかで疲れたよ」

「私喉が渇いたな~。なんか飲み物ない?」

「あいにくだけど、この小屋は魔法を研究する為の場所だから水もガスも電気も通ってないんだ」

「なんだよ不便だな。仕方ない、ちょっと人里まで飛んで買ってくるか」

「それなら私も行く! この時代の人里ってどうなってるんだろう」

「ははっ、そんな面白い場所でもないと思うけど」

 

 二人は席を立ち、妹紅が「魔理沙達も一緒に行くか?」と聞いて来たが「いや、私はここで休憩してるからいいよ」と返す。300X年の魔理沙もやんわりと断ったのを聞いて二人は外へと出て行った。

 

『あ~あっついなー。小屋の中とは大違いだ』

『本当そうだね~。特に妹紅って炎系の能力だから余計暑く感じそう』

『冬だと重宝するんだけどねぇ。この季節は自分の能力が疎ましく思っちゃうよ』

『早く帰ってこないとだね。それで人里ってどこにあるの?』

『あっちに博麗神社が見えるでしょ? まずはあそこを目指すんだ』

『オッケー!』

 

 壁一枚隔てた向こう側から耳に入ってきた会話はそれっきり聞こえなくなった。

 波の音が微かに響く部屋の中、私は本棚に背を預けながらぼんやりと窓の外を眺める。気持ち良いくらいの夏の日差しが穏やかな海を照らしキラキラと乱反射していて、一言で表現すれば素晴らしいオーシャンビューだ。

 一方で300X年の魔理沙は、座ったまま本棚の隙間に挟まっている、紐で結んだだけの原稿の束に手を伸ばして机の上に置き、一番上の原稿用紙を抜き取って目を通していた。ざっと見た感じでは三十枚近く有って、その一枚一枚にびっしりと文字が書き込まれており、気になった私はなるべく意識しないようにこっそりと覗き込んだ。流し読みした限りではどうやらこれまでの『魔理沙』についての話を纏めた内容のようで、なるほど今日の為にわざわざ原稿を作っていたのか。

 さて、私が残ったのはただ景色を楽しむ為でも覗きをする為でもなく、これまでの話の中でどうしても訊ねておきたいことがあったからだ。私は未だ原稿に目を通している彼女に問いかける。

 

「なあ、最初の方に話してたタイムジャンプの残りの二つの弱点について教えてくれよ」

 

 すると彼女は原稿用紙から顔を上げた。

 

「なんだ、気になるのか?」

「そりゃまあ」

 

 あの時は話の流れ的に質問が出来る状況じゃなかったし。彼女の話はまだまだ続きそうだし、訊くなら今しかない。

 

「いいぜ。話してやるよ」彼女は読んでいた原稿を机の上に置き、ニヤリとしながら喋りだした。

 

「まずは一つ目の『時間移動の範囲』についてだ。知っての通り、タイムジャンプ魔法を用いたタイムトラベルは世の中に溢れる時間移動系の創作物と違い、厳しい制約や条件がなく非常に使い勝手が良い。タイムマシンの故障、不調、燃料の残量に悩まされる事も、特定の場所や地点、制限時間に縛られる事もない。しかもタイムトラベルに必要な期間、瞬間は長くても五分程度。過去や未来へ双方向に往来可能で、回数制限もなく年月日はおろか秒単位で時刻を指定できる」

「確かに」

 

 この点だけは自分でも良く出来ていると自画自賛したくなる。友達の家に遊びに行くような感覚でタイムトラベルできちゃうんだし。

 

「そんな万能にも思えるタイムジャンプ魔法にも行けない時間があってな、宇宙が誕生した138億年以前――ビックバンと共に時間の概念が生まれ、時の神の咲夜が発現するまえの時間には遡れないんだ」

「それは聞いた事あるな」

「最も宇宙創世の時代に遡っても宇宙の活動が活発で危険だし、物理的な限界は132億年くらいになるがな」

「へぇ、でも別にそんな大昔にわざわざ跳ぶ必要ないし、制限なんてあってないようなものじゃないか?」

「……身も蓋もない言い方をすればそうなるな」

 

 300X年の魔理沙はバツの悪そうな顔であっさりと認めていた。わざわざ弱点に挙げるくらいだから私の知らない秘密があるのかと思ったのに、なんだか肩透かしを食らったような気分だ。

 

「ところで未来はどうなんだ?」

「さあな。少なくとも1億年先まで跳べることは確認しているが、それ以上先は見た事ないから知らん」

「1億年……」

 

 果てしなく遠い未来がどんな世界になっているのかなんてまるで想像が付かない。今から1億年前と言えば白亜紀と呼ばれ恐竜が世界を支配していた時代だし、ひょっとしたら人類以外の生物が世界の覇者となってるかもしれない。一度行ってみたい気もするけど、それを実行に移してしまえば自分の中の何かが崩れ落ちそうだ。

 そんな私の心を見透かしたかのように、彼女は「跳ぶなら精々この時間までにしておけ。好奇心は猫をも殺すぜ」といつになく真剣な顔をしていて、私は堪らず聞き返した。

 

「そんなに未来はヤバいことになってるのか?」

「未来がヤバいというよりは、下手に歴史が変わったら困るから時間移動するなと言っているんだ。今の話の流れでお前がもっと未来にタイムトラベルしてしまったら、私が歴史改変の因果を生み出してしまう」

「いまいち釈然としないな。本当はもっと重大なことを隠してるんじゃないのか?」

「……じゃあ歴史が変わらない程度に未来を幾つか教えてやる。……そうだな、215X年時点の私だとすると一番無難なのはセイレンカだな」

「セイレンカって月の都に渡した弥生時代の花だよな? あれが何か関係あるのか?」

「遺伝子情報を解析して種の量産に成功した月の都は、半年掛けて花畑を造り玉兎達の新たな憩いの場を設け、余った一握りの株を宇宙マーケットに流した。それが色んな星を巡り巡って4000万光年離れたキルゴ星に流れ着き、興味を持ったとある薬学者が成分を解析した所、当時星中に蔓延していた、全身が石のように硬くなって動かなくなる病の特効薬となることを突き止め、月の都の協力の元セイレンカを大量に輸入し、約1000万人の命が救われた。後年その薬学者とセイレンカの発見者である私の銅像が建てられる。今から3年後のことだ」

「あの花がそんなことになるのか!」

 

 ちょっと信じられない話だけど、見知らぬ所で誰かの役に立っているのならこんなに嬉しいことはない。

 

「ついでに幻想郷の未来も教えておこう。後1000年もすればこの国全体が幻想郷となり、1万年もすれば幻想郷は自然消滅するんだ」

「自然消滅!? そんな……」

 

 至って冷静に話す彼女と違い、私は心臓が飛び出るかのような衝撃を受けていた。折角色々と苦労したのに全てが水の泡か……。

 ……いや、本当はいつか終わりの時が来るのは薄々気づいていたのかもしれない。むしろよく1万年も続いたと褒めるべきなのか。

 

「話は最後まで聞け。その頃にはもう文明が中世レベルにまで衰退していて、人類は占いや神託と言った〝非科学″を信じるのが当たり前になって、幻想郷を創る意義が無くなるからなんだよ」

「文明が衰退って……そんなの有り得るのかよ?」

「月の都の住人も元は地上で高い生活レベルを築いていたし、有り得ない訳じゃない」

 

 言われてみればそんなことを言っていたような気がする。

 

「しかし人間達はやがて科学を発展させて妖怪に対抗する力を持ち、19世紀と同じように妖怪達はこの国の一地方に追いやられ、再び幻想郷が誕生する。幻想郷の歴史はそれの繰り返しだ」

「……う~ん俄かには信じられないな。過去に同じ事があると分かってるのにそれを見過ごすのかよ?」

「世界の流れはどうしようもないんだ。例え何らかの画期的な発見や発明を妨害したとしても、それらが世に出て来るのが数年、数十年と遅れるだけだ」

「そう……なるのか」

 

 なんかモヤモヤするけど、それを上手に言葉にできなかった私は頷くしかなかった。

 

「……で、三つ目の『術者の心』ってのはなんなんだ?」

「言葉通りタイムトラベルを使う者の意思だ。私もお前も霧雨魔理沙という人格を保ち、理性を持って行動しているからこそ何ともなってないが、仮に何らかのきっかけで精神を病んで心が壊れてしまったらどうなる? 誰に配慮することもなく好き放題に歴史改変しまくって取り返しのつかないことになるぜ」

「……」

「私は思うんだよ。タイムトラベルってのは一人の魔法使いが扱うには過ぎたものだってね。1000年前の私には霊夢を助ける為にどうしても必要だったけれど、望みを果たしたこの歴史で時間移動の能力を持ち続ける意味はあるのか?」

「だからお前はタイムトラベルを放棄しろと言うのか?」

「そうだ。私の存在が過去から未来にかけて全ての歴史を不安定にしている。今の所どの時間においても私が精神病を患ったり狂人になることはないが、いつどんなきっかけでその可能性が生まれるかも分からない」

「それは流石に杞憂じゃないか? 仮にもしそんな事態になったとしても、最初からそうならないようにタイムトラベルしてしまえばいいだけの話だし。私が私じゃなくなるなんて想像も付かない」

 

 私の人生で一番精神的に参っていた時期は200X年7月下旬、最初の歴史で霊夢が亡くなった時だった。けど私はその悲しみと後悔を時間移動の研究にぶつけて今に至っている。あれ以上の衝撃が来るとは到底思えない。

 

「どうしたんだよ未来の私。らしくないぜ。もしかしてお前――」

「勘違いするな、私は至って正常だ。まあ要するにだな、私が言いたかったのはお前の一挙一動で宇宙の歴史が変わるから充分に気を付けろってことだ」

「――ああ」

 

 つい最近にも映姫から似たような警告を受けたばかりだが、未来の自分からの助言は更に言葉の重みが変わって来る。しっかりと留意しておこう。

 そして彼女は会話は終わりだと言わんばかりに再び原稿に視線を落とす。私は再び扉が開くまでの間、ずっと海を見つめていた。


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